【運営生活6日目】
寝ている間に外が騒がしかった。何かあれば誰かが呼んでくるだろうと思い、毛皮に潜り込んだ。
「あのぅ……」
すでにカヒマンが俺の部屋に入っていたらしい。そのままじっとしている。
その間にも、外で慌ただしい足音が聞こえてきた。
「どうした?」
毛皮から顔だけ出して、カヒマンを見た。
「魔物が……」
「呼んでる?」
カヒマンは暗い部屋の中でコクリと頷いた。きっとヘリーとシルビアでも対応できるはずだ。ただ、ちょっと大きい魔物が近くに現れたのだろう。このまま無視して寝てしまっても……。
ドーン!
遠くで大きな爆発があったようだ。
思い切り伸びを起き上がった。
「うるさいぞ。どうした?」
洞窟から出て、焚火の側にいるヘリーとシルビアに聞いた。
まだ東の空が白んでもいない時分である。
「お、ちゃんとマキョーを起こせたか……」
ヘリーはカヒマンを褒めた。
「なんの音だ?」
爆発音は東側から聞こえる。
「そ、それをリパが確認しに行っている。カタンも一緒だ」
シルビアは作ったばかりの新しい胸当てをしている。
現場に向かうつもりのようだ
「ヘリーは留守番しておくか?」
「まさか、なんのためにマキョーを起こしたと思っている?」
クロスボウと矢筒を肩にかけた。
カヒマンは相変わらずじっと黙っている。
「ついてこれそうならついてこい。無理そうなら、ワニ園で待っててくれ」
カヒマンは「はい」と短く返事をした。
ヘリーを背負い紐で結ぶ。
「寝起きだ。落ちるなよ」
「しがみ付いてる」
ヘリーの腕と足が俺の胴体をがっちりと掴んだ。
シルビアが大きめの毛皮のケープを渡してくれたので、ヘリーごと巻いておいた。
「よし、行くぞ」
坂を下り、沼の畔を駆けた。
音は断続的に聞こえてきていて、インプが「ギョェエエ!」と鳴いている。ワニ園のロッククロコダイルたちも東の空を見て、心配そうにしている。
寝ている魔物を飛び越え、飛んでくる木の実や枝を回転させた魔力で弾き飛ばす。
行先の空を見ると、赤く燃えて煙が立ち上っている。
場所は植物園のダンジョン近辺か。
「リパ! いるか!?」
声をかけてみたが、魔物の声にかき消されていく。夜だというのに、ミッドガード跡地にいる『渡り』の魔物たちが騒がしい。
「私が呼ぶよ」
耳元でヘリーが言って、紐を外して地面に降り立った。
矢先が筒状になっている矢を取り出して、クロスボウで空に向かって放った。
ピィイイイイイイイ!!
甲高い音が周囲に鳴り響く。鏑矢だったようだ。
「魔物もガーディアンスパイダーも集まってくるよ。対応は頼む」
「任せろ。問題ない」
バキバキバキッ!
木々をへし折り、黒煙を吐き出しながらガーディアンスパイダーが現れた。内部に木の枝が挟まっているのか動きが鈍い。
ピチュン!
熱線を放ち攻撃してくるが、足が短くなっていて傾いているためか、俺たちとは全く別の方に飛んでいく。
気の毒なので、動きを止めさせてもらう。
「ヤシの樹液は誰か持ってきたか?」
振り返ると、シルビアとヘリーが首を横に振っていた。カヒマンはいなかった。
「軍事基地で直してもらえばいいか」
石を拾って、ガーディアンスパイダーが熱線を放ってくる穴に押し込んで固定。魔法を放ってこようとしたので、魔力のキューブに閉じ込めておいた。
ギャー! ギャー! ギャー!
グリフォンが飛んできた。牛ほどのサイズで、まだ若い個体のようだ。『渡り』の魔物がミッドガード跡地から出てきたらしい。
「マキョーさん!」
ついでにリパとカタンも箒で飛んできた。
「群れがすぐそこまで来てるの!」
カタンがリパにしがみつきながら叫んだ。体中を紫色にしている。本人の血でなければいいか。
「一体ずつ巣に返すから、少し止めておいて」
「「了解」」
ヘリーとシルビアが自分たちの得物を構えた。
ギャー!
襲ってくるグリフォンの前足を掴んで地面に叩きつける。
「随分、大きくなってきたな」
顔を近づけると嘴で噛みついてこようとする。
パン!
思いっきり顎をひっぱたいた。
「ぐぅ」と喉の奥で鳴いて、グリフォンは白目を向いた。
首根っこを掴み、ミッドガード跡地に向かって放る。
「次、頼む!」
俺の声で、シルビアとヘリーが後方に飛び退いた。
グリフォンが雄叫びを上げ、飛び掛かってくる。
ポン。
掌底で頭を揺らし昏倒させ、再びミッドガード跡地に放り投げる。
「次!」
その後も頭部を揺らして昏倒させ、ミッドガード跡地へと戻していった。鳥頭は軽く、若い個体だけあって攻撃も直線的だ。
一通りグリフォンを片付け、植物園のダンジョンの周辺で落ち着いた。
「リパかカタンはヤシの樹液は持ってないか?」
「持ってるよ!」
カタンが自分のカバンから小さな壺を取り出した。
「ちょっと貰う」
壺を温めてから樹液を、ガーディアンスパイダーの足を束ねて塗り込む。あとはアラクネの糸で縛り上げた。
グリフォンがいなくなった時点で全員武器を収めたので、ガーディアンスパイダーも抵抗することなく捕獲できた。
「リパ、空飛ぶ箒を使えば持ち上げられそうか?」
「やってみます!」
リパはロープでガーディアンスパイダーを縛り、空を飛んで持ち上げていた。
「いけそうです」
「じゃ、あとで砂漠の軍事基地のダンジョンに持っていこう。直してもらえるかもしれない」
「あ、あとで? 壊してしまわないのか?」
シルビアが驚いたように聞いてきた。
「魔道機械は自分で増殖できないだろ? 直せるなら直した方がいい。植物園のダンジョンに保管しておこう」
東の空が白み始めていた。
「腹減ったよ」
一時、誰もいない植物園のダンジョンにガーディアンスパイダーを入れておく。入口付近なら、蔓が絡まる程度だろう。
朝飯のため、とっとと家に帰る。
「そういや、なんでカタンは紫色に汚れてるんだ?」
「ああ! グリフォンが出てきたのはこれのせいみたいなのよ」
例の魔力を多く含んでいるという紫芋を取り出して見せてきた。
「グリフォンが前足で掘って食べてたみたいなんですが、なぜかガーディアンスパイダーが起動してそのまま争って騒ぎになったようです」
「そうか。『渡り』の魔物もクリフガルーダに帰らないといけないからな。魔境で鍛えないといけないんだろう」
「じゃ、じゃあ、今後もミッドガードの跡地にいる魔物たちは出てくるということか?」
シルビアが聞いてきた。
「たぶん、そうだろ。食べ物だって限りがあるし」
「面倒なことになった……」
ヘリーがぽつりと言った。
きっと遺伝子学研究所のダンジョンへの輸送が、面倒だということだろう。
「まぁ、とりあえず、あとで話そう」
いつの間にか騒がしかったインプの鳴き声も止んで静かになっていた。
ワニ園でカヒマンは回収。あくびをしながら帰宅した。
亀のスープを作って朝飯を作っていたら、チェルとジェニファーが起きてきた。
「なんかあったんですか?」
「あった……」
中央で起こっていることを2人にも共有しておく。
「『渡り』の魔物の活発化ですか……」
「え~、ダンジョンの民に荷物を持っていくのが面倒だヨ」
チェルがヘリーたちと同じように顔をしかめた。
「あ! 東海岸からも調達しよう。メイジュ王国からの交易品で賄えばいいんだヨ」
「ああ、忘れてたな。そうしよう。こっちも忙しいんだから、ダンジョンの民にもしっかり働いてもらおう」
昨夜、チェルたちの北部調査の報告を受けたが、北部の岩石地帯では犬の花が咲いて犬畑になっているらしい。その影響で、魔物たちが南下しているとか。まったくもって意味が分からんが、魔境ではありうることとして受け入れている。
「そういえばマキョーさん、魔境の外に作る交易の町は行ったんですか?」
ジェニファーが聞いてきた。
「行ったよ。挨拶だけな。あの様子じゃ、時間かかるかもな。周りの魔物にも対処できないみたいだったから」
「えー、魔物の対処を教えてあげてくださいよ」
「それくらいはサーシャが……、やらないのか」
別に軍人は魔境の教育係ではない。
「私が行ってきます」
「頼む」
結局、ジェニファーに任せることになった。
東海岸へはチェルとヘリー、シルビアの3人が向かうという。
「ダンジョンの民も何人か連れていくヨ」
「カタンたちも行くかい?」
ヘリーがドワーフたちを誘った。
カタンとカヒマンはどうするか迷っているようだ。
「海が見れるぞ」
「見たい!」
「うん、行く」
5人で東海岸へ行くらしい。
「俺たちはガーディアンスパイダーの輸送だな」
「了解です」
俺とリパが修理のために砂漠へ向かう。
誰も家にいない。取られて困るようなものは置いてないので、そのまま出てもいいのだが、今後の魔境防衛の練習もしておきたい。
また、奥の倉庫で乾燥させている薬草類もあり、もう一度採りに行くのは面倒だということで、ヘリーが魔法陣を仕掛けていた。封魔一族のダンジョンで見たものと同じもののようだ。
全員、ヘリーに解除方法を教えてもらって各自出発する。
「エルフの番人にも言っておいてね。留守中に家には近づかないようにって」
「わかりました」
途中までチェルたちと共に東へと向かい、中央の植物園のダンジョンで分かれた。相変わらず、ミッドガード跡地では『渡り』の魔物が飛ぶ練習をしていて騒がしい。ただ、朝、グリフォンを吹っ飛ばしたので、こちら側は警戒しているようだ。
ダンジョンから壊れたガーディアンスパイダーを取り出して、リパが空に引き上げる。地面からガーディアンスパイダーが離れたのを確認。俺も下から持ち上げる。
「スピードは合わせるから自由に飛んでいいぞ。崖があったらそっちが重くなるから気を付けてくれ」
「了解です」
女性陣もいないし、リパと2人なので気が楽だ。
襲ってくる魔物もいるが、蹴っ飛ばして対処できる。上体を保ったまま股関節を使った回し蹴りがちょっと難しかったくらいだ。
「魔境でも馬車が欲しいよな」
休憩中にリパに相談する。
「あると荷運びは楽ですよね。やっぱり水路を作って船で運ぶのがいいんですか?」
「水路を作っても、どうせ水に住む魔物がやってくるんだろうけど……。クリフガルーダから、空飛ぶ船を買えないかな?」
クリフガルーダは魔境の南にある鳥人族の国で、リパの故郷だ。リパは国から追放された身ではあるが、俺よりは詳しいはずだ。
「クリフガルーダの飛行船だと、魔物の餌食になっちゃうんじゃないですか?」
「ありうるな。改造するにしても限度があるし、ワイバーンを使役した方が早いよな。遺伝子学研究所のダンジョンで寝ている竜を貸してくれればいいのに」
「バレたらエルフの国が本腰入れて侵攻してくるってヘリーさんが……」
「はぁ~あ、面倒なことが多いな」
午前中の間に砂漠には辿り着いた。暑いかと思ったが、意外に雲が出ていてそんなに暑くはない。ただ、雲が出ているということは雨が降る可能性もある。
砂に吸収されない雨粒が集まると濁流と化して、砂漠を流れる。
「鉄砲水に注意しよう。砂漠で寝てたら溺れた、なんて話も聞く」
「はい」
リパは紫色のスープを飲んでいた。魔力を回復するのだとか。
「マキョーさんは魔力を補給しなくても平気なんですか?」
「俺は使ってないからな」
「ああ、そうですよね」
リパは空飛ぶ箒を見て言った。
「空飛ぶ箒が辛かったら、2人で持ち上げて走っていくか?」
「そうさせてもらっていいですか」
「うん。楽な方でいいからな」
リパはなんでも修行と思うところがある。自分の体力や魔力と相談して動けばいい。
砂漠を大きな荷物を担いで走っていると固い地面が出てくる。雨の川が通った後なのかもしれない。走るのには向いているが、濁流を恐れてなるべく柔らかい砂地を走った。
途中、石ころのような小さい多肉植物の群生地に出た。砂漠では初めて見るが、北部の岩石地帯でも見たような光景だった。
「雨が降れば、咲くのかもしれませんね」
「採取して後で効果を調べてもらおう」
革袋に入れて保管し、先を進む。
夕方ごろに軍事基地のダンジョンにたどり着いた。
入口にいたゴーレムに、ガーディアンスパイダーが魔物に襲われて修理できないかと説明するとすぐに対応してくれた。
「直せそうか?」
「そのための基地だ。魔道機械の修理にかけて我々より長く修練を積んだ者たちはいない」
この基地のゴーレムたちにとって、技術こそが自分たちのアイデンティティのようだ。技術を身につけると自分を見失わないのかもしれない。
ドワーフのサッケツは技術習得のため、ゴーレムたちと一緒に過去の文献を漁っているらしい。
「どうやら他の魔道機械と違って、ゴーレムの技術者たちはあえて後世に自分たちの技術を残さなかったようなんです。哲学と言うか意志を感じます」
「生きていた頃の自分と悩む者も多いからだろう」
横で聞いていたカリューが落ち着いた声で言った。実体験であるだけに重みがある。
「そういや、砂漠で最近、雨が降ったか?」
「いや、見てないな。ただ暦の上では秋に入った。そのうち長い雨が来るだろう」
そうか。もう秋か。
「今日は泊っていくか?」
「そうだな。家に帰っても2人だけだ」
外で棘だらけのトカゲの魔物を狩り、夕飯にした。
砂漠の夜は寒く、ダンジョンの奥を借りて寝床にする。
カリューに限らず、なぜかゴーレムたちが俺の周りに集まってきていた。魔力が目的かな。
俺は魔力も意識も手放した。