【運営生活4日目】
山のふもとから走って軍事基地のダンジョンへと向かう。シルビアは弱音も吐かずについてくる。弱音ではないが「ん~」としきりにうなり声を出している。もしかしたら何か悩んでいるのかもしれない。
「どうかしたか?」
「ん、ん~。マキョーはあの骨たちを交易船の船員にしようとしているのか?」
「そうだな。海賊っていうくらいだから、船ぐらい動かせるんじゃないかと思って」
「か、海賊は海賊だ。荷を運ぶよりも奪うことに長けている」
「長所を伸ばしてやれって言ってるのか?」
「そ、そういうんじゃない。ただ、荒れた海では交易船の荷がどうなるのか、魔境の海域を抜けるのにどのくらいの日数がかかるのか、考えないと荷が腐ってしまうぞ」
「そうだよな。道だけあっても仕方ない。内容か……」
「ほ、本当のところ、マキョーとしてはどう思ってるんだ?」
シルビアに隠しても意味はないか。
「ん? ん~、実は交易路なんて割とどうでもいいと思ってる。それよりも、海域にいる巨大な万年亀に、魔境の仲間がどうなっているのか教えてやりたい。首もないのに、時を渡り続けているなんてかわいそうだろ」
「ああ、そうかぁ……」
「できれば、次の巨大魔獣の出現までに弱点を調べて、しっかり止めてやりたいんだ。時の番人にも『巨大魔獣を止めてくれ』って頼まれている。その願いを叶えてやりたい。変かな?」
「い、いや、マキョーらしい。納得した。ジェニファーには言わないでおくよ」
それからシルビアは何も言わずに俺の後をついてきた。
昼頃、軍事基地のダンジョンに着くと、チェルが大きな鳥の肉を炙りながら待っていた。
「なかなか帰ってこないから、そろそろ迎えに行こうと思ってたんだけどネ」
「港町の跡があってさ。骨になった海賊がいたから話をつけてきた」
「幽霊は克服できたのカ?」
「ふ、ふふふ、全然。危うく町の跡を消すところだった」
「シルビアが上手く止めてくれたんだ」
「はぁ~」
チェルは俺に呆れていた。
カリューがこちらにやってきたので、抱きとめながら魔力を込めておく。固い土の胸が当たって、カリューは女性だったことを思い出した。
「ありがとう」
「まだ、目はつかないのか」
「そういうな。私もサッケツもサボったりはしてない」
サッケツが後ろからやってきた。
「マキョーさん! 技術習得にはもうしばらくかかりそうです」
「うん、気が済むまでやってくれ。ただ飯はちゃんと食べるように。サッケツはゴーレムじゃないんだから、食事でエネルギーを摂れよ」
「ええ。チェルさんが一週間分ほど持ってきてくれています」
意外に仕事をしていると褒めようかと振り返ったら、チェルが胸を張っていた。
「さすがチェル、ローブによだれの跡がついてるぞ。たまには洗濯しろよ」
「え? どこ? ああ! こんなに汚れてる。まぁ、いいカ。魔境は汚れるし」
「チェルよ。服は大事だ」
シルビアが珍しくチェルを諭した。骨たちを見て、衣類の大事さを考えさせられたのだろう。シルビアは奴隷の服を着ていたこともあったから、骨たちの話が身に染みたのか。
言われたチェルは水魔法で水球を出し、自ら飛び込んでいた。洗濯と水浴びを間違えているのだろう。変わった奴だ。
「私たちはしばらく軍事基地で厄介になることにした」
「あんまりグッセンバッハたちに迷惑かけないようにね」
「了解しました」
カリューとサッケツは頷いた。
「あ、そうだ。巨大魔獣を誘導するような技術がないかゴーレムたちに聞いておいてくれるか」
「巨大魔獣を……?」
「万年生きる亀が、魔境の西の海域にたくさんいて島みたいにデカくなってるらしいんだ」
「わかった。聞いておく」
その後、風魔法で体ごと乾かしているチェルを「飛べそうだぞ」とバカにして笑っていたら、グッセンバッハが挨拶をしに来た。
「領主殿は、お忙しそうですね」
「魔境の運営が始まる。ダンジョンもたくさん見つかったし、休む暇がないんだよ。協力を頼む」
「できる限りのことは……」
魔力を分けてほしいというので、魔力を吸収する部屋で少し魔力を補給しておいた。
「チェルは残るのか?」
「帰るヨ。サッケツ! 表面を焼いて肉を削り取ってパンに挟むといい。ソースはこれだヨ」
炙っていた鶏肉について説明していた。食にこだわっている。
「ありがとうございます!」
カリューとサッケツに見送られて砂漠を走り、一路北上。
日が傾いて空の色が変わってきた頃、我が家の洞窟に到着した。
「あ、ようやく帰ってきたか」
ヘリーが鍋で何か紫色のものを煮ている。
「ただいま」
「おかえり。後で話があるのだが……、先に風呂に入るか?」
「うん。皆は?」
「ジェニファーは奥の倉庫で野草の仕分け。リパとドワーフは沼で、狩りの練習のはずだ」
自室に荷物を置くついでに、倉庫のジェニファーに声をかける。
「おつかれ」
「ん? ああ、おかえりなさい。マキョーさん、あの二人天才ですよ」
「二人って? カタンとカヒマンか?」
「ええ、優秀過ぎます。やってほしいこと以上のことをやってきます。見てください」
倉庫の天井から野草が大量に吊るされ、乾燥させている。保存食にするのか。
「集めるのは大変だったろう」
「いえ、ほとんどカタンジョーちゃんの仕事です。カヒマンくんはバランス感覚がいいです。背負子に私たちの倍は持ちますから。近くの森にも慣れたようで、どんどん採取の範囲が広がっています。それだけに危険なところにも踏み込むんですけど」
「そうか。死なない程度に鍛えてやってくれ」
「はい」
ジェニファーは優秀な新人が来て嬉しそうだ。
「ほどほどに休憩もとれよ」
「マキョーさんも」
倉庫を出て、手拭いを肩にかけ、沼へと向かう。
沼の畔にある露天風呂に水を溜めて、火魔法を手に付与して温める。
ザブン。
体から緊張が抜けて、なにもかも緩み始める。疲れとともに声が漏れ、沈む夕日を映す沼を見ながら頭が空っぽになっていった。
頭が空っぽになると、周りがよく見えてくる。沼の中や魔物の位置、枝から落ちる枯れた葉まで、はっきりとわかった。リパがドワーフの2人を連れてやってくるのも見えていた。
「マキョーさん、帰ってきたんですね。よかった」
リパが駆け寄ってきた。
「おう、ただいま。なんか問題でもあったか?」
「問題というか……」
リパは振り返ってドワーフたちを見た。
指から肘まで薬草を貼っているカタンとカヒマンが、重い足取りで近づいてくる。疲労がたまっているようだ。
「あ、マキョーさん。おかえんなさい」
「おつです」
「風呂、入るか? 気持ちいいぞ」
「入ります」
「はい」
カタンとカヒマンは服のまま、風呂に入ってきた。よほど疲れているのだろう。代わりに俺が素っ裸で風呂から上がった。
「リパ、回復薬を入れてやれ」
「「うわぁ~」」
ドワーフの二人は緊張がほぐれたのか、声が漏れている。
「やりたいことはわかるんですけど、なかなか体力がついていってないみたいで……」
リパは回復薬をドボドボ風呂に入れながら、二人の現状を説明した。確かに二人とも体が引き締まってきている。
「体が魔境仕様になってきてるんだ。無理すると怪我するぞ」
「しました」
カヒマンが右腕を見せてきた。骨が折れて、ヘリーに回復薬で治してもらったという。
カタンも爪が剥がれたりして指先に上手く力が入らないと言っていた。
「軍手はしてないのか?」
「植物の汁に毒があるとずっと感覚がなくなっちゃうのよ」
「素手で採取して、水で洗った方がいい……」
2人とも大きく溜息を吐いていた。
「植物を採る時はヤシの樹液を手に塗ったらどうだ? すぐ固まるし、毒も手につかないから」
「あ、そうすればいいのね! 試してみるわ!」
「何でも試さないと……」
「まぁ、今度からでいい」
「どうにか魔境の役に立ちたいみたいなんですけど空回っちゃってるんです」
ドワーフの里では2人は仲間外れにされてたんだったな。
「すぐ役に立たなくたって、別にのけ者にしたり追い出したりしないから、ゆっくり魔境に順応していってくれよ。飯はちゃんと食べてるか? 足りなかったら、奥にある干し肉を食べてもいいんだからな」
「食べ物は十分食べさせてもらってるんだけど……」
「どうしたらマキョーさんくらい動けるのかわからなくて」
2人とも俺のように働きたいらしい。
「あ、それは無理だよ。別に誰もマキョーさんみたいにはなれないし、そういうのを目指してもあんまり意味はない。自分の得意なこと、できることをやった方が早いから」
リパが何でもないことのように言った。その通りだ。
「2人とも明日は休んでいいぞ。ジェニファーの整理が追い付いてないから。ゆっくり体を休めて、たくさん食べてたっぷり寝てくれ」
「ふぁい」
「はぁい……。あ!」
風呂の水がカタンを中心に紫色に変色していく。
「わぁ! ごめんなさい!」
ポケットに芋を入れていたらしい。カタンは落ちている物を拾っちゃう癖があるから仕方がない。
「あ、ヘリーが鍋で煮てたのはこれか?」
カタンから芋を受け取ると、表面から紫色の汁が出ていた。
「よく煮ないとものすごく苦くて舌が痺れますよ。ただ、見た目より魔力を多く含んでいるみたいで、魔物が好んで食べてました」
「そうか。2人とも一回上がってくれ。すぐに湯を張り替えるから」
「すみません……」
カタンが随分落ち込んでいた。
「怒っちゃいないよ。自分の癖とうまく付き合っていくことだ」
紫色になった湯を沼に流し、再度、水魔法と火魔法で湯を沸かして風呂に入れた。
「ついでに洗濯もしておくといい」
ドワーフの2人にそう言って、俺は着替えながら坂を上る。
「ジェニファーさんには『出ていけ』って言ったんですか?」
後ろからついてきたリパが突然聞いてきた。
「ああ、魔境に来た当初のジェニファーは、俺の話も聞いてなかったし、死にたい願望が強かったからな。迷惑だから、他所で死んでくれって言ったことはある」
「なんだ。そうだったんですか……」
「どうかしたか?」
「『仕事しないと追い出されますよ』ってジェニファーさんが……」
「人それぞれ違うんだから、言うことも違うさ。他人は鏡だ。そう言われるようなことを本人が日頃してるかどうかだろ。あれだけ頑張ってるドワーフたちに『仕事しろよ』なんて言うか? 言わないよ。やり方を変えろとは言うかもしれないけどな」
「頑張るポイントが違ったりするからですか?」
「そうだな。ここは魔境だから、外とは頑張る時と場合が違う。頭を使わないといけないときもあれば、魔力を使わないと進まないときもある。力で押せることは限られてるしな。まして気持ちでどうにかなるようなところじゃない。だろ?」
「ああ、それでヤシの樹液ですか」
「物は使いようだ。魔境は何が何だかわからない場所だから、自分がやりたいことはやった方がいいぞ」
洞窟前の焚火では夕飯の支度が終わっていた。細長いパンも焼かれている。出来立てのパンは香ばしくて美味しい。
「そういやヘリー、なんか話があるって?」
「ああ、水路を作りたいのだ。遺伝子学研究所のダンジョンまでのね。それからアラクネたちが丈夫な服を作るって。布はもう出来ているらしい。あと、北部の魔物が何かしてきているらしいから調査をお願いしたい。そんなところかな。あ、もう一つあった。北西部からの奇声も激しくなっている」
「そうか……。健闘を祈る!」
「マキョー、頼むよ。領主だろ?」
「あのなぁ。俺の身体は一つしかねぇんだよ」
「そう? そろそろ分裂できるんじゃないかと思うけどネ!」
女性陣は笑いながら、パンに紫色のスープを浸けて食べている。
どうやらこいつらは俺を激務に追い込んで殺すつもりらしい。
「リパ、前言撤回だ。自分のやりたいことをやる前に、まず俺の仕事量を減らせぇえええっ!」
星空に俺の叫び声が消えていった。