【運営生活3日目】
崩壊した港町のかろうじて立っている壁の傍で目を覚ました。辺りは瓦礫と、その隙間から草だらけ。
昨夜は、俺はゴースト系の魔物を見てわけもわからず血の気が引いて、港町ごと吹き飛ばそうとしていたらしい。それをシルビアが上手く止めてくれたようだ。あまり記憶はない。
「ち、血をコントロールした。あまり無茶はしないでくれ」
そう言って、シルビアは干し肉を割いて渡してきた。
「俺の血を吸ったのか?」
干し肉を食べながら聞いた。
「き、緊急事態だったから」
首筋に触れてみたが、特に痛みはないが、小さいかさぶたが二つあった。吸血鬼の一族の前であまり自分を失わないようにしておこう。
「そ、それにしてもマキョーには何が見えてるんだ? 記憶と力が一致しない」
「血を吸って俺の記憶を見たのか?」
「す、す、少しだけ流れてきただけ」
「大したことはやってないよ」
「目で見えていることはね」
どもらずにシルビアが迫ってきた。バレたか。
「なんだ!? この魔力は! 何をどうしたらこうなる?」
体の中で回転する魔力に戸惑っているようだ。
「姿勢だ。一度全身の力を抜いて、ゆっくり立ち上がるんだ」
俺の指示で、シルビアはゆっくり立ち上がった。
「魔力を下っ腹で回転させてみて」
シルビアの腹に手を当てて、位置を教えた。
「あ、ああ……」
シルビアは回転する魔力に戸惑っているようだ。骨盤を前傾させて背筋をまっすぐに保つ。
「それで拳で突く」
俺は手のひらを見せた。
シルビアの突きが飛んでくる。
パシッ!
体重が乗ったいい突きだ。
「じゃあ、それに回転させた魔力を拳と一緒に出してみて」
バチンッ!!
右腕が吹っ飛ぶくらい威力が上がった。
「フ……、ハハハハハ。マキョーはずっとこんなことをしてるのか?」
「そうだな。魔力は想像力次第で、いくらでも威力が上がる。魔物も、体の中で魔力がどう流れているのか見てればわかるようになると思うよ」
「あ、ああ、くそっ。マキョーの血を消化してしまった。でも、やり方はわかった」
シルビアは嬉しそうに笑いながら、水を飲んでいた。
「それで? 動けないんだけど……」
瓦礫の目の前を通る街道跡には、ゴースト系の魔物が行き交っている。「おう」とか「やあ」とか声をかけ合っているようだが、特に会話はしない。
先ほど通った幽霊が再び同じように通り過ぎていく。
意思があるのかどうか……。
「こ、怖いか?」
「そりゃ怖いよ。何してくるかわからないだろ」
「で、でも骨は大丈夫なのだろう?」
「骨はただのカルシウムだからな」
「か、観察しているとどうも鬼火や霊体の魔物は、同じ行動しかとらないようだ。骨の方が動き回ってる。しかも骨で服を着ている者たちは会話もちゃんと成立しているみたいなんだ」
「そうか。骨があるなら大丈夫だ。うおっ!」
鬼火が迫ってくると、どうしても避けてしまう。
こんなところはとっとと離れたい。
「よし。その服着た骨のところに行こう。こんなところ一瞬もいたくない」
俺は壁を乗り越えて、街の跡を見渡した。見るべきは歩く服を着た骸骨。あとは見ない。聞こえてくる歌に、気を取られることなく集中する。
気持ちの悪い風が、耳元を吹き抜けていった。
振り返ると頭蓋骨が、俺を至近距離で見ていた。思わず、二本の指を何もない眼窩に入れて放り投げてしまった。
「ああ、聞き取りをしていたところなのに……」
シルビアはゴースト系の魔物は平気なようだ。
「すまん。先に言っておいてくれ」
「ま、まぁ、いい。港の方に海賊どもがいるそうだ」
「シルビアはよく平気でいられるなぁ」
「わ、私は吸血鬼の一族だからね。冥府に行きそこなった者たちは同胞みたいなものだ」
「じゃあ、俺が死んだらシルビアのところに化けて出るかな」
冗談のつもりで言ったのだが、シルビアは真顔になった。
「もしマキョーが死んだら、どんな禁術を使おうと私たちが必ず生き返らせる。そう簡単に死ねると思うな」
「え? そうなの?」
シルビアはそこで「ふっ」と笑った。
「人は自分がどう見られているかなどわからぬものだ。死んでも1000年くらいは働いてもらうつもり」
「働かせすぎだろ」
「そ、そうか? でも、1000年経っても働いている者たちもいるみたいだ。ほら」
ゴースト系の魔物を避けながら、西に向かっていくと、船の墓場があった。
砂浜に打ち上げられた大型船がひっくり返ったり、真っ二つに折れて船首が空を向いていたりしている。破れた帆が風にはためき、朝だというのに明りが船底に空いた穴から漏れていた。
砂に埋まらないように浜には木の板が幾筋も道を作っている。その上を、腰に剣を差した骸骨たちが木箱を運んでいた。
「死んだ海賊たちか……」
「あれは骨だから大丈夫か?」
「うん」
俺は大きく息を吸った。
「たのもう!!」
大声で声をかけてみると、骸骨たちがこちらを振り返った。壊れた船の中にいた骸骨たちも、這い出てきて俺を見ている。
「魔境の領主になった者だ! 話し合いがしたい!」
ヒュン、ズポッ!
足元に錆びた槍が飛んできた。
俺は槍を抜いて、魔力を込めて思い切り投げ返す。
フンッ!
槍は連なった船の残骸に穴を空けながら、空の彼方まで飛んでいった。
「戦ってわからせた方が早いか?」
俺はワニ革の手甲をはめながら、シルビアに聞いた。
「ど、どうかな……」
ヒュンヒュンヒュンヒュン……。
手斧が飛んできたので、手甲で受け、そのまま弾き返した。骸骨の頭部にさっくり突き刺さったようだ。
それが合図だったのか、剣や燭台、鍋、三叉槍、スコップなどが飛んできたが、すべて弾き返した。狙いが甘いのか、砂浜にいろんなものが飛んできて砂埃が舞う。
砂埃が風に吹かれて目の前が開けた。
「この手甲、なかなか使えるな。よし、やろうか」
魔力を拳に込めた。付与するのは風魔法でいいだろう。
「な、なんか出てきた?」
シルビアが指さす方を見ると、貴族が着るような豪華な服を着て、三角帽子を被った骸骨が明りの付いた船から出てくるところだった。
「なんだ? お前ら、肉が……!?」
三角帽子の骸骨が何か言ったようだが、俺の身体が止まることはなかった。
ブホォオオオオッ!
半分になった船を水平線の方まで吹き飛ばす。
「ごめん。聞こえなかった。なんか言った?」
振り返ると三角帽子の骸骨はかしこまったように直立不動になった。他の骸骨たちもなくなってしまった船の痕跡を見て固まっている。
「どちらさまでしょうか? 見たところ、ゴーレムではなく肉がついているようですが……」
「魔境の領主になったマキョーです。よろしく。こっちは……」
「きゅ、吸血鬼の一族、シルビアだ。近海の海賊とお見受けする。魔境の交易路開拓に協力願いたい」
シルビアが海賊たちに用件を伝えてくれた。
「領主? 交易路?」
三角帽子の骸骨は混乱しているようだ。
「領主とはどこのですか?」
「山を越えたところにある砂漠と、北にある森だな。エルフの国との国境線までだ」
「ユグドラシールは結局どうなった? どうなったんです?」
「なくなった。今は西に竜の血を引く一族がエスティニア王国という国を作った。俺の土地はその国の一部だよ」
「そ、そしてここはその領地の一部だ。海賊なら領主の言うことを聞く必要はないが、領主の実力は見ての通りだ」
シルビアはなくなった船の跡を指さした。
「そうか……。ダンジョン同士の抗争は?」
「もう、ない。植物園のダンジョンが潰れて、遺伝子学研究所は獣魔病患者の子孫が住んでいた。軍事基地はゴーレムたちがいて、今技術的なことで協力してもらっているところだ」
骸骨があるだけで、かなり話しやすい。
「ダンジョンがあるのか?」
「群島にいくつかある。あります」
徐々に現状を理解してきたようだ。
「その群島を通る交易路を作りたいんだけどな」
「無理だ! ただの群島ではない!」
三角帽子の骸骨が語気を荒げた。
「ミッドガードを移送した巨大魔獣を見たことは?」
「二回遭遇した。二度目で上陸もしたが、ダンジョンには入らなかった」
「正しい判断だ。領主さんは時空魔法を使うのかい?」
「いや、普通にジャンプして飛び乗った」
三角帽子の骸骨は、何度か「え?」「は?」と繰り返し、壊れたおもちゃのようになってしまった。
「こ、混乱するのは無理もないが、そういう奇怪な者がいるのだと納得してくれ」
「そうだな。一撃で、船を吹き飛ばすようなお方だものな。ま、とにかく、ミッドガードにはかかわらない方がいい。群島にもだ」
「なぜだ?」
「群島と言ってはいるが、島ではなく巨大魔獣の成れの果てだ。常に移動している」
確かに、あの巨大魔獣を一頭だけしか作らなかったとは考えにくい。万年生きる亀たちはこんな海で暮らしていたか。
「国を追われた者や大きな罪を犯して逃げ出してきた者、一族から捨てられた者が最後の死に場所として選ぶのが、あの島々だ」
ほとんど俺たちみたいな奴らだな。
「島ごと動くから、波は荒れ、いつでも嵐が吹いている。うっかり海域に侵入すれば、船の外に放り出されて海の藻屑と消えるのがオチさ……。わかったのなら、とっとと……」
三角帽子の骸骨が顔を上げたが、俺たちはすでに話を聞いていなかった。
「歩いていけるかな?」
「や、やはりチェルを連れてくるべきか? リパの箒でどうにか飛んでいくのもいいと思うけど」
「巨大魔獣をどうにか誘導できないかな?」
「ぐ、軍事基地で聞いてみるか」
「話を聞いてたか!?」
三角帽子の骸骨が迫ってきた。
「あ、聞いてなかった。ただ、群島は、なんだか俺たちにぴったりな場所みたいだから準備してから、また来るよ」
「もう来るなよ。死ぬかもしれないんだぞ!?」
「大丈夫だよ。死んだら生き返らされるだけだから」
「お前たちはわかってないな! 死んだらな、徐々に骨になっていくんだ。服だって擦り切れちまってなくなる。そうするとどうなると思う?」
「どうなる?」
「だいたい500年くらいで自分がなんなのかわからなくなってくる。自分が自分であることがわからなくなってくるんだ。町で見なかったか? 同じことを繰り返している奴らを!」
「見た」
「肉もなく、服もなく、骨もなくなれば、なにも持たざる者になる。冥府への扉は開いているのに、飛び込む勇気もない。ただ、自分が自分でいた頃と同じことを繰り返して、辛うじて自分を保っているんだ。魔物に変われたら、どんなに楽か……」
俺が怖がっているものが薄ぼんやりとわかってきた気がする。
「死ぬくらいなら俺と換わってくれよ!」
「それは無理だな」
「なら、そう簡単に死ぬなんて言わないでくれ」
「すまん。悪かった」
頭を下げて謝った。
「で、何が欲しい?」
「は?」
「冥府にも逝かず、この世にしがみついているんだから、なにか欲しいものでもあるんだろ?」
三角帽子の骸骨は再び混乱したらしい。
「海賊たちよ! 交易路を作るのに協力してくれるなら、報酬を渡すのが道理だ! 次に俺が来るまで欲しいものを考えておいてくれ。これでも俺は領主だ。夢くらいなら見せてやれるかもしれない!」
大声で海賊たちに話しかけた。
「そ、そんなこと言っていいのか?」
「夢を見るだけなら無料だからな。それに夢は人それぞれ違う」
「それも、そうだな」
シルビアは声を殺して笑っていた。
「街の皆にも言っておいてくれ。もしかしたら上手く冥府に送ってやれるかもしれない。それじゃあ」
そう言って、俺たちは港を去った。