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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【運営生活2日目】


 ガーディアンスパイダーの抜け殻がいくつも地面に埋まっている。他にも大型の魔道機械が破壊されて朽ちていた。


「い、岩の中身が空だ。金属を食べる魔物がいるのか?」

「野盗だろ。崩壊後にどこかに持ち去ったんだろうな」


 早朝から、干し肉を齧りながら、魔境の南西を探索している。

低木に隠れたウサギの魔物を捕まえようとしたら、風魔法で飛んで逃げていった。大きな耳を翼のように広げて飛ぶので、シルビアは耳で飛んでいるのかと思ったらしい。

口先が短いワニの魔物は水魔法で水たまりを作り、草食系の鹿の魔物を狩っていた。

 大きな走る鳥の魔物は、足を蹴り上げて土魔法で作った礫を放ってくるし、食獣植物は魔物を火魔法でこんがり焼いてから食べている。

 

「ま、魔法を使う魔物が多いのか?」

「魔力が濃い土地なのかもしれないな」

 

 俺はシルビアに答えながら、地中を魔力で探る。

 やはり土地に流れる魔力が大きく、隆起する力も大きい。魔力で干渉しても引き上げられないだろう。

 魔物の幼虫や骨と一緒に、わずかに人工物らしきものが埋まっていた。


「南の方に積み石が埋まっている」

「つ、積み石?」

「道しるべだよ。行ってみよう」


 砂の中に拳大の平たい石が積んである。


「こ、これが道しるべ?」

「地面の下に大人2人分くらいの石が重なってる」


 風魔法を付与した手のひらで、そっと固い地面を撫でた。

 砂埃がぼふんっと舞い上がり、砂漠の彼方へと飛んでいく。

目の前には人の胴体ほどの平たい石がいくつも積まれていた。


「石に角がない。川が近くにあったんだろうな」

「こ、この道しるべを探せば、古代の交易路を辿れるのか?」

「そういうことだ。新しく道を作るより、元々あった道を復活させた方が早いだろ?」

「そ、そうか。あ! あれは積み石の先っぽじゃ……?」

 

 シルビアは指さしながら、西の山の方に向かった。石の下を掘ると、積み石が出てくる。


 そうして低木を避け、緩やかな山を登っていった。周囲には砂埃が舞っているが、争うような音は聞こえない。時々、ライチョウの鳴き声が聞こえてくるが、姿は見えない。

 突然、足元に咲いたユリの花から火が噴き上がったり、ウサギが優雅に空を滑空していたりするが、争うような音は聞こえず静かだった。

特に急ぐこともないので、ゆっくり古い山道の跡を登っていく。


「ぬあっ!」

「ど、どうした? 脳みそのしわが突然つるつるになった時みたいな声を出して」

「そんな時はない。見てみろ」


 ガーディアンスパイダーの抜け殻の中に鳥が巣を作っていた。近づいていくと、鳥が丸く膨らみ、トラの顔のような模様を浮かび上がらせる。持ち上げてみると軽く、ふわふわとして手触りがいい。

 シルビアは殴って、鳥の空気を抜いていた。


「た、食べられないな。肉が薄すぎる」

「じゃあ、あれは?」

 

 俺は山の上の方を指さした。

 大きなフクロウの魔物が羽を広げて地面の上で眠っている。ちょっとした小山くらいはある。そんな大フクロウが何羽も岩のように動かない。


「か、解体が面倒だ。羽を毟るだけで2日はかかりそう」

「静かに通り抜けよう」

「チェ、チェルは連れてこられないかも……」


 シルビアはチェルを騒がしい奴だと思っているらしい。


「チェルは魔王になれるのかな……?」

「そ、それはなれるんじゃないか。本人の意思次第だけど、ああいう性格は人心を掴む」

「そういうところは信用してるんだな」

「ん? し、信用してないのか?」

「どうかな。人としては信用しているけど、人の上に立つとなると……。俺はあんまり人の上に立ったことがないから、わからないんだ。そもそも俺が魔境の領主に向いてると思うか?」

「思わない! で、でもマキョー以外には無理だ。代わりがいない」

「そうかな?」

「うん! マキョーが最も魔境を体現している。そ、そんなことより、そろそろ虫を避けているその技を教えてくれないか?」

「ん? ああ」


 振り返るとシルビアの体中に小さな甲虫がへばりついていた。

 俺は何となく邪魔だったので魔力を回転させて追い払っていたが、普通は寄ってきてしまうものらしい。

 シルビアの背中にそっと触れ、魔力をゆっくり回転させながら、へばりついている甲虫を追い払った。


「ふ、不思議な感じだ。皮膚がねじれたような感覚があった」

「そんな感じかもな。魔力操作の一種だよ。たぶん、ここら辺は魔力が濃いから、小さい虫は大きい魔力を目指して飛んでくるんだ。ほら……」


 人差し指に魔力を集めて、軽く振っていると灰色の小さな蝶が飛んできた。集めた魔力を飛ばすと、蝶はそれを追って飛んでいく。


「ま、魔力感知能力が高いのか……」

「チェルもそんな能力の家系じゃなかったか? こんな静かなところにあんなうるさい奴と同じ能力の虫がいるなんてなぁ」

「ひ、人は自分に向いていない場所で向いていないことをしているのかもしれない」


 どうでもいい会話をしながら、ひたすら山を登っていく。

 低木がなくなり、草しか生えなくなった。


 見上げれば、山が包丁で切ったようにまっすぐ割れて、向こうの空が見えている。

 積み石も割れた通り道に続いていた。


「ほっ。抜け道みたいだな」

「こ、こんな山の隙間が自然にできると思うか?」

「古代の人が作ったんだろう」


 近づくとちょうど馬車が3台通れるほどの道幅があった。


「馬車が行き交えるだけの道幅があるね。落書きも多いな」


 両側の壁には読めない落書きが彫られていた。

 通り抜ける風は強く、背中を押される。ところどころで事故があったのか、はたまた魔物に襲われる事件があったのか、ぽっかり壁がえぐれていたところがあった。端に砂が溜まっているが、休むことはできそうだ。


カァー!


上からカラスの鳴き声が聞こえてくるが、襲ってくることはないだろう。

 小休止して水分を補給。すぐに山の向こう側へと向かった。


 通路を抜けると、空の半分だけ青くまぶしかった。もう半分は……。


「く、雲が……」

「あの黒い雲は動いてないんじゃないか?」

「う、動いてないかも……」


 黒い雨雲が西の海まで広がっている。

 


 ゴロゴロゴロゴロ……。


 雷鳴も聞こえてくる。

 磯の香りに交じって、ピクルスのような酸っぱい臭いも漂っている。


 ヒュン……。


風を切る音とともに黒いカラスの魔物が空から突撃してきた。

しっかり嘴を掴んでねじるとカラスの魔物は声も出さずに首を一回転させて絶命。


「晩飯にするか?」

「わ、悪くない」

 

 羽を毟ってシルビアが血を抜き、簡単に捌いて塩を塗って革袋に入れておく。

 食べるなら、このくらいで十分だ。


 山道を下っていくと、周囲に生えていた草から黒い花が一斉に咲き花畑ができた。石を投げたり花粉をその辺にいた黒い双頭の狼に嗅がせてみたりしたが、特に即効性のある効果はなさそうだ。


「何だと思う?」

「べ、別に効果がある花ではないのだろう?」

「魔境の花なのに?」


 捕まえた双頭の狼は、舌を出して俺とシルビアを見ていた。

 試しに、狼を花畑のど真ん中に放り投げると、こちらに向かってくる途中で足元がおぼつかなくなり、倒れてしまった。


「やっぱり何か効果があるんだろうな」

「ま、魔力切れだ。この黒い花は魔力を吸い取るんだ」

「なるほど。そうかも」


 黒い花をいくつか採取して瓶に入れ、双頭の狼に魔力を注いで野に放つ。双頭の狼は立ち上がって混乱していたが、すぐに正気を取り戻したように俺たちから逃げていった。

 

 山道をさらに降りていくと、茶色い葉の低木が増えてきて、鎧を着た骸骨や人と同じくらいの蝙蝠が歩いている。


「が、骸骨は怖くないのか?」

「実体があれば怖くはないさ。実体もないのがダメだ」

「じゃ、じゃあ、あれは?」


 シルビアが指さす方に青白い鬼火が浮かんでいた。鬼火だけではなく、雲のような黒い霧が魔物のように漂っている。


「にがて」


 気づいたら拳に風魔法を付与して前に突き出していた。


 ブッフォン!


 突風が回転しながら、鬼火たちを吹き飛ばしていく。

 道ができたので、とっとと通り過ぎる。


 足に魔力を込めて移動すれば、実体があいまいな魔物にも認識されないことが分かった。

山道が終わり、平坦な道に辿り着いた。

 濃霧が発生していて道の真ん中に佇むガーディアンスパイダーに気づくのが一瞬遅れた。足がなくなっているものの、こちらを敵と認識して赤い目を光らせ攻撃してくる。


 ピチュン!


 熱線を放ってきた。


「ぶ、武器を構えてないのに!」

 

 その一発が合図だったのか、濃霧の中で周囲に数えきれないくらいガーディアンスパイダーの目が光り始めた。


「全部、相手にするのは面倒だ。逃げるぞ!」


 シルビアを掴んで、足に魔力を込めて、一気に走る。目の前の障害物は裏拳ではじいていく。穴が空いている馬車道の跡に、さらに穴を空けながら進む。

波の音がしっかり聞こえ、塩の香りが強くなってきた頃、建物が倒壊した港町にたどり着いた。


ウォオオオオオ……!


遠くで何か大型の魔物が叫んでいる。


「こ、ここはマキョーには向かない土地かもしれない」

 シルビアが周囲を見回しながら言った。

 俺もそう思う。


 頭蓋骨だけが空中に浮かんでいる。ローブだけがなぜか歩いている。


「……後ろの正面、だ~あれ?」


 噴水後の広場で鬼火がぐるぐる回りながら、歌を歌っていた。


「確かに、人は向いていない場所で向いていないことをしているのかもな」


 ゆっくり拳に風魔法を付与した俺の膝は笑っていた。



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