【運営生活1日目】
隊長と話してから5日ほど。ジェニファーが魔境を出てから10日ほど経っていた。
俺たちは相変わらず、中央にある二つのダンジョンの運用とドワーフの教育にかかりきりで、朝飯を食べてる最中に、ジェニファーが現れた時も「あ、帰ってきたんだ」と思ったくらいだ。
「ジェニファー・ヴォルコフ。ただいま、戻りました!」
「おかえり」
「今、パン焼くからちょっと待っててネ」
チェルもちらっとジェニファーを見て、足りない朝飯を用意し始めた。
「お風呂なら沸いている。朝風呂は気持ちがいいぞ」
「ド、ドワーフとダンジョンの民に毒草と薬草の違いを教えてあげてほしい」
「ダンジョンの民が増えて、食料は確保したんですけど、塩が足りなくなっているかもしれません」
他の皆も、魔境の状況をジェニファーに説明した。
「あなた方は他に聞くことあるんじゃ……!?」
ジェニファーが顔を真っ赤にしている。いくら期待してないとはいえ、ジェニファーのサバイバル術の売り込みに興味がなさすぎる。
「で、どうだった?」
ジェニファーが怒り狂う前に聞いてあげた。
「マキョーさん! やりましたよ! 魔境の外に交易のための町を作ることになりました!」
「あ、隊長から聞いた。石材は魔境産のものにするから、運ぶのを手伝ってくれ」
ジェニファーがわなわなと震え始めた。なんでだ?
「あ、そうか。よくやったぞ! 偉い! 偉大! 褒めてつかわすぞ!」
慌てて褒めたが、ジェニファーの顔は赤いままなので意味がなかったかもしれない。
「それから、南西の航路を開拓させていますので、魔境側も交易路の開拓をしましょう!」
ジェニファーはいくつか仕事をしてきたようだ。
「え? 航路の開拓って誰に?」
「幽霊船の魔物に。大丈夫ですよ。元は人間ですから、言葉は通じます」
「嫌だよ、幽霊に会うなんて。それだけは勘弁してくれって言ってるだろ!」
「子供じゃないんですから、ゴースト系の魔物に怖がらないでください! まぁ、幽霊たちとの交渉は私がやりますから、マキョーさんは南西までの交易路の確保をお願いします」
「また、仕事を増やしやがって……」
「なんですか!? 仕事が増えていいでしょう! お金が入ってきますし、エスティニア王国、いえ、周辺諸国の発展にもなるんですから!」
「でも、普通の金は魔境で必要ないし。なぁ!」
焼き立てのパンを持ってきたチェルに話を振った。
「まぁネ。でも、交易の町ができるなら、必要なんじゃないノ?」
「リパはどう思う? 祖国のクリフガルーダが発展して嬉しいか?」
ジェニファーがいない間、倉庫からなくなった食料品や雑貨のリストを渡しに来たリパに聞いた。
「僕は……、どうでしょう。難しいことはわかりません」
「クリフガルーダから表彰されると思ったらどうですか?」
ジェニファーがパンとリストを受け取って、リパに聞いた。
「表彰ってのが、されたことがないのでよくわからないです」
「ほら見ろ。別にここにいる奴らは誰かに褒められたくて生きてないんだよ! だいたい誰かが決めた地位や名誉で、魔境の暮らしは楽にならないからな」
「じゃあ、南西の交易路は通さないってことですか?」
ジェニファーがパンを毟り食いしながら、迫ってきた。
「そうは言ってない! やること増えて、めんどくさいって言ってるだけだ」
「ああ、ただの文句ですか?」
「文句だよ! 考えてもみろ! 俺は辺境伯になってもずっと働いている。全然、楽にならないじゃないか」
「それは私に言っても仕方がないので、国に言ってください!」
ジェニファーは、俺から離れ、焚火にかかっている鍋から煮物を直で、むしゃむしゃ食べ始めた。腹が減っていたんだな。
「あ、甘い匂いがするな」
シルビアがジェニファーのリュックに近づいた。
「魔境の人は鼻が利きますね。魔境の近くにある山間では養蜂が盛んだそうで、蜂蜜をお土産で買ってきたんです」
「蜂蜜酒は?」
ヘリーがジェニファーに聞いた。
「買ってません! 魔境は禁酒ですよ!」
酒で一番やらかしたジェニファーが言うので、皆、笑っている。
朝飯を食べ終わった頃、訓練場からドワーフたちがやってきた。
「おはようございます」
「おはよー!」
「あす……」
ドワーフたちを見て、ジェニファーが立ち上がった。
「おはようございます! ジェニファー・ヴォルコフです! 魔境の総務担当。よろしくお願いいたします!」
ジェニファーはきっちり角度をつけて頭を下げ、ドワーフたちに自己紹介をした。
「よ、よよよよよろしくお願いします」
「圧がすごい……!」
「……!」
カヒマンはすっと自分の気配を殺した。
「倉庫の管理と採取が上手いから、食べられる野草の処理を教えてもらってくれ。ヘリーはサポートを頼む」
「わかった」
ヘリーがドワーフたちの方を向いた。
「大丈夫。ジェニファーはわけわかるタイプのヤバい奴だから」
「ヘリーさん!」
ジェニファーは怒っていたが、ドワーフたちはヘリーの言葉で安心していた。
「怒られても褒めておけばいい。肌がきれいだとか……、……あとなんか適当に」
「肌以外にもいいところがあるはずです! 諦めないでください!」
「田舎の出身で芋っぽい顔をしているところが、親しみやすいヨ」
「チェルさん!」
「リパもジェニファーのいいところを言ってやれ」
野草の採取仲間として、ジェニファーとリパは行動を共にすることがよくある。
「ジェニファーさんは、疲れてくると笑いながら魔物を殺すので、すぐに休憩を入れてください。危険水域を超えなければ優しい人です」
「え? 私、笑ってますか?」
ジェニファーの自覚ないヤバさがわかってきたところで、沼の方から鹿頭の魔王がドスドスと足音を立てて坂を上ってきた。
「おはようございます!」
腹に響く野太い声で挨拶をしてきた。
「随分、大きな魔物ですね。シルビアさんの使役した魔物ですか?」
「い、いや、ダンジョンの魔王だ。これでも縮んだ方だよ」
魔王の大きかった身体は燃費が悪く、ダンジョンの外ではそれほど役に立たないので、適正な大きさにしていると所長が言っていた。どういう技術でそんなことできるのか謎だが、できてしまっているので何も言えない。
現在の魔王は、近所の樹木と同じくらいの大きさだ。
「魔王? ですか?」
ジェニファーは「魔王」に関係があるチェルを見た。
「ダンジョンの先住民だヨ。1000年前、ユグドラシールで獣魔病を患って迫害を受けていた人たちの子孫。見た目は魔物だけど、ちゃんと言葉も通じるから、無暗に頭をかち割ったりしないようにネ」
チェルの言葉を聞いて、そんなことをするのかと魔王はジェニファーと若干、距離を取った。
「そうですか。私の名前はジェニファー・ヴォルコフ……」
再び自己紹介が始まってしまった。油断するとすぐ自己紹介を始める。
「じゃあ、今日はリパとヘリーで中央のダンジョンをジェニファーに案内してやってくれ。魔境の住人たちにも紹介しないと、知らない間に撲殺されるかもしれないからな。カタンとカヒマン、魔王もついていくといい」
「わかったよ~」
「ん……」
「心得た!」
ドワーフの中でサッケツだけが残った。
「サッケツはカリューの目を取り付けるため、砂漠の軍事基地に行こう」
サッケツの今ある技術では取り付けられないので、軍事基地で工具を借りてゴーレムたちに教えてもらいながら技術を磨いていくことになった。
もちろん、カリューはそれに付き合う。本人としては、できれば骨格も欲しいのだとか。「フレームがあるだけで、全然身体操作が変わってくるのだ」と言っていた。
「いよいよ、ですか……」
サッケツには魔境の走り方ぐらいしか教えていない。我が家である洞窟近辺からも出たことがないため、ちょっと緊張している。
「よろしく頼む」
カリューはそう言って体を縮め、俺のカバンの中に納まっていた。
「マ、マキョーはカリューたちを軍事基地に送った後は南西探索か?」
シルビアが聞いてきた。
「そうだな。もう領主と言うよりも探検家だ。泊りになるかもしれないから、毛皮と水を多めに持っていくか……」
「た、試してほしい武器があるんだけど……」
「じゃあ、シルビアも来るか」
「うん」
俺とシルビアが南西探索の準備を始めた。
「じゃあ、私は蜂蜜なめながら留守番でもしてるかナ~」
チェルの言葉に、全員が「殴るぞ」という殺気を込めた目で睨んだ。
「チェルも私と一緒に来てくれ。身体を改造するのは不安なのだ」
「うっ、わかったヨ……」
カバンの中からカリューがフォローしてくれたので、事なきを得たが、全員が働いているときに遊んでいる奴は反感を買う。
「じゃ、諸々、よろしくお願いします!」
先にジェニファーたちが、中央のダンジョンに向かった。
俺たちも野営の荷物を背負って、出発。
森を南下し始めてすぐにサッケツが遅れ始めた。
「先に俺が走って魔物や植物は弾いていくから、気にせず走ることに集中していいぞ」
「はい……」
サッケツは汗を拭いながら、どうにかついてきた。
「いつもこんなに速いんですか?」
休憩中にサッケツが聞いてきた。
「いつもはもっと速いヨ」
「一人でも移動できるようになろうな」
「頑張ります」
サッケツはそう言って水を飲んでいた。洞窟周辺で練習していた走り方とは、レベルが少し違ったらしい。舗装もされていない道なき道を行くので、踏み外すこともある。
「ゴーレムたちに守ってもらえばいいのだ。どうせあんな砂の中にいても役には立たん。少し傭兵として働いてもらった方がいい」
カリューが提案してきた。
「報酬はどうするんだ?」
「魔力でいいだろう。彼らには他に価値のあるものなどないのだから」
軍事基地のゴーレムたちは1000年前の軍人だ。守っていた国はなくなってしまっている。亡国の亡霊そのものだ。それでも自分を保つ何かは必要だろう。役職があれば、迷わないでいられるのではないか。それがカリューの提案だった。
「そうだな」
「同じ境遇の私なら、交渉もしやすい」
「それじゃあ、頼むよ」
「大丈夫だヨ。軍人なんて力を見せればいいんだから」
全く説得力のないチェルの意見を聞き流して、再び南下する。
森を抜けて砂漠まで来ると、すでに太陽は高く昇っていた。
「日に焼けるから頭に布を巻いた方がいい。それから砂が熱いから転ばないように」
「森より、走りにくいからネ」
「はい……」
サッケツは言われたことをやっているが、自分の成果が上がらず苦しそうだった。
「サ、サンドコヨーテかデザートサラマンダーを見つけたら教えて。使役してサッケツを乗せる。そろそろ限界だよ」
シルビアがぼそっと俺に声をかけてきた。
「そうだな」
砂漠を走り始めて、サッケツが突然転んだ。
起き上がらずに、悔しそうに泣いている。勝手に診断してみると、足の爪が割れていた。
回復魔法でならすぐに治せるが、心の方がついて行かないだろう。
「よくやった。大丈夫、軍事基地まで、もうすぐだから」
俺はあたりを見回して、サンドコヨーテの影を地平線に発見。とっとと捕まえてきて、シルビアに使役させた。
砂と同じ色の狼の魔物は、ドワーフを背中に括り付けても、特に重そうにはしていなかった。
砂嵐を砂丘の陰でやり過ごしながら、軍事基地へと向かう。
チェルとシルビアは、サッケツに蜂蜜をなめさせ水を適度に飲ませていた。意外にこの2人は面倒見がいい。魔境に慣れていない頃、死にかけた回数が多いからか。
たどり着いたのは昼を過ぎた頃だった。
突然の来訪にもゴーレムたちは歓迎してくれた。
「ドワーフの技術者を連れてきた。工具と技術を教えてやってほしい。ついでに警護も」
「了解した」
基地を統括している小柄なゴーレム・グッセンバッハが短く答えてくれた。
「魔族の魔王候補を置いていくから魔力が足りなくなったら補給してくれ」
「私の魔力は値が張るヨ」
チェルはそう言いながら、炎の槍をぐるぐると回していた。
ゴーレムたちは慌てて「もったいないから演習場で魔法の練習をしてくれ」とチェルを連行していった。ダンジョンの中でも魔力を補給しやすい場所が決まっているのかもしれない。
カリューは人型になって、サッケツと共に技術系のゴーレムのもとに向かった。サンドコヨーテも必要ないので、ここで逃がす。
「領主殿は残らないのか?」
「俺たちは西の探索だ。何か知っているか?」
グッセンバッハに聞いてみた。
「西海岸は魔境だ。ミッドガード移送後、早い段階で崩壊していたな。山が盛り上がって霧の町が塞がれたと聞いた。危険だぞ」
「どこも魔境で、どこも危険だよ。3人を頼む」
3人を軍事基地に残し、俺とシルビアはダンジョンから出た。
気を遣わず、西へ走る。
砂地は徐々に固くなり、ところどころに草が生えてきた。
そこを抜けると一気に低木地帯へと変わり、砂埃が舞っている。
三又のブーメランのような角を持つ鹿の魔物や、太りすぎて丸いリスの魔物がいた。P・Jの手帳にも書いていない魔物なので、もしかしたらP・Jは南西には来ていなかったのかもしれない。
ホーホーホー。
どこかからフクロウの鳴き声が聞こえ始めた。
西の山に太陽が隠れて、あたりはすっかり薄ぼんやりとしていた。
今日はここに拠点を作って、野営することに。
「み、見張られている気がする」
「どこから?」
シルビアは西の山の方を指さした。
「俺もそう思う。油断しないように。何か試したい武器があるんだって?」
「ああ、これ」
シルビアは荷物から革製の手甲を取り出して見せてきた。
「ロッククロコダイルの革だから魔力を込めると固くなる」
自分の作った武器だからか流暢に説明する。
「防具じゃないのか?」
「マキョーに防具が必要とは思えない。これは裏拳の威力を上げる武器だ」
「なるほど……」
新しい武器を試しつつ、夜が更けていった。