【魔境生活16日目】
翌朝、俺とチェルは船を作るための木材探しを始めた。
チェルにはずっと居てくれなどと思っていない。だいたい、魔族と一緒にいるところを誰かに見られたら、兵隊がやってきて逮捕されるだろう。
チェルも生まれ育った国へ帰りたいはずだ。
ということで、木を切り、船を作り、チェルを送る、という流れを地面に絵を描いて説明した。チェルは何度も頷き、何度も舌を出した。感謝しているようだ。
試しに、家の近所にあった幹が太い木を切ってみることに。P・Jが持っていた何の金属かわからない素材の剣に魔法剣で風魔法を付与してみる。
魔力の伝導率が良すぎて、付与しただけで、木を貫き、前方20メートルほどの木々を切り倒した。P・Jの持ち物は超危険。なるべく使わないようにしよう。
「いやぁ……これはダメなやつだ」
チェルはドン引きしすぎて、笑みを浮かべていた。
とにかく、倒した木の枝を払い、中をくりぬいてボートを作ることに。倒れた木々が多いので8回くらいは失敗できる。
P・Jの剣は地面まで削りそうなので使わなかった。かなりの重労働だ。
ヤシの樹脂の斧で、形を整えていく。
中を削るのが難しかったので、専用の工具を作ることにした。ヤシの樹脂で小型の鋤を作り、畑でも掘るように、ボートを彫っていった。
ただ、木は乾燥すると割れるということをわかっていなかった。湿っぽかったので、チェルに木から魔法で水分を抜けるか、やってもらったら、あっさり縦に割れた。
「「ああぁぁぁ……」」
チェルと声を揃えて落胆した。
自然乾燥が一番のようなので、切った木は家の前に並べておいた。気づけば、大木を難なく一人で運べるようになっている。
「もし、魔境で暮らせなくなっても引越し業者として働けるかな」
「ヒッコシ?」
「いや、なんでもない」
「イヤ、ナンデモナイ」
チェルが俺の真似をして、言葉を覚えようとしているようだ。俺もそのうち魔族の言葉でも教えて貰うかな。今後、使うことはないだろうけど。
昼食後、畑に向かう。
オジギ草を刈ってしまったせいで、スイマーズバードが巣を作ろうとしていた。
「なぜだ!?」
どうしてスイマーズバードはうちの畑にばかり巣を作ろうとするんだ?
怒りに任せて、スイマーズバードを拳で彼方にふっ飛ばした。カミソリ草はそんなに伸びていなかったので、ちょっと抜いただけで済んだ。
野菜は地味に育っている。少しずつでいいので、ちゃんと育って欲しい。
水をやって、新たなオジギ草を植える。
「こんな作業やってるの、世界中の畑で俺だけだろう。なんだ、これ?」
でも、やらないとすぐ畑が荒れるので仕方がない。
沼の周囲を地図に描くことに。
沼の反対側の丘へ警戒しながら向かう。すでにトレントの姿はなかった。
チェルは魔物を毒や石化状態にして、倒していた。状態異常にすると食べられないので、できれば普通に倒して欲しいが、今の実力では無理だそうだ。
夕方まで地図を描き、カム実を採って過ごす。
おっさんインプは飛び回って、俺たちを惑わせようとしているらしいが、思いっきり石を投げて追い払った。
「腹立つわ~、あの顔」
「ハラタツ~」
とりあえずおっさんインプは置いといて、P・Jの手帳に描いてあった遺跡を探すことに。
チェルはヘイズタートルの甲羅を石に変えたりして遊んでいる。遊んでいるなら手伝ってくれ、と言ったが、頷いてヘイズタートルを持ち上げようとしていた。
説明するのが面倒なので放っておく。
地面や岩を確認していたら、チェルが叫びながら空を飛んでいた。
「そういや俺もヘイズタートルに最初に遭遇した時はふっ飛ばされたなぁ」
首の骨が折れているかもしれないので落下地点に向かうと、チェルがゴールデンバットに捕まり叫んでいた。
「マキョー!!」
本当に杖がないと世話が焼ける。
俺が姿を見せると、ゴールデンバットが超音波を発して威嚇してきた。頭が痛い。
「アア……アア……」
足に捕らえられているチェルは目を回していた。
その間に、ゴールデンバットがチェルを掴んだまま空に向かって飛んだ。
「させるか!」
斧をブーメランのようにゴールデンバットに向かって投げる。羽に当たればいいかと思ったが、あっさり躱された。
「まずい……」
上空へ逃げられるとどうしようもできない。
とりあえず、落ちている石を手当たり次第にぶん投げた。
数撃ちゃ当たるとは、よく言ったもので、投げた石の一個がゴールデンバットの羽に命中。穴を開けた。旋回しながら墜落するゴールデンバットの足をナイフで切断し、チェルを救出した。
チェルは目を回していたが、舌を出して感謝していた。
結局、日が沈むまで遺跡を探していたが、沼の周辺では痕跡すら見つけられなかった。
地図作りも畑の野菜も少しずつだが、続けていこう。木を乾燥させるため、チェルの滞在は延びた。
チェルは手と口の周りを脂まみれにして、うまそうに肉にかぶりついている。
「いや、チェル、お前家賃払えよ」
「ヤチン!?」
チェルは全くわかっていなかった。
情が移る前に早めに追い返そう。あぶね~、優しくするところだった。