【中央のダンジョン攻略・マキョーら6】
シルビアとともに、革袋をたくさん括り付けた背負子を背負って植物園のダンジョンへと向かう。
通り過ぎるミッドガード跡地では『渡り』の魔物たちが子育て中だ。徐々に魔物らしい体つきになった子供たちが背中の羽を広げていた。
「ひ、昼飯にするのか?」
後ろを走るシルビアが唐突に聞いてきた。
「いや、魔物の子は襲わないよ。群れで襲い掛かられると大変だ」
「マ、マキョーでもそういうことは思うんだな」
「何だと思ってるんだよ」
シルビアは笑いながら、ついてくる。
思えばシルビアは吸血鬼の一族だし、ヘリーのように呪いがかかっているわけではないので、魔境の中では身体も魔力も動く方だ。しかも魔物を使役できるという特殊技能まである。
ワニ園も管理して、武具作りもできる。家柄もよく、とても優秀だ。イーストケニアに戻る口実はあるし、どこでも生き抜ける術は身に着けている。
「……なんで、魔境にいるんだ?」
「え!?」
「いや、シルビアほど優秀なら、別に魔境じゃなくても生きていけるだろ?」
「い、今、それを言うか?」
聞いちゃまずいことだったのか。この前、里帰りもして意識が変わっている最中だったのかもしれない。
「すまん。忘れてくれ」
「自分は何ができるのか知りたいんだ。領民のため、一族のため、家族のため、生きてきて奴隷になった。頭も丸めたし」
シルビアは一度もどもることなく笑いながらそう言った。
「貴族の誇りもしがらみも捨てたし、自分の好きに生きることにしたんだ。魔境では好きにしていいんだろ?」
「ああ、死ぬこと以外は好きにしていい」
「ククク、や、やっぱりマキョーは変な奴だ」
「なんだよ。悪いか」
「そんな領主はいない。税金かけて取り締まるものだ」
「仕方ないだろ。領主なんて見たことなかったんだから。遠いお城でふんぞり返ってりゃいいかと思ったんだけど、そうじゃないらしいことはだんだんわかってきたぞ。ダメか?」
「ダメ領主だ。ただ、それでいい。いや、それがいいんだ」
シルビアは笑っていたので、よしとしよう。
会話をしていたら、いつの間にか植物園の跡地にたどり着いていた。
特にガーディアンスパイダーに襲われることもなかったし、魔物や植物にも対処しなかった。
毒に触るかもしれないので、軍手をする。キノコの胞子でやられる可能性もあるので、口元に手拭いを巻いた。
「危険なことはわかってるから、採取できるものを採取していこう」
「りょ、了解。一応、瓶もあるから」
メイジュ王国のピクルスが入っていた瓶をいくつか持ってきたらしい。中身は美味かったのですぐになくなった。
俺は鉈を、シルビアは大槌を手に植物園のダンジョンへと乗り込んでいく。どちらの得物も魔物の骨製だ。
長い通路の先に広い空間が広がっている。部屋の中心には巨大な精霊樹が伸びていて、小雨が降り続いていた。
ロッククロコダイルの体長よりも太い蔓が回転しながら上へと伸びているが、精霊樹の枝に届く前に自重で倒れてしまっている。ズシンズシンと太い蔓が倒れる音がそこら中から聞こえてきた。
蔓が倒れた地面には大きなスイミン花が群生し、花粉をまき散らしている。ほかにも紫色の粘液や拳大もある種が四方八方から飛んできた。
粘液は瓶に、種は革袋に入れていった。どんな効果があるかは外に出たときに確認する。
花粉を吸わないように慎重に、倒れた蔓の上を歩いて進んだ。
ヒュン。
風切り音が鳴り、人の腕と同じくらいのカミソリ草が頭上から降ってきた。
鉈で切り捨てると、次から次へと降ってくる。キリがないので、精霊樹の幹に向かって一気に跳んだ。
シルビアもしっかりついてくる。
精霊樹の幹には青白く光る苔がびっしり生えていたので、とりあえず採取しておいた。
幹伝いに移動をしていくと、真鍮のドアノブらしきものが苔の中に埋まっていた。
「ドアノブだよな?」
「う、うん」
気になるので、周囲の苔を削り取る。
湿気も多く汗もかいて、マスクも軍手も外したい。ただ、周囲には常に煙のような花粉が漂っているので、それも無理だ。なんの粘液かわからない液体が飛び散っているし、なにか小さい虫の羽音のような不快な音も聞こえてくる。
軍手がすっかり青白く染色された頃、目の前の幹にしっかりとしたドアが現れた。
とりあえず、この空間にはいたくないとドアを思いきり開けた。
目の前にはなんの素材かわからない壁と下へと続く階段。
「コ、コンクリートかな?」
「花粉がない場所で、一度立て直そう」
中に入ってドアを閉めた。
ひんやりとしていて、湿度もそれほど高くない。なにより植物の臭いが薄い。
軍手とマスクを捨てて、汗を拭いて着替えた。
「行けるか?」
着替え終わったシルビアに水袋を渡して聞いた。
「うん」
シルビアは水を一口飲んで返してきた。今のところ大した収穫はないので、ここからが本番だ。
薄い明りが階段の下から見えていた。
魔石灯を点けて、慎重に階段を下りる。コンクリートの壁を触ると、赤い粉が付着した。
「何だと思う?」
匂いを嗅いでも無臭だ。
「ち、血じゃないことだけは確か。乾いた血はもっと茶色だから」
争った形跡もない。もしかしたら、この赤い粉で植物の侵入を抑制しているのかもしれない。
階段を降り切ると、白と紫の発光する花の畑が広がっていた。
部屋自体は暗いので、地面に咲く花だけしか光源がない。
「な、なんの花かわかる?」
「花が小さく密集して咲いていて、葉が大きい。芋かもしれない。掘ってみるか?」
土は柔らかく、中には小さな虫も蠢いていた。湿り気もあるし、良質な土があるようだ。
「ダンジョンでもこういう土ができるなら、研究所の方にも作れそうだな。お!」
土の中から、拳大のバレイモが出てきた。花と同じように発光しているわけではないが、ものすごく柔らかく中が腐っていた。
「酷い匂いだ」
「こ、こっちは虫に食べられてる」
シルビアが穴だらけのバレイモを見せてきた。
「小さいのでいいから、腐ってないのを採っておこう」
豆粒ほどのバレイモを革袋に入れて採取。土も少しだけ麻の袋に入れてもらった。
「も、もうひとつ部屋があるみたい」
シルビアが指さす方に通路が見えた。
やはりうす暗いが、天井に点々と光る苔が生えていて、足元を照らしている。
通路の脇には扉がいくつもあった。
「実験施設か?」
扉は魔法陣で施錠されていたが、魔力を流すとプシューッと空気が抜けたような音が鳴ってあっさり開いた。
「く、臭いっ!」
「うわっ! ネギか!? 酷い臭いだ!」
手前の扉の奥にある部屋は、ネギ畑だったようだ。真っ白いネギが弧を描くように曲がって伸びているが、ほとんどのネギが腐り発酵を繰り返して、目が痛くなるほど臭いを発していた。
一応、天井に向けて伸びているネギの先にある毬栗のような種を採取し、革袋に入れてとっとと部屋を出た。
通路に戻って、空気を吸う。
「魔物除けにはなるな」
革袋の種をシルビアに見せた。
「な、なんでも使いようか」
「もうひとつはっきりしたことがある。ここの住人は作物を作っていたってことは確かだろ」
「い、一番初めの大きな木の部屋は、畑を守るためにあるのか? そう考えれば、納得はいくけど……。住居がない」
今のところ、まだ人が住んでいた形跡らしきものは見つけていない。
「次の部屋に行こう」
俺たちは鼻栓をしてから反対側の壁にある扉を開けた。再びプシューという空気が抜けるような音が鳴り、部屋に通路からの風が吹き抜けていった。
パンパンパンパン!
無数の小さな粒が俺の全身を叩いた。
「痛い!」
完全に油断した。
臭いには警戒していたが、普通に打撃が飛んでくるとは思わなかった。
息を吐き、部屋に風が起こるたびに、小さな粒が弾け飛んでくる。
革の鎧には穴が空き、皮膚が赤くなっていった。シルビアは俺を盾にして、背中にしがみついている。
しゃがんで飛んでくる粒を躱し、落ちている粒を見てみると、赤、黄、茶、白などのトウモロコシだった。
「固いし、いてぇ」
振り返ってシルビアにトウモロコシを見せる。
「こ、穀物は大事」
そう言って歯を見せて笑っていた。
「一旦、全部弾けさせてから、入ろう」
右手に魔力を込めて、風魔法を付与。そのまま拳を振りぬいてから、扉を閉めた。
パパパパパパッ!
扉に当たるトウモロコシの粒の音が通路に鳴り響く。
赤く腫れた皮膚に、回復薬を塗りながら音が鳴りやむのを待つ。
音がしなくなったところで、扉を開け落ちているトウモロコシを採取。ここの住人は一部屋に一つの作物を育てていたのだろうか。
さらに通路の奥にある扉を開く。
扉の裏側で何かがあったのか、ぽろぽろと白い何かがこぼれ落ちた。
「ほ、骨だ。たぶんインプの」
シルビアが小さな骨を拾い上げて見せてきた。確かに頭蓋骨は小さいが、人と同じだし、薄い羽らしきものも落ちていた。
部屋には青いトマトの苗が、腐りもせずに並んでいる。
「トマトを育てている最中に死んだのか?」
「イ、インプがトマトを育てていたってこと?」
「わからないが可能性はある。植物には花粉を運ぶ虫か魔物が必要だからな」
実っているトマトはいずれも青く非常に硬かった。一つだけもいで革袋に入れておく。
トマトの部屋は他の部屋よりも狭く感じた。
再び通路に戻り奥に向かうと、床に何かを引きずったような跡が無数にあった。
「さ、殺人事件でもあった?」
「ラーミアの足跡かもしれないぞ」
引きずったような跡は扉の向こうへと続いている。
プシュー。
音が鳴り、扉が開くと、濃い血の匂いが充満していた。さらに、黄色いカボチャの破片が大量に散らばっている。さらに肋骨や人の身体の四肢と思しき骨も床や壁に埋まっていた。
「人の頭が好きなラーミアがかぼちゃ畑を襲ったのか?」
「と、とりあえずこの匂いは頭がくらくらするから、離れていていいか?」
シルビアは吸血鬼の血が騒ぐのだろう。
他の通路脇の部屋を虱潰しに開けていくと、魔力を吸うと一気に育つ竹や水分を蓄えすぎて部屋中に広がった多肉植物などが見つかった。
最後に、通路の一番奥、突き当りにある扉を開けると、ようやく人の生活の跡があった。
テーブルとイスがあり、食器棚に衣類が入っていたクローゼットまであった。
さらに鉢植えに植えられた小さいヤシやサボテン。入口の正面、部屋の中央には大きな光り輝く球体が浮かんでいる。壁際には二段ベッドがいくつも並んでいるが、どれも底が抜けて支柱だけが残っているようだ。
生きている者はいない。
「マキョー」
シルビアが床を指さした。
またしても何かを引きずったような跡を見つけたようだ。
痕跡は壁へと続いているが、扉はない。
「隠し扉か」
壁に手のひらを当てて、魔力を込めると、壁に魔法陣が青白く浮かび上がってきた。
ただ、それだけ。
今度は思いっきり魔力を放ってみる。
ガラガラガラガラ。
壁があっさりと崩れ、隠し部屋が現れた。
暗い部屋の中に棚があり、羊皮紙が入った瓶がびっしりと並んでいる。
その奥に、アラクネの繭のような形のベッドが置かれ、中からカボチャの蔓が伸びていた。
近づいてみると、頭が弾けたような人が横たわっている。弾けた頭から、カボチャの蔓が伸びている。
「頭がカボチャになった人間がいたのか……?」
パリンッ!
シルビアが棚の瓶を一本割って、羊皮紙の中身を読んでいた。
「そ、そうみたいだ。ラーミアとインプとカボチャヘッドが、このダンジョンを運営していたらしい」
シルビアが羊皮紙を広げ、俺に見せてきた。
確かにそこには、ラーミアやインプ、カボチャヘッドの絵とともに、古い文字が書かれていた。
「過去からのボトルメールか……」
棚に並んだ瓶を開けて、植物園のダンジョンの民からのメッセージを読んだ。
繭のようなベッドは人を冷凍保存するベッドで、最愛の男を保存したと書かれていた。どうやら手紙の主は女性。徐々に自分の心まで魔物になっていくことに悩んでいること、豊穣の女神の神殿に信仰していることなどが書かれていた。
羊皮紙をまとめて革袋に詰めこみ、カボチャヘッドの死体の中から種を取り出して採取した。
「ま、魔物が育つんじゃないか?」
「それならそれでいいんじゃないか。ひとまず遺伝子学研究所のダンジョンで調べてみよう」
俺たちは一通り種や実を採取して、植物園のダンジョンを出た。