【中央のダンジョン攻略・マキョーら5】
夜の間に、シルビアたちが倉庫の奥からロッククロコダイルのハムを出してきて用意してくれていた。
「と、当面は研究所のダンジョンに食料を持っていくんだろ?」
「ああ、そうだな」
「水はどうするのだ? 魔法で作った水だと病気が進行すると思うが……」
「ダンジョンの近くに水源はあるらしい。そこから引いてくる。二人とも行くか?」
シルビアとヘリーを誘ってみる。
「眠いが行く。マキョーが難民に都合よくつかわれないか心配だからな」
「わ、私は植物園のダンジョンで、武器を試したいんだけど」
シルビアが魔物の骨で作った大きな鉈を見せてきた。握りは木製でよく手に馴染む。
刃の腹になにか魔法陣が描かれていた。
「丈夫にしておいたのだ。魔力を流すほど硬くなる。強化魔法の一種だが、素材が骨だと効果が上がるのではないかと思って。植物園のダンジョンは魔境よりも厳しいのだろう?」
「マ、マキョーが逃げたダンジョンだからね。このくらいは作らないと」
「逃げたわけじゃ……。まぁ、いいか。籠と革袋の準備は?」
シルビアとヘリーは同時に空の革袋が括りつけられた背負子を見せてきた。
すでに用意はされているらしい。
チェルはというと、焚火の近くでドワーフとエルフの番人とともに、手を合わせて魔力の練習をしていた。相変わらず、ドワーフたちの身体には薬草が貼られているが、傷が少なくなってきている気がする。エルフの番人は泥だらけだが、訓練場から出られて少しうれしそうだ。
朝飯と弁当は焚火の近くに積まれていた。
焚火ではリパとカリューが鍋をかきまわして何かを煮ている。ものすごい甘い匂いがしている。デザートでも作ってるのか。
「小さいカム実にスイミン花の毒を吸わせてるんです。研究所の人たちは狩りもできないみたいなので、ダンジョンの近くに撒いてもらおうかと」
リパは遺伝子学研究所の民に狩りを教えるつもりらしい。
「もう、出発します? 今できるので、ちょっとだけ待ってもらえませんか?」
「大丈夫だ。そんなに急いでないから」
沼で顔を洗って帰ってくると、チェルがドワーフたちに走り方を教えていた。
「魔力を使えば、かなり速く走ることができるんだヨ。右足と左足と交互に魔力を使ってみて。地面の接地面だけでなく、膝や股関節とかにも魔力を込めないと衝撃が溜まりやすいからネ」
意外にちゃんと教えるんだな、と思って見ていたら、急にチェルが俺の方を向いた。
「頭のおかしな奴が作った技だから、自分流に変えていかないと怪我するヨ」
「確かに、エルフの国でも、こんな魔法聞いたことがありません」
「走りながら魔力を入れ替えるということは、魔法を使うのに、ほぼノータイムで放つことができる人が作ったということですかな」
エルフの番人もサッケツも、よくチェルの話を聞いていた。カタンとカヒマンは集中して自分の身体にある魔力の流れを探っているようだ。
「ドワーフたちが魔境を走れるようになると、だいぶ違うからネ」
チェルが嫌味っぽく俺に言ってきた。
「そうだな。別に変なことを教えるな、とは言ってねぇよ。それより、遺伝子学研究所のダンジョンで小麦畑を作れると思うか?」
「種がないとダンジョンでも育たないヨ。ただ、作物は土と水がないとどうにも……」
「そうだよなぁ」
「温度や光はどうにでもなると思うヨ。植物園の方で食べられる植物を探した方が早いんじゃないカ?」
「うん、そうする」
「ジェニファーがいないから、野草が足りなくなってるからネ」
「はいよ」
準備をして、中央のダンジョンへと向かう。
今日はチェルとカリューが留守番だ。カリューも魔境の走り方を学びたいと言っていた。身体の素材が土なので脆い。魔力を地面から吸い上げられればいいのだが。
「じゃ、いってきまーす」
シルビア、ヘリー、リパを連れて洞窟を出発。シルビアとヘリーは夜型なのに、気付け薬を鼻に突っ込んで目を覚ましていた。中央のダンジョンを見ておきたいらしい。
武器持参なので、なるべく急いでガーディアンスパイダーの横を通り過ぎる。ヘリーを背負ったリパが遅れ、土魔法が飛んできた。
ちょうどいい機会なので飛んできた岩を、骨の鉈で受け流してみた。岩の下を鉈で打ち付けると、回転しながら遠くまで飛んで行った。刃を見れば、刃こぼれなし。魔力を込めなくても硬いようだ。
リパたちを逃がし、完全にガーディアンスパイダーが俺に敵意を向けてきたところで、藪に隠れて全力で走る。ガーディアンスパイダーはいつでも倒せるが、今でも動く過去の遺物なので残しておきたい。邪魔なら壊すけど。
ミッドガード跡地を横目に遺伝子学研究所のダンジョンへと向かう。
一度来ているので、見つけるのは簡単だ。
襲ってくる魔物や植物を放っておいて、ダンジョンの入り口から中へと入った。ビッグモスやヘルビートルも入ってきてしまったが、町の広場に辿り着く前に体を真っ二つに割った。
「こんにちはー! 食料を持ってきました!」
町の歪んだ家々からは、湯気が立ち上っている。昨日届けた肉を焼いているのだろう。
「お待ちしてましたん」
サテュロスのサティが、ダンジョンの魔王と所長にすぐに連絡してくれた。
虫の魔物の死体はアラクネたちが持って行ってくれた。牧場の亜竜たちの血肉へと変わるのだとか。
しばらく待っていると魔王が大きな宝箱を持ってやってきた。所長は不満そうに腕を組んで、それを見ている。
「本当に助かったのである。これが褒美だ」
魔王が、そう言って宝箱を開けると、金貨がぎっしりと詰まっていた。
「今後とも、そちらとはよき付き合いをしたいのだが……」
「ん~……」
今の魔境では、ほとんど金貨は使えない。
「これ、同じところに傷がある」
ヘリーが宝箱から金貨を取り出して見せてきた。確かに、同じ個所にへこみ傷がある。おそらく偽造した金貨だろう。
「ダンジョンで金貨を偽造できることはわかった。ただ、これは今のところいらない」
「ほらぁ! わざわざ違法なことをしても意味がないのよ! 話を聞いてなかったの!?」
それからしばらく所長が魔王を叱った。
大きい図体の魔王は広間の真ん中で体育座りをして、すっかりしょげていた。
ダンジョンでの貨幣の偽造は、古代ユグドラシールからの大罪で、バレたら打ち首になるようなことだとか。ただ、素材さえあればできるということはわかった。
「ダンジョン売りがこれと同じコインを外に持ち出したという記録があるの。過去の犯罪を明かしているようで嫌だけどね」
所長が魔王に頭を下げさせながら、教えてくれた。
「一、二枚もらっておくよ。ダンジョン売りの足跡を辿れるかもしれないから。それより、ロッククロコダイルのハムを持ってきた」
「助かるわ」
大きなハムをサティたち町の住人たちが持って行ってくれた。やはり食料は喜ばれる。
「それで、そちらの要求は?」
所長は宝箱いっぱいの偽金貨で、どうにかなるとは思っていなかったらしい。
「所長はダンジョンマスターなんですよね?」
「役割としては、そうなってるわね」
「じゃあ、小麦畑を作ってほしいんですよ。野菜畑でもいいんですが、魔境ではなかなか作物が育たなくて」
「小麦……? 空島というのはもうないの?」
かつて空島に小麦畑があったことは知っているらしい。
「ええ、空には小島があるだけです」
「そう……。実体がある本物の畑が欲しいということよね?」
「ええ、そうです。水は近くから引いてきますから、貯水池を作ってください。あとは土と肥料を用意できれば、実験場を作れませんか?」
「このダンジョンの住人に農夫になれ、ということね?」
「そういうことです」
このダンジョンはすでに魔境の一部だ。俺の領内ということになる。
「生きていかないといけないものね。わかりました」
所長は大きく頷いて「やらせてください」と言っていた。
「外の魔物はどうするんですか?」
聞いていたサティが聞いてきた。
「僕が狩り方と対処法を教えます。観察眼と逃げ足さえあれば、死ににくくなりますから」
リパが袋いっぱいに詰まった毒の実を掲げて笑って言った。
「すぐに貯水池はできるのか?」
ヘリーがそう言いながら、所長に近づいた。
「ええ。魔力さえあれば、いくらでも作れるけれど……」
「見せてもらっても構わないだろうか?」
ヘリーはダンジョンの運営に興味があるらしい。
「どうぞ」
所長に連れられて、ヘリーはダンジョンの奥へと向かった。クロスボウを背負っているので、ちょっとやそっとで襲われたりしないだろう。
「俺たちは外で水源探してるよー」
俺の声にヘリーは手を挙げて返していた。
「さ、僕たちも明るいうちに行きましょう。魔境での狩りを覚えたい人はいませんかー?」
リパもダンジョンの民を募って、魔境の狩りを教えていた。俺が指示を出すわけでもなく、自然と自分の役割がわかっている。
「サティ、いつもはどこで水を汲んでるんだ? 魔法で出した水ばかり飲んでるわけじゃないだろ?」
「雨が降った時に谷に小さい川ができるから、そこからスライムに気をつけて汲んでくるんだ。でも、乾季は遠くの川まで行かないといけなくて……」
サティは川に水を汲みに行く途中に、俺たちに見つかったらしい。
「染み出てるような水はないのか?」
「あるよ。でも、少ないんだ」
「少なくてもいいから、案内してくれない?」
「かしこまりん」
サティはふざけているのかよくわからない返事をして、ダンジョンの外へ案内してくれた。
谷底にチロチロと岩の間から水が染み出している場所があった。
「ここだよ」
俺は手のひらを岩にあてて、魔力を放つ。跳ね返ってきた魔力を感じ取り、地中を覗く。
地中を大きな川が流れているが、目の前にある岩で塞がれている。岩さえ引っこ抜けば、川の流れが変わるだろう。
「す、水源があると魔物も寄ってくるんじゃないか?」
「そうだな。リパが教えるのを待ってから引いた方がいいかもしれない」
研究所のダンジョンにサティを送り届けるときに、ちょうどリパがダンジョンの民を連れて出てきた。
「じゃあ、皆さん、落ち着いて行きますよー! 遅れて目を離さないように」
リパは魔境の案内役のようだ。
「我は役立たずなのか……」
すっかり落ち込んでいる魔王を励まし、所長とヘリーの元に向かった。
「コカトリスの糞で肥料を作って、腐葉土を運びたいそうだ」
大きな球体が浮かんでいる部屋で、ヘリーが簡単に説明してくれた。
「そうか。水はいつでも川から谷に引けるよ」
「マキョーさんは街道を復活させることができると聞いたんだけど、川ができるなら小舟で運んだ方がいいかしら?」
「船があるならね。筏でも作るか?」
「谷の幅を考えると、小舟でいいはずだ」
「スライムの被害もあるのよ」
「スライムくらいならどうにでもなりますよ。ちょうど今、リパが魔物への対処法をダンジョンの民に教えている最中ですから」
その後、所長とヘリーが話し合いつつ、貯水池と畑の部屋をダンジョンに作ることになった。ダンジョンではいろんな魔法陣がたくさん使われているらしく、ヘリーは睡魔を吹っ飛ばして、メモを取っていた。
「じゃあ、俺たちは植物園のダンジョンに行くから」
「はいー。夕方迎えに来てー」
ヘリーがこちらも見ずに、羊皮紙に手製のペンを走らせていた。