【中央のダンジョン攻略・マキョーら4】
「こっちだよ。あ、こっちですよ。あ、こちらでございます」
下半身が羊の半人半獣・サテュロスのサティが敬語を使おうと無理しているので、「言葉遣いは気にしなくていいよ」と言っておいた。
「はい。かしこまりん!」
結果、どっちとも言えない感じになってしまった。
魔王の椅子が鎮座している台座の後ろから通路を進み、再び広い部屋に出た。
床から天井までがトレントの二倍ほどの高さがあり、いくつもの太い石柱が立っている。
ワイバーンやロッククロコダイル、マエアシツカワズなどの魔境でもおなじみの爬虫類系の魔物が、石柱を噛んでいた。
「所長! お客さんでーす! 魔境の領主と、ユグドラシールの騎士様、それから……」
「隣の国の魔王候補だヨ」
チェルが答えた。
「え!? 魔王候補の方だそうです!」
サティの声を聞いて、一人のトカゲ人間がこちらにやってきた。
トカゲ人間という言い方は失礼かもしれないが、頭部がトカゲで体が人の身体をしている。おそらく女性と思われる獣人が茶色い前掛けで手をふきながら、こちらにやってきた。
田舎の牧場の人に声をかけて呼んだら、こんな感じだろう。農家よりも警戒心がない。
「こんにちは」
こちらもできるだけ愛想よく挨拶をした。
「こんにちは。外から来たのかい?」
「そうです」
「じゃあ、森を抜けてきたんだね?」
「ええ、住んでますから」
「そうか。よかった。助かったんだね」
トカゲ人間の所長は安心したように目をつぶって笑った。
「この研究所にあるものは誰でも、なんでも持って行っていいから、食料か魔石を譲ってはもらえないかい?」
やはり、魔王が言っていた通り、食料と魔力がかなり切迫しているらしい。とりあえず、ポケットの中にあった魔石と弁当を渡すと、すごく喜ばれた。
「後で狩ってきますから、いろいろ教えてもらえますか?」
「いいけど、何が知りたいんだい?」
「竜を見せてほしいんです」
ユグドラシールがなくなって、竜の血を引く一族が国を作り、竜骨を求めてエルフが侵攻してくる。ワイバーンやマエアシツカワズなど亜竜なら見たことがあるが、本物の竜がいるのか。
「ここにいるよ。ほら」
所長はワイバーンを指さした。
「亜竜じゃなくて、本物の竜はやっぱりいないんですか?」
「ああ、コドモドラゴンとかのこと?」
「いや、コドモドラゴンは見たことがあるので」
「ドラゴンのことだ。火竜や飛竜がいただろう」
俺と所長の会話に見かねたカリューが口をはさんできた。
「あなたはゴーレム?」
「そう。ユグドラシールの騎士にして、巨大魔獣で『時の番人』をやっていたゴーレムのカリューだ」
「まぁ! ちょっと話を伺いたいんだけどね!」
「構わないが後にしてくれ。それより、ドラゴンはいるのか?」
「ええ、いるよ。ただ、今は眠っているね。ほぼすべての個体が……」
「どうして寝てるノ?」
チェルが所長に聞いた。
「おそらくダンジョンの魔力低下が原因だと思う。冬眠のような状態で、もう何百年も動くことすらままならなくて。見る?」
俺たちは柱の部屋から、枯れた植物が敷き詰められた広大な部屋に案内された。肌寒く、冬眠するには適温なのかもしれない。
そこには御伽話で聞いたとおりのドラゴンたちが羽を畳み、丸まった状態で何体も眠っていた。
「以前は、ここにいるドラゴンたちが外から獲物を捕ってきたり、他のダンジョンの攻撃から守ってくれたりしていたようで、600年ほどはこの状態だね」
「ここにいるドラゴンたちはこの研究所で生まれたんですか?」
「ええ、そう記録されているよ。できれば、そっとしておいてもらえると……」
研究所の人からすれば、ドラゴンたちは自分たちを守る武器でもあるし、今の状態は外部に知られたくない弱みでもあるのだろう。
俺たちはとっとと部屋から出て、元の柱の部屋に戻った。
「ちなみにこれに見覚えはありませんか?」
俺はそう言って卵型の革袋を取り出して所長に見せた。
「ダンジョンの卵!? どこでそれを?」
「100年前に魔境を探索していた人が、これを残してくれていたんです」
「ここでは開けないようにね」
やはりダンジョンの中でダンジョンを孵化させることはできないのか。
「軍事基地のゴーレムにも言われました」
「自分たちがどのダンジョンにいるのかわからなくなってしまうし、ダンジョン自体が崩壊することもあるって記録されているからね」
過去に事故があったようだ。
「開ける方法も孵化させる方法も伝わってはいませんか?」
「時が来ればマスターを見つけて自然と孵化するはずだけど、そもそもそのダンジョンの卵は作られてから少なくとも800年は経っているはずだよ」
「え~、じゃあ、中身は腐ってますかね?」
「んー、どうだろう。バジリスクとスライムの合成獣だから腐るのかどうか」
「蛇とスライムの合成獣と聞いたんですけど、バジリスクなんですか?」
「そうなの? 記録通りならバジリスクのはずだよ。あ、ほらあそこにいるようなやつね」
所長は柱に巻き付いている大きな蛇を指さした。
「ダンジョンマスターになりたいの?」
「いや、なりたいというか、魔境で農業をするのが大変なので、ダンジョンの中で農地を作っていければいいなと思ってるんです」
「あー、もう伝わってないかもしれないけど、かつて植物園にもダンジョンがあって……」
「ああ、先日発掘しました」
「え!? 発掘した!?」
「はい。ダンジョンの中は魔境よりも大変なことになってました」
「やっぱり! なかなかダンジョンってのは魔力の調整が難しくて、入り口の設置場所にもよるんだけどね」
「多いと暴走するんですか?」
「ああ、知ってるのかい? そう。魔力が多いと暴走するし、少なかったら、この研究所みたいになっちゃうんだよ」
所長は、俺たちの弁当をサティと一緒に「美味い、美味い」と食べながら答えていた。
「じゃあ、魔族のダンジョンはよほど優秀なんだな」
「魔族って魔法が得意なんだヨ」
「そうだったな」
腹が膨れて落ち着いたのか、所長が「ダンジョンの卵をよく見せてみろ」と手に取って観察し始めた。
「あー、これはダンジョン売りのダンジョンだね。ほら、薄く塗料の跡があるから」
確かに革袋の表面に塗料の跡らしきものが見える。
「ダンジョンってそんなに簡単に売られてたんですか?」
「まぁ、ミッドガードの移送後は無法状態だったから、何でもありだったみたいだよ」
所長も当時生きていたわけではないので、詳しくは知らないらしい。
「ただ、ここで作られたダンジョンの卵を持ち出した研究者が何人かいたらしい。不満や愚痴がたくさん記録されているから」
この研究所から盗まれたダンジョンの卵が、100年前にもポールから盗まれて、今、俺の手の中にあるのだとしたら、また盗まれるのかもしれない。
「その卵も800年もマスターを見つけられないでいるんだから、よほど偏屈なダンジョンなんだろうね」
所長はそう言って笑っていた。
魔境の住人たちはたいてい偏屈なので、もしかしたら合う者がいるかもしれない。誰かの手に渡って、孵化することを祈ろう。
ちょっとやそっとで卵が割れることはないそうなので、革袋はとりあえず腰にでもぶら下げておくことにした。
俺たちも腹が減ったので、一旦、ダンジョンの外に出た。
魔境の中心ではあるが東側なので、少し魔物の種類が違う。虫系の魔物が多く、半人半獣の魔物が狩りにくくなってしまった。
中心地に近づくとミッドガード跡地で子育てをしている『渡り』の魔物が騒がしいので、東の海岸側へと向かう。
ジビエディアとフィールドボアの亜種を狩って、解体してフキの葉に包んでいった。狩るより持ち運ぶことの方が問題だ。重量ではなく、大きいと重心が取りにくい。魔石も重要そうなので、カバンにまとめて入れておく。
「また過去からの難民を発見してしまったな」
肉塊を背負子に縛り付けながらカリューがぼそっと俺に言った。
砂漠の軍事基地では1000年前の魂を持つゴーレムたちを見つけ、今日は研究所にいる獣魔病患者の末裔たちを見つけた。彼らもまた魔境では生活できず、ダンジョンにこもってどうにか暮らす難民だ。
「そして俺は魔境の領主か。飯ぐらいは食わせられるようにしないとな」
「仕事もさせないとネ! ただで住人にはなれないヨ」
いつまでも世話するわけにもいかない。
魔物の肉とカム実を大量に持って遺伝子研究所のダンジョンに持って行った。
二回目の訪問は歓声とともに迎えられた。
「いつも何を食べてるんだ?」
「崖下に落ちてきた魔物とか」
「木の根と皮」
俺たちから食料と魔石を受け取ったサティとアラクネが答えた。
「亜竜の肉は食べないのか?」
「時々」
「少しだけ」
牧場の亜竜は所長に管理されていて、滅多に食べる機会はないらしい。
「せっかく育ててるのに、どうして食用にしないんですか?」
所長に直接聞いてみた。
「牧場の亜竜たちは、ほとんど肉がないんだよ。ほとんどダンジョン専用の実験魔物でね。少しばかりの有機物と魔力によって動いているだけ。殺しちゃうと、ドロップアイテムだけしか残らない」
そういえば、牧場の魔物の頭数に対して糞尿の臭いがあんまりしなかった。
「時々、肉を出してるって聞きましたけど?」
「何頭か実体のある本物が紛れてるからね。ただ、成長するのに時間がかかるし、魔力が弱くて」
問題は山積みのようだ。
「ダンジョンってどこから魔力を供給してるんです?」
「そりゃあ、地中の魔力を汲み上げてるんだよ。本来ダンジョンは地中に流れる魔力の川の上に設置されるんだけど、川の流れは変わるからね。ここら辺は地割れも多いし、地形も1000年前とは変わってしまったと思うよ」
所長の言葉にカリューが頷いていた。
「もしかしてその地中の魔力って植生や魔物に影響しますか?」
「もちろん、するよ。そうじゃないと、外があんな風に変わらないからね」
確かにクリフガルーダの大穴は、他とは全く違った。
「それに獣魔病だって魔力が原因なんだから」
「なんだって!? 遺伝子学研究所では獣魔病の原因がわかったのか?」
カリューが大声で聞いた。
「母体への極端な魔力供給だよ。妊娠時に大きな怪我や大病を患ったら、僧侶たちが回復魔法を使うと一気に魔力が母体に供給されるよね?」
「回復魔法の魔力くらいなら、別に変わらないんじゃないノ?」
魔族であるチェルが所長に聞いた。
「普通の場所ならね。魔力が多い場所だと、もともと魔力が多いのに、さらに供給されるから、細胞を治す以上の魔力が注がれてしまうんだよ。余分な魔力が全部胎児に向かってしまうと、影響を受けて獣魔病になる、とユグドラシールの遺伝子学者は結論付けていたよ。本来、神殿なんかは魔力が一定に保たれてるから、土地の魔力を使いこなしている牧師とか僧侶が神殿で治療をした方がいいんだけど、過去には宗教対立もあったみたいだからね」
「では、疫病ではないのか!?」
カリューが所長に迫った。
「疫病で魔物化したというよりも疫病への対処で魔物化したという方が正しかったみたいだよ」
「そんな……」
カリューにとってはショックだろう。
「でも、この研究所にいる者たちは、魔力だけである程度の期間生きていける魔物になっていなかったら絶滅していたと思う」
「そうか。よし!」
ここからは魔境の領主として接しよう。
「ここは魔境だから皆も外で狩りができるようになろうな! 皆、外には出られるんですよね?」
「出られるけど……!? え? 出るの!?」
サティたちと所長が目を丸くしている。どうやら言葉を解せる者たちはちゃんと実体があるそうだ。
「大丈夫! 魔境のサバイバル術は今、確立されてきてるから!」
「確立はされてないの!?」
「皆で生きれば怖くない!」
「何回か死にかけるけどネ!」
そう言ってチェルが笑うと、研究所の者たちは怯えていた。
またしても魔境の住人が増えてしまった。
夕方まで魔物の肉を運んで、その日は帰宅。
訓練場にいたはずのドワーフたちはまたしても薬草だらけになって、洞窟の前に並べて寝かされていた。
シルビアとヘリーに遺伝子学研究所について報告をしておいた。
「な、なに? 魔境は原住民まで魔物なのか?」
「地脈か。地割れが多かったことを考えると、だいぶ魔力の流れも変わっているだろうな」
地中に流れる魔力の流れをエルフは地脈というらしい。
「そんな感じ取れるのか?」
「普通は無理だろうが、マキョーはできるんじゃないか。やってみたら?」
いつものように地中を探ってみたが、小さい魔物がいるし、どこにでも魔力は流れてるんじゃないかとしかわからなかった。
「別にどこにでも流れてるだろ? 特別に濃いとか薄いとかはそんなに……」
「ミッドガード跡地はどうだ?」
「ああ、あそこはないことはわかるけど。あそこの魔力は誰かに奪われてるのかな?」
「巨大魔獣の補給地点じゃないカ?」
「そうかもな」
「パン、焼けたヨ」
夕飯のパンを渡された。
熱い。けど、美味い。
ダンジョンを探索して、古代のことが徐々に解き明かされているけど、一向に小麦畑が見えてこない。
「なんというか、小麦ってこんなに大変なんだっけ?」
俺は焼き立てのパンを見ながら、実家の畑を思い出していた。