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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~

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【中央のダンジョン攻略・マキョーら3】


 通路の先にはいびつな建物が並ぶ巨大な空間が広がっていた。

ダンジョンの中に町があるのか。ただ建物の柱は傾き、壁は白く膨らんでいる。窓枠らしきものは付いているだけで、内側は覗けず、あまり意味をなしていない。


「ダンジョンってどれだけ大きいんだ?」

「これくらいは普通だヨ。それより、なんか変」

 チェルは興味深そうに建物を見ていた。


「この白いのは、アラクネの糸だネ」

 チェルがべたべたと触って確かめている。

 前に魔境の森でアラクネが繁殖したときの巣に近いが、柱や窓枠を見ると人が作った建物に似せているらしい。


 追っていたサテュロスは町のどこかに姿を隠してしまった。


「どうする?」

 カバンの中にいたカリューが表に出てきて、周囲の土片を集めて人の形になっていく。

「特に罠や敵意はなさそうだし、様子見かな。意思疎通を図れるものを探そう」

「アレは?」

 チェルが町の通りを指した。


 ドシンドシン。


図体がでかいマエアシツカワズが音を立ててやってくる。


グォアアアア!!


 俺を丸のみにできそうなくらい口を広げて威嚇してくるが、あまり脅威には感じない。口からよだれを出すということもないし、魔物独特の獣臭もほとんどしない。むしろ柑橘系のにおいがする。皮膚には傷一つなく、こちらとの距離感も一定を保っている。

調教されているかのようだ。


「わかった。落ち着け」

 鼻先を撫でても噛みついてこない。顎を撫でてやると、腹を見せて寝転がった。

「新手も来てるヨ」

 マエアシツカワズの大きな体が邪魔で見えなかったが、ワイバーンやアラクネ、ラーミアが町の広場に集まって、大きな防御壁を作っていた。


「そうか。俺たちが侵入者なんだよな」


 ワイバーンが岩を落とし、アラクネが糸を吐き、ラーミアが石化させて頑強な壁が出来上がっていく。華麗な連携を見せられ、「大したもんだ」と俺もチェルも感嘆の声が出てしまった。


「我が名はカ・リュー! ユグドラシールの騎士にして時の番人! 故あってかの巨大魔獣より降りて、魔境の領主と行動を共にしている! どなたか言葉のわかる者はいないか!?」


 カリューが壁の向こうにいる魔物たちに大声を張り上げた。


「「「……」」」


 返事はないが、壁を作る作業が止まった。


「ゴーレムの姿で失礼する! すでに我が肉体は滅び、巨大魔獣の土くれと化した! 我が方に敵意なし! 獣魔病の罹患者、もしくはその末裔とお見受けする! 言葉を解する者はおらぬか!?」


 獣魔病というのは体が魔物になる病気のことか。

確かに、罹患すればどこかに集められるだろう。遺伝子学研究所だからこのダンジョンで受け入れていたのかもしれない。

壁の向こうからは魔物たちの話し声が聞こえる。コミュニケーションが取れるなら、ありがたい。


壁を注目していると、唐突にサテュロスが壁の上に飛び乗った。話し合いは終わったらしい。


「本物のカ・リュー様ならばコロシアムの戦乙女と伝え聞いている! 我らは聖騎士という貴族の偽者によって多くの民が虐殺された過去を忘れない! 本物であるならば、力を見せてほしい!」


 カラン。


 サテュロスの放り投げた錆びた鉄の槍が、カリューの足元に転がってきた。


「コロシアムの戦乙女?」

 俺はとりあえず魔力を右手に集中させて、カリューに近づいた。

「時の番人になる前の話だ。私も人の子だから、言いたくない過去くらいはある。魔力は少しで構わん」

 カリューの背中に手を当てて、少しだけ魔力を送り込んだ。

「この土くれの身体でどこまで舞えるかわからんが……」

 足の甲で転がった槍を蹴り上げて、カリューが掴んだ。


 カンカン。


 そのままカリューは槍の付いた錆びを落とすように石突で歪んだ石畳を叩いた。


「得物の扱いが雑だと鍛冶の神が怒るぞ? マキョー、後の魔力の補充は頼む」

「おう」

 カリューの背中に声をかける。槍を持つ立ち姿が堂に入っている。

「舞えと言われれば舞うが、危ないと思ったら離れるように!」

 カリューは壁の上から見下ろしている魔物たちに向かって言った。


「わかったヨ」

「チェルたちは恥ずかしいからあんまり見ないように頼む」


 カリューは少しだけ揺れてから、槍をくるくると回し始めた。


「体は蝶の羽のように柔らかく、槍は鷲の嘴のように鋭く穿つ……」


 芯に響くような声を上げながら、カリューの身体がふわりと宙を舞った。


「姿勢は低く、心は高く、鉄の牙にて獣のごとく喰らう……」


 着地したカリューが身を低くして、槍を振り回し始めた。


 ヒュン!


 風を切る音が鳴り、周囲の建物の柱が吹き飛ぶ。体を回転させ、飛び上がり、槍の穂先が通りの両側にある建物を破壊していく。


「我、戦場より出でて、戦場に散る。行く道を戦に変える乙女。荒ぶる戦士よ。心置きなく生き花、散らせ! 今宵、この場、この一瞬を刻め! 我に続け!」


 タンッ!


 舞い踊っていたカリューの身体が一瞬槍のように伸び、広場に建てられた壁に突き刺さった。


 ボガンッ!


 衝撃が壁を走り抜け、岩も固められたアラクネの糸も、音を立てて崩れていった。

 壁がなくなり魔物たちが怯えて震えている。


「信じてもらえたかな? ああ、やはり土くれの身体では骨で立てないから身体操作が難しいな……」

 ぐにゃりと溶けそうになったカリューの身体に急いで魔力を注ぎ込む。


「助かる」


 カリューが通常の人型になったが、心なしかいつもより筋肉や顔がくっきりと再現できている気がする。やはり、たくましい女性だったようだ


「得物の整備をする者もいないようだが、このダンジョンはどうなっている?」

 カリューが一歩前に出て、魔物たちに迫る。


「所長!」

「魔王様~!」

「時の番人が来たぞー!」

 口々に叫びながら、魔物たちが散り散りに逃げ出した。


「誰を追う?」

「サテュロスだろうネ」


 俺たちは飛び跳ねながら逃げるサテュロスを追いかけた。

 街はずれには部屋の壁があり、ダンジョンの通路に続く穴が開いている。サテュロスはその穴を抜けて、別の空間へと俺たちを導いていった。



「魔王様、起きてください! ユグドラシールの騎士がやってきました!」

 薄暗いが大きな部屋の中でサテュロスの甲高い声が響き渡る。


「んん……え? あ、はい」


 のそのそと大きな山のような魔物が起き上がり、這いながら、巨大な椅子に座った。

 サテュロスに魔王と呼ばれたのは、サンドワームを伸ばしたらこのくらいの大きさかと思うような大きな鹿頭の魔物だった。身体は人間で、ぼろぼろの黒い布を羽織り、トレントほど大きな杖で自分の身体を支えている。もしかしたら、老齢なのかもしれない。


「魔王?」

 チェルがメイジュ王国の代表として、声を上げた。

「いかにもこのダンジョンの魔王である。そなたらの望みを申してみよ。王国の一つや二つ滅ぼしてくれようぞ……。ただし悪いけど、半日で行ける場所にしてくれ。おそらくそれ以上は我が身がもたん……ぜい……」

 息をするのも辛そうだ。


「いや、そんな望みはないです。いろいろと教えてほしいだけで、なんだったら横になっててもらっても構わないですけど……」

「え? そう? じゃあ、悪いんだけどそうさせてもらおうか……」

 魔王は頭から生えた角を気にしながら椅子から這い降りて、床に寝そべった。魔王なのに威厳が全然ない。本当に体力がなくなった魔物にしか見えない。


「それでなに? 教えてほしいことって……」

 鹿頭の魔王が寝ながら聞いてきた。もう、偉そうにしなくていいと思ったのか、かなりフランクだ。

「その前に、大丈夫ですか? 何かの病気ですか?」

「いや、もう無理よ。この大きな身体を維持するのは。年取っちゃったしさぁ。食べ物だってそんなに食べられなくなって、頭も回らないし、魔力だって枯渇したまま。わずかな魔力も研究に使うだろ? 正直、魔王を引退したいんだけど、外に出て帰ってくる者がいないのだよ。どうすればいい?」

 思いっきり愚痴を言い始めた。

「よくわかりませんが、魔力さえあれば元気にはなりますか?」

「多少はな……」


 仕方がないので、魔力を練りあげて鹿の魔王に注ぎ入れる。


「お! おおっ! なんだ? そなた何者だ?」

「だから、ユグドラシールの騎士様ですって!」

 後ろに控えていたサテュロスが叫んだ。

「いや、俺は魔境の領主だよ。こっちのゴーレムがユグドラシールの騎士、カリューだ。そして……」

「私がメイジュ王国の魔王候補だったチェルだヨ。いや、魔王を名乗る者がなんという体たらく。よくこれほどダンジョンを衰退させたなぁ」

 チェルは流暢に貶した。

「面目ない……。ミッドガードが移送されて以降、ダンジョン同士の戦いに明け暮れ、獣魔病患者の受け入れと竜の生育に力を注いできたが、私の代になってからは外の様子も一変し、何が何だかわからぬまま外からの攻撃に備え、怯えて暮らしてきたのだ」

 少し元気になった鹿頭の魔王が話し始めた。


「ダンジョンの入り口を隠したのも、他のダンジョンの攻撃から守るためか?」

 カリューが魔王に聞いた。

「ダンジョンの攻撃なのかはわからぬ。外に出れば、魔物も植物も攻撃をするではないか。身を潜めて生きていくしかあるまい」

「じゃあ、このダンジョンの魔物が外に出たから、魔境の魔物が強くなったわけじゃないんですか?」

「魔境とは外のことか?」

「ユグドラシールの跡地を魔境と呼んでます。今はエスティニア王国の一部で、一応、俺が領主をやっています」

「ええ~? では、ユグドラシール全体が外のような森になってしまったのか?」

「南の方は砂漠ですが、あとの半分はほとんど森ですね。奇妙な魔物や他では見ない植物が多い土地になってしまっています」

「そうであったか……。聞いていた伝承とだいぶ違うな。森が広がっているのはわかっていたが、そうか、それほど広い範囲で異変が起こっていたのか……」

 鹿頭を触りながら、魔王は大きく息を吐いて、胡坐をかいて黙ってしまった。

「あのぅ……」

「ああ、外の魔物が強くなった理由だったな。半分人の形をした魔物がいたとしたら、この研究所から逃げ出した魔物の子孫である可能性は高い。ただ、それ以外の魔物に関してはこの研究所の影響ではないと思うぞ」

「じゃあ、植物園から持ち出された植物の影響でしょうか?」

「いや、そう原因を一つに決めない方がいい。地中奥深くを流れる魔力の影響もあるだろうし、時を渡る巨大魔獣の影響もあるだろう。地割れの影響もあれば、気候の変動も影響しているかもしれん。そなたは魔境の領主と言ったな?」

「ええ。ほんの数か月前に辺境伯になりました」

「土地を統べる者の影響もあるかもしれん。言葉の力は存外に大きいからな」

 俺のせいで魔境の魔物が強くなったりするのか。いや、さすがにそれはないだろう。


「国が変わったと言ったな?」

「ええ、竜の血を引く一族が作ったエスティニア王国になりました。ミッドガードが消えた1000年前に」

「竜人族だな。そうか。我が生まれて300年ほどだ。1000年前のことは伝承で聞いているくらいだから、答えられることはそれほどないかもしれんぞ。魔境の領主よ」

「知っていることだけでいいですよ。俺たちはほとんど何も知りませんから。このダンジョンもカリューの証言がなければ、ずっと見つけられなかった場所です。こちらに敵意はありませんが、今現在、この場所は魔境と呼ばれ、俺が治めている土地だと知っておいてください」

「わかった。では、すぐにでもこのダンジョンを引き渡す。我らこの研究所の民を保護してはくれまいか?」

 大きな魔王が俺に向かって頭を下げてきた。


「いえ、おそらくこのままこのダンジョンに引きこもっていた方が安全です。足りない物資はなるべく運んできますから、ダンジョン内の人数を教えてくれますか?」

「少なくなってしまったが、完全に魔物化している者たちを含めると300名ほどはいるはずだ。食料が著しく足りない。合成したものでどうにか耐えてきたが限界はとうに過ぎている。どうか食料だけでも確保できないだろうか」

「じゃあ、少しだけ狩ってくるか……」

「ちょっと待って!」

 チェルが大声で止めた。


「ダンジョンなんだから、畑くらいは作れるはずだ! 手も人の形をしているのだから、土を耕すことも可能だろう? なぜ小麦畑を作らない? トウモロコシ畑はどうした? 生まれてから300年と言ったな? そのうち何年このダンジョンを取り仕切っている? 今まで何をやっていた!?」

 チェルは憤慨して、大きな魔王に詰め寄った。


「すまない。我も幾度となく試したのだが、実らぬのだ。このダンジョンの土は枯れてしまっている。助けを求めようにも植物園は地下深くに埋まってしまった。土を改善しようにも土から出てくるのは魔物ばかり! この森の土は狂ってしまったのだ!」

 今にも泣きそうな魔王がチェルに訴えるように説明した。

「土が狂ったか。そういう可能性もあるのか……。あ、植物園のダンジョンは発掘しましたよ。意思疎通ができるものは発見できませんでしたが、出入りすることは可能です」

「へ? 発掘? どうやって襲い掛かる植物を? いや、ガーディアンスパイダーだっていたはずだ……」

 目が点になっている鹿頭の魔王が俺を見てきた。つぶらな瞳だ。

「ああ、まず、この男をそこら辺の常識でとらえるナ」

 チェルが面白そうに言っている。

「私を巨大魔獣からこの時代に呼んだのもこのマキョーだ。この土地を縛る呪いもユグドラシールの法も、古から伝わるしきたりもすべて壊していく。大丈夫だ。無茶なことしかしない」

「隠し事をするとためにならないばかりか、いつの間にか破壊されているゾ。今のうちに吐いておくことだナ」

 大きな身体の魔王が、チェルとカリューに脅されている。

「俺をだしに脅すなよ」

「この先に竜の牧場があって、ダンジョンマスターの所長がいる。我よりも若いが研究所の本を勉強し賢い娘だ。話してみるとよいかもしれん。魔境の主よ」

 鹿頭の魔王は怯えながらも教えてくれた。

「サティ。案内してやれ」

「えー、まだ食べられたくないですよ」

 サテュロスが泣きそうになりながら答えた。

「大丈夫だ。魔境の主が守ってくれるだろう」

「本当に?」

「竜がいるなら見てみたい。攻撃さえしてこなければ殴らないし」

「なら、安心だ。こっちだよ」

 サティは随分、聞き分けのいい奴だ。商売には向いてないだろうな。



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