【中央のダンジョン攻略・マキョーら2】
サッケツとカタンが言い争いをしている声が聞こえてきた。
のそのそと起き出して洞窟を出てみると、ドワーフたちに睨まれ、チェルやヘリー、シルビアからも呆れた視線を向けられた。
「朝から元気だなぁ。おはよう」
呑気なことを言っていたら、カリューが揺れていた。
「辺境伯、実は折り入ってお話があります」
おそらく魔境を出たいということだろう。役に立たないドワーフたちを連れてきたと女性陣は思っているのかもしれない。俺は魔境に向いていると思うんだけどな。集団生活だから、急に慣れてくれというのも酷だったか。仕方ない。
「わかった。後で訓練施設まで送りに行くよ。ただ、一個だけ頼みを聞いてくれ。カリューの目を取り付けてくれないか? やり方を教えてくれるだけでもいいから」
「へ? 訓練施設ですか?」
サッケツを含め、ドワーフ3人はポカンとした顔をした。
「あれ? エルフの国に帰りたいんじゃないのか?」
「違いますよ! 軍の施設でゴーレムたちがいると聞きました。是非とも整備などの勉強をさせてください。残念ながら、今の私の技術ではカリュー様の目を取り付けるのは無理です」
「あぁ、そういうことか」
「辺境伯……。お願い。エルフの国に送り返さないで」
岩陰に隠れていたカヒマンが小声でお願いしてきた。
「そうよね。たぶん、私たちがこのまま帰ったら処刑されちゃう」
顔中に薬草を貼りつけたカタンが、あっけらかんとした表情で言った。ドワーフはエルフの国で迫害されているから、魔境の情報を聞きだしたら本当に処刑されるのだろう。
カタンは故郷には帰らないと覚悟の上で、魔境に来ているようだ。
「心が折れてなくてなによりだ。軍の施設に行くのは構わないし、口も利いてやれると思う」
「え!? いいんですか!?」
「ただ、軍の施設があるのは砂漠だ。今のままだと死ぬぞ。もう少し訓練しないと連れてもいけない」
「でも、魔境で生きていけるようになれば、行ってもよろしいんですか?」
「いいよ」
「じゃあ、もしかして採取の旅をしてもいいのかしら?」
カタンが首を傾げながら、聞いてきた。
「魔境の中なら、いいよ」
「やったー!!」
「ただ、絶対に死ぬな。これだけは約束だ」
「わかりました!」
カタンもサッケツも手を取り合って喜んでいる。カヒマンも手を握って喜んでいるようだ。
「ドワーフはエルフの国で、居住区以外での行動を制限されているのだ。ほとんどの自由が許されていない」
ヘリーが近づいてきて、説明してくれた。
「今朝、一緒に風呂に入ったら、カタンの背中に鞭で打たれた痕が無数にあった。あれだけ動き回る娘だ。どこまで許されるのか、ずっと私たちを試していたのかもしれない」
「そうか」
人の行動には理由がある。表情や言葉よりも、行動の方が雄弁に語ってくれることがある。笑顔の裏を汲み取ってやれる領主にならなくては、と気を引き締めた。
シルビアがドワーフたちを訓練場まで送りに行くという。
「み、道がわかっていても迷うから」
そう言って伸びた蔓をナイフで切りながら、ドワーフたちを連れて行った。
「それで、チェルとヘリーはなんで朝から俺に呆れてるんだ?」
「イーストケニアとエルフの国でも無茶をしたらしいナ!」
どうやらチェルはヘリーたちから話を聞いたようだ。
「無茶はしていない。できることをやっただけだ。文句あんのか?」
「文句しかないワ!」
チェルが放った水の玉が俺の顔面を叩いた。顔を洗う手間が省けた。
「マキョーは、もう少し魔境の領主として行動を慎んだ方がいい! 一人で住んでいるわけじゃないんだぞ! マキョーの行動によって、私たちが外に出た時の見られ方がきまるんだからな! いいか……、貴族っていうのは見栄えが大事なんだ。服が揃えられないのは仕方がないにしても落ち着いた行動をだな……」
チェルは訛りもせずに懇々と説教をしてきた。
ありがたいのだが、どうしても焚火に掛かっている鍋の中にある朝飯の方が気になる。おそらくヘイズタートルの亀汁だろう。
「わかってはいるんだけどな。エルフは無駄が多くて、用だけ済ませた。わざわざドワーフたちに嫌な思いをさせる必要はないだろ?」
「それは、そうだけど……」
「イーストケニアは一回攻め込まれてるしな。俺よりシルビアの方が適任だ。貴族のしきたりや振る舞いを守るよりも、俺は領民を守る。ヘリーやシルビアを危険に晒したか? ドワーフたちを鞭で打つような真似をしたか?」
ヘリーに聞いた。
「してない」
ヘリーは首を横に振って答えた。
「悪いけど貴族になって間もないし、振る舞いに不備はあるかもしれないが、最低限領民を守るという領主の役目だけはしたつもりだ。問題はあるか?」
完璧な言い訳ができたと思った。
「「ある!」」
「え!? あるの?」
「もう少し私たちを信用したらどうだ?」
「後から説明しなくちゃいけない身にもなれ! 一緒に住んでたって理解するのに数秒かかるというのに、外の人間から見たら意味不明な奇行を繰り返しているだけだぞ!」
どうやら随分と迷惑をかけたらしい。
「すみません。今後は行動する前に一言断りを入れます」
「謝ればいいと思ってるだロ!」
「反省して繰り返すなと言っているのだ!」
「だって面倒だろう。だいたい魔境だったら説明している間に魔物に喰われちまうしさぁ」
カリューに魔力を注ぎ入れ、亀汁を皿によそいながら返した。
「全然、反省してないナ!」
「驚くほどふてぶてしい態度だ!」
「味付けは誰がやったんだ? やけに美味そうだ」
「話を変えるな!」
「その皿は私のだぞ!」
チェルとヘリーが俺の顔をひっぱりながら、亀汁を食わせまいとしてくる。
カリューが大きく揺れて笑っていたら、坂をリパが上ってきた。
「朝から賑やかですね」
リパも笑っている。
「リパも見てくれよ。ヘリーはひとりだけ深皿に魔法陣を描いて、保温機能を付けてるんだぜ!」
「バラすんじゃない!」
騒がしい朝飯が始まった。
ジェニファーがいないから野草は少なかったが、とても美味しい亀汁だった。リパが作ったらしい。
美味い物さえ食えば、尖っていた腹も丸くなるというもの。チェルとヘリーもすっかり機嫌が直っていた。シルビアもドワーフたちを訓練場に送り届けて戻ってきたが、俺に対する文句はなさそうだ。ないものを無理にこじ開ける必要もない。
「それで、今日はどうするんです? ダンジョンに行きますか?」
洗った皿を拭きながら、リパが聞いてきた。
「中央のダンジョンはどうだったんだ? そういえば報告を聞いてないゾ」
「植物園のダンジョンには、魔境の外よりも大きい植物が育っていて、動く蔓も遥かに太い。火を吹く花が歩き回っているし、戦闘力は高いだろうな」
「戦闘力? やっぱり改良された植物ってことカ?」
「どうなんだろうな。ただ魔境の外では見ない大きさの植物が多かったから、生存力はなかったみたいだ。ダンジョンの中だけで生き残れる類の植物だったな」
「強くても生存競争には勝てないということか……」
「なんでですかね? 魔境は強くないと生きていけないのに、強すぎると生きていけないって……。納得がいかないというか……」
リパは素直な疑問を口にした。
「天敵がいたとカ?」
「気温や地中の窒素量、魔力含有量が違えば、あっさりバランスは崩れるのだ。コントロール可能なダンジョンと不確定要素の多い魔境では、生存に関する条件が違い過ぎる」
ヘリーが説明してくれた。
当たり前と言えば当たり前だが、リパの言うように納得できない気持ちもわかる。
まずは気候と土の調査から始めるか。先が長いな。
「中央には植物園のダンジョンともうひとつ、遺伝子学研究所のダンジョンもあるのだろう?」
「先にそっちの発掘調査をするか? 植物園は意思疎通ができそうなゴーレムがいなかった」
「ミッドガードとはそれほど離れてはいなかったはずだ」
カリューが自分の身体を使って、ミッドガードと遺伝子学研究所の位置を教えてくれた。ミッドガード跡地の真東にあるらしい。
「どちらにせよ、両方探索はするのだろう?」
「する。カリュー、ダンジョンの土や壁の素材って採取できるのかな?」
「できるものとできないものがあると思う」
「メイジュ王国のダンジョンはできるヨ。そうじゃないと改良した作物が外に出せないからネ」
「そりゃそうだな」
魔境の土地でも育つ麦があれば、魔境産のパンができる。
「植物園のダンジョンから採集してくるものの準備は私とシルビアでやっておく」
片手のつるはしやスコップ、それから革袋などが必要なので頼んでおいた。
「今日の訓練場の教官は? いなければ俺が……」
「僕が行きます」
リパがそう言って、身体を伸ばしていた。
「マキョーが教官をやることはないゾ」
「え、なんで?」
「参考にならない」
シルビアがすらっと断言した。
「マキョーは教官失格。仕方がないから一緒にダンジョンに潜ってやるヨ」
「チェルかぁ。荷物が増えるなぁ」
ヘリーとシルビアは午前中は寝て、午後から採取の準備をしてもらう。植物園のダンジョン探索は明日になるだろう。
今日は、遺伝子学研究所のダンジョンに行って様子見だ。
それほど深くダンジョンの中を探索することもないはずだ、とこの時は思っていた。
「ゴーレムが残っていればいいな」
簡単な弁当を用意。なにか拾ってしまうかもしれないので、小さい空の革袋をいくつか鞄に詰める。チェルはシルビアに破れすぎのローブを注意され、新しい白いローブを着せられていた。
「こんな新人魔法使いみたいなローブは恥ずかしいヨ」
「こ、これしかない。それより尻が丸出しになりそうなローブの方が恥ずかしい」
チェルのローブは座りすぎたためか、尻辺りの部分がすっかり透けていた。俺もズボンは大丈夫だが、下着が似たようなことになっている。替え時か。
カリューは揺れながら、小さくキューブ状になって俺の鞄の中に飛び込んでいた。
「今日も諸々よろしく。いってきます」
「「「いってらっしゃい!」」」
ヘリーたちに見送られ、俺とチェルは坂を下り、沼の岸辺を走り抜ける。
ヘイズタートルの群れが甲羅を乾かしている脇を通り過ぎて、ワニ園の様子をチラ見。ボスでも決めているのか、大きめのロッククロコダイル二頭が争っていたが、それ以外は異常なし。
シルビアが素材として採取したのか、枝葉がすっかりなくなったトレントが日向ぼっこをしている。周囲ではインプが奇声を上げながら、小さな虫の魔物を捕まえていた。
中央のミッドガードに近づくにつれ、獣の臭いが強くなってくる。ミッドガードの跡地では相変わらずの喧騒で、生まれた雛たちが大きく育っているようだ。
ガーディアンスパイダーが起動する前に通り過ぎるため、脚に魔力を込めて一気に走り抜けた。振り返ると藪が消えて木の葉が舞う中、一直線の獣道が出来上がっている。
その道も数秒後には蔓や魔物で塞がれてしまった。
チェルの新しいローブには小枝が何本も突き刺さっていた。
「またシルビアに怒られるヨー」
チェルは穴が空いたローブを見せて、情けない声で訴えてきた。
「どうしてヘリーに魔法陣を描いてもらわなかったんだ?」
「どうして出発前に言ってくれなかったんダ?」
チェルは仕方なく、昼寝用の毛皮をケープのように巻いていた。
「マキョーはどうして枝が刺さらないノ?」
「あー、最近、身体の中で魔力を回転させるのが趣味なんだけど、枝をその回転する魔力で弾き飛ばしてる。ほら、走ってるときって暇だろ?」
「すごいナ! 一個も意味わかんネ」
チェルには魔力を回転させる趣味ってのがわからないし、走りながら飛んでくる枝を見ていることもわからないし、走っているのに暇というのもわからなかったらしい。
説明するのは面倒なので、先に進む。
「そろそろ研究所跡だろう。地中を探りながら行こう」
ここら辺は地形が入り組んでいて、チェルが来た当初、崖を上ったりしていたところだ。
ビッグモスの生息域でもあり、そこら中にタマゴキノコが生えている。ビッグモスの鱗粉には麻痺効果があり、タマゴキノコの胞子にも痺れさせる効果がある。
「我々を痺れさせようとしてるナ」
「軍手とマスクはしておけよ」
地面に手を当てて魔力を放ち、地中を探る。
一帯は地割れが多く、塞がれた洞窟や地中を流れる川が見えた。大きなベスパホネットの巣があったり、大型犬ほどの蝉の魔物も眠っていたり、人の頭くらいの大きさがあるダンゴムシの魔物が朽ちた大樹を食べていたり、魔境らしい光景が広がっていた。
街道跡らしきものが見えないので、地割れで壊れてしまったのかもしれない。
「これだけ地形が崩れてると、どこに何があるのかわからないな」
「時間がかかりそうだナ」
熊の臭いが充満している洞窟を、チェルが水魔法で洗いタマゴキノコを燃やしていく。煙が洞窟内に十分溜まったら風魔法を送り込んで煙を出し、洞窟を即席の拠点として使うことにした。
「位置はそれほど間違ってはいないと思うのだが……」
周囲の土を集めて人型になったカリューが首を傾げながら言った。
「たぶんダンジョンの扉はあるはずだから、大丈夫だヨ」
別の空間に繋がっているのだから、ダンジョンの扉はちょっとやそっとじゃ崩されたりしないという。
「ヘリーを連れてきて、埋まってる人骨に直接聞いてみてもいいんだからサ」
チェルが続けた。
「それだ! 遺伝子学研究所の近くには実験した魔物の墓があるはず!」
「なるほど。魔物の骨だな」
建物の跡ではなく、魔物の骨が集まっているところを中心に探した。
崖を下りて、地割れが起こっている谷の底も探っていくと、妙な視線を感じる。地面からだと覗かないと見れないような暗い中だ。通常の魔物なら素通りするか、なるべく避けて通りたいはずだが……。
「見られてるナ」
「やっぱりそうか」
「あれをやって確かめてみればいいんだヨ。アレだアレ。魔力を捨てるとかいうやつ」
「あれか」
一度、谷から上がり、風を読んでゆっくり自分の身体から魔力を捨てていく。
魔力が身体から離れて周囲の状況を教えてくれた。
植物と魔物が生存するために動き回る中、不自然に息をひそめて岩陰でじっと止まっている奴らがいる。人型の魔物のようだ。
「いた。ゴブリンか、オークかな?」
「魔境じゃ珍しいネ」
確かに半人半獣の魔物は多いが、ゴブリンやオークなどは魔境で見たことがない。生存競争で負けた種だと思っていたが、こんなところに生きていたか。
「意思疎通が図れればいいんだけど……」
戦闘の意思がないことを示すために手を上げて、ゆっくり近づいてみる。
岩陰から角が見えた。角の形は羊のように巻いている。
ゴブリンやオークじゃないらしい。
「おい」
俺が声をかけた直後、ぴょーんと跳んで逃げて行ってしまった。
「ヤギの脚? サテュロスかな? ただ顔が見えなかったからなんとも言えないんだけどネ」
チェルが横で呑気に説明していた。
「追わないのか!?」
カリューに言われて、俺もチェルも自分たちが動いていないことに気が付いた。
ただ、追うも何も逃げているサテュロスはチェルの魔法で捕捉できる範囲だし、詰めようと思えば、一歩で届く距離だ。それほど身体能力は高くない。
「どうする? 先回りするカ?」
方向さえわかれば先回りすることもできるだろう。
「まぁ、ゆっくりでいいんじゃないか。魔法陣の罠でも仕掛けられたら面倒だ」
一歩ずつサテュロスを観察しながら、追いかけた。
特別な罠を仕掛けてくるというわけではなく、カミソリ草やスイミン花、オジギ草が生えている場所を通っている。ただ、俺たちよりも先を行くサテュロスが切り傷を負っていた。
俺たちは植物に切られたり、噛まれたりする前に、木の枝で払っていくだけだ。コロシアムでもないのに、見えている攻撃をいちいち受けていられない。
サテュロスは近づいてくる俺たちを警戒しながら、崖に空いた小さな穴から洞窟に入っていった。
崖の壁に魔力を放ち、洞窟内を調べてみれば、地中に多くの骨が埋まっているのがわかった。さらに洞窟の先には扉が見える。
「遺伝子学研究所はこんな洞窟に埋まったのか。この先に扉がある。たぶんダンジョンの扉だ」
「じゃあ、あのサテュロスはダンジョンの住人かぁ……」
「ダンジョンが埋まっていなかったということだ」
カリューが補足した。
「じゃあ、ダンジョンの魔物が魔境で生きていってるってことだナ?」
「それを確かめに行こう」
俺たちは魔力を極力外に出さず、丹田で回転させてカリューを鞄の中にしまった。
洞窟の一番奥に、扉があるだけで他は何もない。
扉に雷紋が描かれたキーを嵌め込み、魔力を込めて回すと、ダンジョンが開いた。
ほの暗い通路が伸びている。なんの素材かわからないがまっすぐに加工された四角い通路が伸びている。その通路を壁にはめ込まれた、小さな白い魔石灯が一定間隔に照らしている。
床に魔法陣は描かれていないし、罠らしきものも見えない。
コンコン。
床や壁を叩いてみたが、ある程度力を込めて殴れば壊れそうだ。魔法陣で補強していない。
プゥワァ~~!!
通路の奥から角笛のような音が聞こえてきた。