【中央のダンジョン攻略・マキョーら】
ジェニファーがスカウトのため魔境を出た翌日、俺はドワーフたちを訓練場へ連れていった。すでに一晩、洞窟で過ごしていて魔境に響き渡る魔物の奇声も聞いているし、一部カム実などの危険性については体験している。
「サッケツも含めて、唐突に死なれても困る。最低限、ここで生きていける能力を身につけてくれ」
目の前にはサッケツ、カタン、カヒマンの他に、エルフの番人が一人立っている。
「辺境伯、ここの植物は昨日食べたカム実みたいに齧ってくるの?」
カタンが聞いてきた。
「齧ってくるというより、攻撃はされると思ってくれ。いろんな攻撃をしてくるから、よく観察してから触るように」
「辺境伯! あの魔物の方は……?」
恐る恐るサッケツが聞いてきた。
「もちろん、いるよ。ほら、そこでグリーンタイガーも寝てるしな」
木陰であくびをしているグリーンタイガーを指さした。
「「「ひっ!」」」
ドワーフたちは気が付いていなかったのか、怯えている。緑色の体毛が周囲の草むらと区別がつきにくいのかもしれない。
「ここにいるグリーンタイガーは俺たちに飼われているようなものだから、そう簡単に襲ってはこないと思う。むしろ空から来る魔物や、地面から這い出てくるような魔物には注意した方がいいかもしれない。俺たちも知らない魔物もいるかもしれないし」
「辺境伯が未だに知らない魔物もいるんですか?」
「知っているのは目立っている一部だけだろう。これでも魔境の魔物はかなり知っているつもりだったけど、場所によっても魔物や植物が変わってくるから。この前も北西部に道に使う石を採りに行った時に、初めて見る魔物がいた。声だけ聞こえるけど、見たことがない魔物もいる。気候が変われば、魔物も移動し始める。俺たちができるのは慎重に丁寧に観察することだけだ。それが生きることに繋がる。焦らなくていい。ゆっくりひとつひとつできることをやっていくと次の日には大変なことになっている。な!」
空から見ていたリパに声をかける。
「そうです!」
リパは箒から飛び降りて地面に着地し、ドワーフたちとエルフの番人を見た。
「あのぅ……本当に、焦ると死にます。魔境の回復薬は効果が高いので致命傷でも治せますが、即死されるとどうしようもありません。即死だけは勘弁してください」
リパが頭を下げると、さすがに4人も大きく頷いていた。
「で、そこでパン焼いているのがチェルな。今日はチェルが、訓練場の教官か?」
チェルは訓練場の真ん中で、簡易的な竈を作って、パンを焼いていた。朝早いというのに、準備していたのか。
「ああ、うん。危ない植物と魔力の使い方くらいは教えた方がいいかと思ってネ」
魔王候補だったからか意外に面倒見がいい。
「そうだな。頼む」
訓練場をチェルに任せて、俺はリパとカリューと共に、中央のダンジョンへと向かう。ドワーフたちを連れてきたヘリーとシルビアは洞窟で寝ているはずだが、自室で物音がしているので、何か作っているのかもしれない。
カリューは小さくなって背負ってるバッグに入っていて、1000年前は植物園だったというダンジョンの様子を教えてくれた。
「寒い地域から暖かい地域の植物までいろいろあって、外国の植物も輸入していた。奥には研究所があって、改良された植物も作られていると聞いたが、定かではない。コロシアムに出す植物の魔物はここで育てられていたはずだから、油断はしない方がいい」
植物の魔物は、トレントなども見ているので、なるべく距離を取って観察していこうと思う。
中央にある『渡り』の魔物が子育てをしているミッドガード跡地の西側に植物園があったらしい。
今は木々が鬱蒼と生い茂っているし、ガーディアンスパイダーも岩の状態でそこら中にいるので、注意をしながら探索を開始。ガーディアンスパイダーは武器を持っていなければ、攻撃はしてこないが、地中を探るために魔力を放つと、動き出して様子を窺ってくる。
集まってくると探索どころじゃなく、木々をなぎ倒してくるので面倒だ。木が倒れる音を聞いてか、魔物も集まってきて勝手に争いが始まっている。
「どこまで探索した?」
魔物とガーディアンスパイダーの争いを無視していたが、周囲を見回すと倒木だらけになっていて、どこまで探索したかわからなくなってしまった。
「一度、一掃した方がいいんじゃないですか?」
「いや、せっかくだから焼いてもらおう。どうせ邪魔になるから。リパはガーディアンスパイダーの攻撃は躱せるか?」
「躱すだけなら、なんとか……」
「じゃあ、武器を持って飛び回ってくれ。俺もなんかあったかな……?」
解体用のナイフを取り出して、ガーディアンスパイダーに向けた。リパも剣を片手に空飛ぶ箒で飛びまわっている。
ガーディアンスパイダーの群れが一斉にこちらを向き、赤い光線を放ってきた。光線を放つときに、一度魔力を溜めるので、躱すのは難しくはない。
チュピン!
光線が当たった場所で爆発が起こり、周囲の草むらが燃えている。倒れたばかりの木も燃えているが、まだ水分を含んでいるためか、燃え広がるようなことはなさそうだ。
走り回りながらガーディアンスパイダーに光線を放ってもらい、辺り一帯を炭へと変えていく。そこら中から煙が上がり、集まっていた魔物たちも逃げ出していった。
あとは動いているガーディアンスパイダーに触れて、内部に流れている魔力の方向を変えてやるだけ。砂漠の軍事基地で見たものと内部構造は一緒だった。
周囲にいるガーディアンスパイダーの動きが停止したことを確認。水流が出る杖で、燃えている枯れ葉を鎮火していった。
「リパ、フキの葉、持ってない? 鼻の中が真っ黒だ」
布で口周りを覆っていたが、煤が鼻の中まで入り込んでいる。枯れたフキの葉は、柔らかいし使い捨てできるので、なにかと便利だ。
「持ってませんよ。鼻うがいした方がいいかもしれませんね」
2人そろって、水袋の水を鼻の中に入れている様は、なんとも間抜けだ。
焼野原になったものの、黒焦げになった倒木の下から早速新芽が出始めている。
「魔境の植物は復活が早い。急いで探索しよう」
「あっちの方が少し丘になってませんか?」
リパの指さす方を見ると、確かに丘のように見える。遺跡は丘の中に埋まっていることが多い。
焦げた倒木をかき分けて、地中に魔力を放ち探索すると、やはり丘の中に建物の跡があった。
あとは魔力のキューブで地中の土を抜き取っていく作業だ。リパには、抜き取った土に水流の杖で水を放ち、遺物がないか確認してもらう。
屋根の瓦と大きな柱が出てきたところで、昼休憩に入った。空は雲一つない快晴で、汗が止まらない。周囲は焼いてしまったので、木陰もなくなってしまった。
「暑いな……」
動かなくなったガーディアンスパイダーを持ってきて無理やり日陰を作る。
弁当はチェルのパンにワニ肉と野草を挟んだ美味いやつ。水が足りなくなりそうなので、スープは作らなかった。
「地中はどうですか?」
「もう少ししたら人骨とか出てきそうだな。悪いけど、回復薬の用意をしておいてくれ」
人骨が動くだけならいいが、幽霊が出てきたら発掘をやめてしまうかもしれない。
「わかりました」
「夕方には草原になってるかもな」
周囲の黒焦げにぽつぽつと緑色の新芽が伸びていた。魔境の植物は強く、成長も速い。
「中央周辺の地中は魔力が多いのだろう」
カリューが普通のサイズの人型になって地面に触れていた。
「中心地のミッドガード跡地には魔力がないけどな」
「魔力がくり抜かれたみたいですよね?」
「地中ごと巨大魔獣に移送したのか、それとも巨大魔獣の動力源として中心地の地下から魔力を吸い上げているのか……」
予想をしながら、カリューを見た。
「すまない。専門家ではないのでそこまではわからんのだ」
「そりゃそうか」
高度な文明で生きていても、原理がわからないことは多いのだろう。前世の夢でも、どこを通ってパイプから水が出ているのかわからなかった。地中のことなど見えないことはさらにわからない。
軽く寝てから、作業を再開する。
植物園の跡地だからか、虫の魔物の外骨格や人の頭蓋骨と同じくらいの植物の種などが出てきた。地中を探ると植物園の敷地が広かったようで、きれいな花壇が続いている。
「植物の種は取っておきますか?」
リパが土の中から取り出した種の化石を見せてきた。
「ああ、袋に入れておいてくれ。もしかしたら、品種がわかるかもしれない」
「そうですね」
花壇に埋まっていた植物の種を採取しつつ、作業を進める。
「ダンジョンは建物の中心部にあったような……」というカリューの言葉を信じ、建物内を掘っていった。
建物内には人骨も多く、空になったゴーレムのキューブも出てきた。
革の鎧や錆びた鉄のハンマーなども出てきたので、ここで戦いがあったらしい。人骨はしっかり回復薬をかけて洗ってから埋葬し、ゴーレムのキューブは保管しておく。
武具は、描いてある魔法陣をメモ帳に記して積み上げていった。珍しい材質を使っているようには見えなかったからだ。
「やっぱり床には時魔法の魔法陣が描かれてるのかな?」
魔力のキューブで持ち上げても、床に傷がついていなかった。壊れないとわかれば、作業は一気に楽になる。
残念なことに、ダンジョンの扉は建物の中心部にはなく、倉庫らしき部屋の中から出てきた。木の化石が積み重なっていて、ダンジョンの扉は一番底に隠されていたようだ。
「攻撃を受けて移動させたということでしょうか?」
「だろうな。果たしてダンジョンに入れるのかどうか……」
ダンジョン同士で戦っていたのなら、壊されている可能性もある。
扉を広間跡まで運んで、柱に立てかけた。
雷紋が描かれたダンジョンの鍵を取り出して、扉にはめ込み魔力を流してみると、自然と鍵が回り始め、扉が開いていった。
扉の先には、炭になっていない森が見える。
魔力を丹田で回転させて、魔力が漏れないように一歩踏み出してみる。
床に魔法陣の罠があるか確かめたが、特に罠らしきものは描かれていないようだ。その代わりに、サボテンの針のような無数の棘が一斉に俺の頭部にめがけて飛んできた。
「見える罠ならいいな」
飛んでくる棘をすべて掴んで、地面に落としていく。
通路の地面は元より、壁や天井にも蔦が這っていて、外の植物よりも動きが速い。ただ固いわけではないので、解体用のナイフで切り落としていける。リパも木刀で対処できているようだ。
毒を含んだ汁が飛んでくることもあったが、魔力の壁で対処できるようなものだった。
慎重に奥へ進んでいくと、エルフの国で見た精霊樹が真ん中に鎮座している巨大な空間に出た。
家ほどのサイズがある甲虫の魔物が飛び交い、火を吹く花が精霊樹の枝を歩き回っている。
サンドワームのように太い蔦は、回転しながら魔物を叩き落としながら、精霊樹の幹を守っているようだ。精霊樹の幹には青白く光る苔が生していて、部屋全体を明るく照らしている。
湿気が多いのか、天井からしとしとと小雨のような水が降り続いていた。
「なんだ、これは……?」
カリューも感じたことがない様子だった。
「こんなの外でも見たことないですよ」
「そうだな……」
ダンジョンの植物は、魔境の生存競争に負けていたらしい。
だとすれば、魔境の植物はどうしてあんなことに……。
「おーい! 誰かいないかー!」
大声を上げてみたが、言葉が通じる者はいなそうだ。記録でもあればいいのだが、探索するには準備が足りていない。
一度、外に出て準備をしてから植物園のダンジョンを探索することに。
西の空に夕日が落ちていく中、帰宅。
洞窟の前の焚火には、全身に薬草を貼られたドワーフたちが寝かされていた。意識はないが、3人とも息はしている。
「しっかり魔境の洗礼を受けたようだな」
「たぶん、心は折れてないはずだヨ」
教官のチェルは笑いながら、薬草を貼り替えてやっていた。
エルフの番人だけが訓練場で寝ているらしい。