【ジェニファーのスカウトキャラバン5日目・夜】
冒険者ギルドにて、海賊の被害状況を確認。職員から、隠れ家として目ぼしい場所を教えてもらいました。
いくつか入江を回ってみると、確かに少数ではありますが海賊がいました。
遠目で観察していましたが、ナイフを研いだり、絡んだロープを直したり、真面目に海賊家業をやっているようです。黒い髭の大男が船長のようで、指示を出していました。
また、海にはセイレーンと思しき魔物がいて、世話をしている小柄な魔物使いもいます。
セイレーンの歌で混乱しているうちに、商船を襲うのでしょう。煙玉らしきアイテムが入った木箱も見えます。
揃えている武器にあまり殺傷能力がないようですから、制圧に重きを置いているのかもしれません。
昼ご飯の魚定食をしっかり食べてから、入江の崖上で準備をします。メイスと紐を手に、船長に狙いを定め、海賊船に飛び降りました。
「動かないでください。小舟を借りたいだけです」
船長の腕をねじり上げて、両腕を縛りました。
「いででででっ!!!」
「痛くありません。気のせいです」
「とてつもなく痛いよ! 何者だ!?」
「魔境の使者です。調査したいので小舟を一艘、貸してください」
「調査だぁ! 冒険者ギルドに頼め!」
「魔の海域に船を出してくれないのですよ」
「あんた馬鹿か?」
「馬鹿で結構。小舟で構いませんよ。船員に用意するよう指示してください」
「わかった。ただ期待はするなよ。俺に価値はない」
船長は船首まで行き、入江中に聞こえるように大きく息を吸いました。
「この嬢ちゃんが魔の海域に行きたいそうだ。小舟を用意してやってくれ」
「「「……」」」
入江中で働いていた船員たちが動かなくなり、船長を見上げています。
「な! 誰も用意しない。いいか? 俺は船長ではあるが、うちの連中には自由意思がある。やりたくない仕事はやらないんだよ」
「あなたを殺してもですか?」
「次の船長を決めるだけだ」
海賊の法はシビアです。
「仕方ありませんね」
ボゴンッ!
私は床板にメイスを振り下ろしました。
ぽっかり穴が空いています。
「なんてことしやがる!」
船長が狼狽えていました。
「小舟を用意してください。動かなければ10秒ごとに、船の床に穴が空きますよ」
大きな声で宣言しました。ただ、入江の船員たちは一向に動こうとしません。
ボゴン……ボゴン……ボゴン……。
甲板に3つの穴が空き、船長が「やめてくれ!」と涙声を発した頃、ようやく魔物使いの青年が口を開きました。
「俺たちに、なにか得があるのかい?」
「得ですか? そうですね。少しならお金がありますが……。銀貨で10枚ほど」
「それを早く言ってくれ」
突然、船員たちが一斉に動き出し、小舟を用意してくれました。
そして、用意し終えると全員が手を差し出してきました。一人に銀貨1枚づつ渡し、概ね目的は達成。海賊はお金を出せば動いてくれるようです。
「もう少しお金を出すので、どなたか操舵を頼みたいのですが……」
「いくら?」
「銀貨5枚」
「じゃあ、俺とセルシアで行くよ」
セルシアというのはセイレーンのようで、海の中から手を振っています。
「じゃあ、お願いします」
空はすっかり茜色になっていて、幽霊船の目撃地点まで行けるか心配でした。
「ああ、大丈夫だよ。これでも、航海士の資格は持っているから」
魔物使いの青年はコンパスと魔石灯を準備していました。
私が地図で「ここら辺」と説明すると、「ん~」と難しい顔をしています。
「危険ですか?」
「魔物が出たら、帰るけどいいかい?」
「ええ、それで構いません」
小舟に乗り込み、セルシアが沖の方まで運んでくれました。
あとは帆を張り、東の目撃地点へと向かっていました。
風がなく凪いでいたので、なかなか進みません。セルシアは疲れたように船尾に座っています。これ以上は別料金だとか。
オールがあったので漕いでみると、意外と進みました。幽霊船がいたと思われる地点までもそれほど時間はかかりませんでした。
「少し、待ってみてもいいですか?」
「ああ、夜食は持ってきたから朝まででもいいよ」
目を凝らして水平線を見ても何もいません。魚の気配すらないのです。
青年とセルシアの食事風景を尻目に、ひたすら東の海を見続けました。確かに、岩礁らしきものが遠くに見えるのですが、それが陸なのか魔物の背びれなのかわかりません。
西の水平線に日が沈み、涼しい風が頬を撫でていきます。
なにか羽織るものでもと鞄を見ていたら、突然、白い霧が出始めました。
「もう帰ろう! ここにいたら幽霊船が出る前に難破しちまうよ」
青年の声にセルシアも頷いています。
「わかりました。ん? ちょっと待ってください!」
一瞬、霧の中に魔石灯の明かりが見えました。よく目を凝らしてみると黒い大きな船の影がゆっくりと近づいてきます。
「幽霊船だぁああ!!!」
青年の声が響きます。
私は捜索1日目で幽霊船を見つけたことが嬉しく、思わず笑ってしまいました。
「なに笑ってるんだい?」
青年に言われて、ようやく自分の仕事を思い出しました。
「失礼しました。仕事をしてくるので、少々お待ちください」
「へ?」
青年の返事を聞かずに、私はスライム壁を展開。反動をつけてから、一気に幽霊船へと跳びました。
上から見ると、帆に穴が空き、船体には焼け焦げた痕跡がいくつもあるボロボロの船に骸骨剣士やゴースト系の魔物がいました。マキョーさんがいたら、気絶してしまうかもしれません。
ですが、これでも私は僧侶の端くれです。幽霊ごときに驚いていられません。
マストに飛びつき、見張り役の骸骨剣士の頭部をメイスで砕きます。
ゴキン!
頭蓋骨が飛んでいく音がして、ようやく甲板の上にいる魔物たちが私に気が付いたようです。気が付かれたところでやることは変わりません。
メイスに回復薬をかけてから、甲板に下ります。
唐突な生者の登場に、骸骨剣士たちが武器を構える前に、腕の骨を砕いていきました。
ポキン! ポキン! ガキン!
肉もないのでゴースト系の魔物は脆いです。盾があったとしても、吹き飛ばせました。
「敵襲~!!」
船の後方から声がしました。
しゃべれる魔物がいるなら、私の仕事はかなり楽になります。
魔法の火の玉や矢も飛んできましたが、自分の周囲に魔法の壁を作って難なく防げました。ついでに魔法の壁の範囲を一気に広げて甲板から、骸骨剣士や幽霊を海に弾き飛ばします。
舵を握っていたドラウグルと呼ばれるゾンビのような魔物を捕まえて、回復薬の瓶を頭の上に乗せました。
「動いたら、回復薬を割って昇天させますよ。質問に答えてください」
「……」
「先ほど、『敵襲』と言っていた声を聞きました。喋れますね?」
「ああ……」
「ここから東に向かうと岩礁地帯があると聞きましたが、本当ですか?」
「嘘だ」
ドラウグルの答えは短いようです。海の上では喋る相手がいなかったのでしょうか。
「本当は?」
「魔物だ。岩礁や島に見える」
魔境の巨大魔獣のようなものでしょうか。
「その先に行ったことは?」
「ない」
「東の果てに何があるのか知っていますか?」
「……」
「ユグドラシールという国があった場所です。私はそこから来ました」
「なんだと!?」
「今は魔境と呼ばれていますけどね」
「魔境なら、この海域こそ魔境だ」
「では、この海域も我が領主のものです」
「ふざけるな! この海域を統べる者などいない!」
ドラウグルが声を荒げていた頃、甲板ではビチャビチャと海水をまき散らしながら、骸骨剣士たちが海から這い上がってきました。海水には強いようです。
「おい小娘! 俺たちはアンデッド海賊団。死なない海賊たちが、どこにいようとなんどでもお前を襲うぞ」
「そうしてくれると助かります」
「……え?」
「私が魔境に帰宅したら、サウスエンドから魔境までの交易航路を作ってください。今からこの船は魔境の商船にします」
「ちょっと待て! これより東は魔の海域だ。背中の上に塔が立っているような古の魔獣どもが戦い、海底火山が噴火し、一度吸い込めば肺が腐るようなガスが充満している海域だぞ」
「皆さんはもう死んでいるんだからぴったりじゃないですか」
「いや、そんな……」
「大丈夫。私は東にある魔境で待っていますから、襲いに来てください。あ、報酬ですか? なにがいいですかね? 金銀財宝は持ち合わせがありませんが……」
死んでいる海賊が欲しい物なんて、心当たりがありません。
「竜の骨はあるか!?」
「ゴーレムは?」
「時魔法の魔法書は?」
甲板の骸骨剣士や死霊たちが聞いてきました。
「竜は今のところ見つけられていませんが、ロッククロコダイルや火吹きトカゲ、マエアシツカワズの骨ならいくらでも持って行っていいですよ。ゴーレムのキューブもいくつかあります。時魔法の魔法陣は見つけたんですけどね。それが報酬でいいですか?」
「我々は海賊だ。協議する必要がある」
ドラウグルの頭から回復薬を取り外しました。
「聞いた通りだ! 故郷、ユグドラシールに帰りたいものはいるか!?」
甲板にいる死んだ船員たちに向け、ドラウグルが声を張り上げました。
「「「……」」」
返事はありません。
「では、ユグドラシールの宝に用がある者はいるか!?」
「「「おう!」」」
足を踏み鳴らし、船員たちが声を上げます。
「行く手に巨大な魔獣がいようと、船が壊れようと、己の身が腐ろうと、宝がある限り、必ずその手に掴み取れ!」
「「「おう!」」」
船員たちの声が海に響き渡りました。船が壊れると困るんですけどね。
「決まりだ。よろしく頼むぜ。魔境の使者さんよ」
「お願いします。もし、サウスエンドで用があれば、あそこの小舟にいる魔物使いの青年に話しかけてください。多少銀貨を掴ませれば、うまく使役してもらえると思います」
私は小舟で様子を窺っている青年を指さしました。
「おう、わかった」
「では、東の地で会いましょう」
私はスライム壁を展開し、小舟へと跳びました。
「わっ! 戻ってきた!」
魔物使いの青年もセルシアは船体にしがみつきながら、驚いています。
「待っていてくれてありがとうございます。話は済みました。帰りましょう」
「幽霊船で何をしてたんだい?」
「ちょっとした勧誘です。もしかしたら、幽霊船の船員が話しかけてくるかもしれませんが、やさしく対応してあげてください」
「なんで!? 嫌だよ!」
「大丈夫。報酬は出ますから」
「ええ~……」
「まぁ、悪い人たちですけど死んでますから、怖いことなんかありません」
「いや、死んでるから怖いんだけど……」
「そうですか。じゃあ、回復薬を渡しておきます。よほど嫌なことをされたら、回復薬をかければ昇天しますよ。きっと」
「きっとって言われても!」
「たぶん?」
「たぶんって……」
半ば強引ながらも青年に幽霊船の面倒を頼み、サウスエンドへと帰りました。
「そういえば、お名前は?」
「ジョルジオだよ。あなたは?」
「ジェニファー・ヴォルコフです。よろしく」
「覚えておくよ。しばらく会いたくない名前だ」
ジョルジオとセルシアと海賊の入り江で別れました。
いずれ航路が繋がれば、彼らを魔境に迎える日が来るかもしれません。