【ジェニファーのスカウトキャラバン5日目・昼】
エスティニア王国の南部にきています。
昨夜のうちに、王都から離れ、街道沿いで野宿。襲ってきた野盗を捕まえて、衛兵に引き渡しお金にしました。
南部は私の祖父母がいた場所です。南部で商人として稼ぎ、北部の土地を買って開墾。小さな村の地主になったと祖父は言っていました。
祖母は「嘘じゃ。商人として大失敗して、北部に逃げて来ただけ。男は顔や体力より頭で選びなさい。これは約束じゃよ」と、私に腰を揉ませながら教えてくれました。
もしかしたら私は祖父の借金の形に、70代と結婚させられそうになったのかもしれません。帰るつもりもないので、もはやどうでもいいですが。
魔境の使者として南部に広がるオニレスに入り、田園風景を眺めながら走り続けます。
オニレスというくらいですから、南部には鬼の一族はあまりいません。人族が多く、過去にあった戦争で戦果を挙げた者たちや家族経営をしていた大商人たちが、家名を付けていることが多いと言われています。
ヴォルコフ家は狼を狩る革職人だったと昔調べたことがありますが、本当かどうかは知りません。
緑豊かな森をいくつも抜けました。ただ、魔物の気配がほとんどありません。冒険者たちの姿をよく見かけるので、魔物を狩ることが仕事として成り立っているのでしょう。ただし野盗も多くいます。冒険者もなかなか厳しいのかもしれません。
町にはレンガ造りの家が増えていきました。どの町にも通りには商店が並び、小さい王都のようです。
商店街を見て回り、冒険者ギルドで魔境の移住者募集のチラシを掲示板に貼らせてもらいました。訓練場も見せてもらいましたが、特別、変な冒険者はいません。いや、魔境に合いそうな人とでもいうべきでしょうか。
隊長さんのように野盗の中から見つけた方が早いのかもしれない、と思って野盗が潜む砦跡に行ってみましたが、基本的に観察するということをしないようです。ゴブリンが冒険者の鎧を着ていただけで警戒心を解いてしまうような野盗もいるようなので、少々心配ではあります。
それだけ平和ということでしょうか。
古い教会跡ではゴブリンの群れと野盗が一緒に野営していたのには驚きました。人と魔物という区分が曖昧なのか、よほど魔物使いが優秀なのか、定かではありませんが、とりあえず壊滅させておきました。
潮の香りがしてきた頃、ようやく私は最南端の港町、サウスエンドに辿り着きました。
港では海鳥が鳴き、コロシアムから歓声が聞こえてきます。
大きな商会があるようで、3階建ての建物の屋上には鳥小屋もあります。
冒険者ギルドの掲示板に貼ってある依頼書を見ると、馬車の護衛や商船の警備などの仕事が多く、海の魔物の討伐などは人気がないのか、すっかり日に焼けてしまっていました。
「海の魔物は戦いにくいんですか?」
「ああ? あんたどこから来たんだい?」
眼鏡のおじいさん職員が私を訝しげに見てきました。
「魔境からです」
「へっ。国の東端のか?」
「そうですね」
「だったら、頼むよ。南東の海域ルートを確保してみてくれ」
詳しく聞いてみると、サウスエンドの南東、つまり魔境の南西に広がる海域は岩礁が多く、魔物も周辺とは比べ物にならないくらい強いと教えてくれました。
「しかもいつも白い霧で覆われていて、魔物がどこから襲ってくるのか見えやしない。何度も地図を作っても、岩礁の位置は変わってしまう。この町の人たちが魔境と言うなら、南東の魔の海域のことを言うんだよ」
「そうですか。地形を変えてしまう人がいるのかもしれませんね」
「そんなにほいほい地形が変わるもんか!」
マキョーさんを見ているせいか、地形を変える人がいると思ってしまいますが、一般的に地形が変わるのは大事件です。
「では、船を出しても、東へは行けないということですね?」
「その通りだ。東にも南にも行けない。この港町が船で行ける東の果てだ」
「ちょっとその魔の海域を見てみたいんですが……」
「あんた、話聞いてたか?」
その後も粘ってみたのですが、やはり東へ行く船はないとのことでした。
「行ってみないことにはわからないことがあるんですけどね」
魔境とサウスエンドの航路が見つかれば、交易できるようになります。
別に交易品がないのであれば、そこまで気にしないのですが……。
どうもサウスエンドでは甘味処が多く、捨て置けないというか、なんとも甘い香りが漂っているのです。
試しに野盗を捕まえた報酬で、黒砂糖のクレープというデザートを食べてみたのですが、3日は頑張れる味がしました。
魔境は過酷な場所なので、こういう甘味があってもいいように思います。
また、雑貨も多く、カラフルな布、白い陶器もあります。なにより船の交易が多いからか、樽や木箱、ガラス瓶がそこら中にあります。魔境の総務として入れ物というのは見過ごせません。
魔境の洞窟の奥にある倉庫は、野草や肉を干しているので、臭いが酷いんです。
私が交易ルートを確保しなくても、マキョーさんならそのくらいやってのけることでしょう。先行して少しでも状況を見ることができれば、報告や企画立案もしやすいというもの。
「どうにか……ならないものでしょうか……んぐ」
桟橋でクレープを食べながら、東の海を見ていたら、船乗りの方々に絡まれてしまいました。
「だ……大丈夫かい?」
意を決したようにつるりとした頭の船乗りが話しかけてきました。
「はい?」
「いや、飛び込んだりしないだろうね?」
「しませんよ」
「若いんだから、早まったりしちゃダメだぞ。人生、悪いことばかりじゃない」
どうやら船乗りの方々は、私が海に飛び込んで死のうとしていると思っているようです。
「こんな低い桟橋から飛び込んでも死ねませんよ」
「いや、東の海を見ていたから……」
「ああ。行けないんですかね? できれば、ちょっとだけでもいいので行きたいんですけど」
「ほらぁ、やっぱり!」
「行けば最後。帰っては来れないんだよ」
「本当ですか?」
「本当さ。先日も無謀な若い冒険者が白い霧の中で幽霊船に襲われて、海の藻屑になったって話を聞いた」
「誰に聞いたんです? 誰かが海の藻屑になるところを見ていたのではないですか? その人に会わせてください」
そう言って、ずいっと船乗りの方々に迫ってみると、目を白黒させていました。
「本当はクリフガルーダまでの航路も見つけてるんじゃないんですか? 航路を独占して儲けようとしているだけで、幽霊船なんて本当はいないんじゃないのでは?」
「そんなことはない! 先日も古い船の残骸が浜に打ち上げられた!」
「俺も岩礁がゆっくり動いていく姿を見たことがある!」
船乗りの方々は口々に言います。
「どこで見たんですか? どうせ嘘をついて、観光客を怖がらせているだけなんでしょう!? 流行りませんよ、そんな噂話は!」
さらに迫ってみました。
「嘘じゃねぇって!」
「だいたい、嬢ちゃんは誰なんだ? こんなところで何をやってる!?」
「私は魔境の使者です」
「そっちの方が嘘くせぇや!」
「出鱈目言うと簀巻きにして流すぞ!」
「出鱈目じゃありません! この印籠を見てくださいよ!」
王家の紋章が入った印籠を見せると、船乗りの方々は「ん?」と言った表情で私を見返してきました。
「王家の紋章が入った印籠ですよ」
「あ? ああ。そうなのか……」
「だから?」
「だからぁ、王家の人から信用を得ているってことです!」
「王家ってのは領主様よりも偉いっていう?」
「おおっ! そいつはすげぇや!」
「では、船を出してくれますね?」
「それはちょっと……」
「俺たちにも命ってものがあるんだぜ」
「じゃあ、地図で動く岩礁とか幽霊船を目撃した場所を教えてください」
白い紙を取り出して、木炭を渡すと、「だいたいこの辺かなぁ」と素直に教えてくれました。
「ありがとうございます。ところで釣り船はお金で雇えますか?」
「だから、東の海には行けないんだって!」
「誰も自ら死にに行く奴のために船は出さないぞ! そんな印籠を見せてもだめだ!」
「ん~そうですか。仕方ない……」
東の海に船を出すこと自体、違法のようです。
違法なことは違法な人たちに頼むのがいいでしょう。
私は町の人に頼るのは諦めて、海賊を探すことにしました。