【ジェニファーのスカウトキャラバン4日目・午後】
キミーさんが連れて行ってくれたのは、王都の南東エリアで全国各地の商人ギルド本部が集まっている一画でした。
様々な鳥を使役しているようで、大きな円錐形の塔のような鳥小屋が立っています。鳥小屋には、無数の穴が空いており、忙しなく鷹や鳶、グリフォンが出入りしていました。
「使役した鳥で手紙をやり取りしているんですか?」
前を歩くキミーさんに聞いてみました。
「ええ。鳥以外にも、冒険者ギルドで使われている魔道具もありますし、馬車や飛脚も使われていますね。この『鳥小屋』は情報が集まってくる場所なんですよ」
近くまで来るとエリアの中央にある鳥小屋の大きさが際立って見えました。3階建ての建物の二倍ほどあり、自分が小さくなった気さえしました。
通りでは商人たちが大声で話し、荷運びの奴隷たちや馬がゆっくりと歩き、肩掛け鞄を持った少年たちがその間を縫うように走り抜けていきます。
通りの両側には得体のしれない店が立ち並び、思わず見てしまいます。あまりに人が多すぎてキミーさんを見失ってしまいそうになりました。
「迷ったら、鳥小屋に向かって歩いていけば、キミーがいる」
後ろからウォーレンさんの野太い声が聞こえてきます。すでに離れ離れになり姿は見えませんが、私の気持ちを察してくれているようです。
何人もぶつかってきますが、人の流れに沿って歩けばそれほど怒られることがないとわかったのは、5回ほど舌打ちを聞いた頃でしょうか。
人をかき分けるように前へ進み、ようやく鳥小屋の真下にある建物に辿り着きました。
鳥小屋を守るようにそれぞれの商人ギルドの建物が、周囲に建てられています。
「軍からの通達! 軍からの通達!」
キミーさんが大きな声を張り上げて、ギルドの建物に入り、そのまま建物を突っ切るように真っすぐ鳥小屋へと向かいます。鍛冶屋や武器商人たちが私たち3人を見ながら、立ち止まっていました。
鳥小屋からギルドの建物の屋根にタープが張られています。ボトボトと音がなっているので、鳥の糞を防いでいるのでしょう。
タープの下では鳥を使役している魔物使いたちが、鳥小屋で受け取った手紙を、各建物のカウンターで待っている各ギルドの職員たちに渡しています。カウンターが内側に向いているのが新鮮でした。
「軍からの通達! 魔境の使者来訪につき、耳を貸すように!」
キミーさんの声が響き渡ると、一斉に魔物使いたちが、その場で足を止めました。
人がごった返すなか、鳥小屋は静寂に包まれ、緊張が走ります。
「ジェニファーさん、どうぞ」
キミーさんに促されて、一歩前に押し出されたのですが、何を喋ればいいのかわかりません。魔物使いたちはその場にしゃがんで、私の顔が商人たちに見えるようにしてくれました。
カウンター越しでも手練れの商人たちが私を見ているのがわかります。商人たちの仕事現場に異物が迷い込んでいるのですから、当たり前なのですが……。
「何を話せば?」
「魔境のサバイバル術についてで結構です」
私は大きく深呼吸をしてから、始めました。
「ジェニファー・ヴォルコフです。魔境の使者として、サバイバル術を売り込むためにやってまいりました。サバイバル術さえ身につければ、魔境のような過酷な環境でも生きていけます。どうか、冒険者の生存率を上げるためにも広めていただけないでしょうか?」
「「「……」」」
反応がなく、魔物使いたちが鳥小屋の方を見るばかり。やはり、商売の素人が来るような場所ではないようです。じっとしているだけなのに、汗がじっとりと出てきました。
「……広めるって言っても、ここは商売の場だから、演劇をやってるところとか小説家の所に行った方がいいんじゃないか?」
坊主頭で額に大きな傷がある小柄な商人がカウンターの奥から口を開きました。
「サバイバル術って言ってもね。形のないものだから、取引するのは難しいんだよねぇ」
カウンターに大きい胸を乗せた貴族のような婦人も口を出してきました。よほど儲かっているのか、カウンターにはお菓子が山と積まれています。
仕方がありません。商人には、あまり受け入れられなかったようです。
「気にするな。価格を下げてるだけだよ。商人は安く買って、高く売りたいからな」
ウォーレンさんが背中を軽く叩いて励ましてくれました。
「とりあえず、この人形を思いっきり破壊して見せてくれ。魔境の主がやっていたようなことはできるんだろ?」
「え?」
私が戸惑っている間に、ウォーレンさんは訓練用の人形を地面に突き刺しました。
「破壊するんですか? これは訓練用の人形で、壊してもいい物ですか?」
作った人がいるのだから、悪い気がします。
「いいんだ。壊せる人材が出てくるなら本望だと職人は言っていたから」
「そう……ですか」
人形を前に立つと、周囲から注目されていることがわかります。
思えば、敵意もなく、動きもしない物と対峙するのは初めてのことかもしれません。そもそも人と対峙するのが久しぶりの気がします。マキョーさんは人ではなく怪物なのでカウントしてはいけません。
目の前の人形を前に魔境の戦い方はできません。そもそもカウンターの奥にいる商人たちにみせればいいのだから、頭部を吹き飛ばす程度でいいのでしょう。
「全力でやっていい」
迷っていたら、ウォーレンさんが後ろから声をかけてくれました。
「全力? やれと言われれば、やりますが……」
魔境の戦い方というか、マキョーさんの戦い方というものがあります。見よう見まねですが、おそらくそれが魔境の全力でしょう。
魔力を練り上げ、メイスを構え、人形の胴体に狙いを定めました。
後は、メイスを振りぬきながら、魔力を流すだけ。全力でやると、もしかしたら前方にある建物のカウンターまで飛んでいってしまうかもしれません。
ボゴフッ!!
人形の表皮に張ってある革がぶちぶちと千切れ、中は木っ端みじんになりました。
「あ~、すみません! ちょっと力を抑えてしまいました!」
頭を下げて「もう一回やってもいいですか?」と聞いてみました。
「その必要はない。キミー、ジェニファーの情報を」
ウォーレンさんがキミーさんに指示を出しました。
「ジェニファー・ヴォルコフさんは北部出身の元冒険者で、『白い稲妻』に所属。退団後に魔境に移住を決意し、4ヵ月ほど。で、あっていますか?」
「あってます……」
いろいろと調べられているようです。
「ちょっと待て! 4か月でここまで強くなれるのか?」
「『白い稲妻』はここ最近、名が知られてきた冒険者たちだろう?」
「ここまで強かったらもっと話題になっているはずだ。いい加減、魔境に関する情報を隠すのは止めよう。魔境に関しては王族だって動くんだからな」
各カウンターの商人たちが喋り始めました。
「数日前にホワイトオックス周辺の山にいる魔物を一掃しているというのは本当ですか?」
大きな胸の商人が聞いてきました。
「ええ、本当です。魔境のサバイバル術を広めるために王国中を順番に回っているところです」
「今朝方、コロシアムでも魔物を一掃したというのは?」
「それも私ですね」
「たった4ヶ月で強くなったと?」
「魔境に住んでいれば、自然とこうなります。魔境の辺境伯は、もっとずっと強いですよ」
私がそう言うと、ウォーレンさんがニヤリと笑っていました。
「ホワイトオックスから王都まで1日で辿り着いたというのは本当でしょうか?」
しゃがんでいた魔物使いが唐突に立ち上がって聞いてきた。
「ええ。コツを掴めば誰でも、速く走れますよ。これもマキョーさんが開発したんですけどね」
鳥小屋の周囲を、魔力を込めた足を使って駆けてみました。
「フォフォフォ。魔境のお嬢さん。サバイバル術というのは、いうなれば生存権ということでよろしいですかな?」
今度は鳥小屋から、細い顔のおじいさんが出てきて私に聞いてきます。鶏糞に近い臭いがするので、きっとこのおじいさんも魔物使いなのでしょう。
「そうですね。魔境で死なれると、マキョーさんがちょっと困るので、やめてほしいです」
「困るというのは?」
キミーさんが口を挟んできました。
「マキョーさんは幽霊が怖いのです」
「まぁ、それは意外な」
「霊など信じている方がおかしいだろ?」
「バカなオカルト話は、信用を失うぞ」
「君たちは祖先への敬意がないのかい?」
商人たちが口々に意見を言い始めました。
「あー、えーっと、幽霊がいないと、ゴーレムに意思がなくなるので、魔境の仲間のひとりがいなくなっちゃうことになります。魔境では幽霊がいることになっていますよ」
「ゴーレムとは、また珍しいものが出てきたな。古代の遺物かい?」
坊主頭の商人が身を乗り出して聞いてきました。ほとんどカウンターからはみ出ています。
「ええ、軍事基地だったダンジョンにも何体かゴーレムがいますよ」
「ダンジョンにゴーレム!?」
「魔境にはいくつかダンジョンがあるようです。ダンジョン同士で争いもあったようですが、もし何か知っていらっしゃる方がいたら教えてくれませんか?」
私の質問に商人たちは少しの間、黙って考え事をしているようでした。
「この鳥小屋は、その昔、亡国のダンジョンを売る商人が作ったとされています。この商会連盟も商人ギルドの発展のために作ったとされているのですよ」
魔物使いのおじいさんが答えてくれました。亡国というのはユグドラシールのことでしょう。
「すでにダンジョンを作る技術は失われてしまいましたが、ホワイトオックスのダンジョンはダンジョン売りが売ったものだとされています」
「優秀な商人だったんですね?」
「変わり者だったと記録されていますが、本人はどこ吹く風だったとか」
もしかしたらダンジョン売りはマキョーさんに似ているのかもしれません。
「ダンジョン売りの種族は竜人族でしたか?」
「いえ。それが滅びた国は様々な種族がいたようで普通の人族だったようです。我々が知っているのはこの程度です」
「少しだけでもありがたいです。住んでいる私たちも、わからないことの連続なので」
「それほど魔境は楽しいのですか?」
「楽しい? 過酷な毎日ですよ」
「でも、顔が笑ってらっしゃる」
「え……?」
言われて気が付きましたが、どうやら私は笑っていたようです。
「魔境は過酷なんですけど……、自分が変わるしかないというか、嘘がつけないというか、自分の狡猾な部分も純粋な部分も全部ぶつけないと生きていけないので、正直になれるというか……。すみません、変な話をしてしまって」
「いや、魔境の住人の声を是非とも聞きたい」
ウォーレンさんがずいっと迫ってきました。その場にいる誰もが口を閉じて、私を見ています。
「魔境では、お金は使いません。領主であるマキョーさんは、仕事さえしてしてくれればいいと言います。家は洞窟ですし、服はどんどんボロボロになっていきますが、食べ物だけはしっかり食べさせてくれます。その状況だと自分を大きく見せたり卑下しても、意味がありません」
話しながら、魔境の住人になる前の私が、どれほど偽っていたのか気づいて恥ずかしくなってきました。
「自分の変化を恐れる暇も無く、変化していかなければ住人達についていけません。強くなるというのは変化の一部で、状況への対処をしないと生き抜けないんですよ。毎日、気が付いたら一日が終わっていて……。汗だらけなのに、気分がよくて……」
やはり、なぜか魔境の話をしていると口角が上がってしまっています。
「以前なら、こんなに汚れた服を着て人前で喋るなんて恥ずかしくてできませんでしたが、野草の汁で汚れた服が、今は誇らしく思えるんです。おかしく見えますよね?」
「いや、おかしくはないさ」
ウォーレンさんが笑ってくれました。
「魔境の住人になる権利を売ってください!」
しゃがんでいた魔物使いの青年が立ち上がりました。
「私にも売ってください!」
「それなら僕にも!」
「俺も欲しい!」
しゃがんでいた魔物使いたちが次々に立ち上がりました。
「サバイバル術の冊子は銀貨1枚ですが、今は在庫がなくて教会で書いてもらっているところです」
「では、その冊子をすべて、この鳥小屋の施設長が買い取らせていただきます」
魔物使いのおじいさんがそう言うと、商人たちが止めに入りました。
「ちょっと待て!」
「お待ちなさい! 買わないとは言ってません!」
「サバイバル術の冊子を買えば、魔境との取り引きができるなら黙ってられないぞ!」
俄かにカウンター奥にいる商人たちが身を乗り出してきました。
「魔境での取引における課税はどのくらいを考えておられるのですか?」
坊主頭の商人から質問が飛んできました。
「いえ……、課税はありません。おそらく領主は税金に対して無頓着です」
マキョーさんが税金について考えているとは思えません。「仕事しろ」と言われるだけでしょう。
「な!? どういうことですか!?」
「信じられない! 過酷な現場で作られた魔境の杖は強力な武器になると聞き及んでいます!」
「橋や道はどうやって作るんですか!?」
「病気になった場合は!?」
商人たちが徐々にカウンターから身を乗り出して、建物から出てきました。
「道は採掘してきた石材をマキョーさんが魔法でカットして敷き詰めますし、病気は回復薬を作ったり、魔石で治したりしていました。橋は……、橋はすぐに崩れてしまうので、跳び越えますね。武具は吸血鬼の一族の武具屋がいるので随時作成しています。ワニ園もできたので、革製品は比較的いつでも作れると思いますよ」
できる限り、魔境の現状を説明したところ、その場にいるウォーレンさん以外全員が慌て始めました。
「待て待て待て待て!」
「石材をカットって領主は石材屋も兼任しているんですか?」
「ないものは作ります。魔境にあるもので生きていくしかありませんから」
「ワニの革というのは?」
「ロッククロコダイルという大型のワニの魔物を飼っているんです。今朝倒したバジリスクの皮よりは、ずっと固く加工もしやすいと思いますよ」
「鍛冶屋はありますか?」
「鍛冶屋はないですね。ただ、魔法陣学を修めたエルフがいるので、武具は魔法陣で強化することが多いかもしれませんね。あとは、エルフの国からドワーフの技術者を招待しているところです」
「数か月で、そんなことになっているなんて!?」
「軍は何をやっているんですか!?」
矢継ぎ早に商人たちから質問攻めにされましたが、ようやく矛先がウォーレンさんたちに移りました。
「魔境の発展及び、古代遺跡の発掘は王家の悲願でもある。我々としては協力を惜しむつもりはない。ただそれだけのことだ」
ウォーレンさんは腕を組んで、答えています。
「では、王家とだけしか取り引きするつもりはないのですか?」
「いえ、魔境の外に交易小屋は設けています。3ヶ月に一度、小麦粉など食料も必要になってくるので、イーストケニアとの交渉も始まっているはずですよ」
私がそう言うと、商人たちはイーストケニアの商会の者と思しき商人の方を振り返りました。
イーストケニアの商人は慌てて自分のもとに届いた手紙を確認。大きめの赤い封筒を見つけて青ざめていました。中を開けて読み込み、項垂れています。
「先ほど、届いたものの中にありました……。イーストケニアは魔境産の素材と食料の取り引きを開始するそうです」
禿げ頭のイーストケニアの商人は、虚空を見つめて吐き出しました。
「他に共有しておくべき情報は!?」
「魔境の方たちは、ワイバーンを使役して空を飛ぶそうですし、移動速度が我々の常識とはかけ離れているとのこと。こちら側が出向くことができないため、交渉は魔境の住人が来訪した際、その場で即断即決すべし……と」
イーストケニアの商人は小声なのに、鳥小屋の周辺にいる者には聞き取りやすかったようです。
「ウォーレン閣下! こういう重要なことは予告していただかないと!」
「予告ならしていたはずだ。魔境の領主が辺境伯となって3か月ほど経つ。お前たち商人がどうせ魔境の開発などできぬだろうと侮り、正当な評価をしていなかったことが混乱の原因だろ?」
「では、軍はこの事態を予測できたと?」
「もちろん。我が弟が辺境の軍施設に輜重部の隊長として所属しているからな」
「弟って、まさか『野盗改め』ですか?」
商人に聞かれ、ウォーレンさんは大きく頷きました。隊長さんには二つ名があるようです。過去の役職でしょうか。
「使者殿! このままだと魔境産の素材がイーストケニアと王族に安く買いたたかれてしまいます。どうか交易地域を広げていただけませんか?」
大きな胸の商人が、焦りながらも笑顔を忘れずに聞いてきました。
「それは願ってもないことですが……、交易する場所が軍施設のさらに奥にある森の中なので、どうしても近くにいる方々との交易になってしまいます」
「では、交易する場所を用意すればいいわけですね?」
「まぁ、そうですね」
「ウォーレン閣下、王家は魔境に協力を惜しまないのですね。でしたら、軍で所有している土地の一部を魔境のためにお貸しいただけますか?」
「現在、使っていない土地であれば問題はないが、交易に適した土地があるのか?」
「今から探すんです! 商会全員、地図の用意を! 『野盗改め』が壊滅させた砦や廃村を調べてください! 東部には流通に適したところがいくつかあるはずです!」
その掛け声で、一斉に商人たちがカウンターに戻って、地図を引っ張り出していました。
「『野盗改め』の案件なら、南部の商人ギルドだって黙ってられないぞ! 借りが山ほどあるんだからな!」
「おかしいと思ったぜ。ホワイトオックスの奴らめ。どうも朝から廃鉱を買いあさってると思ったら、魔境の使者の影響か。ふざけやがって!」
「これは誰が音頭を取るんだよ?」
商人たちは、地図を見ながら口々に文句を言っています。
「即断即決が魔境の流儀なら、時間がありません! 急いで!」
胸の大きな商人が怒っていました。
「えーっと、魔境のために交易地を探してくれてるんですよね?」
私は小声でウォーレンさんとキミーさんに聞いてみました。
「そうだ。待っていれば勝手に見つけてくれるさ」
「魔境という巨大な素材供給源にようやく気付いたんです。一大市場ができますよ」
キミーさんはにこやかに笑っていました。
「市場ですか?」
「ええ。魔物の皮は革工房、魔物の骨や木材は武具屋、肉は食料品、石材は建材屋、薬草は薬屋、魔石は燃料屋、魔境で採取したものすべてが売り物になります。交易所一軒では収まらないでしょう。おそらく各ギルドの商店が立ち並ぶ村ができます」
「えっ!? じゃあ、今、村の場所を決めてるんですか?」
「そういうことになるな。魔境の飛び地のようなものだ。使者殿も忙しくなるだろう」
魔境に住んでいると、魔境の外に出ても大変なことになるようです。
私は、地図を見ながら議論を繰り返す商人たちを見ているしかありませんでした。流通がわからない私に口を挟む余地はなく、かといって候補地が決まるまでは魔境に帰ってはいけないという不思議な状況です。
複数の議論に巻き込まれると疲れると言って、ウォーレンさんたちが鳥小屋から連れ出してくれました。商人たちの熱気に当たると、確かに何もしていないのに疲れます。
「隊長さんは『野盗改め』と呼ばれているんですか?」
王都で一番美味しいと噂の麺料理の店で、ウォーレンさんに聞いてみました。
「昔な。あいつが軍に入った当初、辺境勤務に反対していた人たちがいたんだ。だから、実力を示すために各地の盗賊、野盗、山賊に海賊を壊滅させていった、ということに世間的にはなっているな」
ウォーレンさんがそう説明すると、キミーさんが麺を食べながら笑っていました。
「真実は違うんですか?」
「間違っちゃいないってところかな」
キミーさんを見ると、さらに笑って食べられなくなっていました。
「盗賊みたいなイリーガルな人たちの中には、特殊な才能がある人たちがいるんですよ」
キミーさんがひとしきり笑い終えると、説明をし始めました。
「ジェニファーさんが隊長と呼ぶあの人はそれを瞬時に見抜く能力があったんです。砦や隠れ家に単身で乗り込み、才能ある者をぶっ飛ばして『今から俺の部下になれ』と軍に引き入れるんです。たいていの集団は、そのあと壊滅します」
「実力を示していたわけではなく、隊長さんはスカウトをしていたんですか? 本当に?」
「ええ。少なくとも王都に盗賊ギルドがないのは、『野盗改め』のせいです。引き抜かれた私が言うんだから間違いはありません」
キミーさんは、笑いながら鎖骨の下にある入れ墨の痕を見せてくれました。
隊長さんはすごい人だったようです。
私たちが麺を食べ終えた頃、鳥小屋では議論の末、魔境の交易地が決まっていました。
魔境の西、訓練施設の近くに廃砦と廃村があり、補修工事をして整備するそうです。魔境内ではないので、誰でも訪れることができる良い土地です。
資材はなるべく魔境産のものを使った方がいいでしょう。
キミーさんにそれだけ伝えて、王都を出ることにしました。
「南部の海域を見ておいた方がいいかもしれません。海から魔境に入ることができない理由がわかると思うので」
キミーさんが忠告をしてくれました。
「わかりました」
すでに魔境のサバイバル術を教えてお金を稼ぐという旅の目的がなくなりつつあります。魔境に順応できそうな追放者をスカウトするという初心に戻り、旅を続けようと思います。