【ジェニファーのスカウトキャラバン4日目・午前】
王都・エストラゴンはとにかく建物がどこまでも続いているかのようです。何を売っているのかわからない店も多く、行商人の種族もバラバラ。冒険者に傭兵、学生、どこかのギルド職員、役人に農民まで目につくだけでも人がいます。
大通りでさえ、人とすれ違う時に肩と肩がぶつかりそうになるくらいです。
早朝でさえ人が多く、迷ってしまいそうになりますが、私が目指す先は比較的目立っていました。
コロシアムです。
自分の実力を見せるにはちょうどいい場所です。朝一で剣闘士として登録し、なるべく強い「魔物」と戦わせてほしいと頼みました。人間相手に実力を見せても時間がかかると思ったからです。
「そんな恰好で言われても説得力がないぜ」
コロシアムの受付係に言われました。
周りを見れば、軽装でも革の鎧を着ている戦士がほとんどで、多くの戦士が鉄の胸当てや鉄鎧を着ていました。僧侶の格好では馬鹿にされるのもわかります。
王家の印籠を見せてどうにか、ランクが低くても戦えるというゴブリンと戦うことになりました。
「では、そこから始めてください。一撃で仕留められれば、魔物の強さを上げていってもらえませんか?」
「あのなぁ、魔物には餌代だって魔物使いを雇う金だってかかってるんだ。そう簡単に……」
「まぁ、いいじゃねぇか。どうせ田舎から来たんだろ。都会の厳しさを教えるのもコロシアムの役目さ」
受付係の先輩風の男性が出てきて、私に笑いかけてきました。明らかに私が見せた魔境の使者の証明書も偽物だと思っているようです。
「わかりました。このお金を担保にしてください」
道中、稼いできた銀貨が入った財布袋をカウンターに置きました。職員の2人は中を改めて、頷いています。
「最後に、このコロシアムで一番強い魔物と戦わせてくれればいいですから」
「はっ。できるもんならやってみな。回復薬と宿の見積もりはしておいてやるよ」
「約束ですよ」
「ああ、一撃で仕留められないように、少しは試合を盛り上げてくれ」
もちろんゴブリンから4試合、負けることもなく、全ての魔物を一撃で沈めました。魔境の戦い方を見せるような魔物はいません。4試合目のグリーンタイガーにいたってはこちらを見て逃げ出そうとする始末でした。
メイスで顎をかち割っていったので、しばらく魔物たちは餌を食べられないでしょう。
「それで次は、なんという魔物です?」
「これ以上は、ちょっと……」
コロシアムの職員たちでは対応できないようでした。
「約束しましたよね?」
迫ってみると、職員の2人は怯えて壁に貼り付いてしまいました。これでは、私の実力が広まりません。
「おい、なにをやってんだ!?」
カウンターの奥の方から恰幅のいい職員が出てきました。
「早くその嬢ちゃんの試合を組まないと、観客が怒りだすぞ」
振り返ると観客たちが、集まってきていました。もしかして、私の実力が小さな界隈では話題になっているかもしれません。
「そちらの職員さんが約束を守ってくれないのです。魔物を一撃で仕留めれば、さらに強い魔物と戦わせてくれると約束したのですが……」
「そうか。強ければいいのか? 自分が食われる恐怖はないと?」
「魔境に比べれば子猫のような魔物にどうやって食べられろというんです? できるだけ私の実力がわかる魔物を用意してください。運営は試合を盛り上げるつもりがあるんでしょうか?」
大きく溜め息を吐いて、できるだけ呆れたように言い放ちました。単純な挑発ですが、職員には効いたようで、みるみる顔を真っ赤にしていました。
「すぐにバジリスクを用意しろ! お嬢ちゃん、吐いたセリフは取り消せないぞ」
「取り消さないので、本当に頼みますよ」
私はとっとと控室に向かい、試合の準備をします。
正直なところ、これまでの試合は一撃で倒さない方が難しい相手ばかりだったので、どうやって血を噴出させるかを考えなくてはいけませんでした。メイスではなく、片手斧など刃がついている武器の方がいいように思います。
試合用の武器は用意されているので、いくつか手に取ってみましたが、馴染む得物はなく、結局いつものメイスに落ち着きました。
「襲ってくるわけでもなく、自分で食べもしない魔物を相手にするなんて魔境では考えられませんね。しかも、わざわざ血を噴出させる武器を選ぶって……」
いったい自分は何をやっているのやら。こんな姿をマキョーさんたちに見られたら、意味があるのかと、呆れられるでしょう。
「試合が始まるぞ、用意しろ!」
「はいはい。今、行きますよ」
観客は午前中だというのに、ほぼ満席のようです。彼らは仕事をしなくても大丈夫なのでしょうか。
闘技場には巨大なヘビの魔物がとぐろを巻いて私を待っていました。
体長は馬車ほどで、口を開ければ私が丁度入るくらいでしょうか。頭部に王冠のような模様が描かれています。先日の依頼で行った森の奥では見つけられませんでしたが、コロシアムにいたようです。
私を見るなり、こちらに近づいてきます。
ゴーン!
慌てたような銅鑼の音が鳴って、試合は開始しました。
バジリスクは飛び掛かってきて、長い身体を使って懸命に私を絞め殺そうとしてくれます。
観客席からは悲鳴のような声が上がっていました。
私は普通の魔力の壁で自分の四方を覆い、しばらく観察することにします。
ぎりぎりと蛇皮が音を立てていますが、こちらの魔力の壁は一向に破られる気配がありません。
毒液を頭上からかけられるかと警戒もしていたのですが、特にそういう攻撃はされませんでした。毒液を吐き出すのにも、良い体勢というのがあるのかもしれません。
観客の声が聞こえなくなったので、おそらく飽きてきたのでしょう。
「では、まいります」
私は跳びあがって、バジリスクの頭部にある王冠模様にメイスを振り下ろしました。
ゴキンという音はなったのですが、あまり効いていないようで、口を開けて毒牙で私を噛もうと突っ込んできます。
左右にメイスを振り、上顎の毒牙を折りました。黄色い液体が、折れた牙から勢いよく噴射。思わず、私は後ろに飛び退きました。
ズンッ。
バジリスクは巨体を揺らして、そのまま後方に倒れ、砂ぼこりが舞い上がります。
反撃に備え、スライム壁を展開し様子を見ていましたが、バジリスクは動かなくなってしまいました。
近寄って確認しましたが、メイスの痕がくっきり頭部についています。最初の一撃で脳震盪を起こしていたようです。
ゴーン!
試合は終了。
腕を上げて歓声に応じましたが、すでに心はこの後の講習に向いています。冊子が用意できていないので、話だけで魔境のサバイバル術を伝えなくてはなりません。
カウンターで受け取った報酬は、金貨で25枚。小金持ちと言えるでしょう。
「講習会を開きたいのですがどこか場所はありませんかね……?」
「もう勘弁してくれ。あんたにとってはちょっとコロシアムで小銭を稼いだだけかもしれねぇが、こっちはとんだ損害なんだよ!」
コロシアムでメインの試合を張れる魔物は少ないらしく、そのうちの一頭があっさり倒されて採算が合わないようです。
「失礼しました」
そう言って、ひとまずコロシアムを去ることにします。
「ああ、あんたにお客さんだ。出たところにいるよ」
去り際に声をかけられました。
「お客さん?」
表に出ると、兵士の皆さんがずらりと私を待っていたようです。
私は何か悪いことをしたでしょうか。強いからと言って捕まるようなことはしていないはずです。
「目的を教えてもらえますか?」
髭を生やした大柄の兵士が、一歩前に出て私に迫ってきました。
「ちょっと待ってください。何か誤解をしているようですが、私はルールにのっとって試合をしたまでです」
「そんなことはわかってます。そうじゃなくて、あなたは魔境の使者でしょう?」
「そうですが……?」
「とりあえず、兵舎まで来てもらえますかい?」
言われるがまま連行されるように兵士に囲まれて、王都の通りを行き交う人々を押し分けながら東側にある兵舎へと向かいました。道行く人に声をかけていた商人たちも兵士たちには声をかけず、黙ってこちらを見ているだけです。
兵舎は人が多い王都の割に静かで、小さな中庭でも訓練ができるように木彫りの人形もいくつか立っています。ただ、誰かが壊した人形だけは吹っ飛んだ状態のまま杭だけが刺さっていました。
兵士たちはそこで立ち止まり、「ここでお待ちください」と言ったまま、散り散りに建物の中へ消えていきました。
「辺境伯は元気ですか?」
「へ?」
いつの間にか、後ろに中年の女性が立っていました。まるで気配に気づかず、一瞬スライム壁を女性との間に張ってしまいました。
「よく訓練されている」
建物から、扉と同じくらい大柄な男性が出てきました。この男性は表情が笑っているのに、目だけが鋭く、どことなく魔境近くにある訓練施設の隊長を思わせます。
「すごい防御壁ですね。さすが魔境の住人ということでしょうか?」
女性がスライム壁に触れながら、男性に聞いています。
「すまない。王家の印籠と手紙のようなものを持っていると聞いたのだが……」
男性は女性の言葉を無視して、こちらに手を差し出してきました。
「ええ、これです」
男性に王家の印籠を見せ、魔境の使者である証明書を渡しました。
「筆跡も間違いない。弟が世話になっているようだな」
一通り目を通した男性が口を開きました。
「弟というのは、もしかして辺境の軍施設にいる隊長さんのことですか?」
「そうだ。弟からは『辺境伯には随分世話になっているから、自分がどうなろうと魔境に関することは気にかけてくれ』と言われている。辺境伯の叙爵の時も手を貸した。ウォーレンという」
男性は、私の手を丸ごと包み込んでしまいそうなほど大きな手を差し出してきた。
「魔境・総務担当のジェニファー・ヴォルコフと申します。よろしくお願いいたします」
「ヴォルコフか……。南部の人族の出身かい?」
「よくご存じですね。祖父が南部の出です。北部に移って土地を持ったので、私の出身は北部になります」
南部では古い貴族の名を持つ平民たちが多くいます。
「聞いたことがあった気がしただけだよ。それよりも王都まで来た目的を教えてくれるかい?」
「魔境のサバイバル術を広め、資金調達をしようとエスティニア王国を周っているところです」
私が説明したのにも関わらず、ウォーレンさんは隣にいた女性を見ました。
「ジェニファーさんは嘘を言っていません。『鷹』からも情報は入っています」
女性がそう言うと、ウォーレンさんは大きく頷いて「うん」と野太い声で返していました。『鷹』というのは女性が使役している鳥のことでしょうか。確かに、鳥を使役していれば、情報の伝達は速いはずです。
「信じていないわけではないが、辺境伯が就任して以降、噂が絶えなくてね。一つだけ質問させてくれ。魔族の国・メイジュ王国で政変があったというのは本当かい?」
立ったままの状態でウォーレンさんが聞いてきました。
「ええ。何か月も前のことですけどあったようです。魔境にいる魔族は、その政変に巻き込まれて逃げてきたと聞いています。一度、里帰りして、今は魔境と良好な関係を築いていますけど」
「ということは、魔族の国と交易があるのかな?」
「ありますが、軍の訓練施設ほど頻繁にやり取りはしていません。巨大魔獣が出たり、古代のダンジョンが見つかったり、いろいろ大変でしたから」
「そうか。隠すこともないか……。それで、魔境のサバイバル術というのはどんなものなんだい?」
「単純な話です。観察・判断・実行をつき詰めていくだけなんですが……」
私は、旅の中で何度も繰り返した説明を、二人にしていきました。
「キミー、どう思う?」
ウォーレンさんが女性に聞いていました。女性はキミーさんという名のようです。
「観察だけでも重要な気がしますね。ただ、講習をしながら広めるには時間がかかりそうですね」
「冊子を作ったのですが、すぐになくなってしまって、教会で複製を頼んだのですが……」
「代金はいくらほどを希望ですか?」
「どうなのでしょう……。冒険者の実力によっても違うと思いますし、私の伝え方によっても変わってくるんじゃないかと思って……」
「んん……」
キミーさんは顎に手を当てて、考え始めました。
「大丈夫。キミーはいろんなところに顔が利く。悪いようにはしないさ。それに魔境案件だから、王家の連中も黙っちゃいない」
ウォーレンさんは優しく笑ってくれました。キミーさんは軍の方ではないのでしょうか。
「実力を示して、広めようとしていらっしゃるんですよね?」
「そうです。……間違っていますか?」
「魔境のサバイバル術は確かに生存率は上がりますが、ジェニファーさんのようにコロシアムで魔物を一掃できるほどの実力になるわけではありませんよね? むしろ、魔物が弱い西部では慎重な冒険者としてなかなかランクも上がらないかもしれません」
「ランクよりも命の方が大事でしょう」
「その通りですが、魔境での実践がなければ理解されにくいかもしれません」
「確かに……」
魔境で訓練をした兵たちにはよく肌感を持って理解できることでも、攻撃してくる植物を見ていない人には、植物の危険性は伝わらないかもしれません。
「魔境でのサバイバルに成功している方は何人いますか?」
「6人です。ゴーレムもいますが……。あと魔境の番人も失敗はしていません」
「ゴーレムというのはちょっとわかりませんが、徐々に増えてはいると……」
「そうです」
キミーさんはおもむろに中庭を歩き出し始めました。
「魔境の中で生きていけるというのは荒唐無稽ではあるが、将来性は高く、王家からの助成も見込めると……」
誰に言うわけでもなく、独り言を喋り始めました。
「やはり訓練自体を事業として成り立たせることですね!」
思いついたように、キミーさんが私を見ました。
「えっと……それは、どういうことですか?」
「つまり、剣術道場や魔法学校のように、魔境生活そのものを教育事業として売った方が広まるかもしれませんよ」
「事業として売るんですか?」
「ええ、そうです」
「そんなこと出来るんですか?」
「ここはエスティニア王国の王都。なんでも売っている。かつてユグドラシール崩壊後にダンジョンを売り歩いた商人がいたのだ」
ウォーレンさんが答えてくれました。
「ダンジョンを……!?」