【攻略生活46日目】
家に戻ると焚火の前にいるカリューが子供の様に小柄になっていたので、すぐに魔力を補充した。魔力を送り込んだだけで、カリューは周囲の塵や土埃を巻き上げて、大柄な女性の形へと変貌する。
「マキョーは、また魔力の使い方を変えたか?」
「意識はしてないけど、変わってるかもしれない。ドワーフに魔力を抑える天才がいてさ。見よう見まねで雑な魔力を削れるか試してるんだ」
「魔力を抑えているのに、送ってくる魔力量が増えているぞ」
「脱力の使い方がわかってきたのかもしれない」
「フフフ、また魔族が怒りそうなことを」
カリューは空を見上げながら、声を出して笑っていた。
リパは鍋を焚火に掛け、夜食を用意してくれた。野草とごろごろと大きめの肉の塊が入ったスープだ。
「おかえりなさい」
帰ってきたことに気付いたジェニファーが洞窟から出てきた。チェルは寝ているらしい。
「ただいま。訓練生たちは残念だったな」
「脱落したとはいえ、初めてのことですから、また挑戦してくれる人はいると思います。心が折れた人たちは無理かもしれませんが……」
「生き残っているだけで、魔境の訓練としては成功だと思おう」
「チェルさんもリパもだいぶサポートしましたけどね。距離感が難しいです」
サポートするだけならできるが、サポートしすぎても訓練にはならないということだろう。
「報告があるって?」
「ええ。訓練生を見ていて、魔境に必要な能力について私たちが意識してなかった部分がわかってきたんです。今、報告していいですか?」
空は真っ暗だが、焚火の周りは明るいし、魔物の気配もない。
「頼む」
肉野草スープを食べながら、ジェニファーの報告を聞くことに。
「魔境に住んでると自然に観察力はついてくるんですが、やはり魔境の外の人たちは視野も注意力も全然足りないですね」
「植物の説明とかはしたんじゃないのか?」
「もちろん、最初に植物も魔物も説明はしたのですが、他の植物も魔物もいるので対処に時間がかかるというか……」
「警戒心が足りない?」
「そうですね。スイミン花やタマゴダケを薬の材料になる程度にしか考えていなかったようですね。魔境の植物の効果と、訓練生の認識に開きがありました」
「なるほど。実際に体験しないとわからないか」
「魔物の対処についても、逃げて観察する意識よりも、いかに倒すかの方が先行するようで、麻痺の杖が数本無駄になりました」
「使い方は教えたんだろ?」
「何度も教えましたが、魔物の動きを止めるよりも倒す方を考えてしまうようでした。冒険者ギルドもそうですが、軍は特に攻撃力や防御力こそが戦力という概念が強いですから」
「戦力かぁ。確かに、コロシアムの試合とは違う戦い方をしないと生きていけないもんな」
ジェニファーは大きく頷いた。
「食べないと生きていけませんし、休まないと動けなくなって死にますからね。そこでチェルさんとリパと話し合って教え方を変えたんです」
「どうしたんだ?」
「魔物の動きを見極めたり、殺せる状態に誘導することが重要だ、と。その中でトライアンドエラーを繰り返していけばいいと思ったのですが……」
「うまくいかなかったか?」
「ええ。トライして失敗すると、そこで心が折れてしまうんです。彼らからすれば、訓練の一環ですから、別に魔境で生活する必要はありませんし、今までの経験や努力が通用しない時点で、思考も止まってしまうようです」
「積み上げてきたものと戦うってのは、積み上げてきたもので戦うより難しいか。俺は大して積み上げてきたものがなかったしな」
「私たちも、最初は折れに折れてましたからね」
「再挑戦してくれそうな訓練生はいないのか?」
「初めに毒で脱落した2、3人でしょう」
「洞窟で寝ている訓練生はどうだ?」
俺は洞窟を指した。
「危機意識や察知能力が高いのでいけると思ったのですが、眠れないというのは回復できないということです」
「そうか。テントがよくなかったのかな? 洞窟の中なら眠れているのか?」
「いえ、ちょっとした風の音にも敏感に反応してしまって、眠り薬を嗅がせてどうにか眠ったところです」
「曲者ばかりに見えたから、そんなに繊細とは思わなかったな」
「どうやら魔境は注意深く観察する繊細さと、どうなっても仕方がないという図太さが同居しているような人でないと生活するのは困難なのだと思います」
「なるほど、訓練生が来なかったらわからなかったな」
「ええ。こちらが得たものは大きいです。それで、そのう……、お願いがあるんですが……」
ジェニファーが急に改まって姿勢を正して俺を見た。また面倒なことを言い出すんじゃないだろうか。嫌な予感がする。
「聞きたくないけど、一応、聞いてみようか?」
「訓練に関して、軍に頼ってもまた心を折っていくだけだと思うので、冒険者をスカウトしてきてもいいですか?」
「ん? どういうこと?」
「中央のダンジョン探索が終わった後でいいので、私が直接エスティニア中の冒険者ギルドを回って、魔境に適性がありそうな冒険者を誘って訓練をさせてみたらいいんじゃないかと思って……」
「ジェニファー! らしくないほど、素晴らしい提案じゃないか……。裏があるなら先に言っておいてくれないか?」
「裏なんてありませんよ。しいて言えば、マキョーさんに褒められたいってことくらいです」
ジェニファーは張り付いたような笑顔でほざいた。
「嘘つけぇ! 確かに今回の訓練生のサポートに関してはよく仕事をしてくれたと思うし、サポートも完璧だったと思う。ただなぁ、俺の誉め言葉一つで動くほどジェニファーが性格いいわけねぇじゃねぇか! 何か月一緒に生活していると思ってんだ!?」
ずっと話を聞いていたリパが笑い始め、身体が大きくなったカリューも身体を揺らしている。
ジェニファーの顔から笑みが消え、顔が歪み、鍋の中にある肉の塊を口の中に放り込んだ。
「ちっ! 裏ってほどでもないんですけどね。魔境を運営していくにはお金がかかるじゃないですか。だから、ちょっとスカウトがてら、冒険者ギルドで魔境流死なない講習会を開いたら、お金が入ってくると思ったんですよ」
やっぱり企みがあったようだ。
「わざわざ無料で知識を与える必要なんかないんです。しっかり講習料を取って、冒険者に教えりゃいいんですよ! 講習によって冒険者の死亡率も下がりますし、今まで見向きもされなかった冒険者が再評価されるんですから、冒険者ギルドにとっても有益です! ついでに魔境に適応できそうな新人でも連れてくれば、最高でしょう!」
ジェニファーは、まくし立てた。
「スカウトは片手間で、がっぽり稼いできたいって話だな?」
「いけませんか!!!? お金の匂いがするんですよ!」
開き直って宣言した。
「いや、それでこそ魔境の総務。なんの得もないのに、スカウトしに行くって言うから、おかしくなったんじゃないかと思って心配したんだ。よかったよ」
安心したので、スープをかき込んだ。
「中央のダンジョン探索は俺とリパに任せて、先にスカウトに行ってもいいぞ」
「え、いいんですか?」
「ダンジョンだってすぐに攻略できるわけじゃないだろうし、壊れるわけじゃないだろ?」
「それもそうですね。じゃあ、ちょっと講習会のマニュアルを書き出してみます」
ジェニファーはそう言って、洞窟の自室へと向かった。稼ぎたい奴は稼げばいいのだ。
「いいのか? 数日、食料の管理人がいなくなるが……」
カリューが聞いてきた。
「大丈夫だ。呼んできたドワーフの中に優秀な採集屋がいるから」
「でも、そのドワーフが魔境に適応できるんですかね?」
リパが心配そうに聞いてきた。
「技術者以外の2人はドワーフの里から追い出されたトラブルメーカーたちのようだから、魔境には向いてると思うんだ」
「追放者ですか。僕に似てますね」
「エルフの番人も生き残ってるんだろ? なんとかなると思うんだけどなぁ」
「軍の曲者たちがなんともならなかったというのに、呑気なものだ」
カリューはそう言って、身体を揺らしていた。
俺は食器を洗ってから、自室で仮眠。たった4日離れただけだが、久しぶりにしっかり眠れた気がする。
パシャン!
「ひとりで帰ってきたのカ?」
朝方、チェルに水球をぶつけられて目が覚めた。
「ん? ああ、後からヘリーとシルビアがドワーフたちを連れてくるよ。訓練生が離脱してるって手紙が来たから先に帰ってきたんだ」
「エルフの国はどうだったノ?」
「大きい木に人が集まって町ができてたのが、きれいだったね。差別はあるみたいで人はいけ好かないけどな」
俺がそう言うと、チェルは笑っていた。
「訓練は残念だったな」
「ああ、うん。意外にうまくいかないもんだネ」
「ジェニファーが魔境のサバイバルマニュアルを作って、冒険者ギルドに売り込みに行くって」
「ただで転ばないところがジェニファーの凄いところだヨ。訓練生を送りに行ってくるわ」
「おう、頼む」
チェルは髭面の訓練生3人を引き連れて、小川へと向かった。
「ドワーフの受け入れ準備をしないとな」
伸びをして外に出ると、珍しくリパが飯の用意をしていた。
「リパが作るなんて珍しいな」
「他の皆さんは手が空いてないんです。味は期待しないでくださいよ」
「私が作ってもいいのだが、味がわからないからな」
カリューは焚火に薪をくべていた。
「沼でジェニファーさんが待ってますよ」
「へ? マニュアルができたのか? 仕事早いなぁ~」
顔を洗うついでに坂を下りていくと、洗い立ての僧侶服を着たジェニファーが腕を組んで俺を待ち受けていた。なぜか敵意を剝き出しにしている。
「なに怒ってんだ?」
「いえ、一旦、魔境を出るので一勝負お願いいたします!」
ジェニファーが骨製のメイスを構えた。そういや、チェルがメイジュ王国に一時帰国する時に手合わせしたな。
「別に勝負なんかしなくたって勝手に出ていけばいいじゃないか」
「そういうことではなく、私のけじめと立ち位置の問題です」
「俺は寝起きだぞ」
「逃げるんですか?」
わかりやすい煽りだ。
「なんでこうなるかなぁ。めんどくさいルール作るなよ」
誰かが魔境を出る時に、一々喧嘩などしていられない。
仕方がないが、俺は丹田で魔力を練り上げた。
「参ります!」
「早く、来い」
とっとと済ませたい。
ジェニファーが裂帛の気合をいれて「キェエエエ!」と叫びながら跳びあがり、メイスを俺の頭に振り下ろしてきた。
直線的な空中の攻撃は軌道が読みやすい。難なくジェニファーの横に回り、右フックを入れる。
ジェニファーも予想していたように、スライム壁を展開し、右フックを弾こうとした。
俺は裸足で地面を掴んで、無理やり右拳をねじ込む。踏ん張りが効かないジェニファーが旧畑に吹っ飛んで行った。
オジギ草が閉じる音がガシャンガシャンと聞こえるが、ジェニファーなら対応できるだろう。
ボゴフッ!
土埃とともに、大きなオジギ草やカミソリ草が宙に舞った。
直後、土埃をかき分けてジェニファーが一直線に飛んできた。スライム壁で自分を弾いたのだろう。勢いをそのままに、俺の脇腹に向け容赦なくメイスを振る。
やはり直線的で宙に浮いているため、攻撃が予測しやすい。禁を破って精神魔法でも使ってくるわけでもないようだ。
ジェニファーのメイスを振るう前腕を、裏拳で弾いた。
「痛ッ!」
ジェニファーは一旦後方に下がり、回復魔法で前腕の打撲を治した。
「回復ありか?」
「私は僧侶ですよ。当たり前じゃないですか」
ジェニファーは防御が上手いし、攻撃が通っても回復される。長期戦は予測してなかった。
「大丈夫です。長期戦にはさせませんから」
ジェニファーはそう言うと、俺の頭上に向けて粉をばら撒いた。おそらく麻痺薬か眠り薬だろう。
俺は後方に避けようとしたら、足が地面にとられた。強い粘着性のある何かが地面に塗られていた。
「ミツアリの蜜です。一瞬でも止められるかと思って」
ジェニファーはそう言いながら、俺の前後左右に魔法の防御壁を展開。俺を閉じ込めた。
このままだと毒を吸い込むことになるし、頭上に飛べばメイスが待っているだろう。
呼吸を止めて、状況を整理。思いきり拳に魔力を込めて防御壁を殴っても撓むだけ……。
「万事休す」と他の誰かなら思うだろうな。
せっかくの機会なので、新しいことを試してみよう。
丹田で回転させていた魔力を肩に伝え、腕を回して拳へと移動させる。拳をねじりながら、勢いよく回転した魔力をそのまま魔法の防御壁に叩き込んだ。
ハチの巣構造の防御壁が、窪み、ねじれ、きれいな六角形が歪んだ。中心の歪みが同心円状に防御壁全体に伝わり、回転に巻き込んで勢いを増す。
高速回転し、勢いに乗った魔力は、メイスを構えて跳びあがろうとしていたジェニファーにぶつかった。何層か防御壁を張っていたようだが、回転した魔力は全てぶち破っていく。
「え……?」
なにが起こっているのかわからないという表情のまま、ジェニファーの身体は天地が逆さまになり、何度も回転しながら、沼の反対岸へと吹き飛んで行った。
俺も蜜の地面を抜け出して、毒が降り終わるまで沼に退避。顔だけでなく、全身を洗うことができた。
「大丈夫ですか?」
様子を見に来たリパが心配そうに声をかけてくれた。
「思いのほか新しい技が決まったんだ」
全身びしょぬれになりながら、麻痺薬の粉が散らばった地面を歩いて坂を上った。
布で身体を拭いて新しい服を着てから、リパが作った飯を食べる。
「香草が利いてて美味い」
朝飯は鹿肉の香草焼きだ。
「ありがとうございました……」
ずぶ濡れのジェニファーが坂を上がってきて、俺にお礼を言った。
「気が済んだか?」
「はい……」
「ならいい」
ジェニファーは飯も食べずに洞窟の自室に向かった。
「手加減してやらなかったのか?」
カリューが俺の方を向いた。
「罠も使ってたし、毒も用意していた。俺は寝起きで手ぶらだったからな。少し前だったら負けてたよ」
「魔境の総務はそれほど強いか」
「ああ、伊達に魔境で生きてないさ」
リパと朝飯を食い終わった頃、ジェニファーが洞窟から出てきた。リュックや水袋、寝袋などを背負っている。
「これ魔境マニュアルです」
旅のしおりのような冊子を手渡してきた。
「おう。見ておく」
「じゃあ、ちょっといってきます」
「もう、行くのか? ドワーフたちに会わなくてもいいのか?」
「ええ、どうせ帰ってきたら見ることになるでしょう」
「見送るか?」
「いや、いいですよ。エスティニア王国を回ったら帰ってくるんですから、10日もかからないと思います。あんまり肉を獲りすぎて溜め込まないように」
「了解。ジェニファーも捕まらないようにな」
「そんなへまはしませんよ。じゃ」
魔境の総務は、そう言ってあっさりと旅に出た。
俺は二度寝を敢行。
起きてから、エルフの番人のサバイバルの様子を見に行った。特に無理をしなければ、わずかなスペースで生活はできるらしい。
「どうだ?」
「魔物の対処はまだできてませんが、生きていけなくはないですね。植物に関しては全く違うので、学ばなくてはいけませんが……」
「そうか。小屋にいる奴と交代するか?」
「そうですね」
本来、訓練は前後半で分けられていたが、訓練生が全員脱落してしまったので、エルフの番人しか残っていない。
4日サバイバルを終えたエルフの番人を伴い、小川を越える。
小屋にいた訓練生たちはチェルがまとめて送りに行ったらしい。
チェルはすでに家に戻っていて、リパと一緒に野草探しをしている。ジェニファーがいなくなったので仕事を引き継いでいるつもりなのだろう。
エルフの番人を交代させて、訓練場へ再び戻る。つきっきりで麻痺の杖の使い方や、植物の説明をし、魔物の解体などを手伝った。
新しい環境で慣れないようだが、徐々に慣れていくだろう。少しは魔境の知識があるので、間違ってスイミン花の花畑に突っ込むようなことはしない。じっとオジギ草を観察し、フォレストラットなどを食べさせていた。
魔物が出てもちゃんと逃げて物陰から観察している。なによりだ。そう簡単に死にはしないだろう。
夜中、コロシアムから借りてきたというワイバーンに乗ってシルビアとヘリーが、ドワーフたちと帰ってきた。
「う、う、馬はサーシャが運んでくれてる」
「荷台をワイバーンが掴めたから、ちょうどよかったよ」
荷台のドアを開けると、気を失ったドワーフたちが転がり出てきた。
「監視のエルフたちは?」
「サーシャと一緒に来るそうだ。訓練生はどうだった?」
「全員脱落だ。エルフの番人しか残ってない。ジェニファーが魔境のサバイバルマニュアルを作って冒険者ギルドに売り込みに行ってる」
俺が説明すると、2人は笑っていた。
「ただで転ばないな」
「ジェ、ジェニファーらしい」
チェルと同じようなことを言った。
ドワーフたちを洞窟に運び、とりあえず今日は就寝。
魔境の生活に慣れてくれるといい。