【攻略生活45日目】
サッケツは夜通し、持っていく荷物を整理していたようだ。
そんなドワーフたちの荷物は俺の背丈ほどもあるリュックに詰め込まれている。サッケツやカヒマンには背負えそうにないので、俺が持つことにした。
カタンは食材を自分の肩掛け鞄に入れて大事そうに持っていくようだ。重そうなので、シルビアが手伝ってあげていた。
「瓶は毛皮と一緒に詰めれば、割れないと思うんだけど、お肉が温まっちゃうとすぐに腐るかもしれなくて……」
「だ、大丈夫。昨日の夜、ヘリーが冷蔵箱を作ってくれたから」
ヘリーが夜なべをして背負子に乗せる木箱を作っていた。魔法陣が彫られていて、中を冷えた状態で保てるのだとか。
「サッケツに聞いただけさ」
「いや、まさかその日のうちに作る職人がいるとは思わなかったですよ」
ヘリーの仕事の速さにサッケツは驚いていた。
「まぁ、例の冷えるコップと同じような魔法陣だったから、難しいことではないよ」
準備は着々と進み、疫病や呪いを解くという魔法陣の上に乗って、エスティニア王国へと向かう。
サーシャたちは遠巻きに俺たちを見て、追いかけてくる。
エルフの大使とはここでお別れだ。「今後ともよろしく」と挨拶をしてきたが、もう会うこともないだろう。
エルフの国の砦にて、ドワーフたちを監視するため、エルフの兵士3名がついてくるという。
鎧を着こんで鉄仮面を付けた貴族出身だという背の小さいエルフと、素朴な顔の魔法使いと槍使いだ。
「視察するだけです。邪魔はしないので、よろしくお願いいたします」
貴族出身のエルフが高い声で挨拶をしてきた。
「うん。あくまでも招待するのはドワーフたちで、ついて来れなかった場合は置いていくからそのつもりで」
「わかりました」
素朴な顔の2人は飄々としていて、意外に魔境に適応できるかもしれないが、貴族のエルフは魔境どころか、イーストケニアまでついて来られるのか怪しい。ゼイゼイと息をしてまで、無理をして鎧など着こまなければいいのに。
「誤射するかもしれないから、私には近づくなよ」
ヘリーはエルフの3人に忠告していた。
「トゥーロン家はまだお前を諦めてはいないようだぞ」
魔法使いが低い声でヘリーに返していた。
「里の精霊樹を燃やされたくなければ、諦めることだと言っておけ。それから火傷の痕を隠すために無駄な魔力は使わないことだ。せめて意味のある幻術を使え」
ヘリーがそう言うと、素朴な顔の2人の顔に火傷痕が浮かび上がった。どうやら先日ワシの使い魔に仕掛けた魔法陣の爆発に巻き込まれたらしい。
「回復薬を使わなかったのか?」
「毒か薬かわからないものは使えん」
「そうか。好きにしろ」
ヘリーによると、視察の3人は無視していいとのこと。
エスティニア王国の砦には馬車が用意されていて、荷物と一緒にドワーフたちを乗せた。
馬に合わせなくてはいけないため、再び一日がかりでイーストケニアの城下町へと向かう。
移動中、カタンが馬車から飛び出して街道脇に落ちている虫が食ったリンゴなどを拾っていた。
「食うのか?」
「食べられるところだけね。あと虫を捕る時の罠に使えるから」
「ドワーフは虫も食べるのか?」
「食べる時もあるけど、薬や毒の材料になるんじゃないかと思って?」
カタンはヘリーを見た。
「私のためか。よくできた娘だな。だが、私は魔境の魔道具屋だ。薬や毒は片手間でね」
昨夜、カタンはクロスボウの矢に塗る魔境の眠り薬をヘリーに見せてもらい、役に立てそうなことを考えていたという。よく見ている。
「カタンも魔境に向いてるのかもな」
「そうかな? 余計なことをして厄介なことになることの方が多いけど」
「生き残るためなら、それは余計なこととは言わない。むしろ魔境はよく観察しないと生き残れないから」
「そんなに危険なの?」
カタンはシルビアに聞いていた。
「ん~、うん。た、たぶん何回か死ぬと思った方がいい」
シルビアがそう言うとカタンは笑っていたが、俺たちが笑っていないので冗談ではないことがわかったようだ。
「……本当に?」
「俺たちはぎりぎり生きてるだけだ」
以降、カタンは馬車の中から大きな瞳をさらに大きく見開いて街道の外を見て、度々、馬車を停車させて、飛び出していた。
「遅くなりますよ! いいんですか? ドワーフに好きにやらせて」
馬に乗ったサーシャが聞いてきた。
「別にやりたいことはやらせてみたらいいじゃないか。あれ? 甘いかな?」
シルビアとヘリーに確認した。
「いや、魔境ではそれぞれ好きなことをしてるし、暇な者が手伝うこともあるから、普通なんじゃないか?」
「も、もうドワーフの技術者をエルフの国から連れてくるという目的はほぼ達成しているし、いいんじゃないか?」
「とのことだ。これが魔境スタイルだ」
「ですが!」
サーシャは食い下がった。
ただ、どうせ馬は遅いんだから、今日中にイーストケニアの城下町に辿り着ければいいだろう、ぐらいにしか思っていない。
「カタンたちはエルフの国から出たことないんだろ?」
「ないよ」
「だったら、いろいろ見たっていいんじゃないか。特に危険はないし、ほら、エルフの3人も珍しそうに果樹園を見てるぞ」
ついてきている視察する3人も、果樹園になる果物を見ていた。エルフの国とは規模や果実が違うそうだ。
「先に行って宿で寝てていいか?」
「うん。夕飯を頼んでおいてくれ」
「はい~」
シルビアとヘリーは走って、先に城下町へと向かった。
「追いかけますか?」
騎馬隊のひとりが近づいてきてサーシャに聞いていた。
「いや、追いつくのは無理よ」
サーシャたち軍の騎馬隊が気を遣ってくれるのはありがたいが、今のところ俺たちのためにはなっていない。
「サーシャよ。どうせ俺たちはそちらの常識を無視するし、そちらが何をしたいのかすらわからん。俺たちは自分の身は自分で守れるし、魔境の辺境伯として証明が必要なら、隊長に証明書を書いてもらえばいい。サーシャたちは俺についてきて、何がしたいんだ?」
軍人としてではなく人として聞いた。
「それは……」
「答えはゆっくり出していい。出世がしたいなら、転属を勧めるよ」
意志のない仕事をしても、サーシャのためにはならないだろう。
俺は御者に「できるだけエルフとドワーフにエスティニア王国を見せてやりたい。急がなくていいから、安全に頼みます」と言っておいた。
だいぶ遅くなってしまったが、夕方過ぎには城下町に到着。昨日、夜更かしをしていたサッケツはずっと馬車の中で寝ていたし、カヒマンは昼飯時以外はじっと馬車の中で身を潜めて外の様子を見ていただけだった。
宿に入り、ドワーフたちを労いながら夕飯を食べていたら、イーストケニアの領主と軍から、それぞれ手紙が届いた。
領主の手紙は「晩餐会の招待」だったが、軍の手紙には「訓練生、離脱者多数」と書かれていた。
「商人ギルドから、交易の馬車が届いてますけど……?」
宿の主人が表を指した。
「ど、どうする?」
「手分けするか」
ちょうど魔境の住人は3人だ。
「移動が速いのはマキョーだ。私は商人ギルドにするよ」
「な、なら、私が晩餐会か」
「2人でちゃんとドワーフたちを連れてこれるか?」
「ドワーフが逃げ出さなければな」
「我々は逃げ出しませんよ! 先祖の故郷を一目見たいですから!」
サッケツが答えた。
「じゃあ、俺は先に帰ってる。急ぐ必要はないし、寄り道してもいいけど、必ず連れてきてくれ。カリューが待ってるから」
今一度、ドワーフの技術者を魔境に連れてくる目的を確認しておく。
「了解」
「か、必ず」
俺は宿から出て、厩で馬の世話をしているサーシャに事情を説明してから、城下町を出た。町から離れると一気に暗くなるが、月明かりが街道を照らし、迷うことはない。
魔力も使ってなかったし疲れもないので、とっとと峠を越えてイーストケニアを出た。街道の地面は踏み固められているからなのか、とても走りやすい。
わき目も振らず全速力で走れば、月が天高く上る頃には、軍の訓練施設に辿り着いていた。
「すみません。イーストケニアで手紙を受け取りました」
汗を拭いながら、門兵に話しかけた。
「あ、辺境伯。もう着いたんですか?」
「うん。それより、訓練生が離脱してるって手紙に書いてあったけど」
「ええ、半数の6人がすでにこの訓練施設に戻ってきて療養しています」
「そうか……」
「隊長にお会いになるなら、森の入口で待機しています」
「わかった。ありがとう」
畑の方に回ると、隊長や兵士数人が篝火を焚いて、森の獣道を照らしていた。どうやら魔境から逃げ出してくる訓練生を待ち受けているらしい。
「隊長、お疲れ様です」
「おおっ! マキョーくん、もうドワーフを連れてきたのか?」
「ええ、今はイーストケニアの城下町にいます。手紙を見て俺だけ先行して帰ってきたんです。訓練生の容体は?」
「命に別状はない」
「ここに戻ってきた原因はわかっていますか?」
「ほとんどが毒や魔物に混乱させられて死ぬ思いをしたそうだ。自分の仕掛けた罠に嵌った者もいる」
「魔境は植物が動きますからね。罠の位置が変わっているように見えるのかもしれません」
「サバイバルに長けた者を選出したつもりだったが、魔境の環境には適応できなかった。私のミスだ」
「いえ、訓練場が難しかったのかもしれません」
「でも、魔境で生活するのに最も安全な場所なのだろう? 訓練生を運んでくれた魔族のお嬢さんが教えてくれたよ」
チェルが運んできたのか。
「そうですね。どうしてでしょうね。おそらく、俺が初めて魔境に入った時は、軍の兵士よりもずっとずっと弱かったと思うのですが……」
リパも弱かった。いや、皆、初めから強い者はいなかったはずだ。
「力の物差しを改めなくてはならないかもしれないね」
魔境では攻撃力や防御力とは別の力が必要だ。
「現場を確認してきます」
「よろしく頼む」
俺は森の獣道を進み、エルフの番人たちが作った道を通って魔境の入口へ走った。
小川の手前、番人の小屋からうめき声が聞こえてくる。
「無事か?」
小屋を覗くと、番人の一人が、訓練生を3人を診ていた。
「辺境伯、おかえりなさい。早かったですね」
「隊長に手紙を貰って、先に帰ってきたんだ。それより、訓練生の怪我は?」
「大丈夫です。回復薬で骨折や切り傷は治ってます。ただ、指定されていた訓練場を抜け出して魔物や植物と対峙したらしく……」
「そうか」
3人から事情を聞いてみると、ゴールデンバットに連れ去られそうになったり、ヘイズタートルに喰われそうになったり、カミソリ草にずたずたに切り裂かれオジギ草に喰われそうになったりしたそうだ。
「辺境伯、俺たちにはあんな魔物は倒せない」
「こちらの攻撃が通らないんですよ。どう対処していいかわからないのです」
「気付かないうちに攻撃されているんです。意味もわからないまま、いつの間にか自分が餌になったことを自覚をさせられてるようでした」
すっかり3人の心は折れている。
訓練生は12人来たはずなので、残りは3人か。
「貴重な意見、ありがとう。もう一人のエルフの番人はまだ魔境にいるか?」
「ええ、4日目ですが粘っているようです」
番人は同僚を誇るように背筋を伸ばしていた。
「わかった。悪いけど朝になって落ち着いたら、3人を訓練施設まで送ってあげてくれ」
「わかりました」
スライムたちにたっぷり魔力を吸わせながら小川を渡り、魔境に入る。
すぐに森からグリーンタイガーがやってきた。顎を撫でてやったが、グルルと不満そうに鳴いている。
森の道を通りトンネルを抜ける。訓練場では、いくつものテントが崩れ、植物に侵食されていた。立っているテントは一つだけ。
「残っているのはエルフの番人だけです」
リパが空から下りてきた。
「おかえりなさい」
「ただいま。あと3人の訓練生がいるはずだろ?」
「ええ、大丈夫。3人とも洞窟で寝ています」
「そうか。よかった」
とりあえず、ひとりも死者は出ていないようだ。
「魔境に適応できたのは3人だけか……」
「いえ、3人は脱落しました。3日間眠れなかったようで、今は眠り薬で寝かせているところです。辛うじて適応できたのは番人の彼だけですよ」
リパはテントを指した。
訓練生は全滅か。
「難しいな。やっぱりサポートが足りないか」
「それに関してはジェニファーさんが報告をまとめています」
「わかった」
俺はリパと共に、我が家へと戻った。
時刻は深夜を過ぎて、月は西の空へと傾き始めていた。