【攻略生活44日目】
翌朝、宿で朝飯を食べていると、サーシャが呼びに来た。
「ドワーフの技術者一行が町の外に到着したようです」
「あ、本当? じゃあ、この宿まで来て一緒に朝飯でもどうだいって誘ってみてくれないか?」
「それがその町には入れないようでして……」
「は?」
外に出てみると、半鐘が鳴らされていた。
「ドワーフが来たぞー!」
どこかから声がする。
外に出ていたエルフたちが急いで家の中に入り、逃げ出していた。
「火事でもないのに、騒がしいことだ。ドワーフに子供を攫われたのかい?」
宿の中に入っていくエルフに聞いてみたが、答えは返ってこない。
「エルフにとってドワーフは触れてはいけないし、見てもいけない人種なのですよ」
いつの間にか宿から出てきたエルフの大使が説明してくれた。
「なんでだ? 石になっちゃうからか?」
「かつてドワーフが精霊を殺したとか、ハイエルフの里に疫病をばらまいたとか、エルフを呪い殺しているとか、噂から史実までいろいろ理由はありますが、エルフの国でドワーフは町に入ることは禁止されています」
「そうか。迎えに行きたいんだけど、どこに来たのか教えてくれるか?」
「おそらく東門でしょう」
俺は朝日が昇る方へ、走って向かった。
町の東門は閉ざされ、門兵たちが文句を言いながら装備を整えていた。門が開くまで時間がかかりそうだ。後ろを振り返るとエルフの大使はいない。
「まぁ、いいか」
俺は門を跳び越えて、町の外に着地。街道脇の草むらに家のような見た目と大きさの荷馬車が停まっていた。牽いてきたであろう馬は年老いていてロバのように小さい。
「どうやって牽いてきたんだ?」
よく見れば荷台には車輪が一対しかないようだ。ますますどうやって来たのかわからない。今はつい立のような太い棒で荷台を支えて停車しているようだが、なにかの魔道具なのだろうか。
「頼もう! 頼もう!」
荷台に声をかける。
中からごそごそと音が鳴り、一人のドワーフがドアを開けて、地面へのステップを出してた。まるで移動しながら生活するための馬車のようだ。
「おはようございます。ここに停めてはいけなかったでしょうか。実はこれからエスティニア王国へ向かうのですが……」
鼻の大きなドワーフはそう言いながら下りてきた。
「あ、よかった。俺がそのエスティニア王国の魔境を取り仕切っている辺境伯のマキョーです。よろしくお願いいたします」
頭を下げて挨拶をすると、驚いたようにドワーフは手を振った。
「いやいや、ちょっと待ってください! 確かに耳長族とは違うようですが……、本当に魔境の辺境伯なんですか?」
「そう。見えないと思うけど、本物です。ん~っと……」
わかってもらえないかもしれないので、魔力のキューブで地面から土のキューブを取り出して見せた。
「ほーら、ね?」
目の前のドワーフは瞬きを繰り返して、声を発することができないようだ。
「「ええっ!!」」
荷台の中から二人のドワーフがそっとこちらを見て引いている。
とりあえず、驚いてくれたようなので、土のキューブを戻しておいた。
「……と、まぁ、本物なんですけど、もっと丘とか作って見せた方がいい?」
「いやいや、もうわかりました。信じますから!」
「そう。よかった。で、そちらはドワーフの技術者なんですよね?」
「いかにも、わたくしめがドワーフ族の魔道具師・サッケツと申します」
サッケツは鼻が大きく、目がつぶらで肩幅が広い。肌が赤褐色で背は低く、俺の胸の辺りまでしかない。後ろからこちらを見ている2人も同じくらいの大きさなので、ドワーフ族は皆、背が低いのかもしれない。
「後ろの2人は?」
「ほら、挨拶しろ!」
サッケツは後ろの2人を呼んだ。
「あのね。あの、私はカタンジョーって言います!」
頭部の半分ほどもあるような大きな眼をしたドワーフの女の子が荷台から飛び出してきて、挨拶してきた。大事そうに肩掛けかばんを抱えている。
「カタンは材料を採取するのが得意なんですが、ちょっとしたトラブルが多いかもしれません」
サッケツが補足するようにカタンを紹介した。
もう一人は正面を向かず、横歩きで出てきてサッケツの背中からこちらを見ていた。2人よりも肌が黒く、分厚い唇が特徴的な青年のようだ。警戒心は強そうなので、魔境に向いているかもしれない。
「取って食うわけじゃないよ」
安心させようと両手を広げてみせた。
「……ヒです」
青年が消えてしまいそうなくらいか細い声で自己紹介してきた。
「ヒ!? 名前が一文字なのか?」
「あ、いや、シャーマンババアにつけてもらったろ!」
サッケツが後ろを向いて叱った。
「あ、ヒマンです」
そう言われると、ちょっとふっくらしているようにも見える。
「違うわ! カヒマンよ!」
カタンが身分を教えるように、カヒマンの頬に指をめり込ませた。
「そうカヒマンを虐めるな! まったくこいつらときたら……」
うんざりしたようにサッケツが項垂れた。それを見て、カヒマンは身を縮めて、気配を消した。まるで魔力を身体の内に隠しているように見える。
「それ、どうやってるんだい?」
「いや、こいつに悪気はないんです。ただ、里のシャーマンに言われてついてきた出来損ないで……」
「それを言うなら、私もそうだけど?」
サッケツが説明して、カタンが俺を見上げてきた。
「怖がらせる気はない。ただ、カヒマンが使ってる技はどういうものなのか知りたかっただけだ。俺がやると、ほら」
俺は丹田で自分の魔力を回転させて見せた。わずかに身体から魔力が漏れ出てしまう。やはり一度魔力を捨てる必要がある。
「な? 完全に魔力を身体の内に閉じ込めておくことができなくてね」
「辺境伯は魔力が見えるんですか!?」
カヒマンが驚いたように、サッケツから離れた。
「見えるわけじゃないけど、感じるだろ」
「魔境では、それが普通なんですか?」
「どうだろうな。感じ取れる奴はいるけど、魔境ではそれよりも生き残る方が大事だから」
「そうですか……。自分は隠れることしかできません」
「こいつは魔物を狩ったことがないんです。それで、里から追放されるような形でわたくしめについてきたのです。どこにでも捨てていって構いませんが、一目だけでも魔境を見せてやれませんか?」
サッケツはそう言って頭を下げた。
「ああ、魔境は追放されてやってきた奴ばっかりだから、向いてると思うぞ。それだけ気配を殺せば、魔物も植物も気が付かないかもしれない」
「魔境は俺に向いてるんですか!? そんな土地があるなんて……」
随分、不遇な人生を送っていたようだ。
カヒマンが驚いているうちに、町の東門が開いた。
「おーい、マキョー!」
門が開いた瞬間に、ヘリーとシルビアが俺の荷物を持って走り寄ってきた。
「や、宿を引き払ってきた。ドワーフが来たなら、この町には入れないらしい」
「相変わらず、前時代的な差別主義がまかり通ってるのだ。エルフたちの常識は無視していい」
「そうか。じゃあ、町の外をぐるっと回って国境に向かおう。あ、エルフがヘリーで、吸血鬼の一族がシルビアね。ドワーフの技術者のサッケツと採取が得意なカタン、それから気配を殺して隠れるのが上手いカヒマンな。よろしく」
それぞれ紹介して、自分の荷物を受け取った。
シルビアたちに続いて、サーシャたち騎馬隊とエルフの大使一行も門から出てきた。
「お待ちを!」
エルフの大使が叫んでいるが気にせず、「とっとと出発しよう」とドワーフたちを荷台に乗せた。
サッケツが御者台に座り、年老いた馬を操っている。馬が動き始めると、つい立の太い棒が地面から離れた。荷台は微妙に傾いて、ゆっくり移動し始める。
「おおっ! どうなってんだ?」
俺もヘリーも興味津々で、サッケツに聞いた。
「傾く力を利用してるんです。馬はきっかけを作るだけで、ペース配分も馬次第でして」
「魔法陣は使ってるのか?」
「ええ、古いドワーフの魔法陣を使っています」
「やはり差別に意味などなかったのだ」
ヘリーは後悔していた。
「辺境伯! 町の中を通りましょうよ!」
「辺境伯の歓迎パーティーも開催する用意がありますし、貴族たちが明後日に挨拶しに来ますから!」
サーシャとエルフの大使が食い下がるように、追ってきた。
「悪いけど、そういうのはいいや。早いところ魔境に帰ろう」
「しかし、そちらには道が……!」
エルフの大使が叫んだが、構わず、町の外周を進む。
草地で倒木や落石などがあったが、俺が取り除いて進めば、馬車も通れる。車輪が窪みに落ちても、荷台を持ち上げればどうということでもなかった。たとえ魔物が馬を襲ってきても、ヘリーとシルビアが矢を放ったり、骨棍棒で潰したりして対処していた。
ずっと「こんな場所を通るなんて非常識ですよ!」などと文句を言っていたサーシャたちも町の反対側の西門まで来てしまえば、声もかけてこなくなった。
あとは街道を戻ればいいだけなので、特に危険も問題もない。しいて言えば、移動速度が遅いくらいか。年老いた馬に合わせているため、普通に歩く速度と変わらない。
昼休憩は街道脇で済ませた。カタンがものすごく美味しそうな見た目の肉野菜スープを作っていたので、少しおすそ分けしてもらう。
「見た目の3倍は美味いな! ヘリーたちも味見してみろよ」
ヘリーたちにも肉野菜スープは好評だった。
「スパイスをたくさん使ってるからね。それより辺境伯、本当にこんな分厚い干し肉を貰っていいの?」
カタンは申し訳なさそうに聞いてきた。
「いいよ。肉だけでいいなら、その辺にいるのを狩ってくるけど、何肉がいい?」
「なんでもいいの? なら、猪肉がいいけど……」
「この森で狩りをしてもいいんだよな?」
一応、エルフの大使に聞いてみると、「できるものならやってみてほしい」とのこと。
俺は魔力を捨てて、街道脇の森へと吹く風に乗せる。森の様子が手に取るように見えた。
近くでは荷台からカヒマンが飛び出してきて、そのつぶらな瞳を見開いて俺の魔力の行方を見ている。
「いた!」
フィールドボアが地面を掘って筍を食べているのが見えた。
足に魔力を込めて、一気に距離を詰める。
フィールドボアが驚いている間に、腹部に手を当て内臓を魔力のキューブで取り出した。後ろ足を蔓で縛り木に吊るして血を抜く。地面に穴を空けて、内臓を血と一緒に捨てた。
「い、い、急ぐか?」
追いついてきたシルビアが聞いてきた。
「あ、うん。頼む」
「うん」
シルビアはフィールドボアの血を操作して、一気にザバーッと穴に注ぎ込んでいた。吸血鬼の一族はそんなこともできるのか。
毛皮もナイフではぎ取り、脚と腹に分けていく。頭は食べないそうなので、内臓と一緒に捨てた。魔物に掘り返されないように穴を塞いで、一狩り完了。
「これ全部くれるの? これだけあれば、ひと月は保つよ!」
猪肉を渡すとカタンは喜んで、塩を肉に塗りこんでいた。
「魔境じゃ、それが問題だよな」
「に、肉は大量にあるけど野菜がね」
「やっぱり肉は保存食にして、交易に使った方がいいのではないか?」
「そうだよなぁ」
サーシャやエルフの大使は、引いた目で俺たちの様子を見ていた。
午後は何事もなく進み、国境線にある砦に辿り着いたのは夜更け。
馬も荷台もエスティニア王国に持っていけないことを知り、ドワーフたちは絶望した顔をしていた。
「大丈夫。荷物なら持つよ」
そう言ったが、慌てたドワーフたちの耳には届いていないようだった。