【攻略生活43日目】
エルフの国まで城下町から丸一日の距離にあるという。
あまりに時間がかかりすぎるため、早朝、俺たち3人だけで移動を開始。午前中の早い時間帯に国境線にある2つの砦に到着し、近くの森で待機。午前中はいつも寝ているシルビアとヘリーは、待機場所に寝床を作って寝始めた。
森の中から、砦に繋がる街道を眺めた。
イーストケニア側とエルフの国側の両方に砦があり、国境線には高い壁が伸びている。砦の周りには兵らしき者たちが多く、街道には馬車が走っていた。馬車はエルフの国と交易をしているわけではなく、兵の食料や日用品などを運んでいるらしい。
まだ国交が正常化しているわけではなく、特別な者たちだけが行き来しているようだ。
木々が多くほとんど人もいないので兵たちも、のんびりした雰囲気で談笑している。
暇なので魔力を消す練習を行うことに。体の中で魔力を回転させているだけで、身体はほとんど動かさない。傍から見れば岩のように動かないからか、小さな鳥や魔物が近づいてきては通り過ぎていく。
見上げれば上空をワシが飛んでいた。国境線を軽々と越えて旋回している姿を見ながら、魔物たちの境界線はどうやって決まるのか考えてしまう。
やはり気候だろうか。魔境は気候の変動もあるし、植生も場所によってガラリと変わる。
エルフの国はほとんど森だと聞いているが、どんな魔物がいて植物は何が生えているんだろう。やっぱり針葉樹林が多いんだろうか。
じっと砦を見ていると、エルフの国側の景色が揺らいで見えることがある。何かの幻術魔法なのだろうか。あんまり探りを入れると、国際問題になりかねないので、今は止めておいた。
腹が減り、ヘリーの鞄を物色。干し肉があったので少し貰った。あとは、その辺に生えている野草を採取。攻撃を仕掛けてくる魔物がいれば狩ろうと思ったが、魔境と違ってこの森の魔物は大人しく、目が合っても逃げて行ってしまう。
食生活が違えば、魔物の性格も違うのだろうかと、だらだら考えながら、野草と干し肉スープを作っているうちに時間は過ぎて、昼頃にシルビアたちが起き出してきた。
「おはよう。鞄の中の干し肉を貰ったよ」
ヘリーに事後報告すると「勝手にしてくれ」と手を振って、近くの川へシルビアと共に向かった。
「さて、どうする?」
ヘリーがスープに口を付けながら聞いてきた。
「なにが?」
「マ、マキョーの礼節のなさにエルフがどう対応するか、が見ものかな」
「俺はそんなにないか?」
俺がそう聞くと、2人とも笑っていた。
「い、今頃、イーストケニアの城下町は大変なことになっているよ。もてなすつもりだった魔境の領主が、本当に挨拶だけして通り過ぎていったんだからね」
「だが、それでいい。別に遊びに来ているわけではない。ドワーフを迎えに来ただけなのに、いらぬ約束をさせられて貴族の派閥争いに巻き込まれるのはごめんだろ?」
「面倒事は嫌だな。交易路はあるといいと思うけど」
「な、なら、わざわざ主導権を握らせる必要はない。それより、魔境の中の方が今は大事だ」
元貴族の2人が言うのだから、気にしなくていいのだろう。
チェルがいないのでパンはなかったが、ヘリーが干し肉を追加したので十分腹は満たされた。
「マルキアが気を付けろって言ってたエルフの魔法ってああいうのか?」
俺はエルフの国側で揺れている景色を指さした。
「ああ、あれは古い幻術とかだろう。大丈夫だ。マキョーが本物を見せれば、どうってことない。あんまり失礼なことをしてきたら、里の一つでも潰すといいさ」
そう言って、ヘリーは笑っていた。
「ほ、本当にやっちゃダメだぞ」
「わかってるよ。でも、何かしら力を示さないと、わけのわからない呪いをかけられるかもしれないって話だろ?」
「そういうことだ。でも、幻術師や呪術師程度なら、私が眠らせるよ」
ヘリーは鞄からスイミン花を漬け込んだ瓶を取り出して見せてきた。クロスボウの矢に塗って使うのだろう。
「め、面倒なら、砦ごと潰せばいいんだ。あ、本当にやっちゃダメだぞ」
「わかってるって。とにかく無事にドワーフの技術者が来てほしいよ」
「そうだな。とりあえず、マキョーはクロスボウに魔力を込めてもらえるか?」
空を見上げていたヘリーが唐突に立ち上がり、クロスボウを渡してきた。晩飯でも見つけたのかもしれない。
クロスボウに魔力を込めて渡し返すと、ヘリーはそのまま上空へ向かって矢を放った。放った反動でヘリーは後方へ吹っ飛んだが、倒れずにしっかり立っていた。
「シルビア、血の用意を! マキョー、落ちてきたワシを生かしたまま捕まえて!」
ヘリーの指示で、俺は魔力を脚に込めて跳び上がった。ちょうど羽に矢が刺さったワシが旋回して落ちてくるところだ。
木の枝を足場にさらに跳びあがり、ワシを捕まえた。心臓は動いているようなので、生きてはいるだろう。
地面に下りてワシから矢を抜いた。
「このワシは使い魔だ。我々のこともバレている。のし付けて返そう」
「そういうことか」
ヘリーは回復薬でワシの傷を治し、シルビアに使役させていた。
「領主として、なんの魔法がいいと思う?」
細長いきれいな紙を取り出してヘリーが聞いてきた。
「魔境らしいのを」
「了解」
ヘリーは紙にさらさらと魔法陣を描いて、ワシの脚に結び付けた。
「主人のもとへお帰り」
シルビアがワシを空に放り投げると、翼を広げてエルフの国側へと飛んで行った。
「なんの魔法陣を描いたんだ?」
「P・Jの手帳に描いてあったものだよ。大丈夫さ。ちゃんと忠告はしておいた」
ヘリーがそう言った数十分後、エルフの国側から爆発音が聞こえてきた。
「忠告はしたよ。向こう側に話を聞かない奴らがいるらしい」
サーシャたちが来る前に、俺たちは砦へ行き、回復薬のおすそ分けをしておいた。
「エルフの国で爆発音が聞こえた。誰か怪我をしたかもしれないから、これをエルフの国側へ届けてくれるか?」
「確かに聞こえたが、貴様は誰だ!?」
「辺境伯だ。今日、来るって連絡が来てないか? 後から、軍の兵士たちも来るけど、先に様子を見に来たんだ。それよりも向こう側が騒がしいだろ?」
砦にいた兵士は、突然やってきた冒険者風の男に戸惑っているらしい。
「大丈夫、私もエルフだ。毒は盛らない。魔境産の回復薬だ。効果は魔境が保証する」
ヘリーが自分の腕に回復薬をかけて、毒ではないことを見せてから兵士に渡していた。
「上に確認する」と言って砦の中に入っていった兵士を見送り、俺たちは再び森で待機することにした。
夕方になり、サーシャたちが空の馬車を伴って砦に到着。サーシャに小言を言われたが、なにを喋っているのか話が通じなかった。
「辺境伯、どうして先に行っちゃうんですか!?」
「ヘリーとシルビアは夜型なんだよ。朝は眠いだろ」
「はぁ……。だからなんなんですか?」
「馬車は揺れて寝にくいし、先に進んで寝てた方がいいと思って。だいたいサーシャたちは騎馬隊なのに移動速度が遅いぞ」
「馬にだって限界はありますよ!」
「馬より速く走れ!」
「……無理です! 私たちは人間ですから!」
「なんてことを言うんだ。まるで俺たちが人間じゃないみたいじゃないか!」
「そうですよ!」
「わかった。じゃあ、俺たちに人間としての常識を求めるな」
言い争いをしていたら、ヘリーや他の騎馬隊の女兵士たちの笑い声が聞こえてきた。
気づけば、いつの間にか砦の兵士たちまで取り囲んで、俺たちの犬も食わないような争いを「やれやれ」という顔で見ていた。
「なんだよ?」
「辺境伯、エルフが砦で待っています」
槍を持った砦の兵士が報告してきた。
「そうか。今、行くよ」
森の中にある荷物をまとめて街道に戻ると、砦から兵士たちが大勢出迎えてくれた。
「本物だったんですね?」
「見えないとはよく言われる」
「何かあれば我々がお守りいたします」
「ああ、そうしてくれると助かるよ」
砦に辿り着くと、3枚の書類に自分の名前や役職を書かされた。通行証の他に、偽者ではないこと、ここ数か月、病気の発症がないことなどを証明するためのものだそうだ。
魔法使いの格好をした壮年の兵長がやさしく案内してくれたので、滞りなくエスティニア王国の砦を通ることができた。サーシャたち騎馬隊の馬はここで預かってもらうことに。
「エスティニアとエルフの国との国交回復は未だ交渉段階です。此度の一件で、少しでも歩み寄れればと考えておりますので、辺境伯にはなるべく寛大な心で接していただければと思っております」
そう笑みを浮かべていた兵長が、突然真面目な顔で話を続けた。
「……というのが建前で、もしなにか向こうに不手際があれば、すぐに我々を呼んでください。いつでも出れるようにしておきますので」
兵長は国境を突破され、イーストケニアの反乱に加担したエルフたちを許すつもりはないようだ。
「了解。空にも気をつけてくれ。使い魔のワシが侵入していたようだから」
「はっ!」
兵長や兵士たちに見送られ、俺たちとサーシャたち騎馬隊が国境を越えて、エルフの国へと入った。
「ようこそおいでくださいました。エスティニア王国辺境伯マキョー様」
エルフの兵たちに囲まれた背の高い大使が、俺たちを迎えた。
「先ほど頂いた回復薬は大変助かりました」
「爆発でのけが人は?」
ヘリーが聞いた。
「ヘルゲン・トゥーロン……。エルフの国も一枚岩ではない。お前のようにな」
大使は苦虫を噛み潰したように言った。
「けが人の人数を聞いているんだよ」
「8名。いずれも回復薬で快方に向かっている」
「忠告をしたのに、聞かないからだ。自分たちの道理だけが通用するわけではない。正しいのは自分たちだけというのは思い上がりだ。ほら早く解呪の魔法陣の上に案内しな」
ヘリーは大使に気を遣うことなく、スタスタと前を歩き始めた。兵も大使も追いかけるように先を急ぐ。
石造りの大きな砦の中は魔石灯の明かりに照らされて、よく見えた。
「魔石灯の明かりで目を眩ませているだけさ。よく見れば、使い魔だらけだから注意するように」
ヘリーから忠告を受けたが、どうやって注意するのかわからない。ただ、廊下を照らす魔石灯の近くに魔法陣が描かれているのが見えた。飾られている鎧の中には虫が巣くっているようだし、足音を聞くと床板の厚さも均一ではなく、ところどころ薄い気がする。
罠だらけのようだ。
長い廊下を進むと広間があった。中心に大きな魔法陣が描かれた絨毯が敷かれていた。
「解呪の魔法陣でございます。細かな呪いならば、一瞬で解けます。エルフの国で呪いが広がらぬよう何卒、こちらの魔法陣の上を通っていただくようお願いいたします」
「これは疫病対策だから、上に乗っておいた方がいい。私の呪いも解いてくれると助かるんだけどね」
ヘリーは軽口を叩きながら、魔法陣の上に立った。俺たちもそれに倣う。
一瞬、青白い光が部屋全体を覆ったが、特に何かがあったようには思えない。
こちら側にあったのはサーシャのネックレスが切れたくらいだ。
「呪われたネックレスをしてたのか?」
「いえ、盗聴用でしょう。隊長が渡してきたので。皆、辺境伯を心配しているのですよ」
「そうかい」
砦を出ると、馬車が用意されていた。てっきり砦にドワーフの技術者たちがいるのかと思ったが、現在移送中で近くの町で待機するよう言われた。
もう大きな荷物もないし、馬よりも移動は速いので馬車は断った。騎馬隊はエルフの国の馬を貸してもらっている。騎馬隊が優秀なのか、馬が大人しいのか、他国の兵士を乗せることを嫌がる馬は出なかった。
「辺境伯はよろしいので? 魔物もおりますし、もうすぐ日も暮れます」
「自分の身は自分で守れる。それにエルフの国をよく見ておきたい」
「そうですか。では……」
馬車には大使だけが乗り込んだ。
エルフの国は思った通り針葉樹林が多い。人や魔物の気配もそこかしこからしている。
ただ、魔物の鳴き声や足音は聞こえなかった。小型なのかもしれない。
日が暮れると、一気に辺りは闇に包まれる。一本道なので迷うということもないが、馬が怖がって速度が出ない。
俺たちは馬の速度に合わせて、進むことにした。時々、街道脇の森から野盗や魔物の気配が強くなったが、様子を見に行こうとすると逃げ出していってしまう。
町が見えてきた時には、月が天高く浮かんでいた。
エルフの町はカラフルな色の魔石灯に照らされて、活気に満ちている。中心には巨大な木が立ち、町を守っているかのようだ。
「あの大きな木は精霊樹というのだ。エルフたちがよりどころにして、精霊の声を聞き里を発展させてきた。昔は、本当に精霊を見るシャーマンもいたらしい」
宿の窓から巨木を見て、ヘリーが説明してくれた。
「い、今はいないの?」
シルビアがヘリーに聞いていた。
「魔法が解明されていくにつれて、精霊の力はいつの間にか失われていったと言われているよ」
魔境に来る前、牢に入っていたヘリーにとっては久しぶりの町の光景なのかもしれない。
ヘリーとシルビアが話をする中、俺は自分のベッドに寝転がる。旅の疲れなのか、エルフの国に入ったという安心感からか、すぐに眠ってしまった。