【攻略生活42日目】
イーストケニアには果樹園が多く、辿り着いた村もリンゴの果樹園とシードルの酒蔵があった。そこを警備している冒険者も、数人歩いている。
「め、めんどうな事情があるんだ」
シルビアと宿の主人が説明してくれた。
どうやら数年前まで、イーストケニアの農夫たちはほとんど奴隷のような生活をしていたらしい。それを見かねた教会や冒険者ギルドが組合結成を手伝ったのだという。それに反発して、魔境にも来たザムライ家など大農園主は、私兵を雇い、農夫たちを教会から攫い、名目上も奴隷にしていったのだとか。
さすがに領主であるシルビアの父親も口出しせずにはいられなくなり、大農園主への税金を上げ、奴隷所有にも税金をかけた。
ルールを変えられる者たちは強いが、それだけに狙われやすい。大農園主たちは『ハシスの16人』を雇い、領主を殺すに至った。実際は死んでいないとシルビアは言っているが、真相はわからない。
とにかく、領主が殺され、イーストケニアの吸血鬼の一族は散り散りになった。シルビアが魔境に来た理由でもある。
ただ、大農園主たちが担ぎ上げた貴族はすぐ軍によって排除され、大農園主の財産は没収。首謀者であるザムライは一族もろとも焼かれた。そこから逃げ出した私兵が山賊や盗賊になっている。昨日、捕まえた山賊もそんな中で生まれた私兵崩れの一部だ。
領主不在で混乱が続いていたが、シルビアだけは所在がはっきりしている。イーストケニアに戻るよう言われたが、本人が固辞。結果、吸血鬼の一族の遠縁の者がイーストケニアに呼ばれ、現領主に落ち着いている。
果樹園も酒蔵も、今は元農夫、元奴隷によって運営されているが、全て商人ギルドに加入させられているという。
「シルビア様はイーストケニアに戻られる気はないのですか?」
「ない。一度奴隷にされた領主の娘が戻ったとしても誰も言うことなんて聞かないよ」
シルビアははっきりそう言った。特に悲観的な顔はしていなかった。ただ事実を言っているだけ、と自分の中で解決していることのようだ。
「それにしても匂いがすごいな」
昨日、村に入った時から、果物の甘い香りがしていたが、朝になり特に香りが強くなった気がする。
「峠に魔物が出たので、急いで収穫してるんです」
宿の主人が、通りを行き交う馬車を見ながら説明してくれた。
「そ、それなら、昨日倒したよ」
「ええ、存じております。ただ、峠にハーピーが現れたということは、魔物たちが子に狩りを教える時期に入ったということ。今後は山から下りてくる魔物の被害も多くなってくるんです」
主人は依頼書を書かねば、と仕事に戻っていった。村に冒険者ギルドはないため、隣町の冒険者ギルドへ依頼書を送るらしい。
「武器を売るなら隣町か」
ヘリーがシルビアの荷物を指さした。
「か、果樹園がある村はここだけじゃない。やっぱりもっと持ってくるべきだった。だいたいマキョーが手ぶらなのがおかしい」
「そうか? 現地調達でどうにかなると思ったんだけどな」
宿代はサーシャたちが払ってくれたし、飯はその辺の魔物を狩ればどうにかなる。
「魔境の外は生き残ることよりも、金の力が物を言うのだ」
「そういえばそうだった気もする」
「金ができれば馬車を雇うこともできるし、軍だけでなく他の領地と交易もできるようになる。魔境にも仕事があることがわかれば自然と領民も入ってくるさ」
ヘリーが諭すように俺に言った。
「なるほどね。まずは金か」
「だ、大丈夫。魔境の商品はヘリーと私で持ってきたから」
そのための武器と毒だったわけか。
「せっかく外に出るのだから、ドワーフの技術者だけ連れてくるだけではもったいない」
「わ、私たちなら、イーストケニアの運送費もエルフの性格も知ってるから騙されにくい」
「ちゃんと考えて付いてきてるんだな。じゃ、サーシャたちを起こして隣町へ出発するか」
「うん、午前中、私たちは馬車の中で寝てるからよろしく」
そう言って、シルビアとヘリーは荷物と一緒に馬車の荷台に乗り込んでいた。相変わらず、二人は夜型のようだ。
「おはようございます。辺境伯」
サーシャたちが起きてきた。
「おはよう。こっちは準備万端だぞ」
「はい! 急ぎます!」
朝飯も食べずに、出発。昨日、捕まえた山賊は、手かせ足かせを付けさせて、後からサーシャの部下が連れていくという。
馬の歩調に合わせ、のんびり隣町へと向かった。
イーストケニアは扇状地で、中心を緩やかな川が幾筋も流れている。水はけがいいから、果樹園も多いと馬を操る御者の爺さんが教えてくれた。
隣町は古いレンガ造りの立派な建物が多く、商人ギルドも冒険者ギルドもある。
昼を過ぎていたので、シルビアとヘリーも起き出して、そのまま商人ギルドへと向かっていった。交渉事は俺よりも二人の方が上手そうなので、任せることに。
俺は付いてくるサーシャと一緒に、商店を見て回る。武具屋は武器や鎧の種類が多いが、あまり欲しいものはなかった。薬屋も匂いばかりがきつく、魔境の野草の方が効果がありそうだった。これならシルビアとヘリーが持ってきた商品が売れそうだ。
逆に雑貨屋に行くと、紙束や筆記用具、木桶など、欲しいものが多い。食料品店でも欲しいのは肉や野菜よりも小麦粉や調味料だ。
サーシャが「この小物は可愛いですね」「辺境伯は欲がないんですか?」などと話しかけてくるが、適当に返していた。こちらに金はないので、勝手にしてほしい。
大通りの建物を修理していた。
「この前の内戦で建物が壊れたんですか?」
大工の頭領らしきおじさんに聞いみた。
「いや、ただの内装工事だよ。この町は古くから領主の一族に忠誠を誓ってるから内戦には参加しなかったんだ。屋台とかは反乱軍にやられたところもあるみたいだけど、ほとんど無事さ」
「そうですか」
財産を没収されたのはザムライに賛同し反乱を起こした大農園主だけのようだ。
屋台を壊されたという串焼き屋で昼飯を大量に購入。辛味が効いたヤギ肉で、癖が全然なかった。
シルビアとヘリーの昼飯も買って、商人ギルドの前で合流。2人に昼飯の串焼きを渡して首尾を聞く。
「どうだった?」
「ど、毒は売れたけど、武器は売れなかった」
「魔境産の武器は、内戦の記憶もあるから売れにくいのだろう。城下町まで行けば、商人ギルドの本部があるから、交渉できるそうだ」
「イーストケニアの商人ギルド長といえば例のマルキアですよね?」
サーシャにそう言われて、赤毛の女性を思い出した。ザムライの会社の部下だったはずだが、商人ギルド長になったんだったか。ザムライを裏切った者が偉くなっている。
馬も十分休ませたので、午後から城下町へと一気に向かう。
途中、街道に現れたワイルドベアが馬車を塞いだが、ヘリーが両目をクロスボウで射抜き、シルビアが脳天をかち割っていた。肉と魔石だけ回収して先を急ぐ。
後方から来る騎馬隊の馬も疲れれば休憩を挟み、脚に回復薬を塗ってやる。馬車を牽いている馬がスピードを維持しているので、できるだけ念入りに手入れをしてやった。
サーシャからは一日かかると言われていた距離を半日で走り、日が暮れた頃、城下町に入った。
門付近には兵が並び、俺たちを待ってくれていた。
「魔境の辺境伯一行様ですね?」
「そうだ」
「お待ちしておりました。どうぞ、お入りください」
門が閉まる時刻は過ぎているが、魔境の辺境伯が来るかもしれないため、開けて待っていてくれたらしい。
イーストケニアの領主が城で待っているらしいが、特に用はないので宿へと向かう。
「あ、挨拶くらいはした方がいいんじゃないか?」
「来てることは知ってるんだろう? じゃ、いいんじゃないか?」
「そうではなく、領主同士仲良くする振りはしておいた方が交易もしやすいだろ?」
「ああ、なるほどね。じゃあ、夕飯だけ用意しておいてくれ。それから商人ギルドにも行くんだろ?」
「ああ、こっちはやっておくから、マキョーは城に行ってくれ」
「これ、余った回復薬を魔境の土産で持っていきな」
元貴族の2人はいろいろ教えてくれる。
「はい」
貴族というのは面倒な気遣いが多い。
城は見えているので、とっとと走っていった。誰も俺を辺境伯と思っていないのか、気づかれることもない。サーシャを連れてきた方がよかったか。
「お疲れ様です。魔境の辺境伯です。挨拶に来ました」
「はぁ?」
城の門にいた兵士に声をかけてみたが、要領を得ない。
もしかして普段着で来るところじゃなかったか。とはいえ、今さら気づいても遅い。
地形でも変えれば信じてくれるだろうか。
「とりあえず、中の様子でも探ってみるか……」
俺は身体の魔力を捨てる。今日は走っただけでほぼ魔力は使っていないので7割以上の魔力を放出した。城に向かって吹き抜ける風に残った魔力で干渉して、城の中へと魔力を送り込む。
城中の魔石灯が明るく輝き始めた。
どうやら俺たちが城下町の門を抜けたことを報せる兵士たちが城中を走り回っているらしい。
ある部屋では中年女性が急いで着替えをしていた。領主の奥さんだろう。
台所では料理人たちが忙しなく動いている。周辺の有力者を集めて晩餐会でも開くつもりか。エルフの大使でも招くのだろうか。外国と接している領地は大変だ。魔境がこういうもてなしをするのはいつになることやら……。
「いた」
2階の執務室のような部屋で、眼鏡をかけた白髪の老人が仕立てのいい服を着て机に向かっていた。手紙を受け取って、何かをメモしている様子だ。
「仕事中か。挨拶だけならいいか」
槍を持っている兵士に「ちょっと、入るよ」と声をかけて、脚に魔力を込めてから城の中に入る。別に鍵がかかっているわけでもないので、押せば扉は開いた。
階段を上り、最短で白髪の老人のもとへと向かった。俺の存在感が薄いからか、通り過ぎていく使用人たちに声をかけられることはない。
「お疲れ様です!」
誰も止める人がいなかったので、勝手に部屋に入って声をかけた。
「ん? 誰だ?」
「魔境の辺境伯、マキョーと申します。このような格好で申し訳ない」
「新しい諜報員か?」
「いえ、魔境の領主です。証明するものが……」
天井に掛かる魔石灯に魔力を送り込み、部屋全体を明るくしてみせた。
「これが証明になるかどうかわかりませんが。イーストケニアの領主様で間違いありませんか? うちにいるシルビアの遠い親戚の?」
「いかにもイーストケニアの領主、ファザールだ。シルビア嬢とは彼女が幼い頃に一度だけお会いしている。本当に辺境伯本人ですか?」
「ええ。一応、城を護る兵士には断ってきたのですが、反応が薄かったので、勝手に入らせてもらいました。なかなか外見ではわかりにくいですよね。申し訳ありません」
「まだ、俄かには信じられません」
確かに、急すぎたか。突然、部屋に乗り込んだら暗殺者と思われても仕方がない。とりあえず、目的である挨拶だけは済ませておこう。
「エルフの国へドワーフの技術者を迎えに行くため、領地を通らせていただいております。よろしければこちらお近づきのしるしに、魔境産の回復薬です。効果は高いので、少しずつ使うことをお勧めします」
ドアの側にあった台に回復薬を置いた。
「あ、ありがたく頂きます。辺境伯は破天荒で貴族の型に嵌らぬ人と伺っておりますが……、本当に本人なので?」
未だに疑っているようだ。
「ええ、本物です。別に危害を加えるつもりはありませんし、挨拶をしに来ただけです。近所なので仲良くしてください。ちょっと城の警備が甘いので、晩餐会で有力者を集める前にもう少し警戒をした方がいいかもしれません。では」
口を開けたままのイーストケニアの領主を置いて、俺は部屋を出た。
「堅苦しいのは嫌だな」
大きく息を吐いて城から出て、宿へと戻った。
宿には物々しい恰好をした冒険者たちが集まっていた。誰かを護衛しているようだ。騎馬隊の女兵士たちもいる。
「あ、帰ってきた」
女兵士のひとりがつぶやいていた。
「なんだ、帰ってきちゃダメだったか?」
「いえ、辺境伯がお帰りになられました!」
女兵士が大声を出した。
「あ、あれ? なんで帰ってきたんだ?」
「イーストケニアの領主には会えたのか?」
宿に入るとシルビアとヘリーが詰め寄ってきた。
「挨拶しに行っただけだ。会えたよ。ファザールってカッコいい白髪の人だったよ。シルビアが子供のころに一度会ったって言ってたし」
「そ、そう……」
「で、なんの騒ぎ?」
「いや、マルキアという商人ギルドの長が直接会いたいと……」
食堂に赤髪のマルキアがやせ細った姿で座っていた。以前会った時と同じ人物とは思えないほど、憔悴しているように見える。すでに人払いがされており、サーシャと俺たち以外はマルキアと護衛の者だけしかいないようだ。
「やぁ、久しぶりだな」
「辺境伯。お久しぶりです」
声もか細い。委縮しているのか、こちらを見ようとはしない。ギルド長だというのに覇気がなく、組織を束ねているのか心配だ。
「元気なさそうだな。ちゃんと飯は食ってるのか?」
「出されたものは食べています」
よほど食糧事情が悪いのか。護衛についている冒険者は恰幅よく見える。やはりマルキア本人になにかあるのだろう。
「スープでも何でもいい。栄養のあるものを食わせてやってくれ。金なら後で払うから」
厨房にいる料理人に声をかけた。厨房からすぐに調理する音が聞こえてきた。
「ギルド長は激務のようだね」
「いえ、私は裏切者ですから、これくらいしなくてはイーストケニアの果樹園は運営できません」
「そうか。護衛の彼にも手伝ってもらったらいいじゃないか」
俺はマルキアの後ろに立っている護衛を指さした。
「彼は護衛ではありません。私が不正を働いたらすぐに処罰するために雇われた冒険者です」
護衛を見たが、特に否定はしていない。
「未だに私が処刑を免れているのは、各地にある果樹園で、今のところ成果がでているだけです」
つまり成果が出なければ処刑されるということか。天候によって果物の出来不出来もあるだろう。ストレスで消化不良を起こし、体調も良くないのかもしれない。
「随分、苦労しているようだな」
「私が生き残るにはこれしかありませんでしたから」
下を向いてぼそりと小声で言った。
「生き残るためか。マルキア、お前、魔境に向いてるぞ」
「え?」
俺が笑うと、マルキアは顔を上げ、ようやく目が合った。
「魔境に向いてると言ったんだ」
「私が、ですか?」
「ああ、魔境ではどんなことをしてでも生き残るのが法だ。不正だろうが買収だろうが、なんでもやって逃げだせたら、魔境に来るといい。うちはよく追放された奴らがやってくるんだ」
シルビアとヘリーが声を殺して笑っている。それを見て、マルキアは歯を見せて笑っていた。
「で、何か用があってきたんだろ?」
「あ、そうでした。魔境産の武器はイーストケニアでは商取引が禁止されています。軍、もしくは他国との交易に使ってください。それから、魔境との商取引のための馬車ですが、そちらに関しては、こちらの商人ギルドが用意いたしますので、お使いください」
仕事となると、急に元気を取り戻したように、マルキアはまくし立てた。
「わかった。使わせてもらう。ただ、武器が取引できないとなると、薬か毒、あとはアラクネの糸とか素材しか、こちらは用意できないんだけど」
「それでお願いいたします。魔境との取引はこちらに益はあっても損はありませんから。素材の一般的な価格、及び数量の目録をお持ちしました。どうぞお受け取りください」
マルキアは商品目録を渡してきた。
「3ヶ月に一度、価格が変わると思っていただければ」
「助かる。用はそれだけか?」
すでに厨房では料理の用意ができているようなので、早く食べたい。
「一つだけ、忠告を」
マルキアが指を一本立てて俺を見た。
「エルフの国では魔法をお使いにならぬようお気を付けください」
マルキアの言葉を受けて、エルフのヘリーは渋い顔をしていた。