【攻略生活41日目】
朝から、魔境の全員で訓練生の受け入れ準備を始めている。
入り口近くの訓練場の植生はそれほど変わっていない。カミソリ草やオジギ草、カム実などが目立つ。ただ、普通のどこにでもあるような雑草もそこら中に生えていて鬱蒼としている。
もちろん、それらはただの雑草ではなく、ジェニファーとリパが調べた野草で、食べられるものも多い。今朝食べた野草スープにも入っていたとか。
「ちゃんと観察して試していけば、死ぬことはないと思います」
「胃腸薬になるような植物もあるとヘリーさんが言っていました」
パッチテストなどを繰り返したテスターたちの意見だ。ただ、ジェニファーたちのお陰で食生活はかなり良くなっているので信じられる。
「じゃあ、最悪、魔物を狩れなくても餓死することはないな」
「そんなに食べなくても人間は死にませんし、大丈夫だと思います」
リパが言うとなぜか説得力がある。クリフガルーダで不遇だったからだろうか。
「初めてだし、訓練生をできるだけ死なせないように、交代で監視しようと思うんだけど、いいかナ?」
そう言いながらチェルがシフト表のような紙を渡してきた。
「おお、いいんじゃない。俺がやろうと思ってたけど……あれ?」
表には俺の名前がない。
「俺はずっと監視するってこと?」
「い、いや、そうじゃなくてマキョーはマキョーの仕事をした方がいいと思って」
「エルフの国にドワーフの技術者を迎えに行くのだろう?」
シルビアとヘリーが鬱蒼とした野草をかき分けて近づいてきた。
「そうだな」
「魔物の子育てが落ち着いたら、中央にある植物園のダンジョンにも行くんですよね? 私とリパも連れて行ってくれませんか?」
「ダンジョンの植物が魔境を侵略していったなら、魔境で育ちやすい野菜もわかるんじゃないかと思うんですよ」
意外に皆、先々のことを考えている。魔力の訓練などしている場合じゃなかったか。俺が好き勝手思いつくままに動いている間に、皆はちゃんとレールを敷いてくれていたようだ。ここは顔を立てて乗っておこう。
「それもそうだな」
「で、だ。先にドワーフの技術者たちを連れてきて、訓練生と一緒に魔境に慣れてもらって、後半は中央のダンジョンを巡ればいいと思うんだぁ」
チェルが決定事項を喋り、俺からシフト表をひったくっていった。
「あ、そうなの?」
「そう。だから、シルビアとヘリーも連れていってネ」
「へ? どこに?」
「エルフの国に」
「あぁん?」
思わずしゃくれてしまった。
「と、と、途中のイーストケニアで領主をちらっと見ておきたくて……」
「『魔境に手を出すな』って釘を刺しておかないと、エルフたちがまた何か仕掛けてくるかもしれないからな」
「里帰りか? お前ら、自分の身くらい自分で守れよ。こっちはドワーフの技術者を連れてこないといけないんだから」
「こ、こ、これでも魔境の住人だぞ!」
「魔法より私のクロスボウの方が速いから問題はないさ」
「なら、いいけど」
イーストケニアでシルビアは逃亡した元領主の娘だし、エルフの国でヘリーは死んだことになっているはずだ。それでも行くと言うのだから、いろいろと覚悟の上だろう。
ギョェエエエ!
インプの鳴き声が響いた。
草むらをかき分けて、グリーンタイガーの親子が駆け寄ってくる。子を抱え、大人のグリーンタイガーの顎と額を撫でてやった。
入り口の方からカンカンと鐘の音も聞こえてきた。
「来たか」
小川へ全員で向かうと、12名の訓練生とエルフの2人が対岸でこちらを見ていた。前に見たエルフの国へ行った精鋭たちやサーシャの姿はない。
訓練生たちはいずれも異様な雰囲気を漂わせている。身だしなみに気を遣っているような者はおらず、香水を使っている者もいない。男は皆、髭を生やしているし、女は入れ墨を首か頬まで入れている者が多い。軍の中でも異端の者たちなのだろう。
隊長が俺の希望を受けて、集めてきてくれたのだろう。
「サーシャたちはいないんだな?」
「ええ、試験で弾かれました」
軽装の女性戦士が答えた。湾曲した刃の大きな剣を担いでいる。
「エルフの2人はどうする?」
「前半は俺だけ行きます」
「俺は居残りで。後から行きます」
番人も1人ずつ交代するという。
「こちらにいるのが魔境の住人だ。別にどういう種族かは聞かなくてもわかるだろう。カリューはゴーレムだが、ユグドラシールについて最も知っているから敬意を払うように」
訓練生は全員、驚いていた。
「じゃ、入ってきてくれ。スライムがいるから気をつけろ」
俺がそう言うと、戦士たちが武器を抜き、小川へと一歩踏み出した。
次の瞬間、小川から無数のスライムたちが飛び出して、一斉に訓練生を襲った。こちらにも飛びかかってきたが、文字通り蹴散らす。
チェルは炎の槍で突き刺し、ジェニファーはスライム壁で弾き飛ばし、ヘリーはクロスボウで核を撃ち抜き、シルビアは大きな骨の棍棒で叩き潰し、リパは木刀で突いて器用に核を口から吐き出させていた。
カリューだけは身体の形を変えてすっと避けていた。
訓練生の半数が魔力切れを起こし、残りの半数も魔力を奪われ、命からがらこちらの岸へ辿り着いた。すでに武器が折れ曲がったり、使い物にならなくなっている者が多い。エルフの番人だけは、何が飛び出してくるのか予想できていたため、歩き回れるくらいには元気だ。
「意識があろうがなかろうが、よく聞いておいてくれ。生き残れなきゃ死ぬだけさ。ようこそ魔境へ」
ガハッ。
気絶していた戦士が、水を吐き出した。
グルルルルル……。
グリーンタイガーが唸り声を上げて、訓練生たちを脅している。そういえば、魔境産の魔物は通常よりも大きいはずだ。
「では、訓練生の皆さま、こちらです! 私から離れたり、余計な行動をして死んでもしりませんよ~!」
ジェニファーが声をかけて訓練場へと案内するようだ。外面だけはいいので、適任と言える。
先頭をジェニファーが行き、意識のない者たちをチェルとカリューで担ぎ上げた。一番後ろからリパがついていく。
「じゃあ、悪いけど、あと頼むな」
俺とヘリーとシルビアはこのままエルフの国へと向かう。
「了解です! いってらっしゃい!」
リパに見送られて、俺たちは小川を跳び越えた。
特に用意するものなどないと思って、気ままに魔境を出たが、シルビアもヘリーもしっかり準備をしていたらしい。重そうな荷物を背負っている。
「その荷物の中は何が入ってんの?」
「ぶ、武器」
「毒」
ただの里帰りではないらしい。
「そういや、2人とも金を持ってきた?」
「い、いや」
「なくてもなんとかなるだろ」
野宿か。3人だけなら、それも悪くないが……。
「ドワーフたちを説得できるか、だな」
「ど、どうせ魔境は野営みたいなものだから、慣れてもらわないと」
「早めに現実を見せておいた方がいい」
「そうするか」
とりあえず、軍の訓練施設に行って隊長に面会する。
「大丈夫。宿などはこちらの方で手配するので、マキョーくんたちは現地に行って連れてきてもらえばいい」
隊長がそういうので、お言葉に甘えさせてもらうことに。
訓練施設からは馬車に乗せてもらい、エルフの国と接しているイーストケニアへと向かった。
あまり舗装されていない山道を行くため、馬車は大きく揺れる。
「すまん。俺は、ちょっと走るわ」
「わ、私も」
「はぁ~、2人に付き合うか」
結局、3人とも馬車を降りて、走り始めた。
馬の走るペースに合わせ、ゆっくりと移動する。
「辺境伯~!! 置いていかないでくださいよ~!」
後ろから馬に乗ったサーシャと騎馬隊が追いかけてきた。
近づいてきただけで、香水の匂いが漂ってくる。魔境だったら魔物に襲ってくれと言っているようなものだ。
「サーシャ、一旦水浴びをしてきた方がいいんじゃないか? 魔物に襲われるぞ」
「え!? 匂いますか? 2日前から石鹸は使っていないんですけど……」
「ま、馬糞でも塗るといい」
シルビアが辛辣なことを言って、前方を指さした。
山道の峠で、山賊が小型のハーピーと呼ばれる半鳥半人の群れに襲われていた。
ヘリーがクロスボウで、ハーピーに狙いを定めて一匹撃ち抜く。俺が足に魔力を込めて距離を詰めて飛んでいるハーピーをすべて叩き落とした。
シルビアが骨の棍棒で叩き潰して、山賊に迫る。
「み、み、身ぐるみ置いていけ」
棍棒から潰したハーピーの血がしたたり落ちる。
山賊たちは小便を垂らして、武器を捨てて鎧を外し始めたので、俺が止めた。
「それじゃ、どっちが山賊かわからないよ」
「りょ、りょ、旅費の足しになるかと思って」
「運動にもならないな」
ヘリーはクロスボウをしまって、伸びをしていた。確かに、魔境に比べると移動速度が極端に遅い。
「み、道ならわかるけど?」
「先に行っておくか」
「む、村がある」
「じゃ、そこで待たせてもらおう」
サーシャたち騎馬隊がようやく峠まで辿り着いた。
「辺境伯、無事ですか?」
「見ての通り無事だよ。山賊の身ぐるみ剝ぐか迷っていたところ。とりあえず、取り調べして捕まえておいてくれ」
「さ、さ、先のブラッドムーンていう村で待っているから」
俺たちはサーシャと騎馬隊を置いて、山を下った。
イーストケニアの村に辿り着いたのは夕暮れ過ぎだった。