【攻略生活40日目】
「やあ」
俺は、砂漠にある軍事基地でゴーレムたちと対面していた。
突然の訪問にゴーレムたちは動きを止めていたが、両手を上げて敵意がないことを示すと、魔境の主と認識してくれたようだ。
「どうした? まだ、こちらの方針は決まっていないのだが……」
軍事基地を統括しているグッセンバッハという小柄なゴーレムが、この前と違い、流暢に喋り始めた。
「ああ、うん。それは別にまだいいんだけど、ダンジョンを作ろうかと思ってさ。教えてもらえないかと思って」
「新たなダンジョンを作ると?」
グッセンバッハの周りにいたゴーレムたちが攻撃態勢に入ったように見えた。
「そう。魔力の実験をしているうちに、なぜか新しい魔法を生み出してしまうらしくて、危険だからダンジョンを作った方がいいと思うんだ」
「別に我々と敵対する気はないということか?」
「もちろんだ。もしかして魔境のダンジョン同士は敵対関係にあるのか?」
「いくつかの派閥に分かれていることもあるが、遺伝子学研究所のダンジョンからはコントロール不能な魔物が放たれているし、植物園のダンジョンからは肉食の植物が拡散しているはずだが……。今は違うのか?」
俺は天を仰ぎ、どうして魔境が特殊な環境になっているのか、納得した。
「つまり侵略し合っていたのかぁ」
ゴーレムたちは「何を今さら」とでも言うかのように俺を見合わせていた。
「魔境は1000年前からほとんど歴史が途絶えていたから、わからないことも多いんだ。できるだけ教えてくれないか」
「……本当に敵意はないのだな?」
「ない。俺はユグドラシール跡地を魔境として買っただけの元冒険者だ。国家転覆も狙っていないし、どこかの国を攻めたりするつもりも今のところない。ましてや自分の領地で内戦が起こっていることも知らなかった。自分の土地として管理したいがわからないことが多すぎるんだよ。この土地で1000年を生きる先輩として助けてくれないか」
胸に手を当て、頭を下げてお願いした。これでダメなら、何度か通ってみよう。
このゴーレムたちは言わば、魔境の先住民だ。すぐには理解し合えるわけではないだろう。思いも年齢もまるで違う。だが、歩み寄ることはできるはずだ。
「……了解した。できるだけ一番、長期記憶できる石板に彫っているので、参照するといい。そのために私は働いてきた」
グッセンバッハは、石板がまとめられている部屋へと案内してくれた。
「紙や羊皮紙は、燃えたり紛失したりすることが多くて、結果、石板になったのだ」
長い通路の壁に貼られた石板を見れば、魔境の軍事基地周辺で起こった出来事が彫られていた。抽象化された絵と文字。古いが平易な文章で書かれ、俺にでも理解できた。
「おそらくどのダンジョンもすでにダンジョンマスターは不在のはずだ」
石板を見せながら、グッセンバッハが説明してくれた。
「この軍事基地のようにダンジョンの中で意思を持つ者たちはいないのか?」
「わからぬ。もしかしたら会話が可能な魔物や植物がいるかもしれないが、どこまで思考して会話をしているのかがわからない。ダンジョン運営のために魔力を吸い取る目的で騙す者もいるかもしれないからな」
このダンジョンのゴーレムも魔力が欲しいのかもしれない。
俺を囲むように監視していたゴーレムのひとりに近づいて、背中に触れた。片膝が壊れているのか、少し動き難そうだった。
「ナ、ナニヲ!?」
少しだけゴーレムに魔力を注ぐ。脚部が途端に真っすぐ伸びて、傾いていた身体が正常に戻った。
「動きが悪くなったり、傷が治らないゴーレムがいたら教えてくれ。魔境で生活していると魔力だけは人よりも多いんだ。これくらいなら問題はない。歴史のお礼だ」
「……本当に敵意がないのだな? 魔境の主よ」
「言っているだろう。ない。だからって別に、そう簡単に信じなくていい。生身だったならわかるだろうけど、言っていることとやっていることが違う人間は多いからな」
そういうと、周りのゴーレムたちは上下に揺れた。笑っているのかもしれない。
「わかった。こちらも正直に話そう。このダンジョンの魔力が枯渇してきている。魔物も今年は思うように獲れていない」
以前、砂漠で血の痕を見たことがあるが、やはりゴーレムたちが狩りをしていたらしい。魔物の魔力が目的か。
「今、俺を殺すより、友好関係を築いて定期的にここに来た方がダンジョンにとっては利益になりそうだな」
「その通りだ。だが、こちらには代わりになるようなことをしてやれない」
「歴史で十分だよ」
「いや、これは使命であり任務だ。次の世代へ繋ぐため我々がやらなければならないことで、魔境の主は当然のように受け取る権利がある。魔力の代わりにはならないのだ」
「だったら、やっぱりダンジョンの作り方を教えてくれないか?」
「できるならそうしてやりたいが、まずダンジョンの卵が必要だ」
俺は懐から卵型の革袋を取り出して見せた。
「これか?」
「持っていたのか……!?」
「どうやって孵化させるのかは知らないんだ」
「タマゴがマスターを選ぶ」
足が治ったゴーレムが突然、口を開いた。
「すまない。……聞こえているか? 魔法陣が傷んでいるかもしれん」
「大丈夫だ。聞こえている。卵はどうやってマスターを選ぶんだ?」
「わからない。運命というしか。ただ偶然、ダンジョンの卵と知らずに持ち歩いていた者がマスターになり得る。マスターになった瞬間に孵化するはずだ」
「詳しいな」
「兄がこの近くの倉庫のダンジョンのマスターだった。育て方も試行錯誤をしていたが、何かを捧げていたような気がする。教えてはくれなかった。遺伝子学研究所に行けばわかるかもしれない」
「そうか。まぁ、この革袋の開け方もわからないんだけどね」
「開けない方がいい!」
紐を引っ張ろうとすると、ゴーレムたちが全員で止めてきた。
「ダンジョンの中でダンジョンを展開してはいけない。自分がどのダンジョンにいて、どこを旅しているのかわからなくなるからだ。ユグドラシールでは禁忌とされていた」
「……なるほど。魔境でも禁忌にしよう」
ダンジョンの卵はまた今度か。
「魔法の開発だけなら、このダンジョンにもいくつか部屋がある。使ってもらえると、こちらとしてはありがたいが……」
俺が魔力を使えば、ダンジョンにも補充されるということだろう。軍事基地内なら訓練施設の参考にもなるかもしれない。
「頼む」
「こっちだ」
急激に周囲のゴーレムたちから剣呑な雰囲気が消えていった。魔力が本当に足りないのか。
ゴーレムたちが案内してくれたのは、地下深く。大きな砂地の部屋だった。すでにグッセンバッハは俺が来たことを石板に彫るため、仕事に戻っていた。
人の魂が入った4名が俺の前を歩いて、部屋の中にある動かないゴーレムの群れを説明してくれた。
ガーディアンスパイダーの他に、砂の中を泳ぐサメのゴーレムや3メートルほどの人型ゴーレム、偵察用の蝙蝠型ゴーレムなど様々。どれでも魔力さえあれば動くのだという。
とりあえず、全て動かしてみて、俺を攻撃させてみたが、それほど意外な攻撃はなかった。自分の魔力で攻撃されているのだから、当たり前か。
ただゴーレムとしてよくできているし、武器を捨てれば攻撃もしてこない。よくできたゴーレムだ。
4名は様子を見ているが、特にこちらの訓練に口出しをするつもりはないようだ。好きにやってくれということだろう。
近所に、安全な魔力の実験場ができた。
昨日、風呂でやっていたように、全身を脱力して魔力を捨てる。
「「「オオッ!」」」
ゴーレムたちの声が上がったが、止めずに続けた。
自分の魔力を拡散して部屋に充満させる。
砂地を泳いでいたサメのゴーレムが止まり、壁を歩いていたガーディアンスパイダーが岩に変わった。
魔力は壁に吸い込まれ、そのまま、より深い地下へと向かっていく。ほぼ使われていない通路の先にある小部屋に集まっていくのがわかった。小部屋の真ん中には大きな魔石が浮かんでいる。どうやらこの魔石がダンジョンコアと呼ばれているものらしい。
身体から魔力が減ったことを確認し、大きく息を吸って魔力を取り込む。
丹田に魔力を集めて回転させ、どこにも力を込めないようになるべく楽な姿勢をとった。なぜか自然と背筋が伸びて、呼吸がしやすくなる。体が軽くなり、すっと立ち上がった。
目で見ているわけではないのに、なぜか部屋にあるものが見渡せているような気がする。天井にも視界が増えたような気がして、試しに後ろで控えていたゴーレムたちに攻撃してもらうことにした。
「魔力は減っているけど、思い切りやってくれていい。怪我したら回復魔法を使うから」
それぞれ剣や鞭、大鎚、鉄の爪などで攻撃してきたが、攻撃の動作に入る時には動きが読めていた。力の方向が見えていれば、あとは避けてもいいし、力に干渉して壁に吹っ飛ばすことも可能だ。
「どういう体術なのだ? 1000年前でも見たことがないぞ」
先ほどの、ダンジョンマスターの弟であるゴーレムが聞いてきた。
「いや、体術というかなんというか、今作ったんだけど……」
「「「今!?」」」
「うん」
丹田で回転している魔力を全身に行きわたらせると、一気に汗が噴き出してきた。
「いや、いい訓練になった。ちゃんと魔力はダンジョンコアに補充されていると思う。また来るよ」
俺は汗を拭きながら、グッセンバッハに挨拶だけして、軍事基地を後にした。
家に戻ると、チェルたちが昼飯の後片付けをしていた。
今日の昼飯はワニ肉の甘辛炒め。一応、俺の分は取っておいてくれている。
「どうだったノ?」
チェルが聞いてきた。
「ダンジョンコアに魔力を補充することを条件に、大きな砂地の部屋を貸してくれることになった。ダンジョンを作る方法はわからなかったよ。卵がマスターを選ぶそうだ。選ばれるかどうかわからないけど、気長に待つよ」
俺は革袋を見せながら、答えた。
「で、どんな訓練をしたんです?」
野草を仕分けしているジェニファーが聞いてきた。
「昨日と同じだよ。魔力を捨てて、周囲を見渡す。力の方向とかが見えすぎちゃって、体術を作ったかもしれない」
そう言うと、皆、なぜか引きつった笑いをしていた。
「ヘリー、今度、エルフの体術を教えてくれ」
「いいけど……、なんでだ? まだ強くなりたいのか?」
「いや、そうじゃなくて脱力って結構すごいことなんじゃないかと思ってさ。ただの興味」
「マキョーの好奇心は危険だゾ!」
「そうかなぁ……」
「別に力の使い方じゃなくて、力の抜き方が知りたいだけなんだから、それほど危険じゃないさ」
「そうだな。あとで教える。それより、シルビアとリパが帰ってきた」
ヘリーが指さした森の中から、シルビアとリパが現れた。
2人とも朝、訓練生を呼びに行ったはずだが、誰も連れてきていない。もしかして、魔境に来るような兵はいなかったかな。やっぱり俺が直接行くべきか。
「ダメだったか?」
「い、い、いや、12名ほど来るそうだ。人数が多いから、森の途中で今日は野営してもらってる。明日には来るはず」
「我々とは移動速度が違うんですよ」
そういえば、初期は丸1日かけて魔境の前の森を進んでいた。
「ついに明日、魔境に訓練生がくるのか……。楽しみだ」
軍の施設では、初めて見る鳥人族のリパが大人気だったそうだ。
「不思議と悪い気はしなかったですね」
「リ、リパは獣人には好かれるらしい」
魔物にも好かれるリパだから獣人にも好かれるのかもしれない。
「そ、そ、それからエルフの国から来たという手紙を預かってきた」
シルビアが手紙を渡してきた。
「中は見たか?」
「い、いや。宛先はマキョーだ」
「親書か?」
親書の内容はドワーフの技術者を連れていくなら、エルフの兵士も一緒に頼む、とのこと。さらに、俺が直接エルフの国までドワーフの技術者たちを迎えに来るよう要請してきた。
「見張り役ってことか?」
ヘリーに聞いてみた。
「それと、竜骨探しもだろう。欲深いことだ。しかもマキョーをどうにか罠にかけようとしているらしい」
「エルフの呪いは強力なんでショ?」
チェルが聞いていた。
「強力だが……、マキョーは少しくらい呪われた方がいいかもしれん」
「なんてこと言うんだ……!」
俺たちの様子を見てカリューが上下に揺れていた。