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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【攻略生活37日目】


 早朝、沼の畔で俺はひとり胡坐をかいて座っていた。

 昨日、チェルが言っていた魔力を消す練習をしている。へその下に魔力を集め、ゆっくりと動かすと、魔力が体内で循環し外には漏れないという。たったそれだけのことなのだが、とても難しい。

まず魔力をゆっくり動かすというのが、簡単じゃない。呼吸によって調整できるらしいのだが、危機に直面した時にそんな悠長に呼吸を整えてられるかという問題もある。

動かぬ水面を見ながら、息を大きく吸ったり吐いたりしていると、めまいがしてくる。空気を取り込みすぎなのか。強くやればいいというものではないらしい。

さらに魔力を丹田に集中させるだけだと、下腹部で魔力が高速回転して腹痛に襲われる。腹の中を空っぽの状態にして、練習した方がよさそうだ。

 夢で見た前世の記憶から瞑想するような体勢でやってみたものの、通常よりも魔力を意識しすぎるため流れに勢いがついてしまう。

チェルは子供の頃はできていて今はできなくなったらしいので、魔力量が増えると難しくなる技術なのかもしれない。


 集中すると周囲の音が聞こえてくる。

 

 ギョエギョエギョエ!


 遠くでインプが断続的に鳴いている。沼周辺でもヘイズタートルたちが盛っている。魔境の繁殖期は続いているようだ。

 チェルがパンを焼く音や大型の魔物が洞窟に近づく足音も聞こえてくる。特に誰も警戒していないようなので、知っている魔物だろうか。シルビアとヘリーが一言も発さなくなった。魔物は洞窟で立ち止まらず、坂を下りてこちらに向かってきている。


「俺に用か?」


 ひとまず、自分が呼吸で無意識に使っている肺周辺の筋肉を伸ばし、立ち上がる。

 振り返ると、入口付近を縄張りにしているグリーンタイガーが俺に近づいてきていた。


「なんだ? また子供でも生まれたか。まだ子育て中だろう。浮気でもしたのか」

 グリーンタイガーは俺の腕を甘噛みしてくる。眉間や顎を撫でてやると、べろべろ手を舐めてくる。ほとんど甘えてくる飼い猫状態だ。

「まぁ、お前がここまで来るということは入口で何かあったんだな? わかった。行くよ」

 グリーンタイガーと一緒に坂を上り、洞窟で肉を調達する。


「入口でなんかあったらしい。ちょっと見てくる。肉ならなんでもいいから少し用意できないか?」

「亀肉なら余ってますけど……?」

「ワニ園の餌が足りてれば、それでいい」

「だ、大丈夫。最近、太ってきてるから」

 シルビアは、今どうにかロッククロコダイルに運動させようとしているという。

 ジェニファーが大樽くらいある骨付き肉を渡してくれた。


 骨付き肉を持ってグリーンタイガーについていく。グリーンタイガーは丘の中腹に寝床を作って、子育てをしていた。親子に骨付き肉をやり、父グリーンタイガーと共に入口の小川へと向かった。


 小川に辿り着くと、猿の群れがギャーギャーと叫び声をあげ、対岸に向けて威嚇していたが、グリーンタイガーが俺と一緒に現れると、一斉に森に逃げていった。

 小川の対岸では、交易小屋にいるエルフの2人がずぶ濡れになって座っている。


「どうした? なにかあったか?」

「あ! 辺境伯!」

「すみません、どうにか渡ろうとしたんですけど、スライムに魔力を吸われて動けなくて……」

「なんか用があるんだな」

 グリーンタイガーを待機させ、じゃぶじゃぶと小川に入り、スライムに魔力を吸われながら渡った。スライム数匹では俺の魔力を吸って満足したスライムは小川へと戻っていく。これだけだと魔力が減った気がしない。

 小川を渡って立ち止まっている俺を見て、エルフの2人は訝しげに見上げていた。


「ああ、すまん。魔力を消す練習をしているんだけど難しくてさ」

「そう……ですか」

「で、なんかあったのか?」

「はい。エルフの国へ行った者たちが戻ってきたようで、辺境伯にも知らせたいことがあると、例の金髪の女兵士が言ってきました」

 そういや、軍の精鋭がエルフの国に行ってたな。

「内容は聞いてないのか?」

「ええ、我々なんかには教えちゃくれませんよ」

「そうか? お前らもエルフなんだからなんか知っててもいいような気もするけどな」

「え? いや、俺たちは奴隷でしたから、そんなに情報は……でも……」

「おい! やめとけって……」

 片方がなにかを言いかけて、相棒に止められていた。2人の側には水袋と魔石が転がっている。自分たちだけで、スライムを倒せるようになったらしい。

「なんだ? 別に仕事をちゃんとしているお前たちに怒るようなことはないぞ」

 そう言うと、お互いを見合わせてゆっくり立ち上がった。

「前にエルフの大使って奴が来た時に、辺境伯の動向を探るように言われました。もちろん、俺たちはそんなことしませんよ。エルフの貴族にはなんの恩もありませんし、つながりもない」

「ただ長年の奴隷生活で、威圧的な人間に委縮してしまって、適当に返事をしてしまったんです。すみません! たとえ、拷問されても辺境伯は裏切りませんから……」

「いや、いいよ。拷問される前になんでも喋っていい。裏切っても気にするな。いつでも自分が生き残ることに集中しろ。それが魔境流だ」

「そう言われると、余計に裏切れませんよ……」

「まぁ、正直に生きた方が気は楽だ。好きにしてくれ。俺は、もうお前たちをエルフの奴隷とは思ってない。魔境の番人だろ。仕事してくれるなら、いつまででもいてくれていいから。儲け話があったら教えてくれ」

「わかりました」


 水袋いっぱいに小川の水を入れてやり、俺は彼らが作った道を西へと向かった。

 訓練施設への道は、森の中ほどまで伸びていてエルフの2人の仕事ぶりがうかがえる。もちろん、石畳ではなく雑草を刈って均しただけの道だが、石や岩が埋まってるわけでもなく、馬車で通れそうだ。


 訓練施設の近くに、ちょうどサーシャたちの一団がいた。ついでに案内してもらおう。


「よう。元気?」

「辺境伯! 昨日、呼びに行って、今戻ってきたところなんですけど、もう来たんですか?」

 1日がかりで俺を呼びに来ていたらしい。

「もう来た。魔境の番人が道作ったんだから、ちゃんと使った方がいいぞ」

「あの道を使っても、普通はこのくらいかかるんです! 馬も使ってないんですから。辺境伯みたいにその辺を散歩するような格好でこの森は抜けられないんですよ」

 そういえば、そうだったような気もする。馬を使ってないということはそれほど緊急でもないのか。

「で、エルフの国に行った奴らが帰ってきたんだろ? どうだった? ドワーフの技術者は来てくれそうなのか?」

「それは隊長に直接聞いてください」


 とりあえず、サーシャたちと一緒に訓練施設へと向かう。皆、ちゃんと鉄の鎧を着て動き難そうだ。魔物が出てきたらどうするつもりなんだろう。俺はと言うと、ハーフパンツにサンダル。確かに、その辺を散歩するような格好だ。


「あ、そういえば、靴が壊れちゃってさ。支給品を売ってくれないか?」

「施設に行ったら、差し上げます。辺境伯はもう少しわがままを言っていいんですからね」

「じゃあ、領民を寄こしてくれない?」

「それは、ちょっと……」

「だよなぁ……」

「辺境伯は普段何をされてるんですか? あ、失礼しました! つい口が滑って……」

 唐突に、サーシャ以外の兵士が聞いてきた。サーシャ以外は口を聞いてはいけないみたいな規則でもあるのだろうか。

「いや、気軽に聞いてくれると嬉しいよ。普段かぁ……、先日はダンジョン探索して死にかけてさ。今は魔力を消す方法を練習してるところ。これ、意味わかる?」

 自分で言いながら、わけのわからなさに、兵士たち同様、困惑してしまう。

「いや、ちゃんと過去にいた王族の探検家の遺体を見つけたりもしているよ。どうすれば魔境で軍の兵士たちが訓練しやすいかな、とか考えたりして道を作ったりね」

「魔境に訓練施設を作ってくれるんですか!?」

 魔境に訓練施設ができると聞いて、兵士たちがどよめいた。

「でも、ちょっと人を選ぶのかもなぁ……」

 兵士たちの全然、汚れていない鉄の鎧を見て、魔族の貴族たちを思い出した。


「なにか技術が必要ということですか?」

「いや、技術よりも覚悟とかだと思う」

「覚悟なら、皆ありますよ! ねぇ!?」

 サーシャが仲間たちに聞いていた。兵士たちは全員頷いている。

「魔境で訓練してきた、なんて言ったら、軍の中でも名が上がりますから」

「功名心か……」

 魔境の住人の中にはいない気がする。やはりすべてを捨ててでも生き残ろうとする気持ちか。

「……難しいもんだな」

 サーシャたちと会話をしていたら、いつの間にか訓練施設に辿り着いていた。


 交易の小屋ではなく、施設の応接間に通された。

「すまない。いろいろ無駄な報告が多くて面倒なんだ」

 座って待っていると、隊長が言い訳をしながら書類を抱えて応接間に入ってきた。

「マキョーくんが来てくれて助かったよ。これで邪魔が入らない」

「忙しいみたいですね。後日にします?」

「いや、魔境関連の報告が遅れているという催促や、魔境との取引の申請書に嘆願書ばかりだ。マキョーくんの来訪が最優先事項だよ」

「そうですか。すみませんね。いろいろ迷惑をかけてしまって」

 おそらく隊長が持ってきた書類の束は、本来、俺が目を通さないといけないものなのだろう。隊長が窓口となって引き受けてくれているのだ。

「いや、これくらいはさせてもらいたい」

 お茶と一緒に、俺の新しい靴がきたところでようやく本題に入る。

「それで、エルフの国からの回答があったとか……」

「ああ、ドワーフの技術者だね。マキョーくんが協力してくれれば可能だと言っていた……。ただし、交換条件としてヘルゲン・トゥーロンという犯罪者を要求された。知り合いかい?」

 ヘリーの本名だ。

「残念ながら、ヘルゲン・トゥーロンという者は死んでます」

「小川の対岸で生きている姿を見たものがいるらしいんだけど……」

「うちにいるのはヘリーというエルフの魔道具師だけです」

「そうか。わかった」

 隊長はこちらの意思を汲んでくれて、書類に「死亡:魔物に捕食される」などと書きこんでいた。

 しかし、交換条件か。外交だから当たり前なのだろうが……。

「他に交換条件はありますか?」

「竜骨という素材に心当たりは?」

 ヘリーが言っていた気もするが、知らない。

「竜の骨ですよね。ワイバーンの骨くらいならすぐに用意できるんですけど、ドラゴンは今のところ見てないんですよね。コドモドラゴンや火吹きトカゲとかもいるんですけど」

「武具の素材として優秀なんだそうだが、イーストケニアの武具屋も知らなかった。珍品なんだろうね」

「古代じゃ、竜骨より魔法陣の方が使われていたみたいですよ……」

 そう言って、俺はここ最近の探索について隊長に報告しておいた。


「そうか。先祖の探検家はダンジョンで死んだか。引き続き探索の方を優先で頼むよ」

「はい。あ、それから、ある地域から魔力が枯渇するような現象って記録されてませんかね?」

「魔力が枯渇?」

「魔境では何度かあったみたいなんですよ」

 そもそも隊長は地中に魔力があるというのも知らなかったらしい。クリフガルーダの大森林のような地域がなければわからないことなのかもしれない。


「竜骨じゃなくても魔物の素材、特に今はワニ園を作っているので、ロッククロコダイルの固いワニ革なら定期的に交換できると思うんですよ」

「わかった。向こうにはそう言っておく。魔境で必要なものはあるかい?」

「靴は手に入ったので、やはり領民ですね」

「領民かぁ」

「ええ、今作ってるのは訓練施設というか魔境でのサバイバル場のようなものなんですけど……」

「軍としてはありがたいな。問題があるのかな?」


 俺は魔族のカジュウ一族を呼んだ時のことを話した。貴族たちが魔物を狩れなかったこと。船員のピートがフィールドボアの子供を倒したことなどだ。


「……つまり、魔境では命の取り合いをしているのに、自分が鍛えてきた技や魔法を見せつけようとする連中には向かないということかい?」

「そうですね。魔境の魔物に自分が対応するのであって、自分の優れている技を魔物の固い毛や殻に当てても効かないじゃないですか。観察して判断して弱点を突くって魔物を倒す時に当たり前のことですよね」

「確かに、難しいことは言ってないけど、やるのは難しいよ」

「でも、魔境なんで、やらないと死ぬんですよね。魔物は他の地域と違いますから、観察しないと対応できません」

「常識に囚われていると、ただただ驚いている間に死んでしまうのか」

「そうですね。いろいろ捨てられる船員さんの方が対応できてました」

「訓練をして経験を積みあげてきた兵士よりも、その積み上げてきた経験と戦える者の方が向いているのかもな。わかった。こちらもそういう兵士を選んでおくよ」

「頼みます」

 隊長も書類をテーブルに置いて、すっかり考え込んでしまっている。


 コンコン。


 ノックの音が応接間に響いて、ドアが開いた。

「隊長、辺境伯、エルフの国に行った精鋭たちがこちらの施設に向かってきているそうですが、お会いになられますか?」

「いや、いい。今、彼らがマキョーくんに会っても意味がないことがわかった」

「そうなんですか?」

「ああ、精鋭と言ったって軍の中の話さ。井の中の蛙に大海の鯨が会う必要なんてない」

「では、ここら辺でお暇します。靴、ありがとうございます」

「うむ、気をつけて」

 

 サーシャに見送られ、俺は魔境に帰った。


 洞窟に戻ったのは昼過ぎだったが、ヘリーは起きていた。


「すまん。ヘリー」

「どうかしたか?」

「なりゆきで、ヘルゲン・トゥーロンを殺した」

「え!?」

 座ってシルビアの武具づくりを手伝っていたヘリーが立ち上がった。

「エルフの国からドワーフの技術者との交換条件としてヘルゲン・トゥーロンの引き渡しを要求されたけど、死んだと断って交換条件を別に立てた」

「……そうか」

「悪いけど、これからは魔境の魔道具師・ヘリーしかいないから」

「わかった。……ちょっと、風呂を掃除しに行ってくる」

 そのままヘリーは坂を下りて、沼の畔にある露天風呂に行ってしまった。


「大丈夫なんですか」

 ヘリーを追いかけようとしたジェニファーを、シルビアが止めた。

「ひ、ひとりにしてあげて」

「でも! 泣いていたように……」

「名前が、呪いになっていることもあるんだヨ」

 魔族のミシェル様ことチェルが言った。


「泣かせた責任はマキョーにあるしネ」

「領民が行きたくない場所になんか行かせるつもりはない。帰りたくなったら、勝手に生き返って帰ったらいい」

「無茶を言う。いや、ゴーレムとして生き返った私が言っても仕方がないな」

 カリューはそう言って空を見上げ、震えていた。それを見て、皆も笑っている。


「夕飯、狩ってくる」

「僕も行きます!」

 俺はリパを連れ、北西の森へと向かった。




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