【攻略生活36日目】
起きたのは深夜になってから。
ずっとヘリーは起きて、焚火の番をしていたらしい。
「起きたか?」
「ああ。襲われなかったか?」
「大丈夫だ」
「私たちは妙なものを見たよ」
カリューが俺に顔を向けてきた。
「マキョーは寝ながら魔力を取り込むのだな。息をするたびに、周囲の魔力を取り込んでいくように感じた」
普段はそれほど魔力を使うわけではないし、部屋も別なので気づかなかったようだが、俺の寝ている姿は異様に見えたらしい。意識のない時のことなど、俺にはどうすることもできない。
「全快か?」
ヘリーに聞かれ、伸びをして自分の身体に魔力を放ち全身の状態を確かめる。いつも通りだ。細かな傷もない。
「問題ない。しいて言えば、靴が壊れてることくらいだ。どうにかしないとな」
底の抜けたブーツを見せた。いい加減替え時かもしれない。革の鎧もボロボロだ。魔境生活で酷使しすぎた。
夜型のヘリーは俺の様子を半目で見ていた。夜型なのに、日中ずっと起きていたので眠いのだろう。
「寝ていいぞ。朝から動こう」
「よかった。いつものマキョーだ」
そう言ってヘリーは俺に背を預けて眠り始めた。
「そんなに心細かったのか?」
「マキョーが魔力切れなんて初めて見た、と不安そうにしていたよ」
俺が寝ている間、カリューと二人で見守ってくれていたようだ。
「そうかもな。俺も調子に乗って、いろいろやりすぎた。辺境伯になっても、所詮は冒険者としては一番下のランク。できることは少ない」
俺はブーツの底に張るものを探した。日が出ているうちに砂漠を裸足で走れば火傷する。森に入れば尖った石が突き刺さる。靴底は大事だ。
素材を探そうと思ったが、夜で周囲は見えないし、俺が動くとヘリーが起きてしまう。
「少し落ち着いていい。ダンジョンの外まで魔法陣が追いかけてくることはないさ」
カリューがパチパチと爆ぜる焚火に枯れた植物をくべた。
火を見つめていると考えることが多い。今までは魔力で押せば、どうにかなるようなことばかりだったが、ダンジョンではその魔力が命取りになる。軍基地のダンジョンとも交渉が必要だろう。
「そうだな。つくづくカリューがいてよかったよ」
「それを言いたいのはこちらの方だ。ユグドラシールが、いや、この魔境が、この時代にマキョーに会ってよかったと思う」
「そうかぁ? 大層な者じゃないと思うけどな」
そう言って、俺は干し肉を炙って食べ始めた。寝ていたから、腹が減って仕方がない。
靴底に何を使うか考えつつ、魔力を消す技を試行錯誤する。
魔力は血液のようにずっと体の中を流れている力だ。その流れを止めると詰まってしまう。拳で魔力を止めれば、魔力が拳に詰まって放出される。全身の魔力を込めれば、魔力が体外へと溢れ出てくる。
これだと、また魔法陣が作動して、昨日と同じことを繰り返すことになる。
「どこかに魔力を溜め込む器官があればいいんだけど……。魔族はできるのかな?」
体内に魔石を持つ魔族なら、魔力を消す技術を知っているのかもしれない。チェルも連れてくればよかった。いや、ゴーレムも同じか。
「カリューはどうやって身体の形を変えているんだ?」
「魔力の流れを変えているだけだが……」
「ちょっと詳しく教えてくれ」
カリューはそもそも本体が鉄のキューブなので、自在に魔力の流れをコントロールできるらしい。生身の俺は勝手に流れてくれる機能があるが、ゴーレムにはないのだとか。
「じゃあ、もっといろんな形になれるのか?」
「いずれはできるようになると思うが、やはり人の形が一番馴染むよ」
「俺も形を変えるつもりで、魔力の流れを変えてみるか……」
試しに、四肢に流れる魔力を止めるのではなく、流れを変えるイメージで循環させてみる。四肢に流れる魔力が減り、高速で魔力が循環し始めた気がした。
「マキョー! なにをやってるんだ!?」
カリューが俺を見て、ちょっと引いている。
「いや、魔力を消す練習だよ。身体の奥が温かくなってきた気がする。ヤバいかな?」
「砂漠の夜は寒いから、大丈夫かもしれないが、魔力しか感じ取れない私には急に四肢が切り落とされたようにみえるぞ」
「そう。そんな感じで試してるんだ。もっと小さくできるかもしれない」
四肢に伸びる細かい管のような魔力の流れをすべて切り、頭部への流れも止めて、胸の辺りで循環させると、心臓の音が聞こえそうなほど脈拍が強くなった。いつの間にか呼吸も荒くなっている。
さすがに危険な気がするので、一度、魔力を口から空に向けて放出する。
魔力だけなのに、光り輝き、夜空に柱が一瞬伸びた。死に際のゴーレムの攻撃に似ている。
「おい! マキョー、大丈夫か!?」
「大丈夫だよ。心音が聞こえてきたから、ヤバいと思って吐き出しただけだ」
「吐き出したって……。せっかく回復した魔力は?」
「まぁ、ちょっと減ったくらいだ。もう回復してる」
「それなら、いいけど……」
「練習だからうまくいかないことだってあるさ。でも、カリューはちょっと離れていた方がいいかも」
「そうだな……」
カリューは俺を見て、思いっきり引いている。
「もしかして魔力って、結構呼吸が大事なんじゃないか?」
「確かに、長く詠唱を唱える魔法使いは深くゆっくり息をしていた」
「それだよな。ゆっくり魔力を流したいんだけど……。胸で循環させない方がいいのか」
何度か光の柱をぶち上げ、いろいろと試しているうちに夜が明けていった。
明るくなってくると周囲が見え始め、魔物が集まってきていたことに気が付いた。
ほとんど中型のサンドコヨーテやハゲタカの魔物で、光の柱を見て戦闘があったと思い、おこぼれにあずかろうとしている連中のようだ。
「ふぁ~あ……」
ヘリーが起きた。
「おはよう」
「おはよう。マキョー、なにかやっていただろう? 妙に身体が温かい」
「すまん。ちょっと魔力を消す練習をしていた。魔物も寄ってきたから、朝飯にするか?」
「うん。それがいい」
ヘリーの返事を聞いて、魔物に距離を詰め、魔力を込めた手刀でさっくり首を落とした。ずっと魔力をコントロールしていたからか、動きによどみがない。
それを見て、魔物たちはあっさり逃げ出してしまった。
朝飯はハゲタカの串焼き。だんだん野草のスープが恋しくなってくる。
「皮は靴底にしようかな」
「防御魔法の魔法陣を描こうか?」
「頼む。今日のうちに帰りたいからな」
「ああ、そういう可能性があるのか」
飯の後、拠点だった場所に砂をかけて、谷へと向かう。
集めた魔道具と鞄を拾い、襲ってきたスライムから魔力のキューブで、あっさり体内の魔石を抜き取る。昨日とは違う動きにスライムも対応できていなかった。
竜人族の探検家たちを掘り起こし、霊媒術が使えるヘリーが事情を聴取。その間、俺は靴底になりそうな植物の皮を探した。革ひもを通し、サンダルにする。破れてもいいようにいくつか作った。
竜人族の探検家たちは400年前、魔境を探索した王族の一団らしい。P・Jたちよりも前に魔境を探検したのか。
「『強さに溺れ、万能であると勘違いする。ここは魔境だ。ゆめゆめ忘れるな』と言っていたよ」
「そうだな。俺も身に染みたよ」
「それから、1000年前にミッドガード移送後の内戦について、痕跡をいくつか発見したらしい」
「やはり内戦があったか……」
カリューは寂しそうに言った。
「この枯れた植物もその影響だそうだ。封魔の一族はその内戦で逃げ出したのだろうな」
「そうか」
「錆びてはいるが『剣や防具を持っていけ』とも言っていたけど、どうする?」
「ありがたく貰っておこう。錆を落とせば役に立つかもしれない」
竜人族の死体を漁り、村の端に丁寧に埋めた。ヘリーが祝詞を唱え、安らかに眠らせていた。俺も黙祷しておく。
荷物をまとめ、ヘリーに抱えさせる。カリューも荷物の中だ。
俺はヘリーを背負子に乗せて、一気に砂漠を駆け抜ける。
日が出ている時の砂漠の砂はものすごく熱い。サンダルを履いていても、低温火傷したように赤く腫れた。
回復薬を塗り、破れたサンダルを捨てて、サンダルを履き替える。
森に辿り着いたら、川で足を冷やしながら進んだ。石や魔物の棘などでサンダルは破けていった。5つサンダルを履き替えたところで在庫切れ。
その辺の木の葉と蔓で足を覆い走り始めるも、すぐに破けた。足に魔力を込め、全てを踏み抜くつもりで走ってみたが、岩が割れるばかりでなかなか思うように進めなかった。
ゴールデンバットが飛んでいたので、足を掴んで滑空できないか試してみたが、重すぎて無理だった。
巨大魔獣の踏み跡付近まで来ると、魔物たちもこちらを知っているのか襲ってくるようなことはなくなる。カミソリ草やオジギ草など植物に気をつけてさえいれば、裸足でも走れるようになった。
昼休憩を挟み、夕方近くになってようやくワニ園が見えてきた。
ちょうどシルビアが餌やりをしていたところだったので、一緒に帰る。
「く、靴、どうした?」
「ダンジョンに取られた。ダンジョンを見つけたけど全然中は入れなかったよ。久しぶりに魔力切れを起こしたし。やっぱり人間が考える罠は恐ろしいな」
「マキョーが魔力切れを起こすなんて俄かに信じられないだろう? でも、本当だ」
背中のヘリーが説明した。
洞窟の前では、相変わらずジェニファーが野草のスープを作り、チェルがパンを焼いている。
「ただいま。腹減ったー!」
「おう、おかえり。なんで裸足なんだヨ? 流行り?」
「ダンジョンに持っていかれたんだよ」
「なんだ? 失敗したのカ?」
「ああ、大失敗だ。魔道具はたくさんあったし、竜人族の探検家の死体も見つけたけどな。魔力の消し方を教えてくれ。このままじゃダンジョンに入れない」
「いいヨー」
チェルは軽く言う。
「とりあえず、発掘してきたものを仕分けして保管していきましょう」
ジェニファーが荷物を下ろして、仕分けしていく。ヘリーがシルビアに魔道具の効果や使い方の予想を教えていた。
「リパはどうした?」
「今、アイスウィーズルを解体中だヨ」
話をしていたら、ちょうど血だらけのリパが戻ってきた。
「あ、おかえりなさい! ちょっと血を落としてきます!」
リパが沼へと向かったので、俺も回復薬の塗り薬と布を持ってついていった。
「こっちまでアイスウィーズルが来たのか?」
旅の汚れを落としながら、リパに聞いた。アイスウィーズルはもう少し北に生息している魔物のはず。
「いえ、走る練習して狩ってきたんですよ。自分で狩った魔物くらい解体したくて。それに柔らかい部位とかがわかれば、次遭った時に対処しやすいですから」
「相変わらず修行してるな」
「いやぁ、へへ。チェルさんが道を作ったので、これから新しい人が入ってきた時に恥ずかしくないように。空飛べるだけじゃ、魔境ではやっていけませんから」
リパはいい教育係になるかもしれない。
それに比べてチェルと来たら……。
「丹田で回せばいいんだヨ。ほら、アレ?」
夕飯のあと、魔力を消す方法を教えてくれたのだが、本人もできていなかった。
「前はできてたんだけど……。どうして? ハァッハァッハァッ!」
呼吸困難になりそうだったので、背中を叩いておいた。
「呼吸は大事なんだな?」
「そう……なんだけど、なんでだ?」
結局、チェルはできていたことができなくなったことがショックだったようで、俺と一緒に魔力を消す方法を練習することになった。