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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【攻略生活35日目】


 早朝、起きて伸びをすると、カリューがすぐ側に座っていた。焚火では串に刺さった肉が炙られている。野草のペーストが塗られているのか、食欲を刺激する香りがする。

「おはよう。いい匂いだな」

「おはよう。ヘリーが用意していたのだ」

「ヘリーは?」

「井戸の水を汲みに行くついでに散策だそうだ。クロスボウも持って行ったから大丈夫だとは思う」

 カリューがそう説明していたら、ヘリーが谷を登って戻ってきた。

「起きてたか。おはよう」

「今、起きたところだ。水は汲めたのか?」

「いや、枯れている。水を集める器具のようなものはあったが、劣化して植物に侵食されていた。その植物も枯れていたが……」

「魔物はいたか?」

「いや、はっきりとは見つけられなかった。不自然な水たまりがあったから、スライムがいるのかもしれないってことだけだ」

 スライム程度なら、大丈夫だろう。

「飯食って、ダンジョンを探そう」

「うん。肉もいい感じに焼けてきた……」

 ヘリーはクロスボウと水袋を置いて、串に手を伸ばす。

「すまん。見えないし、嗅げないので、焦げているのかはわからなかった」

 カリューは謝っていたが、串焼きはしっかり火も通っていて美味しかった。脂が滴る音だけを聞いて焼いたとしたら、カリューはイメージする力が強いのだろう。

 カリューの身体には魔力をたくさん込めておいた。


 簡単な朝飯を済ませて、谷へ下りる。

 谷底には通りが伸びていて、両側に工房と思しき岩をくりぬいた建物が並んでいる。どの建物も植物に侵食された跡が残っていて、ほとんどが半壊していた。

 崩れてくる建物に注意しながら、一軒ずつ探索を開始する。

 工房というくらいだから、金槌や鑿、羊皮紙などがあるかと思ったが、ほとんどなにもない。家具のタンスや椅子、テーブルなどが壊れて、苔が生えているくらいだ。

 ところどころに井戸もあったが、中はすべて枯れている。近くに布と竹がまとめられて朽ちていた。それで湿気が多い日は空気中の水分を集めることができるのだと、ヘリーが教えてくれた。

「よく知ってるな」

「いや、私も過去の文献で見たことがあるだけだ。時々、エルフの国でも井戸が使えなくなったり、枯れた地域で使われていたらしい」

「へぇ~。使い方はわかるか?」

「早朝に布を広げて、バケツを下に置いておくだけだ。それほど水を採取できるわけではないから、本当に水が枯れたのだろう」

「植物に侵食されたのは、人がいなくなってからか……」

「どうだろうか。それを確かめよう」

 侵食していた植物は蔓の植物で、カム実に似ている。ただ、大きく育つようで、俺の胴体よりも太い蔓が枯れていた。谷の奥は植物に飲み込まれたように見える。

 魔力を込めたナイフでサクサク切っていくと、水たまりに擬態していたスライムが襲い掛かってきた。


 トシュ。


 ヘリーは正確にスライムの魔石にクロスボウの矢を当てて倒していた。

「前より精度が上がってるんじゃないか?」

「暗いなか練習はしてるのだが、なかなか披露する機会がない」

 そう言って矢を魔石から抜いていた。


 枯れた蔓を伐採し、退けていくと裏道を発見。これまで見てきた工房とは違い、棚に魔道具が残っていた。

「商店か」

「これ、中身が冷たくなるコップだ」

 ヘリーがカリューにコップを持たせようとして断られていた。

「凍った腕を直すのは面倒なのだ」


 棚には生温い皿もあった。おそらく保温性がある皿なのだろうが、陶器なのに人肌のぬくもりがあってなんだか気持ちが悪い。

 他にも魔力を込めると加熱する板や振動する曲がった棒などもあった。

「マッサージ器かな」

「それ以外では使いたくないが……」

 心地よい風が吹く箱や徐々に温かくなっていく鍋などもある。

「日用品はありがたいな」

「100年前に見つけていれば、P・Jたちも大金持ちになれただろうに」

「確かに。でも空飛ぶ魔法陣は見つけていたようだから、単に金儲けが目的じゃなかったんだろう」

「マキョーはどうする?」

「金儲けは目的の一つだから、持って帰ろう」

とりあえず棚にある魔道具は一通り持って帰ることにした。


「ダンジョンはおそらく奥の方なんだが……」

「崩れてるな」

 商店を出て、奥に目を向けると崖崩れで道が埋まっていた。

「掘るか。突然ゴーレムが現れるかもしれないから離れておいてくれるか?」

「わかった」

 ヘリーたちが井戸の方まで下がったのを確認してから、ソナー魔法で崩れた個所を探る。

 どうやら巨大なサンドワームが暴れた跡らしく、死体が埋まっていた。さらに人骨もいくつかあるようだ。

 特に何かが襲ってくるような気配はないが、水と魔石がいくつかある。もしかしたらスライムが眠っているのかもしれない。

 魔力のキューブで、瓦礫を引き抜いてどんどん掘り進める。サンドワームの中身はすっかり砂と岩になり、死体は抜け殻のようになっていた。

 口には幾何学模様が描かれた扉が挟まっていて、どうやらドーナツ型の窪みもしっかりついていた。

「完全に扉が横になってるけど、ダンジョンの入口で間違いないみたいだな」

 井戸まで戻って、ヘリーたちに報告する。

「そうか。マキョーには悪いとは思ったんだが、暇で少しだけ霊媒術を使ってみたのだ。埋まっている人骨は、竜人族の探検家のパーティーのようだ。それから封魔一族はここから逃げ出している」

「そんなことまでよくわかるな」

「残留思念と足跡が残ってたからわかりやすかった。それよりこんな短時間で、ダンジョンまでの穴を空けるマキョーの方がすごいのだ。もう少し自覚してくれ」

「お互い足りないものほど偉大に感じるだけだろ」

 ヘリーもカリューも俺を見て、大きな溜め息を吐いていた。ゴーレムでも溜め息はわかるのがおかしかった。だんだん、一緒に生活しているうちに、仕草まで似てくるのか。


「周囲を警戒しつつ、一旦、ダンジョンに乗り込むか。案内役もいないみたいだし」

「了解」

 ヘリーはクロスボウを手に、俺の後ろに付いた。

「私は安全の確認が取れるまでここで待つ。竜人族の探検家も罠にやられたようだから」

「そうなのか?」

 ヘリーに聞くと、頷いて返してきた。

「ダンジョンで全滅したらしい。迷うと死ぬとのことだ」

「気ぃ引き締めないとな」

 俺はマスクと軍手を嵌めて、いつでも魔力のキューブを放てる状態で、穴へと向かった。ヘリーは俺を盾にいつでもクロスボウを放てるようにしている。

 

 ゆっくり進み、穴の最奥へと到達した。扉に雷紋の模様が描かれたドーナツ型の石を嵌め、魔力を込めて回す。

 扉が青白く光り、ダンジョンが開いた。

 

 中は真っ暗だったが、入った瞬間に明かりが灯ったように、天井が明滅し周囲を照らした。

見回すと封魔一族の村と同じ谷だった。ただ、左右が反転し、建物はどこも崩壊していない。スライムのような魔物の陰はあるものの建物に引っ込んでしまった。


『魔力感知……』

 女の声が聞こえてきた。

 声に呼ばれるように一歩、踏み出した瞬間、地面の砂が動き始め、きれいな砂絵のように魔法陣が描かれた。



 トシュ。


 振りむけばヘリーがクロスボウの矢を放っていた。スライムに当てるつもりだったようだが、建物に当たる。通常なら突き刺さるか地面に落ちる矢が、こちらに向かってものすごい勢いで跳ね返ってきた。

 飛び退こうとするも、足が地面から離れない。靴が凍っている。

 拳に魔力を纏わせ、飛んできた矢の方向をずらして躱し、ヘリーの頭を押さえた。矢は入口の向こうへ跳んで行った。


 ビィイイイイ!


 谷に警戒音のような音が鳴り響き、空中に炎の槍が無数に現れた。

 空気が薄くなるような熱気が襲ってくる。

 足に魔力を全力で込めると、全身の魔力が地面に吸い取られるような感覚があった。

 それでも無理やり俺は勢いをつけて、靴底を引きはがしてヘリーを抱えて飛び退いた。


 自分がいた場所に炎の槍が雨のように降ってくるのを見ながら、俺たちはダンジョンから出た。


「あぶねぇ。なんちゅう罠を仕掛けてんだ」

 ダンジョンを出ると、視界がぐらつく。魔力切れを起こした時のような頭痛もする。

「マキョー、大丈夫か!?」

 ヘリーが俺を支えた。

「無事か、マキョー? 魔力が極端に減っているぞ」

 頭に矢の刺さったカリューが走り寄ってきた。


「ダンジョンに魔力を吸い取られたらしい。久しぶりの感覚だ」


 破けた靴を脱いで、裸足で地面を歩く。

ヘリーに支えられながら穴から出ていくと、ダンジョンの近くに埋まっていたスライムが飛び出してきて、襲い掛かってきた。

ヘリーは冷静に俺をカリューに預け、クロスボウで対応していた。

ただ、魔石まで矢が届かずにスライムの身体に取り込まれている。ナイフを取り出して魔力を込めてみたが、それほど効果があるとは思えない。

じりじりとスライムが迫ってくる。

カリューが俺から離れ、ヘリーの前に出て、頭部の口を大きく開けた。全ての魔力を放つようなゴーレムの攻撃を思い出した。


「やめろ!」

 俺は咄嗟に叫び、カリューに肩からぶつかって倒した。

 スライムにはナイフを投げつけて、牽制しつつ前へと進む。

「ヘリー、打ち続けろ!」

 ヘリーは矢を放ちながら、移動していく。

 スライムが矢を取り込むのに、若干時間がかかるので、どうにか逃げ出せた。

カリューに背負ってもらい、ようやく谷から這い出して、拠点へと戻った。

急いで干し肉を食い、水を飲みんで、深呼吸をしながら身体を落ち着ける。


「とりあえず生きているな。すまぬ。まさかそれほど罠が仕掛けられているとは思わなかった」

 カリューが落ち着いた俺を見て言った。

「命からがらだ。一歩目から、囚われていた。靴を捨てないと死んでたな」

 不思議と笑みがこぼれる。これが封魔一族からのメッセージか。『ダンジョンに入れば殺す』とは軍事基地よりも穏やかじゃない。封魔一族は何と戦っていたのか。封魔一族が遺跡の護り人か。


「あの炎の槍は自分たちを魔力のキューブで守れば防げなかったか?」

「あの時点で空気が薄く感じた。どのくらい続くかわからない攻撃を狭い魔力のキューブの中で耐えられると思うか? それにいつの間にか俺は足から魔力を吸い取られていたんだ。逃げの一択だったよ」

「そうだな。でも、どうやってダンジョンに入ればいいのだ? 魔力を使わないとダンジョンの入口は開かないし、『魔力感知』と言っていたくらいだから、魔力があれば一斉に攻撃してくるなんて……」

「俺が扉を開けて、ヘリーだけ中に入るか?」

 そう提案してみたが、ヘリーはダンジョンの罠を見たせいで不安そうな顔をしている。

「封魔の一族には自分の魔力を抑える能力があったはずだ。魔道具を作るか、そういう技を身につけた方がいいかもしれない。一人で乗り込んでいたら、どうなったか考えた方がいいんじゃないか?」

 カリューの提案は尤もだ。

 竜人族の探検家たちも数人のパーティーで乗り込んでいた。一人は危険すぎる。


「カリュー、あんまり魔力を投げ出すような攻撃はしないでくれ。せっかく、1000年前の騎士と出会えたのに、すぐにいなくなられると困る」

「そうだな。騎士だからか、何かを守るならすべてを懸けたくなってしまう。これほどマキョーがやられているのも見たことがなくて戸惑ったのだ」

「私もないよ」

 2人とも俺を心配してくれているらしい。

「魔境に来た当初は、毎日死にかけていた。ある程度、魔境には慣れたつもりでいたけど、過去からの明確な敵意には弱いみたいだ」

 魔物や植物には対応できても、人が敵に向けて作った罠に対応できるか、と言われると難しい気がする。数手先なら読めても、幾重にも張り巡らされた罠に対応してこなかった。

 竜人族の探検家が死ぬのも納得してしまう。


「魔力を自在に抑えるか、難しいことを言うよ。封魔の一族は……」

 未だ、昼にもなっていないというのに意識が飛んでいく。ヘリーに背中を預けながら、俺は眠ってしまった。



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