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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【攻略生活34日目】


 翌朝、西の森が騒がしかった。

 おそらく巨大魔獣の踏み跡、近辺だろう。ずっとインプの鳴き声がしているので、インプの繁殖期のようだ。

 家から距離もあり、沼のヘイズタートルたちもあくびをしたり、甲羅を乾かしたり、交尾をしているので、こちらには大した被害はないだろう。

 ただ、インプを捕食する大型の魔物が迷ってこちらに来た時のために、考えていた罠をそれぞれ仕掛けることにした。


「次は植物園のダンジョンか、研究所のダンジョンがいいと思うのだが、ミッドガードに近い場所は避けた方がいいだろうか?」

 カリューが両手を広げて聞いてきた。両手を広げることが、『魔力をくれ』という合図になっている。ゴーレムのコアは胸部にあるが、俺はなんとなくカリューの腹から魔力を入れることが多い。

「そうだな。こちらの生活に邪魔じゃなければ攻撃しないように、向こうの生活を好んで脅かすことはしないのが普通かな。それほど時間が迫っているわけでもないし、他の有名なダンジョンがあれば、そっちにしよう」

「うむ、それだと少し遠いがいいか?」

「どこら辺だ?」

「南東にある封魔一族の村はどうかな。魔法陣も多いと思うし、ヘリーが作る魔道具の助けになるのではないかと思うのだが……」

「いいかもしれない。なにか危険性があるのか?」

「ゴーレムの私は近づけないかもしれない。魔法陣の影響を受けすぎてしまうから」

「なるほど。じゃあ、離れたところにテントでも張って、2泊くらいする気持ちで行ってみるか。皆、どうする?」

 振り返ると、チェルはパンを焼いて手を振っていた。

「私は道づくりが残ってるから今回はパス。ダンジョンの入り方はマキョーに教えたし、大丈夫でショ?」

「大丈夫だけど、チェルが真面目に仕事するなんて雹でも降ってくるんじゃないかと心配だな」

「生焼け食わすゾ」

 まだ焼けてないパンを見せながら言ってきたので、謝っておいた。

「ジェニファーは?」

「私はチェルさんを手伝います。マキョーさんのスピードについていくよりも、よほど楽ですから」

「あ、僕もです。空を飛ぶよりも地上を走る訓練をしないとついていけません」

 空飛ぶリパを引っ張って喉をカラカラにしたからトラウマになっているのかもしれない。

「シルビアは?」

「わ、私は……、是非とも行きたいのだけど、ワニ園のロッククロコダイルが心配で。で、でも、ヘリーと二人だけだと……。マ、マママママキョー、ヘリーを襲うなら、こっちでやってくれないか?」

 シルビアは普段の吃音と違い、顔を真っ赤にして興奮している。

「なにをフガフガ言ってんだ!?」

「マ、マキョーに、せ、性欲はないのか?」

「はあ!?」

 朝からシルビアは何を言ってるんだろう。いや、夜型はずっと起きてるのか。

「こ、この、この、この前……」

どうやらこの前、俺がヘリーを抱きかかえて部屋に運んだことを未だに気にしているようだ。貴族ってのは性教育を受けてないのか。


「いい機会だから皆にも言っておこう」

 ちょうど朝飯時なので、魔境の住人は全員焚火の近くに集まっていた。

「俺は魔境の領主だし、皆に気を遣わないし、別に皆も俺にそんな気を遣わなくてもいい。言いたいことがあれば言えばいい。やりたいことがあればやったらいい。そうしてきただろ?」

 全員、俺が無理強いしてきたことを思い出そうとしているが、すぐには思いつかないらしい。チェルが「昨日……」と言いかけたので、遮るように続ける。

「ただ、人それぞれバイオリズムが違うから、イライラしたり、性欲が強くなったり、腹痛の日もあるだろう。そんなときに無理して怪我したらバカみたいだから休んでいい。だから、今日はやけに興奮しているシルビアを休日にする。俺ができる気遣いなんてこの程度だ。ジェニファー、ハーブティーか良い匂いのする風呂にでも入れてやってくれ」

「わかりました。インプの魔石もいいですよ」

「それから、一応、当たり前のことを言っておくと気のない奴に寝床に入られて、いい気になるような奴はいない。男女や種族問わず、セックスってのは基本的に二人でするもんだろ? ヘイズタートル見てもそうだ」

 相変わらず、沼の方からゴンゴンという甲羅がぶつかり合う音が聞こえてくる。

「どちらか一方が興奮してても、もう一人が気乗りしてないなら迷惑だ。そんなことすら気を遣えない奴はモテないバカだけ。だから俺がヘリーを襲うことはない。襲われても三角締めを極めるだけだ」

「女が男を襲うなんてことないヨ! それは男の願望でショ!?」

 チェルが俺を指さして笑った。

「いや、経験談だ。娼婦は必ず月一回休む期間があるだろ? あ、貴族ってのはそういうことを知らないのか……」

「いや、私も知りませんよ。言われて、気づきましたけど……」

「僕も知りません」

 貴族になったことがないジェニファーとリパも知らなかったらしい。

「そうなの……。まぁ、人それぞれ違うのはしょうがないけど、こと性に関しては合う相性や合わせられる相性もある。年齢を重ねようが、同性だろうが、知らないことも多い。皆、種族も違えば常識も身体も違う。相互理解に努めよう。領主として皆の性生活が、天井を見つめて耐える時間にならないことを願ってるよ」

 ヘリーだけがプフッと噴き出していたが、他の皆はピンときていないようだった。すぐにわからなくてもいい。それぞれ経験が違うのだから。

「ヘリー、準備して出発しよう。カリュー、できるだけ小さくなってくれ」

「うむ。急ごう」

「シルビア、心配しなくても私がいる。私がいるのに、マキョーがヘリーに変なことをしないさ」


 ヘリーは背負子を自分が乗りやすいように改造していた。ベルトで俺の身体と固定し、大きめのバッグに野草と小麦粉とカリューを入れていた。

「カリュー、振動は大きいかもしれないが耐えてくれ」

「移動している間はできるだけ休息している。問題はない」

「ヘリーは、マスクをしてできるだけ水分補給を」

「わかっている。マキョーも水袋の残量を見ておいてくれ」

「わかった。じゃ、出発する」

 俺は坂を駆け下りた。



「いってらっしゃーい!」

 皆で手を振って見送ってくれたが、ジェニファーしか声を上げてなかった。やはり朝っぱらからする話じゃなかったか。

 沼の岸辺を走り抜け、マングローブ・ニセの群生地に向け南下する。アラクネの大発生によって失われた緑はすっかり復活していた。

 砂漠に出ると、砂嵐が吹き荒れていたので、一旦森に入り東へと走る。


「マキョーは経験豊富なのか?」

 背中からヘリーの声がした。

「は? ああ、別に豊富なわけじゃない。ただ、町にいる時は娼婦の友達が多かった」

「床上手という奴か?」

 カリューも気になるらしい。

「いや、上手いとかは知らないけど下手はすぐにわかるだろ? 思い込みや妄想を抱えたまま娼館に行って、娼婦を傷つける奴もいるしな」

「よく知ってるな」

「借りてた部屋にしょっちゅう娼婦たちが来てたんだ」

「でも、娼婦に好かれるなんて、なにか技でもあるんじゃ……?」

「そりゃモテない奴の発想だ。俺は痛がるようなことはしないし、嫌がることもしないだけだ。あとは飯を食わせるくらいはしてたからだろう。休みの娼婦たちもずっと娼館に篭っててもつまらないから、仕事終わりの俺にたかりに来てたんだろうな」

「そうか。それは、まだ恋に恋をしているような元貴族の乙女には伝わらないかもしれん」

「現実と妄想の間で貴族の乙女は大変だな。その上、子作りが使命なんだろ? 俺にはそっちの方がわけがわからないよ」

「シルビアに悪気があったわけじゃない。許してあげてくれ」

「別に怒っちゃいないさ。バカな男に騙されないでほしいけどな」

「私が、マキョーを好きだと言ったからなのだ」

 ヘリーの唐突な告白に、俺はずるっとこけそうになった。

「ほら、魔法陣は言わば、昔の研究者たちが研究した成果だ。過去からの手紙みたいなもので、読み解いていくうちに意図や歴史がわかってくる。マキョーは間違いなく歴史に名が残るだろ? 歴史上の人物と生活しているようで興味深いという意味だったのだが、勘違いさせたみたいだ」

「ああ、なるほど。……俺って歴史に名前が残るのか?」

「「残るだろうな」」

 ヘリーとカリューが口を揃えて言った。

「ユグドラシール発掘に尽力をしたのだから当然だ」

「あんまり圧政を敷くと悪名で残ってしまうぞ」

「まぁ、死んだ後のことはどうでもいいよ。それより事実と違うことは残ってほしくないけどな。P・Jのように後世の奴らが困るだろ」

 森と砂漠の境を走り続け、空を飛んでいたデザートイーグルを捕まえて昼休憩に入る。


「封魔一族の村ってどこら辺になるんだ?」

「軍事基地から真東に行った谷にあるはずだ」

「隠れ里みたいなものか」

「元は隠れていたのかもしれないが、私がいた当時は工房だらけで村というよりも工場群だった。夜中でも魔石灯の明かりが灯っているようなところさ」

「ヘリーは飯食ったら寝るか?」

 夜型なので、そろそろ眠くなるはずだが……。

「いや、夕方に拠点を作るまでは起きてるつもりだ」

「わかった」


 休憩の後、近くの川で水を補給し、再び東へと走り続ける。

 植生が徐々に変わり、風に潮の香りがしてくると、砂漠に岩や石が増えてきた。

 南東は魔境の中でも未だ行ったことがなかった場所だ。

 日が傾き始めたが、暑さは続いている。ヘリーが冷却の魔法陣を描いた布を渡してくれた。これでだいぶ暑さは軽減できる。

 俺は一気に南下し、岩場を駆けた。徐々に海面よりも高くなっていき、木々もところどころ生えている。


 砂丘に日が落ちる頃、大きな谷が見えてきた。

 谷の両側には、建物らしき遺跡もあるようだが、枯れた植物に覆われて、人がいる気配はない。


「ここかな?」

「魔力が少ないが、大きな谷ならここが封魔一族の村だろう」

 バッグの中にいるカリューが答えた。

 ヘリーはすでに眠っていた。器用だな。


 風を避けるため、岩の陰を拠点にする。周囲には枯れた植物が多く、薪には困らなかった。

「砂漠に枯れた植物か……。人がいなくなると不思議な光景が広がっているのだろう」

 カリューは砂を集めて、いつもの人の形に戻していた。見えないことがもどかしいのか、デザートイーグルの羽を毟っている。

 ヘリーは毛皮を巻いて焚火の近くに置いておく。砂漠の夜は冷える。


 見上げれば、星が瞬いている。砂漠の空は地面に近い気がした。

 サンドコヨーテの遠吠えが聞こえる。

 俺はヘリーが起きるまで、火の番をしていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 結局マキョーは住人の誰ともセックスせずに、娼婦とあっさり結婚、となったりして
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