【攻略生活32日目】
朝からゴンゴンという鐘の音のような音が響いていた。
「今度はなんだ?」
「沼に行ってみればわかる」
「も、もう鱗粉は沈殿してるから顔を洗っても平気だよ」
ヘリーとシルビアはそう言って笑っていた。
沼に行くと、すぐに音の正体がわかった。
そこらじゅうでヘイズタートルのオスがメスの上に乗っかって交尾をしているのだ。
「大発生じゃないだけいいな」
俺は顔を洗って、大きく深呼吸をする。肩を回して魔力の流れを確かめ、自分にソナー魔法を放ち全身を診断してみた。
特に異常はないし、肉体的に疲労もない。
「盛ってるな」
「これも繁殖期ってことだ」
「マ、マキョーは盛らないのか?」
「盛りたかったら、ヘイズタートルに混ざってくるさ。今のところ、ないけどな」
シルビアは俺の言葉に「変な亀が生まれちゃうよ」とぼそっと言ってて笑った。
「でも、辺境伯としては盛るのも仕事なのではないか?」
「魔境の娼館を作れってこと?」
「い、いやそうじゃなくて、貴族だから世襲を考えるのが普通だってこと」
「あ~あ! ……まったく考えてなかったな。まぁ、魔境の辺境伯は血が繋がってなくてもいいんじゃないか?」
そう言った俺をヘリーとシルビアはぽかんとした顔で見ていた。変なことを言ったのか。
話を聞いていただけのカリューも空を見上げて震えている。
「チ、血が大事だと思ってたけど、マキョーからすればそんなものなのか……。い、いや、そ、そうかぁ?」
吸血鬼の一族であるシルビアは、しばらく自問自答を繰り返しているようだ。
「マキョーはいろんなものを捨てているなぁ……」
「それを今、悩んでるんだよ。ちょっと相談したいんだけどさ。どうやら、魔境って自信がないと入れないのに、プライドがあると生きていけない場所らしいんだ」
「ど、ど、どういうことだ?」
「どういうことなのかは俺も知りたいんだよ。入り口にいるエルフの2人は自信がなくて魔境に入ってこようとしないし、魔族たちはプライドが邪魔して魔物を狩れてなかったんだ。プライドを捨てた船員は魔物を狩れていたから、そこら辺に魔境で生き残れる何かがあると思うんだけど……」
「マキョーは子孫を繁栄させる気はないが、人は呼びたいのだな」
「そりゃそうだよ。人がいないと困るだろ? このままだと、ずっと魔物の死体を片付けて人生終わっちゃうよ」
ここ最近は大発生した魔物の処理で時間を取られていたので、2人とも頷いていた。
「どうすりゃいっかなぁ? 新しい住人の環境、整えるにしても、環境なんてだいたいめちゃくちゃだからさ。巨大魔獣は来るし、繁殖期はこんなだし……」
そう言いながら、俺はパンをこね始めた。
「あ、あんまり訓練場とか用意しない方がいいかもしれない」
「確かに心を折られてからが、魔境の生活という気はする。そんな道筋を立ててやる必要はないのかもしれないよ」
「それだとおかしな奴らしか集まらないんじゃないか?」
「「……」」
座っているカリューは跳びはねるくらい震えていた。
「だ、誰が言ってるんだ!」
「マキョーにはいろんな自覚が足りない。全然! まったく!」
2人の怒号を聞きながら、パンを焼く。魔境の訓練場は諦めるのも手だな。そもそも環境そのものに試されている気もするし。
「あ! なんで!? マキョーに仕事取られたヨ!」
起きてきたチェルの口に焼けたパンを突っ込む。
笑いながら殴られていたら、洞窟の側にあったパークの墓が見えた。
この洞窟に俺が住む前にいた男で、P・Jの手帳を持っていた100年前の天才魔道具師。彼でも家屋ではなく洞窟を家にしていたくらいだ。今の魔境の住居は洞窟が正解なのだろう。
それくらいなら、地面を盛り上げて、穴を空けさえすればできる。杖という武器も作った。食料だって、魔物なら大発生するくらいいる。
「あとはやっぱり人だな」
魔境は単純な強さよりも、覚悟のようなものが必要だ。
ただ、1000年前から100年前の間の900年にも竜人族の探索者がいたはずだ。王族の祖先である彼らにも俺たち以上に覚悟はあっただろう。なのに帰って来なかった。
今の俺たちは、生活するのにそれほど困っていない。対応できることばかりだ。パークも生を全うしたのではないだろうか。
竜人族の探索者が魔境で生き残れなかった理由はいったいなんだ。俺たちが、まだそれを発見していないだけで触れてはいけない何かが、魔境にはあるのか。
ピーターは魔境で死んで、全てを時の番人に放り投げて、わざわざ墓を空島に埋めた。ピーターはその何かに触れたのか。
「カリュー、ユグドラシールで触れてはいけない場所ってあった?」
「触れてはいけない……? 立ち入り禁止区域なら、ミッドガードの研究施設とか、地殻変動を止めた大杭の周辺は立ち入り禁止だった。もちろん、軍事基地や魔道具師たちの工房なんかも一般人は入れないだろうが……」
「誰かが守っているような遺跡はあったか?」
「遺跡というか、王墓はいくつかあった。英雄の墓とか。観光地になっていたし、歴史好きな者たちが行くくらいだったが……。なにか気になるのか?」
「ああ。そこの墓に入っている100年前の魔道具師が遺跡の護り人を追っていたんだ。巨大魔獣にいたリュートも知らないと言っていたから、ミッドガード移送後の勢力だとは思うんだけど、繋がる様な人がいればと思ってさ……。まぁ、いないか」
「何をそんなに真面目そうニ! そんなことより今日は道づくりを手伝ってもらうからナ!」
俺が自分より美味いパンを作ったのでチェルが怒っている。
「いや、新しく人が来た時に、変なものに触れて、突然消えたりしたら嫌だろ?」
「確かにネ。実際、洞窟の奥には突然消えそうな魔法陣があるし……。話を逸らして、仕事をさぼろうとしているナ! マキョーは領主なんだから、仕事しないと示しがつかないんだからネ!」
「はい」
またしても怒られてしまった。
朝飯を食べて、作業を開始することに。
俺とチェル以外は、巨大魔獣の踏み跡の様子を見に行くそうだ。
「花が咲いているかもしれないので、行って採取しようかと」
「薬効がある花が咲いているといいのだけど」
「つ、次になんの魔物が大発生するのか、予測可能かもしれない」
「花見ですかぁ。生まれて初めてかもしれません」
「植物がどれほど大きくなるのか気になる」
花見とは羨ましいが、仕事だ。
「いってらっしゃーい!」
ジェニファーたちを見送り、俺たちは入口付近の工事現場へと向かう。
取ってきた花崗岩を加工して、適度な大きさに切り、石畳を作って行く作業だ。
「今日は晴れてるからヤシの樹液も緩くていいネ。後は、真ん中の石にヘリーが魔法陣を彫ってくれたら固まるでショ」
魔法陣を彫る石には魔石を嵌める台座を作る。その石だけを外せば、修復作業もやりやすくなるとのこと。
「本当、建築に関しては意外に頭が回るよな」
「そういうなヨ。好きでやってるわけじゃないんだカラ」
「悪かったな。好きと得意は違うか」
「そういえば訓練生の住宅なんだけどサ」
「おう、どうする?」
「家じゃなくて、丘に埋め込むような形の方がいいと思うんだヨ」
「ああ、俺もその方がいいんじゃないかって思ってた。魔物の被害を考えると、建物を建てるより、地面を持ち上げてくり抜いた方がいいような気がする。100年前のパークも洞窟生活だったし」
「なんだぁ~、ちょっと悩んでたんだけど。早く言ってヨ。闘技場とかもいらないでショ?」
「そうだな。魔境は試合をするような場所でもないし、施設はな」
「ダンジョンはどうするノ? せっかく卵があるから作ってみるのカ?」
「危険じゃなければ作ってみたいけど。中で農業もできそうだし……」
あのコロシアムの跡地で見つけた、ねじれた石板を見るとちょっと腰が引けてしまう。そういえば、遺跡はダンジョンだと思ってたけど、違ったんだよな。
「どうかしたカ?」
急に黙った俺にチェルが土をかけてきた。
「ミッドガードの技術で作った人工のダンジョンってユグドラシールにどのくらいあったんだろうな? コロシアムの訓練施設には使われてたんだろ?」
「輸送には使ってなかったって言ってたから、そんなに多くはないんじゃないカ? たくさんあっても管理が大変だヨ。あんなもの」
メイジュ王国にはダンジョンがあって、魔王が管理しているらしい。
しばらく作業をしていたら、ジェニファーとリパが箒に乗って飛んできた。
「なにかあったか?」
「2人も来た方がいいです。あんな景色めったに見られませんから!」
「すごいですよ! 肉と飲み物を持って早く来てください!」
興奮したようにジェニファーとリパが言うので、俺たちは一旦作業を止めて、ハムや肉を持って巨大魔獣の踏み跡へと向かった。途中、カム実を採取して、飲み物を確保する。
呼びに来るほどかと思っていたが、確かに巨大魔獣の踏み跡は、様々な花が満開になっていた。
大きなユリのような花やサクラ、花びらが人と同じくらい大きな赤い牡丹のような花、枝に伸びていた蔓から、フジのように垂れて咲く花、地面に絨毯のように広がる黄色いタンポポ。ほんの数日前まで石と岩しかなかった場所とは思えぬほど、花が溢れ、蜜の甘い香りが漂っている。
風が吹けば、花びらが舞い、インプや蝶、ベスパホネットが飛び回っていた。歩いているマエアシツカワズにすら花が咲いているように見える。
「いや、あのマエアシツカワズは、本当に首に花びらがついてないか?」
「あんなの見たことないヨ! 見たことナシ!」
そのマエアシツカワズは首にある花びらを広げ叫んで、インプに威嚇していたが、あっさり返り討ちにあっていた。あまり強くはなさそうだ。
肉を焼いて、そのまま焼肉パーティーへとなだれ込んでいく。
カリューも花を身体に差し、カラフルないでたちになっていた。
「飲みすぎなければ、少しだけ酒を解禁しようか」
「ヨーシ!」
「私は一杯だけにします!」
「少しだけならいいのだ。酔いつぶれることのないように」
「わ、私もちょっとだけでいい」
「下戸なので」
各々、コップを手に少しだけワインを口にした。久しぶりの酒の味と、景色の良さで、十分に酔えた気がする。
「そういや、カリュー」
「ん? なんだ?」
「ユグドラシールには人工のダンジョンがたくさんあったのか?」
「ああ、職種によって使い方は違うが、各地にあったと思う。有名なのだけでもいくつかあるが……。ほら、コロシアムでも使われていただろ? なにか見つけたのか?」
「いや、もし人がいなくなった場所にダンジョンだけ残っていたら、それを遺跡と呼ぶ人がいたんじゃないかと思ってさ」
「遺跡の護り人とは、人工のダンジョンを守っていた者たちかもしれないのだな?」
「そう。今のところ、魔境で見つかってるダンジョンは巨大魔獣の上のダンジョンしかないんだけどね」
「わかった。有名なダンジョンならいくつか知っている。大まかな場所だが行って、確かめてみるか?」
「うん、行こう」
そういうことになった。