【魔境生活13日目】
目が覚めると、女魔族に抱きつかれていた。
火の番はどうした? と思ったが、疲れているのだろう。いびきをかいて寝ている。
絡んだ腕を外し、海水で顔を洗った。
「塩辛い」
頬にできた小さな切り傷に海水が沁みてヒリヒリする。
昨夜、女魔族が塩を作ってくれていたようで、小壺の中にはぎっしり塩が詰まっていた。
言葉がわからなくても、二人いるということは作業効率がますなぁ。とはいえ、魔族を匿っていることがバレたら、逮捕されてしまう。バレた時は魔境の奥深くに身を潜めようか。
今日もギザクラブを獲って朝飯にしよう。
俺がギザクラブのハサミをへし折っていると、女魔族が起きだした。
「マキョウ!」
挨拶代わりに俺の名前を呼ぶ。ちなみに、女魔族は「チェル」という名らしい。
朝飯を食ったら塩の壺を持って、家に帰ることに。海伝いに南下し漁村があったとしても、魔族なんか受け入れてくれるはずがない。殺されて終わりだ。
「ん~……」
困った顔でチェルを見ていると、つぶらな瞳で見返してくる。そんな脅威は感じない。
船でも作って送り出すか。すげー面倒だけど、仕方がない。助けておいて死んだら、助け損だ。
筏を作るにも木を切る斧が必要。
「斧も持ってくるんだったなぁ。家に置いてきてしまったか」
家まで連れて行くか。
俺の後ろを女魔族のチェルがついてくる。
森に入ってからというもの、チェルはあらゆるものが珍しいとでも言うように何にでも興味を示した。
カム実に噛まれて、血を出していたが、魔法を使って治している。
「チェル、意外に使える奴なのか?」
「んあ?」
アホの子のように口を開いているチェルに女性らしさはない。文化が違うと色気も違うようだ。
さらにチェルの歩くスピードは遅い。少し早く歩いただけで、死ぬほど疲れたという顔をしてくる。川沿いを歩いていて、油断したチェルがスライムに襲われ、魔力を吸い上げられた。あまり、魔物に対処して来なかったのかもしれない。
俺が、サーベルでスライムを瞬殺すると、目を見開いて驚いていた。軽い魔力切れを起こしたチェルが休んでいる間、その辺の魔物を狩ることに。
マエアシツカワズを狩っていると、川のほうでチェルの悲鳴が聞こえた。
行ってみると、またスライムに襲われていた。数分前に使える奴かもしれないと思った俺の気持ちを返して欲しい。
魔力切れを起こしたチェルを背負い、走る。何の事はない、初めからこうすればよかったのだ。
移動速度がグンと上がった。
途中で起きたチェルが騒いでいたが、まったく使えないので、無視。昼過ぎにようやく飛び降りた崖の下に辿り着いた。
昼飯にマエアシツカワズの肉を焼き、デザートにカム実を細かくして食べた。
腹がいっぱいになると眠たくなる。少し魔力が回復したチェルが、崖下の岩に土魔法で空間を作り、小さな洞窟を作りだした。
「妙なところで使える奴だなぁ」
洞窟で昼寝。
夕方にのそのそ起き出し、チェルを起こす。先へ進もうと思ったが、あまりに足手まといなのでチェルのレベル上げをすることに。
川のスライムにやられているようでは、魔境ではどうにもならない。チェルはフォレストラットすら捕まえられなかった。戦闘能力が皆無。何度も「死ぬぞ」と言い聞かせ、どうにか魔法を使うタイミングを教える。
日が落ちる寸前に、俺の攻撃で弱ったエメラルドモンキーを火の魔法で倒した。それでホクホク顔なのがムカつく。
「もっと頑張れよ」
「ガンバレヨ?」
割にあわないので、やっぱり魔法を教えてもらうことにした。言葉はお互いにわからないから、両手を合わせて魔力の流れを感じる修行をすることに。
手を合わせると、何かがチェルの手から流れ込んできて、俺の中の何かがチェルの手に流れていくのがわかった。
「なんか違和感がすごい……」
それが魔力なのだという。生活魔法は使っていたが、他人の魔力ってこんな感じなのか。
俺の魔力を受け取った、チェルは納得いかないという顔をしていた。なんだったら半泣きになっていた。魔族の言葉で叫びながら、地面の石を蹴っている。その石がラフレシアに当たって、臭い粘液をかけられていた。ドジ丸出し。
「アア……ア……」
「うわぁ~……川で洗ってこいよ」
晩飯の時になにを怒っていたのか聞いてみると俺の魔力が多いらしい。魔境の魔物たちを倒し、レベルが上った影響だろう。それで魔法を使わないのはバカだ、というようなことを言われた。
「生活魔法くらいは使うぞ」
そう言って、指の先から火花を放ってみたが、手を挙げて「はぁ~」と溜息を吐いていた。
魔法はイメージなのだとか。何度も、頭を指さされた。
「そうは言ったって、魔法で裸の女は作れないしなぁ」
言葉が通じないことをいいことに、好き放題言っている。
夜更けに一人、魔法の練習をしてみる。魔力の流れがわかったせいか、なんとなく一瞬、火が放てるようになった。でも、なんか炎が青いし、イマイチ小さい。
かなり時間がかかるため、戦闘時には使えないだろう。