【攻略生活30日目】
翌朝、洞窟を出ると小雨が降っていた。
沼の方から蛙のゲコゲコという鳴き声もする。
「今度はカエルが大発生するのか? おはよう」
チェルがパンを焼き、シルビアとヘリーが肉野草炒めを作っている。肉はミンチにしてパンに乗せて食べるらしい。香草のいい匂いが漂っていた。
「おはよう。カエルなら、いくら発生しても魔物が食べるからいいネ」
「は、は、発生してくれた方がいい場合もあるのか……」
「マキョー、これから私が倒れても引きずって運んでくれるか。早朝から、この2人が興奮して騒がしいのだ」
そう言って、ヘリーが焚火の上にタープ代わりのフキの葉を張っていた。
「別に気にするな。暇なんだろ。それより身体は動くのか?」
「当たり前だ。あれくらいで寝込んでいたら、魔境では住んでられない」
「マキョー、私も抱えて寝床まで連れて行ってクレ~。道の計画が立てられないヨ~」
チェルが甘えた声でバカにしている。
「よし、わかった」
俺はチェルを抱えて、明後日の方向にぶん投げた。
「おい~! なんてこと……。あ! パン、パン、パン!」
チェルは華麗に木の幹に着地し、急いで戻ってきた。パンの焼き具合が気になるらしい。
「そんなことより、魔境は繁殖時期みたいだから気を付けろよ。この前、ミッドガードの跡地も『渡り』の魔物たちがうるさかったんだ。カリュー、ユグドラシールで他に大発生した魔物はいるか?」
切り株に座って、カリューは雨を浴びていた。
「バッタやネズミの大発生はあったし、アラクネの大発生もあったが、この前の方が規模は大きかったと思う。ただ、こんなに頻繁に大発生が重なるようなことはなかった」
「そうだよな」
「大発生するにも、普通は気候や天敵の不在、餌の多さとか環境にもよるはずだが、魔境だとすべて簡単に揃うのだ」
ヘリーが解説してくれた。巨大魔獣襲来で天敵が減ったのが大発生の要因か。
「巨大魔獣の踏み跡周辺を探索しておいた方がいいな。時間が経って、変わってるかもしれない」
「マキョーは花崗岩を採ってきてほしいんだけド」
「チェルは道づくりか?」
「うん。雨が降ってるからトンネルで実験するヨ」
「あ、あの倉庫にある袋は?」
シルビアが聞いてるのは、昨日集めたビッグモスの魔石が入った袋のことだろう。
「今後、魔境に来る訓練生のために杖を作りたいんだ。ビッグモスの魔石なら、ぴったりだろ。シルビア、木製のでいいから杖を作っておいてくれるか? 急がないから」
「わ、わかった」
「今日、ヘリーは?」
「壺を作りたいんだけど、この天気だからシルビアを手伝う」
カリューも2人の手伝いをするという。
「雨はちょっと身体が溶けるようだ」
そう言って土でできた身体を見せてきたので、多めに魔力を注いでおいた。
ちょうどジェニファーとリパが起きてきた。
「リパ、腕は大丈夫か?」
「ええ、問題ないです。なにかやりますか?」
「巨大魔獣の踏み跡の様子を見に行ってほしいんだよ」
「わかりました。今日は雨ですか」
リパは雨雲を見上げていた。
「危なくなったら、すぐに帰ってきていいからな」
「了解です。生き残ることだけ考えます」
「私には大丈夫か聞かないんですか? 全身筋肉痛なんですけど……」
俺とリパの会話にジェニファーが入ってきた。
「回復薬を塗っておけば大丈夫だろう。雨だからリパについていってくれると助かる」
「いいでしょう。野草も探してきます」
全員の予定が決まったところで、全員で朝飯を食べる。
「「「美味い!」」」
朝飯の後、俺は長い蔓を巻いて肩に引っ掛け、コートを着て北西へと向かう。
単独行動なので周囲の警戒を怠らず、まっすぐ花崗岩を採石した場所を目指した。
以前、通った道はすでに植物に塞がれ、再び裏拳を駆使して道を作って行く。山に近づくにつれ、魔物の種類が変わり、普段見かけない魔物が多い。
木の枝葉の下に入り、紙と木炭で簡単に特徴などを記していった。P・Jならきっと同じことをしただろうと思ってやっておく。
魔物たちはこちらに警戒心はあるが、テリトリーに入らなければ、いくらでも観察させてくれた。
剣山のように鋭い毛並みの狼はケンザンオオカミ、グリーンタイガーの2倍はある山猫はバイネコなど、P・Jと同じくらい俺のネーミングセンスは酷い。
木々の高さが低くなり山に入っていくと、この前角をぶつけあって争っていた黒ヤギの群れが、低木の枝葉の下で身を寄せ合っていた。枝葉が少ないので、ずぶ濡れで耐えている。
近くの崖に魔力のキューブで穴を空けてやった。群れが十分入れるほどの大きさはあるので、雨宿りに使えばいい。
山を登り花崗岩を採掘した場所に辿り着いた。魔力のキューブで抜き取った穴には、白いウサギが雨宿りをしている。
穴の側にもう一つ穴を作る。蔓で人よりも大きな花崗岩の石を縛っていると、ライチョウが飛んできて穴に入っていた。ここら辺は洞穴を掘る魔物が少ないのかもしれない。
花崗岩を背負って、山を下る。
雨の日は魔物が大人しい。雨に打たれると体温が下がるからだろうか。
大きなサンショウウオの魔物も山の麓でじっと岩に擬態していた。触れると柔らかくべたべたとしている。こちらをちらっと見てきたが、襲ってくるようなことはなかった。
低地に下りて、そのままチェルが実験をしているトンネルへと向かう。
近づくにつれカエルの鳴き声が聞こえてきた。
「どうだ?」
トンネルの中にいるチェルに声をかける。
「もう採ってきたのカ。今日はダメだ。ヤシの樹液が固まってて実験にならないヨ」
ヤシの内部は通常温度が高く保たれているが、雨の日や気温の低い日などはドロドロで、切るとすぐに固まるらしい。カチカチのヤシの葉を見せてくれた。
「温めればいいじゃないか」
「やってはいるけど、あんまり取れないんだヨ」
鍋で煮て葉を温めてはいるが、取れる量が少ないという。ただ、砂と砂利、樹液を混ぜたものは非常に固く、建材としても使えそうだった。
「それから、あんまり黒くすると日光に当たった時、熱を吸収するから白っぽくしたいんだよネ」
「染料か……。東海岸で貝殻を採ってくるか?」
「卵の殻とかもネ」
魔境は発展するほど捨てる物が減っていくのか。とりあえず、花崗岩は誰も盗まないので、トンネルの側に置いておいた。
「それにしても、本当にカエルが大発生してるんじゃないか?」
「そうカモ。トンネルを通って何頭か魔物が沼に向かっていったヨ」
「沼に集まってきてるのかもな。昼だし一旦、帰ろう」
家に帰ると、予想通り沼に続く坂には拳大の深緑色のカエルが大発生していて、魔物が群がっていた。見えるだけでもラーミア、フィールドボア、ヘルビードル、ブルースネーク、スイマーズバードなどがカエルを捕食している。
「ビッグモスの死体がカエルの餌になったのかな?」
「その可能性はある」
「ひ、ひ、昼飯はブルースネークの姿焼きも用意した」
ヘリーとシルビアは、杖を削っていたから革のエプロン姿だ。いつの間にか革エプロンまで作っていたのか。
昼飯はパンとブルースネークの姿焼きに野草のスープだ。たまにヘビ肉も悪くない。
食べているうちにジェニファーとリパも戻ってきた。
「カエルを食べるヘビを食べてるなんて、捕食者の連鎖みたいですね」
ヘビ肉にがっついていたらジェニファーに言われた。
「踏み跡はどうだった?」
「もうかなり草木が復活してます。蔓も伸びてました。どの草木もつぼみが膨らんでいた印象です」
「インプやフォレストラットは腹が大きいのがいますね。あとはベスパホネットもいくつか巣を作ってましたね」
つぼみが開花して、実をつけると食料が一気に増える。
「大発生の条件が揃っていくようだ」
「どうします?」
ジェニファーが聞いてきた。
「まだ何が大発生するかわからないから、放っておいていいんじゃないか。カエルも放っておくつもりだし」
「フォレストラットが大発生したら、被害がこっちに来るかもヨ?」
ネズミの大発生は確かに怖い。
「罠でも作っておくか」
「カム実に毒を仕掛けるんですか?」
リパがヘビ肉を食いつつ、聞いてきた。
「それもいいな。あとは何回も使えるような魔法陣だと……」
爆発の魔法陣は危険だが、他は使えそうだ。
「水球に閉じ込めるカ?」
「それもいい。水球なら窒息させて流せばいいもんな」
「エメラルドモンキーの魔石を入れた鈴はどうだ?」
「混乱の効果があるんだっけ? いいかもしれない」
「つむじ風で巻き上げてしまえばいいのでは?」
「なんでもやってみるか」
魔石も多いし、できることは多い。
家の周りには実験できる魔物も大量にいる。
午後は各々、アイディアを持ち寄って夜型以外は罠作りだ。
雨は降り続け、カエルの鳴き声はずっと聞こえていた。
作業に集中しすぎて、沼の周りにいろんな魔物が集まってきていたことをこの時はまだ知らなかった。




