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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【攻略生活29日目】



 起きてから、トド肉サンドイッチを作って食べ、塩の袋を背負って出発。弁当は作らなくても大丈夫だろう。


 俺もチェルも全速力で魔境の森を西へと走る。

 途中で通ったミッドガードの跡地では、『渡り』の魔物たちが騒いでいた。繁殖をしたり、子育ての時期なのだろう。

 

 昼前にはワニ園近くまで到着していたのだが、周囲の様子がおかしい。べっとりと黄色い塗料のようなものが樹木についている。オジギ草が開いたままの状態で茎が膨らんでいた。何かを食べ過ぎたのか。

 インプの鳴き声は聞こえず、トレントも老樹に擬態したまま動く気配がない。

 ワニ園にいたはずのロッククロコダイルは、2日前より明らかに数が少ない。しかも沼の中は黄色く濁っていた。岸辺には岩に圧し潰されたビッグモスの死体だらけ。どうやらビッグモスが繁殖して、周辺を鱗粉だらけにしたらしい。

 

 鱗粉は隣の沼まで黄色く染め、ビッグモスの死体が沈んでいた。麻痺した魚たちが水面に浮いて酷い匂いを発している。ヘイズタートルの群れもじっとして動いていない。ゴールデンバットは墜落して、地面に転がり虫の息になっている。

 マエアシツカワズだけはドシドシと音を立てて走っているが、鱗粉の影響は受けているようで何度も転んでいた。


「大繁殖だ。また、しばらく沼が使えない」

「アラクネの次はビッグモスか……。皆が心配だヨ」


 洞窟に帰ってみると、シルビアが魔物の内臓を使った料理を作っていた。近くの森も黄色い。

「ただいま」

「お、おかえり」

「無事だったか?」

「ぶ、無事だ。麻痺薬が取り放題だから、容器がなくなっちゃって。今、ヘリーが作ってるところ。ジェニファーは鱗粉の採取に行った」

「ロッククロコダイルが少なくなってたけど?」

「うん。け、結構やられた。私も血を使い過ぎて、貧血気味だ」

 シルビアの両腕には薬草が巻かれている。俺たちがいない間、戦っていたようだ。

 裏手にある窯に行くと、ヘリーがヤシの樹液で壺を作っていた。窯に火を入れているわけじゃないらしい。目の下に隈ができているので、寝ていないのかもしれない。

「お、帰ってきたか」

「ただいま」

「おかえり。今、ジェニファーが急造の壺を持って鱗粉を採取しにいってる」

「シルビアに聞いた。大変だったみたいだな」

「リパは怪我で寝込んでるから、ジェニファーが責任を感じてるみたいだ。私にはリパの判断ミスだと思うけど……」

「リパの怪我は酷いのか?」

「腕がちぎれてないから大丈夫だとは思う。回復薬は使った。血が出過ぎたのかもしれない」

「そうか」

「診てくるヨ」

 回復魔法が使えるチェルがリパの様子を見に行った。


「ビッグモスはまだ出るか?」

「いや、昨日の夜、群れのほとんどが北に向かって飛んで行ったから、もう周辺にはいないと思う。魔石灯の明かりに集まってくるから討伐しやすかったのだけど、数が数だから沼に沈めるしかなかった。すまないな。また沼が使えなくなってしまった」

「いいさ」

「あとカリューに魔力を。洞窟に隠れているはずだ……」

 すでにヘリーは手が覚束なくなっている。ヤシの樹液が地面に広がっていた。魔力もなく戦っていたのだ。筋肉疲労も限界だろう。

「わかった」

「それから……」

「もういいぞ。ヘリー、もう寝ていい」

「そうか? それならちょっとだけ肩を貸してもらおうかな……」

 ヘリーはそう言って、俺の肩に前のめりで倒れてきた。

「はぁ~、マキョーが帰ってきたなら、もう大丈夫だ……。ダメだ、安心したら力が入らなくなってしまった」

 動けないようなのでヘリーを抱えて、洞窟まで運ぶ。


「飯は?」

 焚火で調理をしているシルビアがヘリーを見て驚いていた。

「後でいい……」


 洞窟にあるヘリーの部屋の寝床に寝かせた。

「マキョー……」

「なんだ?」

「ジェニファーが金より確かなものに気づいて戸惑ってる。気にかけてやってくれ」

「はぁ? なに言ってんだ?」

「200年も生きてると、見えないものまで見えてくるのかもしれない」

「よくわからないけど、ジェニファーが精神不安定なんだな。わかった。カリューに魔力注いでから、探しに行くよ」

「へっへっへ……」

 ヘリーは笑いながら寝ていた。あまりこういう姿は見たことがなかったが、それだけビッグモスの群れの襲来は大変だったのだろう。


 カリューは俺の寝床で寝ていた。少しでも魔力が残っていると思ったらしい。

 土塊と化しているカリューに魔力を注ぎ入れると、人の形に戻った。


「悪かったな。こんなことになってると思わなかったんだ」

「いや、私から提案したのだ。魔力がもったいないから、私には魔力を入れないでいいって。おそらく、あの状態であれば数年は保つ」

「そうか……」

 ということは、砂漠の地下にいた人の形をしていたゴーレムたちには、魔力の供給源があるのだろうな。

「魔物はもう去ったようだな。なにか片付けるものがあれば、私がやろう。魔物の死体を運ぶくらいならできるから」

「いや、大丈夫だ。シルビアの側で休んでいてくれ。死体はチェルが焼くから」


 洞窟を出ると、ちょうどチェルも出てくるところだった。

「リパの容体は?」

「腕はちゃんと繋がってるし、どこも欠けてない。引き際を間違えたって反省してたヨ」

「そうか。自覚してるなら、大丈夫だな。ヘリーも疲れて倒れてた。魔力もないのに無理したみたいだ」

「山脈越えたり、倒れるまで働いたり、ヘリーは時々、無茶をするネ」

「ああ。賢そうに見えるけど、どこかのタガが外れてるから仕方ないさ。あとはジェニファーか」

「鱗粉の採取でショ? 私は昼飯食べていいカ?」

「ああ、俺とジェニファーの分も用意しておいてくれ。そんな遠くまで行ってないだろう。呼んでくる」


 俺は、沼の方まで行ってジェニファーの姿を探した。

 動いている魔物も少ないので、岸辺を歩いていたらすぐに見つかった。マスクをして黄色く汚れた服を着て、鱗粉を採取している。


「おーい! ジェニファー、飯にしようぜ~!」


 手を振って声をかけると、全速力で駆けてきた。こいつはなんで元気なんだろう。


「マキョーさん! 帰ってきたなら、早く言ってくださいよ!」

「さっき帰ってきたばかりだ。ビッグモスが大発生して大変だったみたいだな」

「ええ、空がどこ見てもビッグモスなんです。リパが怪我をしてたんですけど、回復薬で繋がって……」

「ああ、チェルが診たから大丈夫だ」

「そうですか。それなら、よかった。いやぁ~、もう必死で、何度も死ぬかと思いましたよ」

「じゃあ、いつも通りの魔境だな?」

「……フフフ、そうですね!」

 ジェニファーは笑っていた。服が破け、体中に薬草を貼っている。ワーキングハイになっているのかもしれない。戸惑っているというよりも、自分たちで対処できたことが嬉しいのか。

こうやって魔境の住人になっていくのだろう。


 一緒に家へと帰った。

ジェニファーは身体を拭いて、シルビアが作った煮込み料理を貰っていた。

 俺はヤシの樹液で作った壺を受け取って、洞窟の奥にある倉庫に持っていく。倉庫にあったシルビアが作った剣もハンマーも消耗してしまったようだ。

洞窟から出ると、ジェニファーは皿を持った状態で眠っていた。皿には煮込み料理が残っている。


「食べながら寝るなんて器用だな」

「座ったら寝たヨ」

「疲れてるんだ。寝かしておいてやろう」

 俺はジェニファーの隣に座って、昼飯を受け取った。


「シルビアは身体、大丈夫なんだな?」

「う、うん。血が足りないだけで、血流の操作をすればまだ動ける。眠いけど」

「やっぱり吸血鬼はカッコいいネ」

 チェルが褒めたが、シルビアは首を横に振っていた。

「ま、魔境はなんでもできるから。なんでもやってみようと思って」

 確かに、シルビアはいろんな挑戦をしている。武具作りもワニ園も魔物の使役も、これまでのシルビアにとってはやってはいけないことだったのかもしれない。


「そ、そ、それより、ヘリーがマキョーに甘えてた」

「えぇっ!? なにソレ!?」

 俺がヘリーを抱えて洞窟に入っていったことを、シルビアがチェルにむかって詳細に語っていた。2人にとっては、よほど興奮することなのか煮込み料理を平らげながら盛り上がっていた。

 

「幸せな奴らだよ。まったく……」


 午後から、俺とチェルで、ビッグモス大発生の片づけ作業。黄色くなった魔物にチェルが水魔法を放ち汚れを落とす。樹木の汚れは後回しだ。それより、折れた木々をまとめていく。

 ロッククロコダイルが気絶していたり、鱗粉まみれになったりしていたので、ワニ園の方に戻した。逃げ出した個体も多いだろう。

 ビッグモスの羽や千切れた身体などが、そこら中に落ちているので、沼の間にある遺跡に積み上げていった。最後にチェルが一気に燃やすことにする。

 死体から魔石が取れるので、すべて回収して、大きな革袋に入れていく。


「これで杖を作ったら、魔境の訓練に使えるネ」

「すごい量だぞ」


 早くも心が折れそうだ。

 鱗粉が徐々に消えていくのと同時に、インプや鳥の鳴き声が聞こえ始めた。


「まだ何か繁殖するのかな?」

「魔境だからネ」

「なにが起こるかわからない……か」


 日が暮れていった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 知らん間に書籍化してたΣ(・ω・ノ)ノ 女性陣が美人過ぎる(*´ω`*)スバラシイ
[良い点] 書籍版の挿絵を見ると、ヘリーが想像とだいぶ違っていた。 ありか無しかで言えばあり、とても良いと思った。
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