【攻略生活28日目】
外から客を呼んで驚いたのは、魔物にまるで対応できないということだった。
魔族に限ったことなのかどうかわからないが、魔物を見ずに自分の武芸を繰り出そうとしたり、入念に詠唱をして魔法を放ったり、自分の戦い方をしたいだけのようだ。
朝からチェルは、カジュウ一族の面々と、魔境の石や岩を採取しに行こうとして失敗。結局、カジュウ一族は倉庫に篭って、俺たちが採ってきた石や岩を調べているだけ。
軍人たちは砂浜にいる大きなヤシガニや海の中にいるサメを狩ろうと必死に杖を使っているようだが、ただの一頭も討伐できていない。
「なにが悪いんでしょうか?」
セキトという隊長が聞いてきた。チェルの知り合いで仲も良さそうなので、はっきり言っておく。
「頭じゃないですかね」
チェルは頭を抱えながら、パンを焼いている。落ち着こうとしているらしい。
「どうすれば……?」
セキトも動き続けているのに、成果が出ないことを悔しそうにしている。
「すぐに答えを求めるな!」
チェルが俺に串に刺したパンを投げつけながら、セキトを叱った。俺はパンを口で受け止め、朝飯にする。東海岸で食べる塩パンは美味い。
「訓練の成果を見せたいのだろうが、この魔境では私の魔法ですら、それほど必要ないと言われている場所なんだ! カジュウ一族もなんでも重力をかければいいってもんじゃない! もっと多角的に調べて! それから朝飯はちゃんと食べるように!」
チェルが作った塩パンが皿の上に山盛りになっている。船の中にいる船員たちにも配れるように、たくさん作ったのだろう。
「マキョー、トド肉は分けてやらなくていいからネ。自分たちの力で倒してもいないものを食べるなんて都合のいい話は魔境では通じない。それを教えないといけないカラ」
「そう? わかった」
俺はトド肉のブロックを魔族たちの分まで分厚く切ろうとしていたが、薄く切ることにした。
魔族たちはチェルに注意され、しっかり塩パンを食べていた。なんだかんだチェルは魔族たちが死なないよう気にかけてやっているのだろう。昨日も船が沈没しないよう、海の魔物を倒してから迎え入れていた。
「私も魔境に来た当初は、こんな感じだったカ?」
「そんなに変わらないんじゃないか。ただチェルの場合はここで生きれなかったら死ぬと思ってただろ?」
「そうだよネ。国でやってきたことだけやっていても意味がない。杖があって使い方を知っていても、常識にとらわれているんだヨ」
「魔境に来た奴らは皆、通ってきた道だろ?」
「そうだネ。マキョー、訓練場を作るにしても、そこからだヨ」
俺はそう言われて、隊長やサーシャを思い出した。魔族たちを見ていると領民を増やすのは楽じゃないことがよくわかる。
今、浜辺にいる軍人たちを見ると、視野の狭さや小さな判断ミスによって消耗しすぎだ。なにより自分を捨てきれていない。プライドや恥らい、連携を考えすぎているように見える。
「それぞれ自分の一族を背負い過ぎてるのか?」
「それもあると思うヨ」
チェルの言葉を聞いて、俺は自分の革の鎧と靴を脱いだ。
「現実をみせよう」
「そうしてくれると助かるネ。これほど魔族でいることが恥ずかしいと思ったことはないヨ」
俺は、コンクリートの桟橋を進み、停泊している船の前で立ち止まった。
「すみません! 船員さんの中に魔境に下りてもいいという方いらっしゃいませんか? 失う者がない人の方がいいんですが……!?」
船員に声をかけてみた。船からざわつく声がした後、返事が返ってくる。
「あんまり庶民を脅かさないでくれねぇか! こっちは船旅で疲れているんでさぁ!」
「俺も庶民の出です! 冒険心のない若者よりも中年の方がいい。できれば、そうですね、船長と新人との間に挟まれて、まるで女にモテないような人はいませんかね?」
俺がそう言うと、船の中で爆笑が起こっていた。
「なんだ? 初めから俺を指名ですかい?」
坊主頭で日に焼けて黒々とした肌。背は低く、腕は太いずんぐりとした体型。額の角は小さく団子鼻で目がつぶら。愛嬌のある顔立ちの魔族が出てきた。
「うちの魔法使いが魔族の貴族は不甲斐ないっていうんで、確かめたいんで協力願います」
「でも、許可は出てませんぜ」
「大丈夫。俺がここの領主ですから」
「そりゃあ、失礼しました! 堪忍してください!」
魔族の船員は、頭を下げた。
「いいんです。こんななりですから。それより、下りてきてください。頼みます」
俺は頭を下げて頼んだ。
「それじゃあ、失礼しますけど……」
船員が船から飛び降りた。身体の動きは悪くない。
「カザヨミの民でございます。風は読めますが、使える魔法は生活魔法くらいしかありませんけどよろしいので……」
船員だけに風を読む一族のようだ。腰にナイフを差している。
「魔法は使わないので大丈夫です。ナイフは使えますよね?」
「一応、仕事道具ですから……」
魚を捌いたり、二枚貝を開ける時に使うのだとか。
「じゃ、これを。使い方は教えますから、ついてきてください」
魔族の貴族たちがパンを食べている横を通り、森へと向かった。
「植物に襲われないように、蔓から距離を取ってください」
「え? わっ! 蔓が動いてますよ!」
船員は驚きつつナイフを構え、身を低くした。
「じゃあ、あれを狩りますか」
俺は小さな牛ほどのサイズのフィールドボアを指さした。おそらく魔境では子供サイズだ。東海岸では地面から飛び出す土魔法を使ってくる。
「あれが魔境のフィールドボアですかい?」
「東海岸にいる亜種ですけどね。よく観察してください。杖は振れば状態異常を起こす魔法が出ますから、積極的に使うように」
「ですが……。こっちに向かってきましたよ! 領主様!?」
「魔族の間では向かってくる魔物にはどう対処するんです?」
「魔法で迎撃するか、逃げます!」
「早めの判断を」
船員は足をガタガタと震わせて、向かってくるフィールドボアを見て青ざめているだけ。
「身体が、動きま……」
恐怖で固まってしまったようだ。
「わっ!」
大声を上げると、船員は横っ飛びで転がった。フィールドボアが船員の立っていた場所に突っ込んで、そのまま後ろにあった低木を倒していた。
フガフガフガッ!
フィールドボアの子は興奮しているらしい。
「戻ってきますよ。よく魔物の身体を観察して」
「勘弁してください。俺には無理ですよぅ」
すでに船員の股間は濡れていて、全身泥だらけだ。
「そういう常識だと、この魔境では死にます。いいんですか? 人生を生ききったと言えますか?」
「……いえ、こんな人生あんまりだ」
俺も魔境に来る前は、そう思っていた。それで一念発起して魔境を買った。
「小便まで漏らして、これ以上、自分の人生で捨てる物は?」
「ありません!」
船員は立ち上がって、振り返るフィールドボアを睨みつけた。
「フィールドボアの武器はなんです?」
「牙です。ですが、上を向いていますね。突進さえ躱せれば……」
リパも似たようなことを言っていた。
突進してきたフィールドボアを船員は横っ飛びで躱した。
来るとわかっている攻撃なら、対処もできる。
船員は立ち上がって、俺を見て笑った。褒めてもらえると思ったのか。
直後、土魔法が地面から飛び出して船員は空中へと舞う。
「グハッ」
藪にふっ飛ばされた。
「情けねえ! くそっ、何やってんだ……」
よろよろと立ち上がる船員の足が一本折れているらしい。それでも立ち上がるガッツはあるようだ。
しっかりフィールドボアの子を見据え、次の攻撃に備えている。甘えが全身から消えた。おそらく、ここら辺で生死が分かれるのだろう。
「武器を構えて!」
俺の声ですぐに船員は杖を構える。
再びフィールドボアが船員に突進してくる。
船員はめちゃくちゃに杖を振るった。一つでも魔法が当たればいいと思っているのかもしれない。その考えは功を奏し、一発フィールドボアに被弾。ただ勢いは止まらず、フィールドボアの身体は船員に向かう。
船員は覚悟を決めて腕をクロスして、衝撃に備えた。ただ、決してフィールドボアから目を離さなかった。
フィールドボアはぶつかる寸前で折れた低木の根にぶつかって止まった。そのままビクビクッと身体を震わせてひっくり返る。
「チャンスですよ!」
船員はナイフでフィールドボアに突き刺すも、まるで刃が通らない。
「ちくしょう! なまくらだ!」
「そういう時はどうするんです?」
船員はまず目を突いて潰す。柔らかい所をついていくことにしたようだ。脇の下や足の付け根も刺したが、致命傷にはなっていない。
特に俺の指示も聞かず、船員は転がっている枝の先端を尖らせて、目から突き刺して、体重を思いきりかけていた。枝はフィールドボアの脳まで達するだろう。
「全然、死にませんね」
確かに脳を突いたのに、フィールドボアの心臓は未だ動いているらしい。ただ、ここからは生き返らない。
「蔓で縛って持っていきましょう。足、大丈夫ですか?」
「めちゃくちゃ痛いです。ただ、自分の馬鹿さ加減のせいなので仕方ないです」
船員はそう言っていたが、俺は折れた足を元に戻し、回復薬を塗り、薬草を巻いてやった。
「グギギギギ……」
足を戻す時に、泡を吹いていたが意識は保っていた。
「肩、貸します?」
「いえ、自分で歩きます」
船員は歯を食いしばって、浜辺に戻っていった。フィールドボアは俺が引きずってやることにした。
浜辺に戻ると、泥だらけになった船員を見て、魔族の誰もが驚いていた。砂の上にフィールドボアの死体を置いた。まだ死んだばかりで温かい。
「正直なところ内心、船の上からバカにしてました。魔族の貴族は魔物一匹狩れないのかと。そういうんじゃないですね。小便まみれ糞まみれ、泥にまみれて足は折れてます。笑ってください。酷い姿だ」
船員がそう言ったが、笑う者はいなかった。
「ただ、死ぬ覚悟も生きる覚悟もないのに、魔境に入ってはいけません。よくわかりました」
船員の彼はそのまま海に入り、自分と服を洗っていた。
「あなた方は死に、魔物を一頭でも狩った彼は生き残る。これが魔境の日常です」
俺は魔族たち全員に向かって言った。
「国と国が交易するなら、なるべく対等な立場がいい。もちろん、メイジュ王国の事情はあると思うけど、こちらの日常ぐらいは知っておいてネ。相互理解を」
チェルがまとめていた。
道を作る構想は、カジュウ一族との対話の中でできたらしい。石畳の石のつなぎ目には砂と砂利を混ぜたヤシの樹液を使うつもりだとか。熱はどうするのか聞いたら、冷やせばいいとのこと。どうなることやら。
カジュウ一族は魔境の石のサンプルを持ち帰るそうだ。
昼飯にフィールドボアの丸焼きを全員で食べたあと、魔族たちは荷物をまとめ始めた。
「名前を聞いてもいいですか?」
一人、桟橋に佇んでいた船員の彼に聞いた。
「ピートです」
「無理をさせてしまって申し訳ない」
「いえ、そんな……。感謝したいくらいです。生涯の自慢を得られました」
「どんなに汚れて凹まされても、立ち上がる腹が決まれば、だいたいのことは乗り越えられます。なるべく、魔族が魔境に来るときは船に乗っていてください」
「わかりました。必ず」
一通り、カジュウ一族の用は済み、荷物も船に運び終えた。
「夜の間に魔境の海域を出た方がいいヨ」
チェルの一言で、出港は早まった。
俺たちは沖に出るまで、周辺の魔物を倒しながら見送った。
浜辺の後片付けをして、塩の袋を確認。十分、採れただろう。
俺とチェルは砂の上に寝転んだ。
「領民を迎えるって大変だなぁ」
魔族は交易相手だが、エスティニア王国からはいずれ領民を迎え入れることになる。そうでなければ魔境の発展はない。エルフの国からもドワーフの技術者を連れてきたいのだが、本人たちの意識を変えないと魔境では生き残れない。指導をするにしても、一気には無理だ。
「侵入者に対応した方がまだ楽かもネ」
「領主に任命されたからって、すぐになれるもんじゃないな。大変さがわかったよ」
波の音が夜空に響く。