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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【攻略生活27日目】


明け方、一羽の烏が海から飛んできて、チェルがガシッと掴んだ。

「カジュウの一族を呼べ。近くにいる建築家でもいい」

 チェルはドライな口調だった。もしかして内弁慶なのか。

用が終わったのか、烏は海の方へと返され、飛んで行った。


「頼めたのか?」

「うん。たぶん、海が荒れてなければ夕方ごろには着くと思うんだけどネ」

 昨夜よりは荒れていないが、晴れてもいない。

 俺は鍋に溜まった塩をピクルスが入っていた壺に入れていく。メイジュ王国のピクルスは美味しいので、すぐになくなってしまう。壺は洗って使えるので助かるし、交易はした方がいい。

「もしかしてメイジュ王国って実は飯がものすごく美味しいんじゃないか?」

「え? ん~、どうだろうネ。魔境は野生飯って感じがするケド」

 実際、野生に生えている物か、魔物の肉ばっかりなので否定はできないが、調理は大事だ。


「悪いけど、海の大きい魔物だけ狩るの手伝ってくれるカ。魔族の船はまだ魔境に対応できないと思うカラ」

「いいよ」

 

 チェルは海面を普通に走り始めた。魔力の調節でできるらしいが、俺にはできないので、氷魔法を足に付与して海面を凍らせながらついていく。


 海岸線が遠く離れ、海の底が見えなくなった頃、サメが襲い掛かってきた。海から飛び出してくるので、ただの的だ。蹴ってよし、殴ってよし。群れで来ようが、鼻に打撃を当てるとあっさりどこかへ消えていく。

「海の中で戦えばいいのにな」

「なんでも食べ物だと思ってるんだヨ」

「チェルみたいな性格だな」

「マキョーも変わらないヨ」

「サメ女とサメ男か。思春期じゃないんだから、交易するならもうちょっと優しくなった方がいいかもしれない。フンッ」


 大きなイカの足が出てきたので、火魔法を拳に纏って殴って焼く。海中の巨大イカはチェルも氷魔法で凍らせて、そのまま波に流していた。


「あんまり下手に出て、騙されない方がいいヨ。それに隊長はそんなことしないでショ」

「隊長はな。竜人族の末裔だからよくしてくれるよ。ただ、この前、入り口のエルフ2人がエルフの大使を追い返して褒めたけど、失敗したかも」

「あー、エルフはプライド高いって聞くヨ」

「ヘリーは高く見えないけど?」

「ヘリーは特殊だからネ。でもさ、魔境に必要なのはドワーフなわけでショ?」

「そう。エルフじゃなくてドワーフの技術者だよ。カリューの身体を進化させたいからな」

「技術が伝えられているといいけどネ」

「そういう問題もあるのか……」


 牙が6本あるトドが襲ってきたので、魔力のキューブで腹から内臓をごっそり引き抜いた。内臓はそのまま海に捨てて、小さい魚の餌に。動かなくなったトドは浜に持ち帰ることにした。


「炙って食おう」

「よし、昼飯ダー!」


 大した仕事はしてないが、近海に魔物がいなくなってきたので、飯にする。


流木を集め、浜辺で火を焚いて、トドの肉を焼く。ついでに、凍った靴を温めて乾かしておいた。


「マキョーは領主としての自覚あるカ?」

「なんだよ、藪から棒に。ねぇよ、そんなもん」

「いや、これから他国の、いや元敵国の連中がやってくるダロ? そんな恰好でいいのか不安になって」

 飯時なので革の鎧は脱いでいるし、裸足だ。インナーも何度も洗っているので、少しくたびれてきている。

「あぁ、これじゃダメか? まぁ、鎧は着るよ。靴も履く」

「いや、褒められるポイントとかあった方がいいんじゃないか?」

 チェルが真面目な顔で言ってきた。外交としてはその方がいいのだろうか。クリフガルーダではそんなこと言われなかったが……。

「褒められることを一つもしてないのに褒められるポイントを作るのか? バカじゃないのか?」

「メイジュ王国の貴族は、結構、そういうものを気にするんだよ。褒められることで認められるというか……」

「なんだ、その貴族は?」

「確かにマキョーは人の評価とか気にしないな……」

 突然、チェルが顎に手を当てて考え始めてしまった。

「評価は気にしないぞ。え? だって、魔境の生活で必要じゃないだろ?」

 もしかして貴族になったら、もっと気にしないといけなかったのか。

「もっと働け、とかは言うことはあっても、評価かぁ……。どうしよう。チェル、俺、どうでもいいけど」

 全然、真剣になれない俺に、自分でも驚いている。

「マキョーなら、そうだよね……。想像したら、急に怖くなってきた」

 チェルは本当に青ざめている。何が怖いのかはわからない。

「どうなっちゃうの?」

「噛み砕いて話すと、魔境に流れ着いてきた頃の私と同等の力を持つ連中が、仕立てのいい服を着て、偉そうな面構えでやってくると思ってくれ。笑顔で対応できる?」

「そんな奴ら、引っぱたいちゃうかもな!」

「だよね! 困ったなぁ。今さら白状するけど、この前、帰った時に、魔王をボロカスにしてきちゃったんだよねぇ~」

「なんでそういうことすんの?」

「学校の同級生なんだけど、あまりにも自信がなくてさ。ちょっとダンジョンに連れて行って、現実を見せたっていうか……」

「やめろよ。友達なくすぞ」

「そうなんだけど、今の魔族はあまりに不甲斐ないっていうか。でも、今回、領主が招待した客を引っぱたいたら、交易できなくなっちゃうかもしれないから……」

「それは困る。ピクルスのためにもなんとしてでも交易はしたいぞ!」

 建築関連は最悪、後回しでもいい、と思ってしまっている。

「ん~、その前に魔境に入ったら、普通に死んじゃうよね」

「招待した客を殺しちゃまずいんじゃないの?」

 外交に詳しくない俺でもわかる。それに後々、霊として出てきたら面倒だし。

「杖を作っておく? あれさえあれば、魔境でもどうにかなってたから」

「そうだな! そうしよう。杖をプレゼントして、『似合いますなぁ』とか褒めてみるよ」

「うん! 危なかった。気付いてよかった~」

 思えば、どこかの国に乗り込むことはあっても、誰かを招待することはなかった。外交は案外難しい。


 トド肉を食べて、昼寝のあと、杖を作ることにした。

 魔石は繁殖期だったビッグモスがいくらでも狩れたので、特に問題はない。

 木材も、少し森の中に入れば、手ごろな枝がいくらでもある。


「いくつあればいいんだ?」

「10本か、20本くらいあればいいんじゃないカ」

「結構、作らないとな……」

 木を削って握りやすい持ち手にし、魔石を嵌める台座も作る。

 面倒な作業だが、それで外交になるならと、作っていった。


 結果、18本作ったところで、水平線に船が見えた。日は傾いて、橙色に輝いている。

 船の周囲には海鳥の魔物が飛んでいたが、見えた瞬間にチェルが火の槍で串刺しにしていた。


 灯台の明かりを点け、船を誘導する。

 大型の船で、何十人と乗っていそうだ。

「杖、足りなかったかぁ……。やるだけやった」

 革の鎧を着て、靴を履く。

「ちょっと迎えに行ってくるヨ」

「うん、頼む」

 チェルが海面を走り、風魔法を使って船を進めた。コンクリートにぶつかって大破しないよう、俺は桟橋に待機。操舵手の操縦が上手いようで、ぴったり桟橋に停まり、ロープを投げてきた。ロープを灯台に括り付ける。

 桟橋に板が渡され、赤い髪の軍人・セキトが紫色のローブを着た壮年の男性を連れて下りてきた。軍人らしき朱色の鎧を着た数名と、ローブ姿の一団も後から続いている。総勢、15人が上陸した。

 船にも数名の船員たちが残っているようだ。

 浜辺に通すわけにもいかないので、倉庫に案内した。魔石灯を吊るして、部屋を明るくする。

 

「なんだ、カジュウ・ロウが来たのか。慌てて準備したけど、意味なかったな。私の建築の先生だ。カジュウ一族を率いている長だ。こっちはマキョー。こんな見た目だけど魔境の領主」

 チェルがそれぞれを紹介した。知り合いのようだが、魔族たちの方が緊張している。

「チェル、あんまり失礼なことを言うなよ。遠い所、ありがとうございます。すみませんが、建築に関しては全くのド素人で、道もろくに作れません。魔族の皆さんのお力をお借りできないものかとお呼び立てしました。どうか、よろしくお願いいたします」

 そう言って頭を下げ、セキトとカジュウ・ロウに杖を渡した。

「こちら粗品ですが、お納めください。なるべく森には入らないようお願いします。なにぶん、魔境に客人をお呼びするのは初めてなものですから、失礼なことがあるかと思いますが、ご容赦ください」

 一通り挨拶を済ませて、顔を上げると、チェルがあんぐりと口を開けてこちらを見ていた。セキトたち軍人や、ローブ姿のカジュウ一族も目を丸くして驚いている。


「マキョーって、そんな挨拶できるの?」

「ミシェル様、本当にそちらが魔境の領主様なのですか?」

 ランクの低い冒険者にしか見えない俺が、挨拶をしたのがそんなに変なことなのか。


「チェル、お前、俺をなんだと思ってたんだ? 俺だって、町でずっと仕事してたんだから、人並みの礼儀くらいは知ってるぞ。それから、魔族の方々、杖はちゃんと携帯しておいてくださいね。うっかり魔物に襲われて死んじゃうと困るので」

「わかりました!」

 一斉に杖が配られ、魔族たちは握りしめていた。

「カジュウ一族当主、カジュウ・ロウでございます。お呼び立て、誠にありがとうございます。至らぬ点も多いかとは存じますが、精一杯伝えさせていただきます」

 カジュウ・ロウが頭を下げてきたので、俺はチェルの頭も掴んで下げさせた。

「な、何をするんだヨ!」

「こっちが頼みごとをしてるんだ。向こうさんに頭を下げさせて、こちらが下げないなんて道理はねぇ。チェル、お前は魔境の平民だろ。まだ魔族の貴族でいるつもりか? 勘違いすんじゃねぇ」

 俺は頭を下げながら、チェルに注意する。

「そうだネ。すみません。よろしくお願いいたします!」

「こちらもエスティニア王国並びに魔境とメイジュ王国の発展のためにやってまいりました。どうか、よろしくお願いいたします」

 一同、頭を下げて挨拶を終える。


「早速で申し訳ないのですが、西の拠点から入口までの道を作っているのですが、セメントの材料がなくてどうしたものかと思ってるところでして」

「花崗岩は見つかったんだけど、1000年前のユグドラシールでは石畳の道だったみたいで、メイジュ王国も石畳でしょ。やっぱり、一面、コンクリートより石畳の方が馬の膝にはいいってことなの?」

 カジュウ・ロウに聞いてみると、慌てていた。

「おそらく、修復の利便性や水はけなどもあると思いますが、少々、お待ちいただけますかな。状況を整理させていただきたい。この木箱を使ってもよろしいですか?」

 倉庫には机も椅子もないので、布などが入っている木箱を机代わりにしたいようだ。

「もちろん、どうぞ、ここにあるものはなんでも使ってください」

「失礼します」

 カジュウ・ロウは羊皮紙を広げて、鞄からペンとインクを取り出した。

「正直なところ、これほどミシェル様が前のめりで建築のことを聞いてくれる日がくるとは思ってもおらず、ロウ爺はとても嬉しく思っております」

「そういうのはマキョーの前で言わなくていいんだよ!」

「チェル、やっぱり内弁慶なのか? いい大人だろう。いつまで経っても母親にクソババアっていうタイプか。ダサいからやめろよ」

 そう言ってる俺は、親との縁はほとんど切れているのだけど。

「教えてください! お願いします!」

「いえ、こちらも構えてしまいますので、どうか普通に! いつも通りで構いませんから!」

「じゃあ、気楽に教えてください」

「わかりました」


 木箱の前で、ローブ姿のカジュウ一族と俺たちは車座になって、カジュウ・ロウの話を聞いた。軍人たちは表で待機している。

 やはりコンクリート製の道は馬の故障の原因にもなり、凹んだ場合、修復も面倒なのだとか。石畳であれば、砂利を盛り、石を嵌めていくだけ。ただ、嵌っていた石が取れる危険性はあるらしい。

「夜道だと穴に落ちてねん挫する可能性がありますが、夜の人通りにも寄ります」

「ほぼないので、石畳がいいのかな」

「魔境では、どうやって石を切り出すのですか?」

「ああ、マキョーがスポッと抜き取るんだ。見せてあげてよ」

 チェルに言われ、俺は表に出て、砂浜から魔力のキューブで、砂地をスポッと抜き取った。

「こんな感じですね。空気、石、水、砂、植物や魔物も抜き取れます。ただ、時魔法がかかったコンクリートなどは崩せません」

「時魔法が……?」

「皆さんが座ってる床の下にある基礎のコンクリートみたいなのです」

「ほうっ! はっはっは……」

 カジュウ・ロウは驚きながら笑って、そのまま後ろに倒れた。

「ああ、壊れちゃった。カジュウ・ロウは結構偉い人なんだから、あんまり驚かせるなヨ」

「チェルがやれって言うから……」

 俺とチェルが責任のなすりつけ合いをしていたら、軍人たちが慌てた様子で倉庫に駆け込んできた。

「すみません! 厠に行った奴が魔物に襲われてるんですけど、助けていただけませんか!?」

「だから、杖を使ってください。どこに行ったんです?」

「森の中に……」

「海ならどこでしてもいいですから、無暗に森に入らないように! チェル、話を聞いておいて」

「はーい」

「どっちですか?」

「こ、こっちです!」

 軍人に案内され、フィールドボアの亜種を討伐。

 そのまま、セキトら軍人たちに杖の使い方と、魔物の倒し方を教えながら、夜が更けていった。


 その日は、魔族たちは停泊している船で一泊することとなった。客を呼ぶのもなかなか大変だ。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 魔境の平民w確かに、領主と平民でしたね…
[良い点] > 「そうだな! そうしよう。杖をプレゼントして、『似合いますなぁ』とか褒めてみるよ」 >「うん! 危なかった。気付いてよかった~」 完全にコントみたいになってて笑ったw [一言] チェ…
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