【攻略生活26日目】
翌朝、チェルとリパを連れて、魔境の北西を目指す。
シルビアはワニ園の管理。ヘリーとジェニファーは魔物除けの毒草を探しに行っている。カリューもそれについていった。
「コンクリートに使う地層を見つけるんだよネ?」
「そうだよ」
俺たちは、箒に乗って空に浮かぶリパを長い蔓で引っ張りながら走っている。そうじゃないとリパが俺たちを見失うからだ。
「トンネルの大きさ見たけど、馬車も通すつもりカ?」
「食料を運ぶのに、馬車は必要だろ。なにか問題があるのか?」
「いや、馬の膝に負担がかからないカ?」
「コンクリートが固すぎてか……?」
そんなこと考えたこともなかった。普通、道は固い方が進みやすいだろう。車輪だって泥濘にハマることもないと思っていた。固すぎる弊害なんて、思いもよらない。
「でも、確かにユグドラシールは石畳にしていたと言っていたよな」
「コンクリートにする技術はあっても、そうしなかった理由があるのかもヨ?」
チェルのいたメイジュ王国でもコンクリートは建物の建材として使われていたが、道は石畳らしい。
「え~、そうなの? じゃあ、道や橋の技術者に聞いてもいいかもしれないな」
東海岸に行って、魔族の技術者と連絡を取ってもらおうか。
「いや、もちろん素材はあったほうがいいと思うけどネ。いつまでも洞窟生活してる場合じゃないシ」
「そうだな。チェル、今日はやけに賢いんじゃないか?」
「うん、昨日の失敗を取り返したいんだヨー!!」
カム実ジャムを失敗して反省しているようだ。
チェルが悔しさのあまり全速力を出したため、リパの口から水分が飛び呼吸困難にもなって、気づいたときには失神寸前になっていた。
「すまん。チェルがアホなんだ」
「ごめん。ちょっと感情的になったダケ」
リパに水袋を渡して、謝った。リパはゴキュゴキュと喉を鳴らして水を飲んでいた。
「死ぬかと思いました。でも、かなり進みましたね。ここは来たことがありません」
確かに、西の入口までは行ったことがあるし、北は山脈付近に拠点を設けていたが、北西は未踏だった。
イーストケニアの領地とは崖で区切られていて、魔境は崖の上だ。崖の下に入口の小川へと続く川が流れている。こちらは木々が鬱蒼としているジャングルだが、西の向こうには草原が広がっていた。
「こんなことになってるとは知らなかったな」
「うん。小川付近の崖がこんなに高くなっていくなんてネ。飛び降り危険だヨ」
「飛び降りる人はいないと思いますよ」
「リパは縛られて飛び降りてたじゃないカ?」
「あれは刑です。刑!」
リュートに描いてもらった地図を見ると、崖が反った坂になり、坂が山になって、山が連なっていき、エルフの国との国境線の山脈へ続いているようだ。
「山を掘っていけば、固い地層に当たるんじゃないカ?」
「ああ、そうかもな。もうちょっと北に行って、山の岩を調べてみよう。リパも一緒に歩いていくか」
「わかりました」
植生も変わってきたので、ゆっくり歩きながら周囲を観察することに。
山を登っていくと、少しずつ森の木々が低くなっていく。
倒木もあるため、裏拳で道を作らなければならなくなった。倒木には苔が生えていて、胞子が飛んでいる。何の効果があるかわからないため、3人ともマスクをつけた。
こちらを明確に襲ってくる植物はいないものの、マツボックリが弾け飛んだりはする。それから滑空する豆のような形の種が一斉に飛び交い、つむじ風を作り出して天高く飛んでいくのも見た。
「見たことない植物が多いな」
「全然、違うヨ」
さらに森の中を歩いていると、グリーンタイガーの2倍はある大きな山猫や、剣山のような毛を逆立てている狼の群れなど、こちらとしては新種の魔物もいる。P・Jの手帳にも記載はなかったはずだ。
「100年の間に進化したのかな」
「進化のスピードが早くないカ?」
「マキョーさん、勝てますか?」
「いや、戦う必要はないだろう。それより何か聞こえないか?」
カーン、カーン、カーン。
木槌でも叩くような音が聞こえている。
音がする方へ行ってみると、森の木々が途切れ、山の頂上が見える岩場が現れた。
そこに、立派な角の黒ヤギが2頭、お互いの角をぶつけあって戦っている。ぶつかった瞬間にカーンという音が鳴り、周辺一帯に響き渡っているようだ。
その横を牛のような大きさのサンショウオが悠々と歩いている。周囲と同じ茶色で、じっとしていると岩と見分けがつかないかもしれない。
「魔境らしいな」
「ウン」
黒ヤギの戦う音を聞きながら、山を登っていく。
岩場の壁面を魔力のキューブで抜き取り地層を探してみると、あっさり花崗岩という火成岩が見つかった。
「火山の噴火でできた岩だヨ」
「チェルは、本当によく知ってるな。勉強したのか?」
「させられたんだヨ!」
そう言って、「皆には秘密にしておいて」と断ってから話し始めた。
「魔王って建築家に殺されることがあるんだ。城のレンガを一つ抜いたら、城が全部崩れるような設計をしてくる秘密結社がいてさ。そういう奴らに騙されないように、先代に叩き込まれたの。学校の授業は逃げられても、それだけは逃げられなかった……」
チェルは説明している間、終始、顔を歪ませていた。心底、嫌な思い出らしい。
「インフラの整備とかで役に立つからとも言われたけど、そもそも魔王になんかならなかったけどネ!」
「じゃあ、チェルが道とか家の設計をすればいいんじゃないか。そうしよう」
「おい、ちょっと、何を言ってるんだヨ!」
チェルは俺の鎧を引っ張った。
「資材は見つかったから、あとはどのくらいの大きさに切りだして、並べていくかだな。馬の膝のために下には柔らかい砂利とか敷き詰めればいいのか? まぁ、いい。そこら辺は魔境の建築家が考えてくれるだろう」
俺は勝手にチェルを魔境の建築家にした。
「やらないからネ! すごい頭を使うんだから、面倒なんだヨ!」
「チェルは、そろそろ本気を見せてもいい頃だ」
「嫌だ。私は美味しい食事を追求したいんだ」
「大丈夫。両立できるさ」
「得意なことと、好きなことは違いますから」
リパも賛同してくれた。
とりあえず、大人の身体と同じくらいの花崗岩を蔓で縛り、背負って帰ることに。
「本当に私が、建築するのカ?」
「今のところ、魔境でのチェルの役割ってなんだ?」
「魔法使い?」
「最近はそれほど教わってないぞ。それに今のところ、困ってないし間に合ってるな」
「パン屋!」
「パンだけ? 野草炒めとかステーキとか用意しているのはヘリーとかジェニファーじゃないか? 美味しい食事はパンだけじゃないんだぞ」
「ぐぬぬ……、追い出すつもりカ!?」
「仕事をしてくれって言ってるだけだ」
「リパは?」
「洞窟の掃除をしてくれてるだろ? それにジェニファーが採ってきた野草の毒味をしてるのも実は知ってる」
「くそぅ……。わかったヨ。やるヨ」
チェルは渋々受け入れていた。
「魔法がこんなに軽んじられる環境は魔境以外にないヨ……」
ブツブツ文句を言ってるチェルを無視して、俺たちは家に帰った。
「おお! 随分、大きい石を見つけてきたな」
ヘリーが花崗岩を見て驚いていた。ヘリーとジェニファーは鍋で何かを煮込んでいる。おそらく魔物除けの毒草を見つけたのだろう。
「そっちも魔物除けの毒草を見つけたみたいだな」
「ええ、見てください。リコリス・ラジアータの変種ですって」
ジェニファーが笊いっぱいの赤く細い花びらの花をどっさり見せてくれた。
「まだ、魔物に効果があるかわからないが、虫系の魔物には効くらしい。繁殖期なのに、洞窟周辺にはいなくなってしまった」
そういえば帰る途中に、虫系の魔物はあまり見かけなかった。
「魔境の北西は未踏だったのかもしれない。P・Jの手帳にも描いてない魔物を結構見たんだ。1000年前は北西には何があったんだ?」
カリューに聞いてみた。
「北西? 山の下ならドワーフの工房があったところかもしれない。養蜂とかチーズ作りが盛んで、あまり魔法や魔道具に頼らない生活をしている人たちが多かったと思う」
「バカみたいにデカい山猫はいたか?」
「いや、そんなものはいなかったはずだ。コロシアムでも黒ヒョウの魔物はいても山猫はちょっと見たことがない」
「やっぱり大きく進化してるのかもな」
昼飯はシルビアが作っていて、フィールドボアのレバーがたっぷり入ったレバ野草炒めだ。
「ち、力を使うと、血が足りなくなるから、なるべく肉が欲しくなって。すまない、付き合わせてしまって」
「美味いから、いいんだ。ワニ園はどうだった?」
「か、か、身体の大きなボスが出てきたから、争いが減って楽になった」
ワニ園は順調そうだ。それほどロッククロコダイルの捕食者も現れないだろう。
「ちょっと夜は、私のパンは食べられないカラ!」
そう言いながら、チェルがパンを焼いている。
「どうかしたのか?」
「パンしか焼けない魔法使いなんか役立たずだってマキョーに言われたんだヨ! 酷くないカ?」
「……プフッ」
頬というより顔を膨らませて怒っているチェルを見て、シルビアが噴き出した。釣られて、皆も笑ってしまう。
「そんなことは言ってないぞ。チェルに建築の能力もあるってわかって、最近の役割について確認しただけだ。魔法を使えるくらいじゃ、今の魔境ではちょっとな……」
「ほら! 領主の横暴だと思わないカ!?」
もちろん皆、チェルの魔法には助けられてきた。ただ、必ずしも魔境での生活に魔法がいるのか、と聞かれると疑問ではある。ヘリーは魔法が使えないし。それにチェルがメイジュ王国に行っている間、それぞれ自分の得意技を見つけてしまった。
「ここは魔境で一番性格の悪い私が、一言」
ジェニファーがわざわざ自分を下げつつ前に出た。
「チェルさん。パンなら皆、焼けます。これまでマキョーさんのサポートや魔境での生活を教えてくれたのはありがたいと思ってます。ただ、すっかり私たちは魔境での生活に溶け込んでしまいました。自分の好きなことや得意分野を作っているんです。チェルさんもそろそろ……」
ジェニファーは優しく微笑みながらチェルに近づいていった。
「わかった! わかったよ! 優しく言われると余計に辛いから!」
その日、チェルはパンを少し焦がした。
「午後は東海岸に行ってくるカラ! いいネ!?」
「うん、塩も採ってきてくれ」
「マキョーも一緒に来いヨ!」
「なんでだよ」
「荷運びだロ!」
「リパは?」
「僕は魔物除けの薬の実験です」
「私と一緒に」
ジェニファーとリパはやることがあるようだ。
魔族の建築家の話も聞けるかもしれないので、行くことにした。
チェルと2人なので、全速力を出せる。
夕方ごろには東の海岸に着いていた。倉庫の中には、まだメイジュ王国からの荷物が詰まっている。布製品などは持って帰ろうか、と選別していく。
その間に、チェルは沖を飛んでいるメイジュ王国の使い魔を探していた。ただ、その日は強風で海も荒れていたため、使い魔を見つけることができなかった。
「一泊だナ!」
「鍋あったかな? 塩を作っておこう」
結局、倉庫で一泊することに。
夜が更けていくなか、この前作った灯台に魔力を込める。闇夜に灯台の明かりが真っすぐ伸びていった。