【攻略生活25日目】
朝から、トンネル用の木材を切り出して、魔法陣を描いていく。ゲン担ぎとして俺たちも鹿の紋章を彫ることにした。
シルビアが作った彫刻刀とナイフで彫っていくが、最後だけはヘリーに頼む。
「魔法陣が起動して、誰かの時が止まらないように」
「カ、カ、カリューも触らない方がいい」
なるべくカリューには入り口に近づかせないことにした。1000年前の記憶を持ったゴーレムなど、魔境以外の者からすれば、何が何やらわからないだろう。
「砂漠にはあれほど魔物がいたのだな。目が見えていた時はわからなかった」
本人は昨日、砂漠に連れていかれて感動している。それから、カリューについてわかったことがあるとチェルが報告してきた。
「カリューは身体の中から魔力が減ると縮んで痩せるヨ」
形を保ってられず崩れるのかと思ったが、土の分量を調節することができるらしく、身体を小さくするらしい。
「おそらくキューブにそういう機能があるのだと思う。魔法陣に関しては封魔の一族が研究して、キューブにいろいろなギミックが組み込まれているはずだ。ほとんど使いこなせていないが」
「夜中に中を観察している」
ヘリーがキューブ内に描いてある魔法陣を写し取ったりしているとのこと。開けられないので、はっきりとは見えないが、予測はできるらしい。
「薄いガラスなのか紙に描かれていて、薄さが大事なようだ。キューブ内が壊れないという前提で作られていて、ユグドラシールの技術者の執念は異常だと言える」
軍にも渡しているので、誰かが解読できるといいのだけど。
魔法陣が描かれた木材を持って、トンネルの柱と梁を組んでいく。今日は午前中の作業なので、チェル以外は手伝ってくれる。
チェルはカム実のジャムを煮込み中だ。蜂蜜も入れて、洞窟の周りは甘い匂いが充満している。後で、虫が来ないか心配だ。
「皆、トンネルの中はいつ崩落するかわからないから、気を付けろよ」
「「「了解」」」」
注意していたが、どんなに音を立てても柱と梁を立てている間、天井が崩れてくることはなかった。相変わらずグリーンタイガーが近くに来るが、顎を撫でて追い返す。
リパにもグリーンタイガーの子供たちが寄っていって甘噛みをしていた。
「今日は噛まれる一日です。今朝もロッククロコダイルに餌をやりに行ったら、噛まれそうになりましたから」
魔物に好かれる才能は健在のようだ。
「ワニ園の方は順調なのか?」
園長のシルビアに聞いた。
「よ、夜中に交尾はしているみたい。繁殖可能なら、数を決めようかと思ってる。と、隣の沼からヘイズタートルがやってきて踏みつぶすことがあるみたい」
「沼に広がっていた眠り薬も効果がなくなってきたので、岸辺に上がってるヘイズタートルを戻した方がいいかもしれませんよ」
シルビアとジェニファーが説明してくれた。
「午後はそれをするか。時々、カメ汁も食べたくなるしな」
魔境のカメ汁はほとんど調味料を使っていないのに美味しい。
柱と梁を組み終えて、道にある雑草を刈り取り、ヤシの樹液で固めていく。
「1000年前は石畳を敷いていたのか?」
離れて待機していたカリューの足にカミソリ草が突き刺さっていたので、取ってやりながら聞いた。
「そうだ。土魔法が得意な獣人の種族がいて、土木関係はほとんど担っていたはずだ」
「竜人族以外も、いたのか?」
「もちろん、獣人族、魔族、エルフ族、ドワーフ族、人族、なんでもいた。竜人族が一番多かったが……」
話している途中で、カリューはうつむいてしまった。
「どうした?」
「血か。さ、さ、差別があったんじゃないか?」
シルビアがベトベトになった軍手を脱いで籠に入れていた。
「竜人とエルフは純血を重んじる」
「魔族も一族で苦労しているみたいだけど?」
「大陸を渡ってくる魔族はそれほど気にしていないようだった。ドワーフは堅物で能力主義かな。獣人と人族は反発はしていたが、今はどうなんだ?」
逆にカリューから聞かれた。
「別に気にしてないな。そもそも国の王が竜人族というのも最近知ったばかりだし。リパは?」
「クリフガルーダは鳥人族しかいませんから、種族間の差別はないですね。魔族が珍しいとかはあったと思いますけど」
「きゅ、きゅ、吸血鬼の一族は魔物扱いだったというのは本当か?」
シルビアがカリューに聞いていた。
「本当だ。すまない」
「い、いや……」
謝られてもどうしようもない。史実は時に残酷だ。
「オーガとかと同じ鬼系の魔物だった。シルビアほどコミュニケーションも取れてなかったし。ただ、夜のコロシアムではものすごい人気だった。狂戦士とはああいう者たちを言うのだろう。月明かりの下であれほど戦える種族は異質だった」
カッコよさの象徴だったのかもしれない。
「人族の一部として認めようとしたこともあるんだが、逃げ出した吸血鬼が村ごと眷属にしたことがあり、やはり一箇所にまとめることになって、コロシアムが運営している敷地内に集落ができた」
「じゃ、吸血鬼の一族は、近場に住んでいたんだな?」
「もしかしたら、今住んでいる洞窟の近くだったかもしれない」
「そ、そ、そうかぁ」
シルビアはまた何かやる気を出している。
「カリュー、シルビアに言ってやればいい」
ヘリーがカリューを肘で押した。
「ん? そうか? 実は私は吸血鬼のファンだ。混血だから差別されたこともあるし、面倒ないじめにもあったことがある。だからか、コロシアムで吸血鬼が出る試合はなるべく見に行って、勇気を貰っていた」
「そ、そうなのか……」
「吸血鬼の一族が現代で受け入れられていることに『ほら、見ろ』とも思ってもいる」
「せ、せ、聖騎士のお陰だ」
「聖騎士というのは誰のことだ?」
「差別撤廃を求めた人で、海を渡って魔族の国で殺された人だ」
チェルから話を聞いているので、こちらも複雑ではある。
「巨大魔獣の外ではそんな者も出たのか……」
「魂だけでもミッドガードに戻って、ゴーレムとして生きた者たちはいなかったか?」
「魂がミッドガードに戻ることはあっても、ゴーレムとして生きれる者などいなかった。今の私はミッドガードでも特殊だ……。まさか……」
それ以上は誰も口を開かなかった。
嫌な話だからというのもあるが、どんどんカリューの身体から土がこぼれ、小さくなっていっていたからだ。
俺はそっとカリューを抱きしめて、魔力を注ぐ。
「過去から来たんだ。複雑な気持ちになるのもわかる。だけど、俺たちはカリューを傷つけるつもりはない。続きは気持ちが落ち着いた頃にまた喋ろう」
「……わかった」
作業を一通り終えて、家へと戻る。
虫が来ないか心配していたが、案の定、ヘルビードルやベスパホネットなどがやってきたらしく、黒焦げになった魔物の死体がちらほら転がっている。
「傑作ができたかもしれないヨ」
昼飯で食べたカム実のジャムパンはこの世のものとは思えぬほど甘く、一口で胃がもたれるような気分になった。
「ま、魔物のいい餌にはなる」
「ジャムを発酵させて、ワインにするのはどうです?」
「舌は人それぞれ違うが、魔族は特殊なのか」
女性陣は厳しいことを言っていた。
俺とリパは黙ってフキの葉で包み、罠を仕掛ける時に使うことにする。
「失敗だったカ~」
無理して全て平らげていたチェルは、午後寝込んで使い物にならなかった。
午後に入り、ハムサンドを食べながら、俺とジェニファー、リパがヘイズタートルの引っ越しをする。
岸辺から離れて移動しているヘイズタートルを家の近くの沼に運ぶだけ。岸辺にいる奴はそのうち勝手に沼に戻るだろう。
沼と沼の間にある遺跡にも数頭いたので、ぶん投げていく。
仲間がやられていたら突進してくるので、拳に風魔法を付与して吹き飛ばしていった。
こちらが強いとわかれば殼に篭るので、移動させやすくなる。
ジェニファーはスライム壁で弾き飛ばし、リパは蔦を巻いて箒に括り付け、空を飛んで運んでいた。
「その箒は結構な重量に耐えられるんだな」
「たぶん、ぎりぎりですけどね」
ワニ園の方に侵入していた一頭を捕獲したら、向こう岸にもヘイズタートルが見えた。
「どこまで移動してるんだ?」
ギョエエエエ!
インプも叫んでいるが、ヘイズタートルは特に気にせず、森の木々をバキバキに折って進んでいた。老樹のトレントが立ちはだかったが、枝葉をむしゃむしゃ食べ始める始末。
鳥がけたたましい鳴き声を上げて、トレントとヘイズタートルが争っているのを周囲に報せている。
「こりゃ、ダメだ」
俺は思いきり跳んで、ヘイズタートルの頭を殴り、尻尾を掴んで投げ飛ばした。
それをジェニファーが遺跡の方まで、スライム壁で弾いた。
ヘイズタートルが他にいないか周囲を確認すると、森の中にきれいに甲羅だけがいくつか転がっている。魔物に喰われたようだ。虫系の魔物の繁殖期だから、やられたのかもしれない。
遺跡でひっくり返っているヘイズタートルを解体することにして、空を飛んでいるリパに持って帰らせた。
以前なら、夜通し解体していたが、今は魔力のキューブがあるので、ブロックに分けてあっさり解体できる。出てきた血も沼に流した。
魚がぴちゃぴちゃ寄ってきた。解体している岸辺には、虫系の魔物が臭いにつられて集まってきてしまう。
ある程度、解体したら甲羅を残して、家に戻り、鍋の用意をする。塩だけなので、それほど難しくはない。煮えるまで待つだけ。
そうこうしているうちに日は傾き、またしても地層探しは断念。俺は久しぶりにP・Jの手帳を確認し、地層に関することが書いてないか調べた。イーストケニアの歴史書も地層や火山に関する記述を探したが、火山が噴火したという記録だけはあるものの火山灰がどこまで降ったのか、どこに流れて行ったのかなどは書いていない。
イーストケニアが近い、魔境の北西を探してみることにした。もしかしたら山脈を越えてエルフの国まで行っているかもしれない。
まだ見ぬ地層に思いを馳せながら、カメ汁を食べる。
「美味い!」
「美味しいネ」
いつの間にか起きてきたチェルも喜んでいる。




