【攻略生活24日目】
「『渡り』の魔物を使うのだ」
朝飯を食べながら、カリューにどうやって空島を動かすのか聞いてみると答えてくれた。
「空島にはいくつも魔法陣が設置されている。空島は『渡り』の魔物の休憩所として使われていたのだ。その魔物を狩って魔石を取り出して、島の中心にある池に入れているのだが、魔石の量によって空島の高度が決まる」
「じゃ、高度を上げて『留め山』から離したのか。で、どうやって動かすの? 風で飛んで行ったりしない?」
「飛んで行ったりするから、プロペラを使う」
「なんだ、それ?」
「知らんか。風車のような羽がついて回るのだけど、空気に作用して加速させるのだ」
「それは魔法陣じゃなかったのカ?」
「なぜだか私にもわからないが魔法陣じゃなかったな。魔法陣だと都合が悪いことがあるのだろう。確か、空島の運用初期にいろいろと失敗が続いていたらしくて、帆船のように帆をつけてみたり、巨大な羽を付けてみたりしていたが、結局は複数のプロペラで落ち着いたのだと思う」
「そうか。ユグドラシールの民も失敗するのか。そう思うと気が楽になるな」
朝飯を食べたあと、全員で『留め山』の跡へと向かう。まだ、掘り出してはいないので、発掘することにした。周囲に何があるのかも気になる。
マングローブ・ニセの群生地の近くなので、丘の下は泥濘があり、犬くらいのサイズのカニや微弱な雷を放ってくるナマズなどもいる。当たり前のように虫系の魔物は大群で襲ってくる。
カリューの顔が蛾の溜まり場みたいなことになっていたので、火を焚くことにした。
「魔物を捕る線香のようなものがあるといいのだが……」
「1000年前にはあったのか?」
「あった」
「いや、1000年後の今も普通にありますよ。魔境にないだけで」
そういえば蚊を捕る線香があった気がする。
「魔物が嫌う臭いを出す花ならありそうだ。ジェニファー、今度一緒に探しに行こう」
ヘリーがジェニファーを誘っていた。
「いいですね。野草探索もまた始めないとマキョーさんが家賃、家賃ってうるさいですから」
夜型と昼型なので意外な組み合わせだが、特に仲が悪いわけではない。
「最近は、家賃以上に働いてくれる領民たちがいるから助かってるよ」
心にもないことを言ったせいか、全員から土を投げつけられた。
気にせず、発掘を再開する。
『留め山』はコンクリート製で、天辺に穴が空いていてそこに鎖を入れられるようになっていた。丁寧に掘り進んでいくと、鹿の紋章が施されている。シルビアがハンマーで叩いてもコンクリートは削れない。ヘリーがナイフを振り下ろすとあっさり欠けた。
「時魔法の魔法陣が仕込まれてるね」
だったら、俺の魔力のキューブで一気に掘れる。
「カリューは知ってる? 鹿の紋章を施すエルフの建築業者って」
掘り進めながら、聞いてみた。
「時の神の紋章だろう? ゲン担ぎだから、どの業者も使うのではないか。ティタネス工務店というサトラの業者は有名だったが」
「そうか。この紋章はゲン担ぎか」
「ああ、幾年月までも時の神が守ってくれますように、という意味だろう。家の梁や橋やトンネルにも彫られていた」
「もっと秘密結社みたいなものを想像していた」
掘ってしまうと、『留め山』は四角錐の立派な建物だった。3階建てくらいはあるだろうか。横穴も開いており、通路を進むと建物の中心に大きな留め金が地面に埋まっている。
「これなら強風が吹いても飛んで行かなそうだね」
「いや、それが、実は、何度か事故があった。ユグドラシールの民も自然の力には勝てないからな」
カリューは正直に語った。
「カリューはあんまりユグドラシールを凄いものとして話さないよネ?」
チェルが真正面から聞いていた。
「いや、この魔境で嘘を言っても仕方ないのではないか。例えば、コロシアムにはとてつもなく強い魔物がいたと言ったところで、マキョーよりもすごいというのは出鱈目すぎて信用されない気がするのだ」
「俺よりすごい魔物なんていくらでもいるだろ? 今のところ魔境では発見されてないだけで。それに、すごいの種類もいろいろあるだろうし」
鼻をほじりながら言うと、全員から物凄く睨まれた。今日は、他人と意見が噛み合わない日なのかもしれない。
昼はせっかくなので『留め山』の中でバーベキューをする。
天井に穴が空いているので、窒息することはないだろう。ワニ肉の塩だれ漬けと、カニの姿焼き、ナマズの香草焼きなど、俺が掘っている間、準備をしてくれていたらしい。
「美味い! 文句のつけようがない」
カニの足をしゃぶりつつ、カリューに魔力を込める。虫に穴ぼこだらけにされた土の肉体も、一気に直っていった。
午後は、チェルとリパが、このまま南下してカリューを砂漠へ案内したいと言っていた。
「砂漠など少ししかなかったはずなのだが、どのくらい広がっているのか気になる」
「大猿と大鰐がどうしてるかも見てくるヨ」
「サンドワームに喰われないようにな。P・Jのナイフを持ってくればよかった」
「ああ、持ってきてます」
朝のうちに用意もしていたのか。
「俺とジェニファーは、入り口までの舗装工事な」
「はい。私は領主のお世話です。トイレは行っておいてくださいね」
まるで子供扱いだ。皆、笑っている。魔境は貴族になっても気を使わないからいい。
ヘリーたちと一緒に家に帰る。
スイミン花を採るためのスコップやマスクなどを用意していると、シルビアが寝る前に釣り針の先のように返しのついた銛を持ってきた。
「なんの武器だ?」
「か、か、カム実、取ってきて。チェルがジャム作るって」
「ああ、はい」
「いってらっしゃい!」
見送りの言葉だけは、はっきりと言っていた。
2日も開けたので、道はすっかり雑草だらけ。
「これはできても整備に時間がかかるよな」
「コンクリートを敷き詰めますか?」
「地層を探さないとな」
やることは多いが、今はとりあえず雑草を刈って、実っているカム実をもいでいく。襲ってくるので、すぐに籠はいっぱいになった。
2つ目の籠を背負って、トンネルまで向かうと、グリーンタイガーの家族が普通に暮らしてやがる。
「お前らのために開けたんじゃないんだよぅ」
銛でつついて追い出すと、グリーンタイガーの奥に縞模様のヘビが大量に発生していた。毒持ちかもしれないので、銛の返しを使って引きずり出し、氷魔法を付与した拳で殴っていく。
とぐろを巻いていたヘビも、一瞬で真っすぐな棒のように固まる。ジェニファーが薪のようにまとめて縛り、頭をスパンと剣で切っていた。
「何かに使うのか?」
「魔石は武器の材料に、肉は食材です」
魔境の総務は、しっかりしている。
せっかく採取していたスイミン花も広がっているので、穴を掘って入れておく。
ゴールデンバッドやラーミアなども現れたが、ほとんどこちらを襲ってくることはない。カミソリ草とオジギ草だけは、関係なく襲ってくるので刈り取った。魔境の植物は誰であろうが襲ってくる。
再び丘に当たったので、魔力のキューブで穴を空けて、トンネルを作る。
穴が空いて向こう側に行くと、カブトムシの魔物・ヘルビードルや大きな蛾の魔物・ビッグモスが繁殖していた。
「なんだ? 虫が繁殖する季節なのか?」
アラクネも虫系だ。
「どうします? ビッグモスの鱗粉だけでも取っておきますか?」
「シルビアが防具とかに使ったりしないよな?」
「しないと思います」
「麻痺薬の在庫は?」
「十分すぎるほどありますね。壺は足りないくらいには。毒はどうしても多くなってしまいますから」
「じゃあ、邪魔なのだけ追い払っておこう」
虫の魔物のせいで木々が倒れているので、ある程度、駆除することに。
鱗粉を放ってくるビッグモスを銛で突き刺し、ヘルビードルは頭部をねじ切って、その辺にぶん投げる。
ガシャンガシャン!
オジギ草の音が鳴っていたので、死体は残らないだろう。
マスクをしているので鱗粉も効かない。
草木を刈り取って道を繋げていくと、ようやく入口の小川が見えてきた。一応、雑草が生えてこないように、刈り取った道にはヤシの樹液を流して固めておく。
鱗粉で黄色くなった身体を小川で洗っていると、いつものようにスライムが噛みついてきた。
蹴っ飛ばして遊んでやっていると、川向こうの森からエルフの2人が不満そうにブツブツ言いながらこちらに向かってきた。
「よう」
「辺境伯! なにをやってるんですか?」
こちらを見て、すぐに2人は近づいてきた。スライムがいることがわかっているので、一定の距離を保っている。
「家までの道を舗装してるんだよ。馬車が通れるくらいのトンネルも作ってる」
「そうなんですか……」
「それより不満そうに喋ってたけど、なにかあったか?」
エルフの2人は互いを見合わせて、迷っている。
「なんだ? 別に俺への文句なら聞くぞ。改善はしないと思うけど」
「辺境伯に不満なんてないですよ」
「そうじゃなくて、先ほど、エルフの大使という奴が近くまできて、鎧がどうとか聞いてきたんで、知らないって答えたら、『これだから下層民は』って言って去っていったんですよ」
「小突いてきたんで、冗談のつもりだったのかわからないんですけど、別に……なぁ」
「ああ、ここはエルフの国じゃないし……」
エルフの国ではないので、下層民だからと馬鹿にされる謂れはない。
「なにか失礼な奴が来たなら、ぶっ飛ばしていいぞ。2人とも魔境の番人だって言っていいから」
「いいんですか!?」
「ああ、いいよ。仕事もしてるんだろ?」
魔物の皮が交易小屋の近くに何枚も干されている。十分な働きだ。
「なんにも、やましいことなんてしてないんだから、胸張っていいんだぞ」
少なくとも隊長たちは、森に住んでいるエルフの2人に失礼なことはしないだろう。実力不足の冒険者とかが来たら、追い返してもらった方がいい。
「そうですかね。わかりました」
「ちょっと、自信がつきました」
2人とも筋肉はついているので、あとは実践だけだと思う。魔境で数週間過ごせばリパくらいにはなるのではないか。
「そろそろ2人も魔境に入ってみるか?」
グシャ、ゴシャ、モギュ……。
オジギ草がヘルビードルを食う音が響いている。
「それは、もうちょっと後で構いません」
「まだスライムにも後れを取ってるくらいですから」
エルフの2人は謙虚だ。
まだ食べられていないビッグモスの羽をおすそ分けして、「麻痺薬にするといい」とアドバイスをしてから、家へと帰った。
訓練施設を作るにも、やはり道が必要だ。地層を発見しないとな。