【攻略生活23日目】
今日は朝からステーキだった。夜明け前にシルビアがフィールドボアを仕留めて、ワニ園のロッククロコダイルたちに餌を与えたため、余りの肉が朝飯になったらしい。
「ワニの残り物でも美味いな」
「美味すぎる」
付け合わせの野草のお陰か、腹にもたれることもない。
「それにしてもシルビアが狩りをするなんて珍しいんじゃないか?」
「い、い、いや、ワニ園ができたら革も肉もいくらでも手に入ると考えたら、じっとしていられなくて。武器の調整も兼ねて」
「大丈夫だ。私も同行したが、ちゃんと武器の扱いが上手かった」
ヘリーも褒めていた。使っていた武器は棘付きのメイスで棘に麻痺薬を塗っていたそうだ。
「やるなぁ」
「そ、それはこちらの台詞だ。アラクネの糸を見たぞ」
現在、洞窟の物置にはアラクネの糸が山のように積まれている。
「大発生していたらしいな。チェルに少し聞いた」
「ああ、リパが気付いてくれてよかったよ。ほら、マングローブ・ニセの群生地だ」
「あそこか。村が埋まっているのだったか?」
「そうだ」
以前、南にある神殿からゴーストドッグという魔物を追って辿っていったことがある。
「また沼みたいに水を一度抜いてみるか。川だから流れを変えるしかないかなぁ」
「川の底に村が埋まっているのか?」
カリューがゴーレムの身体を作りながら聞いてきた。最近、小動物の形になれないか実験しているらしい。その方が魔力消費が少なくて済むと言っていた。
「あ、ほら。南に神殿があったろ。その神を信仰している村だ……」
「豊穣の女神か? だとしたら農学の村じゃないか」
「農家が住んでいたってことか?」
「ああ、空島で品種改良をしたり、国内各地で土づくりを教えていたり、酒造りをしていた村でもあるな」
「じゃあ、巨大魔獣に食われる前の空島を管理していた人たちか?」
「そうだ」
「だったら、空飛ぶ箒を使っていた人たちですかね?」
相変わらず朝から汗だくのリパがステーキを頬張りながらカリューに聞いていた。朝の素振りを欠かさない。
「そういうことになるな。空島の『留め山』もあるはずだ」
「『留め山』というのは?」
「今、空島は鎖で繋がれていないのか?」
「繋がれてるよ」
「その鎖を繋ぎとめておく場所のことさ。鎖を外して移動させるときに使う駅みたいなものだな」
そういえば、砂漠の下を探った時に、空島から伸びる鎖が、四角錐に繋がれていた。あれは取り外しが可能なのか。
「詳しくは知らないが、季節によって風向きが変わったり日照時間が異なったりするから、動かしていたのだ」
「ということは、あの村跡の近くに『留め山』があるかもしれない?」
「うむ。巨大魔獣に崩されていなければ……」
カリューがいると、発見していたものが繋がっていく。
もともと午前中は、アラクネの糸を再び回収しに行くつもりだったので、マングローブ・ニセの群生地へ皆で行くことにした。
すでに朝飯を終えていたチェルとジェニファーは蔓で網を作っており、糸を巻き取りやすい木の棒や魔物の骨も用意されていた。
「気が利くな」
「魔境産のアラクネの糸にはお金の匂いがしますからね」
「ジェニファーに牛の乳を入れたパンがあると聞いた……。牛乳を必ず交換してきてほしい……。あと砂糖も……」
いつになくチェルは真剣に俺の目を見て頼んできた。訛りは一切ない。メイジュ王国にもミルクパンくらいはあっただろうに。
「金と食い物に目がくらんでるってことはよくわかった。とりあえず、先に行ってるからできたら来てくれ」
「「了解」」
俺はカリューを背負い、リパがヘリーを箒の後ろに乗せて、家を出る。シルビアは「わ、私は走る!」と後ろをついてきた。
多少、魔物に襲われつつ現場へと向かう。ヘリーは箒の上からクロスボウを試し射ちして、全矢魔物の頭部に命中していた。人知れず、夜中に練習していたのかもしれない。
「やるなぁ。日頃の成果か?」
「いや、そうじゃない。魔法陣で威力を上げたら真っすぐ飛ぶようになったのだ」
本人はあまり練習をしているとは思われたくないのか、本当にクロスボウの性能のお陰なのか。魔物を倒せているので、文句はない。
現場に到着すると、早速作業開始。
マングローブ・ニセの根を足場にして、アラクネの糸を木の棒や骨に巻き取っていく。木の皮にへばりついて剥がせないものは一度水をつけて粘着力を弱めてみたりして剥がしていく。それでもだめなら、ナイフで切ってしまう。
カリューとヘリーは『留め山』の跡がないか周囲の探索を始めている。
「蚊が出たら、火を焚けよ」
「了解」
昨日いた大型化した蚊なら特に問題はないが、小さい蚊の群れは面倒だ。
糸を巻き続け棒が大樽ほど太くなれば、チェルたちが作った網に入れていく。2人はいつの間にか現場に来て、黙々と作業をしていた。
アラクネに捕まえられた魔物や卵はすべて焼いていく。
足の下には川が流れているので、カニやナマズの魔物も出てきたが踏むか蹴るかで対処していた。ほとんど邪魔が入らなかったので、昼までずっと同じ作業を繰り返していた。
その甲斐あって、きれいにアラクネの巣が消え、葉をつけていないマングローブ・ニセの群生地になっていた。
汗で汚れた身体を拭いて、岸辺で弁当を食べる。
ロールパンの中にフィールドボアのバラ肉と野草を詰め込んだ美味いやつ。山椒と塩が利いて、あっという間になくなってしまった。
ヘリーたちが戻ってきて、一緒に休憩する。
「どうだった?」
「いくつか丘があって、どれかなんじゃないかって……。マキョー、後で土の中を探ってみてくれ」
「わかった。カリューにはわからなかったのか?」
「これだけ魔力が多いとわからない。それよりマキョー、ヘリーは封魔一族の生まれ変わりかもしれん」
「封魔一族っていうのは誰?」
「優秀な魔道具師を輩出する一族だ。チェルの腕輪も作ったというし、何か棒のような武器で魔物を一切寄せ付けなかった」
封魔一族というのは魔法を封じる一族かな。
ヘリーは腕まくりをしてタトゥーを見せながら「そんなことはない」と笑っていた。カリューには見えないのだが。
「魔法陣はエルフの国で学んだものとP・Jの手帳を見て実験したものがほとんどだし、この杖は冷えるコップの魔法陣を代用しただけだ。嵌めた魔石も小さい」
「それでカリューを守れるなら立派なんじゃないの?」
「ん~、いや、観察をしただけだ。特別難しいことをしてるわけじゃない。魔物を観察して心臓の位置を見極め、一気に冷やしてしまえば……な?」
心臓が縮むのか。
「マキョーがいつもやっているようなことだ。たぶん、ここにいる皆できる」
「か、か、観察力が昔よりついたのは確か」
「あー、私もメイジュ王国に一回帰って思ったけど、他の人ってあんまり魔物を見てないよネ? というか、魔境くるまではそんなに観察してなかったカモ」
「魔境にいると、勝手に観察力がついちゃうってことか?」
「見て判断しないと、死の危険がありますからね」
「でも、その杖は訓練するときに使えるかもしれないな。採用しておこう」
他所から来た人には持たせておいた方がいいだろう。後日、いくつか作ることに。
「封魔の一族で思い出したけど、やっぱり魔法が使えない人ほど、魔法陣を描くのは上手くなるのか?」
ヘリーがカリューに聞いていた。
「もちろんだ。事故が起きにくいから、研究も捗る。空島を飛ばしたのも封魔一族だし、魔法陣に関することはほとんど封魔一族が絡んでいるはずだが……」
「クリフガルーダじゃ、竜人が空島を作ったって聞いたけど、違うのカ?」
「竜人族にも一族によって得意不得意はある。魔力が多い魔族ほど魔法でなんでも解決できると思っているのではないか?」
「確かに、そうカモ」
「自分にはないものを求め続けていると、工夫も対処法も生まれ、いつの間にか優れた技術を手にしているということはある。今の魔境の皆のように……」
「ふ、ふ、封魔一族は今どこに?」
「ほとんどミッドガードの中にいるはずだが、どうなっているかはわからない。私が封魔一族であれば、探索も変わっていただろうな」
「そうですかね。土地を空に飛ばす魔法陣を描けちゃう人がいたら、きっと揉めると思いますけど」
「ジェニファーは聡いな。1000年以上前も、空島に関してはどこの土地を飛ばすのか、随分揉めたそうだ。すまないが、私で勘弁してくれ」
「うん、あんまり変な奴じゃなくて良かったよ」
「そう言ってくれると助かる。それで? 私の腕からズバッと冷却の杖が出てくるといいと思うのだが、改造はできないかな?」
やっぱり変な奴だった。
午後は何度も洞窟と往復してアラクネの糸を運び、マングローブ・ニセの群生地近くの丘を探索。隆起した丘の中に、四角錐の建物を発見した。
これがどうやら『留め山』のようだ。
そして、再び疑問が湧きおこる。
「あの巨大な鎖を引っ張って空島を移動させたんだよな?」
「きっと、そうだネ」
「あんな鎖、どうやって引っ張るんだ?」
「確かに巨大な魔物でも無理そうですけど……」