【攻略生活22日目】
夜の間に、ヘリーが作ってくれた魔法陣付きの木材で、トンネルの補強をしていく。数に限りがあるので失敗できない上に、地味な作業だ。トンネルに柱を立てて梁を渡していく。
壁や天井はコンクリートにしたいとシルビアが言っていた。
「ど、ど、どこかに火山灰の地層があるはず」
魔境には火山はないが、隣の領地のイーストケニアには大昔にあったらしい。風向きを考えると、魔境にも火山灰が降っていたはずで、掘れば地層が出てくるといっていた。
「東海岸の港にもコンクリートがあったし、コロシアムの建材にも使われていたようだから、採石場があったのかもしれないネ」
コンクリートについて妙に詳しいチェルがシルビアに教えたらしい。シルビアとしては、いい建材なのに、どうしてエスティニア王国で伝わってなかったのか、悔しい思いもあるだろう。
俺としてもどうせならユグドラシールで使われていた技術を使った方が、新規の領民を呼ぶにもいいと思う。
「すまん。あまり専門分野ではないので、そういう情報はわからない」
カリューも採石場については知らなかった。そりゃそうだ。俺なんか、冒険者だったのに魔境の存在すら知らなかった。過去から来た人間が、過去のすべてを知っているわけではない。
今後は魔境や遺跡の探索をしつつ、地層を探すことも始めていくことになった。
ワニ沼の方は、ダンジョンの発掘作業を一旦停止。シルビアの要望でロッククロコダイルのワニ園を作るつもりだ。
「わ、わ、わがままを言い過ぎてるか?」
「いや、思いついたことは言っていた方がいい。できることからやっていかないと開拓が進まないから」
まともな家を作れないかもしれないが、仕事場があれば人は来るかもしれない。ロッククロコダイルを操る魔物使いたちでも来ないだろうか。ワニ革の加工やワニ肉の販売もできるようになれば魔境独自の産業ができる。夢は広がるばかり。
止めていた水を徐々に流し、沼の水深を調節する。ロッククロコダイルの皮膚は乾くと岩のように硬くなり、全然動かなくなる。北部にいたハイギョみたいなものか。なるべく体高が埋まるくらいには水を入れてやることにした。
餌は勝手に、その辺の魔物を食っているので数が減ってきたらなにかやろうと思う。試しに隣の沼に生息するヘイズタートルを入れてみたが、甲羅の中に篭られると全然歯が立たなかったようだ。岩をも噛み砕く顎を持っているが、甲羅は岩より硬いらしい。
午後から昨日の続きで入り口までの道を延長しようと思ったら、リパが沼の南の森がヤバいことになってると報告してきた。薬草採取と洗濯をしに行ったら異変に気付いたらしい。未だ近くの沼はスイミン花の汁まみれで魚も寝ている。
「なんだ? 大猿と大鰐が縄張り争いでもしてたか。巨大魔獣襲来の後だからな。仕方ないさ」
「いや、そういうんじゃなくて、なんか白くなってるというか……。見ればわかると思うんですけど」
昼飯の後に、回復薬などを持って見に行くことに。
危険かもしれないので眠り薬と気付け薬も持っていく。カリューも行くか聞いたが、休むとのこと。まだ魔境には慣れていない。
起きているチェルとジェニファー、リパの3人と一緒に向かう。
ワニ沼の南に向かう。ジビエディアやフィールドボアなど、群れでいる魔物たちの姿が多い。争う様子はないが、他の場所より密集している気がする。
「たぶん避難してきているんだと思います。問題の場所はもっと南です」
リパに案内されて、小川を下っていく。
大きな川に合流し、木々が開け、遠くまで見えるようになってようやく事態が飲み込めた。
マングローブ・ニセの群生地が真っ白な糸に覆われていたのだ。
「こりゃ、大変なことになってるな」
「蜘蛛の巣カ?」
「だろうな」
「あれは蚊の魔物ですか?」
ブーンブーンブーン。
群生地に入ってきた魔物の血を吸っていた蚊の魔物が巨大化し、人の腕くらいのサイズになって飛び回っている。
「ここの水草は食われてるんですよ。ほら、あんな大きなネズミ見たことありますか?」
リパに言われて見てみると、フォレストラットが巨大化し繁殖していたようだ。
むしゃむしゃと音を立て、周囲の緑をなくす勢いで水草を食べている。
「巨大魔獣の襲来からそれほど時間も経ってないだろ? こんなに早く繁殖するのか?」
「元々、そういう種がいていつもなら殺されてたけど、状況が変わったから繁殖してるんじゃないのカ?」
「ああ、そういうこともあるか」
チェルの尤もな説明に納得してしまった。
「ま、やることは変わらないか。チェル、あの蜘蛛の巣はアラクネのだと思うか?」
「たぶんネ」
「回収できるものは回収しておくか。ジェニファーは毒草を採取しておいてくれ。持ってきた眠り薬じゃ足りなくなるだろうから。できたら籠も用意しておいてもらえると助かる」
「わかりました」
「リパは武器を持ってきたか?」
「はい、一応」
どこで見つけたのかリパはキングアナコンダのサーベルを持ってきていた。魔法が通らない武器なのでいいかもしれない。
「じゃあ、俺と来てくれ。チェル、眠り薬の霧できるか?」
「大丈夫だヨ」
チェルは、スイミン花の汁が出ている壺に水魔法の水を浸している。
「適当に氷魔法も使って動きを鈍らせておくヨ」
「頼む」
俺とリパは気付け薬の棒を鼻に突っ込んで、蜘蛛の巣に覆われた白い森へ向かった。
足に魔力を込め、氷魔法を付与して走り出す。
リパは箒に立ち乗りして、水面すれすれを飛ぶ。
「意外に器用な真似ができるんだな」
「練習しました」
まずは周りで水草を貪り食っているフォレストラットを掴んで首の骨を折っていく。リパもどんどん首を刎ね飛ばしていった。
動いて二酸化炭素を吐き出していると、デカい蚊が寄ってくる。
ちょうどチェルの霧が周囲に漂い始めた。蚊の動きが多少鈍くなった気がする。
素早く小さければ脅威にも感じるが、動きが見えていて体も大きいのでどうということでもない。拳に火魔法を付与して、裏拳で弾いていった。
火を使ったからか、群れでやってきたが、全て炭に変えていく。リパもサーベルで蚊の羽を斬り飛ばしていた。
周囲が騒がしいことに気づいたのか、アラクネが巣から出てきた。姿が見えた瞬間には、炎の槍で身体を貫かれていた。
振り返ると、水面に立ったチェルが笑っている。気付け薬の棒を鼻に突っ込んでいるので、カッコよくはないが早業だ。
「マキョーさん、火魔法でどんどん倒していきましょう! どうせ、糸を全部回収するのは無理ですから!」
ジェニファーが遠くから提案してきた。
「わかった。チェル、燃え広がらないように雨を降らせてくれ」
「リョーカイ」
すぐ辺り一帯に雨が降り始めた。
仲間がやられて、アラクネも巣に穴を空けて飛び出してきた。
尻から糸を噴き出してくるが、足場は自分たちの糸の上なので、予測して糸を焼き切っていけば動きを制限できる。マングローブ・ニセの群生地に巣を作っているくせに水は嫌いなようだ。
どこに動くのかわかってしまえば、あとは火を纏わせた拳を置いていくだけで、アラクネの腹にぽっかり穴が空く。リパもそれほど苦労せずに、人の胴体と蜘蛛の腹部をサーベルで分けていた。
糸を切り巣の中を開くと、アラクネの群れが一斉に襲い掛かってきた。一体ずつ倒すのは面倒なので、倒したアラクネを燃やして群れにぶつけていく。巣も焼けるので、群れは大混乱だ。
一旦外に出て休憩。その間、チェルが巣の中を毒の霧で充満させていた。ジェニファーが採取してきた毒は幻覚や痺れ作用のあるものらしい。
「どうです? アラクネの糸は採れそうですか?」
ジェニファーは籠を作りながら、聞いてきた。
「結構採れると思う。いい交換材料になるな」
俺は火傷した自分の拳に回復魔法を塗り、氷魔法を付与して冷やしていく。
リパはかなり汗をかいていて、水を飲んでいた。
「あんまり無理しなくていいぞ。蚊もフォレストラットもまだいるから、そっちを片付けててもいいんだから」
「はい……。そうします。魔力が切れてきました」
休憩以降はリパは戦線を離脱。周囲の繁殖した魔物を狩ることになった。
「だいたい毒で倒したヨー」
チェルが戻ってきた。巣の中にいるアラクネは生きているかもしれないが、かなり弱らせたようだ。暴れまわっているような音も聞こえてきたので、後半戦は楽そうだ。
おやつのミツアリトーストまで食べて十分休憩を取り、マスクをしてアラクネの巣穴に乗り込む。すでに毒は霧散しほとんど消えていた。
息のあるアラクネの腹部を潰して外に放り投げる。後でまとめて焼いてしまえばいい。卵もあったが、全て潰した。
「卵、食えないのカァ~」
チェルは悔しそうだったが、焼いても食えそうにない。
巣の中には餌として捕まった魔物が糸でぐるぐる巻きにされていた。大きな魔物の骨も転がっている。そういう骨に糸を巻き付けていき、徐々に巣を解体していった。
生き残りも襲ってきたが、特に問題なく処理していく。
「見えている魔物に関しては対処できるな」
「マキョーだけネ」
チェルは未だにスパイダーガーディアンが苦手らしい。
夕方、糸の採集作業は残っているものの、作業は終了。
マングローブ・ニセの木から葉もなくなっていて、アラクネの巣の跡だけ緑がなくなっていた。
「籠に入る量ではありませんね」
骨に巻いたアラクネの糸が大量に積まれ山になっている。
蔓で網を作り、空を飛ぶリパに運んでもらうつもりだ。本人は声も出せないくらい疲れているみたいだが、とりあえず飛んでくれればいい。
「もったいないから明日も来るか」
「あ、魔物たちが戻ってきてますね」
ジビエディアやフィールドボアの家族が川の水を飲みに来ていた。
俺たちはふらふらと飛ぶリパを支えながら、家路に急いだ。