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魔境生活  作者: 花黒子
~追放されてきた輩~
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【魔境生活12日目】



 次の日も、夜が明ける前にもぞもぞと起き出し、肉を焼きながら、パンを作る。軍の訓練施設で交換してもらった小麦粉とスイマーズバードのタマゴを入れた薄いパンだ。


 あんまり美味しくはないが、ワイルドボアの肉汁をつけて食べると、そこそこに美味しい。

 部屋の中が、いろんな肉を確保しすぎたせいで、異様な匂いを発している。

 危なそうな肉はフォレストラットの親子に食べさせてみたが、あまり好きじゃないようだ。燻製にしても、フォレストラットはそんなに食べないこともわかった。


 何があるかわからないとはいえ、今の所保存食が必要になる事態になっていない。

 風通しのいい場所に吊るしてハムにしてみることにした。ハムならば、訓練施設に行った際、交換材料になるだろう。


 失敗だったのは、塩が殆どなくなってしまったこと。初めに持ってきた塩がなくなると、魔境で塩を調達しなくてはいけない。


「軍の訓練施設で塩も頼んどくんだったな」


 岩塩を探すか、もしくは、海に行って調達するか。山脈など目指している場合ではなかった。


 空が白み始めた頃、再び沼の向こうの丘に上った。周囲の森を見て、木々の切れ目を探す。

 切れ目にはきっと川があるはずで、川を下っていけば、海に出るはず。

 憶測ばかりで心もとないが、木々の切れ目のところに行ってみると小川があった。小川を下って行くと、大きな川に合流。


「予想通りだな。これを下っていけば、いつか海に行けるかなぁ」


 今日は、新しい植物や魔物に目もくれず、川沿いを走り、なるべく遠くまで行ってみる。塩の確保を優先しよう。


 川の流れはかなりゆっくりだ。

 時々、大型の魔物が顔を出すが、全てやり過ごす。行く手を阻む植物は、サーベルで切り捨て、道を開いた。


 川は蛇行しながら東へと続いていく。陽の光が魔境の木々に当たって、地面に木漏れ日を作っていた。1時間ほど走ったが、疲れはほとんどなかった。さらに速度を上げ、左手に川の音を聞きながら森のなかを走り抜ける。


 途中ワイルドベアの亜種に襲われたが、走りぬけながら、首を切り飛ばした。昼食分の肉と、魔石だけ回収して、その場に捨て置いた。そのうち魔境の植物が食べてくれるだろう。


 森を走り続けていると、急に目の前に地面がなくなった。

 下を見れば切り立った崖。


「あぶねっ!」


 崖の下にも、森が広がっている。

 その向こうの地平線に、きらめくものが見えた。


「海か?」


 少しだけ潮の香りがするような気がした。

 飛び下りられない程ではなかったが、大事を取って木に蔓を巻きつけて降りていく。


 帰りは蔓を掴んで、登れば良い。

 川は滝になっており、滝壺で綺麗な水を汲んだ。水は澄んでいてとても美味しい。


「水が美味しいと感じるなんて頭がおかしくなったか?」


 町に住んでいた時は酒ばかり飲んでいたように思う。

 一休みしてから、全速力で走ってみることに魔境に入ってからレベルも上がり、体力もついてきたのか、いくら走ってもあんまり疲れない。ふかふかの腐葉土の地面も駆け抜ける。


 丘を2つ越えたが、未だ海は見えない。

 崖の上で嗅いだ香りは、気のせいだったかもしれないと思った矢先だった。

 森が急に切れ、草原に出た。

 草原の先には、海原が見える。


 昼はとっくに過ぎていた。走りに集中しすぎていて、時間が経つのも忘れてしまったようだ。

砂浜まで、走り、海の水を手に取り少しだけ舐めてみた。


「んんっ! ちゃんと塩辛い!」


 砂浜に落ちていた流木を薪木にして、ワイルドベアの肉を焼き、海を見ながらランチ。

 ようやく、自分の土地の東の端に辿り着き、自分としてはかなり満足だった。


「魔境にも終りがあるんだな」

 海沿いを南下すれば、漁村や街があるかもしれないが、今はいいか。

 

「ん!? なんだ?」


 肉にかぶりついていると、海から流れ着いて来るものが見えた。

 近づいてみると、青い人の形をしていた。土左衛門かと思ったが、胸が膨らんだり縮んだりしていて、息をしている。


 浜辺に上げてみると、体中に傷があり、顔色は悪い。額には角が二本生え、首筋にはウロコがある。


「まさか、魔族?」


 どう見ても噂に聞いた魔族だった。昔の戦争に負けた魔族はどこかに消えたはずだが。

 着ている黒いローブは、水を吸って重たい。ローブを脱がせ、火のそばで寝かせてやる。

 ローブは流木に掛けて乾かした。


 正直、この闖入者をどうして良いかわからない。

 全身、傷だらけで、手当するにも、何も持ってきていない。

 とりあえず、水で身体を洗ってその場に置いておくことにしたが、このまま立ち去っては目覚めが悪い。


 インナーの布切れで胸部と下半身を隠していたため、確認はしなかったが、胸は大きく、下半身に男であれば、あるはずの膨らみはない。


「女か……。困ったことになった。ん~」


 脳がうまく働かないからか、頭が痒くなる。

 できれば、すぐにでも立ち去って欲しいが、まったく起きそうにない。俺もやるだけやってダメなら気持ち的に整理できるだろう。


「よし!」


 俺は森に入って、フォレストラットが食べている葉っぱを探しに出かけることにした。フォレストラットの食べている葉っぱはめちゃくちゃまずいが、体力を回復する効果がある。

 できればその葉を見つけている間に、海の魔物か森から出てきた魔物に食べられでもしてくれたら、「俺にはどうしようもなかったな」と思える。そうすれば、自分の精神衛生が保てるというものだ。


 俺の期待とは裏腹に、森に入るとすぐフォレストラットが目の前の枝からこちらを見て首を傾げてきた。葉っぱもあっさり見つかった。

 できるだけ時間を掛けて、良質な葉っぱを選んで採取。


 夕方近くに、両手いっぱい体力を回復させる葉を持って、砂浜に戻ってみたが、魔族はまったく襲われた形跡はない。安らかに眠っている。


 葉っぱをすりつぶし、傷に塗りこんでいく。

 足を持ち上げたり、身体を裏返しにしたりしているのだから、いい加減起きてくれないかなぁ、と思ったがまったく起きなかった。


 俺に出来ることはやったので、当初の目的だった塩を作ることにした。海水を汲み、鍋で煮て水分を飛ばす。

 紐を垂らして塩の結晶を作ったりするのは、家でもできるので、砂が混じろうが小さい貝や蟹が混ざろうが、とにかく水分を飛ばしていくことに専念する。


 日が暮れる頃、小壺半分ほどの塩が取れた。まだ、全然足りない。

 ひとまず、今日は砂浜でキャンプすることに。

 いい加減魔族も起きただろうと思ったが、まだ寝てやがる。

 ただ、寝返りを打ったりしているところを見ると、もしかしたら、もう起きていて、こちらの様子を探っているのかもしれない。


 腹が減れば、起きるだろう。


 魔族は放っておいて、カニの魔物であるギザクラブを焼く。

 ギザクラブはハサミがギザギザのカニで、小型犬ほどの大きさだ。

 甲羅は固かったが、関節を狙うと、簡単に切り落とせた。


 甲羅を剥ぐとたっぷり味噌が詰まっていた。

 青かった甲羅が赤くなり、グツグツと味噌が言い始めると、辺りにはいい香りが漂う。

 味噌を掬って、口に入れると、濃厚なうま味が口いっぱいに広がる。


「うまい!」

 と言って、小さな魔石を口から出した。


 身もやたらとうまい。

 カニを食べると、なぜか人は集中してしまうものだ。


 隣にヨダレを垂らした魔族が近づいてくることに、まったく気づかなかった。

 驚いて飛び退いたが、「食うか?」と魔族に聞くと、何度も頷いた。

 ギザクラブを食べている間は無言だったが、食べ終わると、女魔族は乾いたローブを着て、何か喋りかけてきた。


 言語が違うので、何を喋ってるかわからなかったが、「ここは魔境だ」と何度も言っているうちに、俺の名前が「マキョウ」になってしまった。

 訂正するのも面倒なので、マキョウと名乗ることにした。

 手をぐるぐる回したり、土下座のポーズをとったりしているが、文化が違うので、何を伝えたいのかわからない。


 砂浜に、絵を描いてみせると、絵で伝えてきた。

 どうやら、魔族の国で争いがあったらしく、自分は逃げてきたのだ、と言いたいらしい。


 とはゆえ、ここはヒューマン族の国なので、帰ってくれ、と説明したが、わからないようだった。

 ほんとうにわからないのか、わからないふりをしているのかはどうでもいいが、できれば、ここから出て行って欲しい。


 南下すれば、村や街があるかもしれないと言ったが、俺の元から離れようとしない。

 仕方がないので、放っておいて自分のやることをやっておく。


 海水を汲んで、鍋に入れ塩を作る。

 その作業を見ていた、魔族は協力しようと、魔法で一気に鍋を熱し、塩を焦がした。


「焦がすな!」

 と怒ると、次からはちゃんと威力を調節してくれた。

 魔法はどんなものが出来るのか聞いてみた。


 俺は生活魔法くらいしか出来ないので、もしこのまま、ここに居座る気なら、家賃代わりに魔法を教えてもらおう、と思った。


 俺が小さな水の玉を出すと、女魔族は巨大な水の玉を作ってみせた。

 魔族だからなのか、魔力量がすさまじい。

 どうやってやるのか聞いてみたが、「グォオオオ!」だとか「スーッポン」とか言う、まるで要領を得ない説明だった。


 日が暮れて、「俺はもう寝る」と伝えると、火の番をしてくれるという。

 魔法で火ぐらい出せるだろう、と思ったが、やりたいと言っているのだから好きにさせた。


 一応、キングアナコンダの胸当てはしておいた。

 筋力はなさそうだったので、襲うとしても魔法だろう。

 キングアナコンダの胸当てなら襲われても、即死はしないだろう、という甘い予測だ。

 ただ、ここまで見ている限り、俺を襲うとは思えなかった。

 油断のしすぎだろうか。


 眠ってしばらくすると「グスッ」という泣き声を聞いた気がした。

 祖国を離れて漂流してきたのだから、泣きたくもなるのだろう。

 俺は聞かなかったことにして、眠った。



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[気になる点] 塩は焦げない……
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