【攻略生活21日目】
翌朝、再びダンジョン跡に行くと、水の抜けた沼底にロッククロコダイルの群れが集まっていた。すべての水が抜けたわけではないし、湿った地面が気持ちよかったのかもしれない。
「ワニ園でも開くか」
「そ、そ、それ、いい!」
冗談で言ったのだが、シルビアが俺の袖を掴んで賛同してきた。
ワニ革と魔物の骨が定期的に手に入るのはいいかもしれないが、発掘の邪魔ではある。
「ダンジョンコアが見つからないようなら、この沼でワニを飼うのも悪くないのでは……」
ガブッ!
シルビアをフォローしていたカリューの足が、ロッククロコダイルに食われた。ロッククロコダイルは岩を食べる習性があるので仕方がないと言えば仕方がない。
だが、思いきり引っぱたいて、尻尾を掴んでぶん投げておいた。
カリューの足はすぐに元通りになるが、魔境の魔物の近くで不用意に停まらないよう注意はしておく。
「ある程度、警戒して殺気を出しておかないと、普通に食われるからな」
「うむ。すまない」
イタズラしてくることもあるので、強そうなロッククロコダイルをひっくり返したりして、群れに人間の強さを示しておいた。
「あんまり噛みついてきたりすると、捌いちゃうぞ」
そう脅してから、ダンジョンの発掘を開始する。
昨日と同じ作業だ。
魔力のキューブで地面からブロックを引き抜いて、チェルが水魔法で土と泥を落とし、中から出てきた遺物をジェニファーたちが仕分けしていく。
作業も2日目になると効率的になって、スピードも上がる。
魔力を放って地中を探るも、やはりダンジョンコアらしきものは見つからなかった。その代わり、柱や魔物の骨、人骨、鎧、脛当てなどの装備類、剣や槍、杖の破片などが見つかった。ねじれていたり、曲がっていたりして、そのまま使えそうなものは一つもない。
魔法陣が描いてある武具に関しては、ヘリーが紙に写し取っていた。
「基本的な魔法陣だが、今とは形が違う。宗教観の差かもしれない」
「今の時代は、多くの者が信じている神々や精霊はいないのか?」
カリューがヘリーに聞いていた。
「神々の御業と思える奇跡や精霊の加護がはっきりとわかる形にはなっていないから、昔より信じている者は少ないかもしれない。エルフの老人たちの中には、昔を懐かしんで精霊の加護を語る者たちはいたが……、皆はどうだ?」
「わ、私は先祖を呪いというか恩恵を受けているから、信じてはいる」
シルビアは吸血鬼の一族だから、先祖は大事にしているらしい。
「僕は、空を飛ぶときに空の神を信じてますよ」
リパは時と場合によるらしい。
「……私はお金ですかねぇ」
教会にいたこともあるジェニファーは真面目な顔で言った。一番、現実的かもしれない。
「私はだいたい信じることにしてるヨ。魔族は多神教だから、どんな神でも受け入れるかもネ。他の宗教の神々にも祈りを捧げるし、それで怒ってくるような神ならこっちから願い下げだヨ」
「俺は、腹を壊した時には祈ってる。割と本気で」
チェルと俺は、信心深くはない。
「ユグドラシールも多神教だったが、そうかぁ。仲間にも無宗教はいたが……」
魔境にいる奴らが、神に祈っている姿を見たことがない。
「昔は勇者も、たくさん出ていたと聞いたことがあるが、本当か?」
「そうだ。コロシアムでは戦神の加護を受けた勇者が現れたし、豊穣の女神から加護を受けた勇者が空島に麦畑を作ったとされていた」
「じゃあ、あの南の神殿も直しておいた方がいいかもな」
加護があるなら、貰っておいて損はないだろう。
「この戦士像ってもしかして、戦神だったりしませんか?」
「すまない、見えないのだ。だが、腕が二対あれば、それが戦神の像で間違いない」
リパが持っていた遺物は二対の腕を持った戦士像だった。
「これ、貰っていいですか?」
「いいよ。加護があるといいなぁ。で、カリューはなんの神様を信じてるの?」
「私は混血だから生命や遺伝子の神を信仰していたし、時の番人になってからは時の神にも祈っていた」
「鹿が神の使いとされる宗教ってあった?」
「それが生命の神だ」
P・Jの手帳に書いてあったことが一つわかった。
「前から気になってたんですけど遺伝子というのは、野菜の品種改良とかのことですよね?」
「……大まかに言うとそれも含まれるが、わかりやすく言うと魔物を大型にしたり、どういう特性が子孫に続いていくか、などのことだ」
「今の時点でわかりづらいけど、難しい神を信仰してるんだな」
「今の時代ではそうかもしれない」
そんな会話をしていたら昼になってしまったので、出てきた遺物をまとめて家に帰る。
「やっぱりダンジョンコアは見つからないな」
昼飯の野草ロールパンを食べながら誰に言うともなく言った。野草ロールパンは緑色の巻貝みたいな見た目だが塩が利いていて美味い。
「魔力の枯渇か……」
「魔力が噴出したり溜まったりすることもあるくらいだから、枯渇することもあってもおかしくはないヨ」
チェルも魔力枯渇説は気にしているようだ。
「別の場所も調査したほうがいいかもしれない。まだまだ掘る場所はあるのだから」
ヘリーの言う通りだ。
「私たちはこれから寝るのだけど……」
午後はヘリーとシルビアが寝ている時間帯だ。人手が減るので、発掘作業をするより、またカリューに魔境を案内する方がいいか。
「もう少し魔境に慣れておいた方がいいと思うのだ。皆に迷惑をかけない程度に」
カリューとしては、魔境の魔物や植物に対応したいらしい。
「毒草を手に仕込んだりすればいいんじゃないカ」
「手から木刀が出てきたりすると魔物は驚きますよ」
チェルとリパが提案した。確かに、もっと土でできたゴーレムという特性を生かした方がいいように思う。再生も可能なので、思い切ったことができそうだ。
「午後はチェルたちに任せてみるか」
カリューにはチェルとリパという魔境の教官を付けた。
「マキョーさんはどうするんです?」
余ったジェニファーが聞いてきた。
「食料運搬のために入口からこの洞窟までの道を作らないといけないからな。ジェニファーもついてくるか?」
「ええ、いいですよ」
俺とジェニファーは道づくりのための下見だ。
入り口から洞窟までは丘の迷路になっているし、爆発する魔法陣も仕掛けてあるので、知らない者にとっては危険な地帯にはなっている。いずれはサバイバル訓練場もできるといい。
シルビアが作った骨の斧を手に、入り口の小川まで一直線に木を切り倒していく。カム実や蔓が攻撃を仕掛けてくるが基本無視だ。子猫の甘噛みやクモの巣程度にしか感じない。
「魔境に来た当初は、これにもボコボコにされていたんですけどね」
ジェニファーは感慨深そうに言った。俺はもうそういうことも思わなくなってきた。むしろ対応してしまうと、余波で、いつか必要になる材料がなくなってしまうかもしれない。魔境では何が必要になるかわからないのだ。
木材も丁寧に枝を落として、洞窟の前に運ぶ。船用の木材を乾かしているが、そろそろ使える頃か。
「どんどん引き抜いていくのかと思ってましたけど、違うんですね」
「使える物は使えるようにしておいた方がいいだろ」
「そうですね」
ジェニファーも剣を手に枝を払っている。
作業を続けていたら、すぐに丘にぶつかった。
「どうします? 魔法陣もありますけど、丘を潰しますか?」
「トンネルを掘ってみるか。今なら魔力のキューブも使えるし」
「その方が魔物も魔法陣を踏まずに済むかもしれませんね」
魔力のキューブを使って、トンネルを掘っていく。
馬車が通ることも考えてなるべく大きめに、丘の側面に穴を空けた。
「崩れるかと思ったけど、意外に固いのか?」
固い地盤に穴を空けているわけではないので、崩れて土に埋もれてしまうかと思ったが、意外にキューブの形を保っている。だが、魔物が爪を立てたりすれば天井や壁が崩れてしまうだろう。
「木材に魔法陣を描いてもらって、建材を作って柱や梁を作るのはどうです?」
「あとでヘリーに頼んでみよう。一旦、向こう側まで空けてみるか」
何度か魔力のキューブで土を引っこ抜いて、丘の向こう側までトンネルを空けた。
トンネルの先は、スイミン花の花畑だ。
「せっかくだから眠り薬も作るか。近くにヤシもあったろ? 樹液で壺を作って入れていこう」
「わかりました」
ヤシを採ってきて、地面に穴を空けて樹液を入れる。あとは水袋をその穴に嵌めて、樹液が固まるのを待てば水袋の形の壺ができる。
「コツは水袋に目一杯空気を入れておくことだ。取る時に、空気を抜けばいいだけだからな」
「なるほど、簡単ですね」
樹液の壺ができたら、気付けの棒を鼻に突っ込んでマスクをし、軍手まで嵌めてスイミン花の根元から採っていく。壺にぎゅうぎゅうに押し込んで、石で蓋をする。いずれ良い眠り薬ができるだろう。
眠り薬の壺を3つ作ったところで、日が暮れてきた。
入口の小川まで、もう少しだが、今日の作業はこの辺にして帰宅。
チェルとリパの教育で、カリューはいろんな花の花粉によって随分カラフルなゴーレムに変わっていた。
「見えないってことはいいことかもな」