【攻略生活19日目】
「ダンジョンを掘りたい?」
朝飯を食っていたら、ヘリーとカリューがダンジョンについて提案してきた。
「この拠点の近くに沼が二つあるだろ? 一つは巨大魔獣の調整のためにあった沼だが、もう一つは100年前にはなかったそうだ」
「おそらく魔物の訓練場として使っていたダンジョンが崩壊し、地面が陥没して沼になったのではないかと思う」
いつも俺たちが顔を洗ったり風呂として使っている沼は巨大な魔物の骨が多いが、もう一つの方は水草だらけで、あまり調査も進んでいない。
カリューの記憶からダンジョン跡だったとしたら、発掘調査すれば卵についての安全性も理解できて、ダンジョンを運営できるようになるかもしれない。
「発掘もできるし、ダンジョンの開発や訓練施設の設置にも繋がる。魔境にとってはいいことだらけだ。もう一つの沼の調査をしよう。巨大魔獣の被害調査はどうだった?」
ジェニファーとリパに聞いた。
「ゴールデンバットの洞窟が飛んできた岩で塞がれていたので撤去しておきました」
「川の流れが変わってしまったみたいで、ロッククロコダイルの群れが森の中を歩いて移動していました。ミツアリの巣は全て崩壊して、一から作り直しているようです」
ジェニファーとリパは、各々気になったことを報告していた。ミツアリの蜜は採取できたようで、本日の朝飯はハニートーストだ。
「まだ被害調査はするか?」
「とりあえず近場の調査はしておきましたから、他所は後日でも構いません」
「じゃあ、特に予定がない人たちで沼の水を抜きつつ調査だな」
誰も予定などないので全員で沼を調査することに。
夜型のヘリーとシルビアも午前中は手伝うという。眠くなったら、寝に帰ればいい。魔境の仕事はそれほど厳しくないはずだ。いずれ領民が増えることを願う。
ギョェエエエ!
インプの鳴き声を聞きつつ、邪魔してきたトレントをぶん投げて、沼の岸辺を通る。
ヘイズタートルが、気持ちよさそうに甲羅を日光に当てて寝ていた。久しぶりに亀汁でも作るか。
「巨大魔獣がきても、水草はそのままなんだなぁ」
もう一つの沼はレタスのような葉の水草で覆われていた。チェルとシルビアはすでに準備を進めているようで、大きな麻布を持ってきている。
「その布は何に使うんだ?」
「き、き、危険な魔法陣を使おうかと思って」
「カリューに協力してもらえれば、かなり早く水草は撤去できると思うヨ」
「私か……」
シルビアが平らな地面に麻布を広げて、俺にも二人の意図がわかった。
「これ、時間経過の魔法陣か?」
「そ、そう。一気に水草を枯らして、燃やす」
水草をそのまま燃やすと時間もかかるし、煙も出る。それよりも一旦枯らしてからの方がそれほど魔力も必要ないし、楽に処理できる。
「事故が起こっても、土の身体のカリューにまとめてもらえれば、私たちも枯れることはないヨ」
俺たちで沼から水草を回収して、カリューに渡し、魔法陣の上にまとめてもらって枯らせば、もし事故が起こってもそれほど被害はない。
「悪くはないけど、カリューの使い方としては贅沢な気がするな」
「気にすることはない。未だ魔境の生活に慣れていない私にも仕事があるなら、自ら手伝う」
腕まくりをしてそう言ったが、カリューはなにも着ていない。雰囲気だけの仕草だ。
カリューには魔法陣を起動させるための魔石をいくつか渡し、作業開始。隣の沼よりも温度が低い沼に入ると、一瞬ブルっと震える。
「冷たいっ!」
水草が沼の表面を覆い、日光が当たらないので他の水草が育っていない。魔力を放って水中を探ってみたが、特に魔物がいる気配もない。沼底にあるのはヘドロと骨だけだろう。
数秒、耐えれば水温にも慣れる。
水草を集めて岸辺に上げていく。あとはカリューがまとめて魔法陣の上に置いて枯らしていくだけ。作業は単純だが、量が多くなかなか終わらない。
岸から離れると魔力で水流に干渉して、集めた水草を流していく。
ある程度、枯れ草が溜まれば、チェルが燃やしていた。
昼前まで作業を繰り返し、ほぼすべての繁茂していた水草が沼から消えた。
そこから沼へ流入してくる水の流れを止める。大きめの岩を持ってきて止めるだけなので、それほど難しくはない。
さらに排出する水流に干渉。一気に沼から水を抜いていく。時間はかかるが、確かな方法だ。
昼の弁当を食べて、シルビアとヘリーは家に帰った。いい加減眠いのだろう。
俺たちも別にこれ以上なにかをやるわけじゃないが、トレントなど近場の魔物が水の抜けた沼に入ってきて、ヘドロをかき混ぜたりするので、追い返している。
そのうちに沼の中心に沈んでいた島が出てきた。
折れた幾何学模様が描かれた石柱が埋もれていたので、ダンジョンの入口があった場所なのかもしれない。
「ダンジョンが魔物だとして、古代のユグドラシールの人たちは何に使ってたんだ? 輸送とか?」
焚火を囲んで、茶を飲みながらまったりしていたので、カリューに聞いてみた。
「持ち運ぶのは勧めない。ダンジョンに食われて、商品が取り戻せなくなることがあるから」
「冒険者たちが探索する迷路みたいなものという認識だったのですが……?」
ジェニファーが聞いていた。
「それで間違いはない。家ほどのサイズになると、ダンジョンコアを使って大きくするはずだが……」
「ダンジョンは自分で大きくなれないのカ?」
「ある程度までは大きくなる。ただ、どちらにせよ亜空間へ移送しているからなぁ。そもそも空間魔法を操る魔物だったようだ」
カリューは焚火に両手を当てて、濡れた腕を乾かしていた。
「ダンジョンと普通の洞窟の違いって、亜空間かどうかってだけなんですか?」
リパも気になってはいるようだ。
「いや、そんなことはない。ダンジョンの中にいる魔物は、実体がない」
「え!? そうなの?」
「ああ。触れられるし、臭いもあるし、音もする。ただ、倒した時にドロップアイテムと呼ばれる魔物の元になったアイテムだけが残されるだろ?」
俺たちは入ったことがないので、チェルを見ると「ああ、そうカモ」と言っていた。ジェニファーも頷いている。
「つまりダンジョンの最たる特性は、再現性にある。魔物や環境を亜空間の中に再現すること。無論、倒すことができれば、外の魔物を倒すのと変わらないから経験値がもらえる」
「そうだったんダ~。あれ? 実体がないけど、繁殖することはあるヨネ?」
「うん、それは実体がある魔物を持ち込んで、繁殖させることはできるのだ。植物もそう。ミッドガードの住人は、ダンジョンの環境を揃えて、土と水を持ち込んで、光や温度管理をしていた」
カリューの言葉にチェルも大きく頷いていた。メイジュ王国ではダンジョンを品種改良の実験場にしていた魔王もいるらしい。
「ダンジョンってさ。人も再現できるの?」
「……」
別になんてことない世間話のつもりで聞いたのだが、カリューは突然固まってしまった。
「いや、言い難いならいいけど……」
「ああ、えーっと、なんというか……」
カリューは、ものすごく言いづらそうだ。
ダンジョンの闇をつついてしまったか。
「何度か挑戦した者はいたはずだ。亡くなった者の近親者の悲しみはどの時代でもあるだろう。もう一度会いたいと思う気持ちは普通のことだ。ただ、遺骨や髪の毛を元にダンジョンで再現すると、心が伴っていない空の人間ができるのだ」
「それは人間なんですか? 人形に近いのではないですか?」
ジェニファーが眉を寄せて聞いていた。
「そう。触れれば体温はあるし、人間的な反応もある。一目会いたいという遺族の気持ちは達成できるのだけど、実体がないというのは残酷でね。近しい者ほど、差異に気づいてしまう。ダンジョンで再現した人は、残らず近親者に殺されてしまった」
「再現した人、全員が?」
「そう。その後、近親者の心の傷は深くなり、自殺者も増えた。それからユグドラシールではダンジョンで人を再現することは禁忌とされたのだ」
カリューは、ゆっくりと語ってくれた。
「じゃあ……、今のカリューさんは……?」
リパが難しい顔をして聞いていた。
「そう。ここに私の罪がある」
カリューは自分の胸を指さした。
「亡くなった人を再現してはいけない、と決まったにも拘らず、魔道具師たちは作り出してしまったのだ。体温もなく、人間としての反応もできない身体を……」
カリューは焚火の火に腕を突っ込んで、俺に顔を向けた。
「人の魂が入ったゴーレムとは一体何なのか。こうして1000年の時を越えて話している私は、人ではない。では魔物なのか。記憶は更新されていくのか。生きていた頃と性格の違いは……。攻撃力があって、兵器としての有用性があると判断され、利用されていたが……。軍事施設は崩壊しているのだろう? そんな破壊兵器によって私は今ここにいて喋っている」
確かに地図で言えば、魔境の南部はすべて砂漠になっている。ミッドガードがダンジョンに移送されてから、どういった歴史があるのかわからないが国は消えてしまった。
「歴史を確かめよう。カリューをゴーレムの姿で復活させてしまったのは俺の責任だ。今カリューに罪があると言うなら、半分は俺が引き受ける。少なくとも俺はカリューを人と同じように接する」
「私もだヨ」
「私も、そうです。特殊ではありますが、人として接します」
「僕もです。ただ、難しい問題ですよね?」
「ああ、1000年前も、同じ議論が続いていた」
そう言って、カリューは自分の乾いた両腕をボロボロと落とし、肩を地面につけて新しい土の腕を再生させていた。
「本当にこれでも人か?」
カリューは俺の目の前で聞いた。
「変だけどな」
「魔境は変人に慣れてるカラ。マキョーを見ればわかるでショ?」
カリューは空を見上げて揺れていた。声を出さずに笑っていたのかもしれない。