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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【攻略生活18日目】


 朝から騒がしいチェルの声を聞きながら起床。

「今日のパンは最高の出来だヨ!」

 どうやら明け方にスイマーズバードの卵を捕りに行っていたらしい。

朝飯は卵入りのパンか。そのうちミルクも入れるようになるかもしれない。

 その前に乳を出す魔物を見つける必要がある。


「まだまだ開拓しないと」

「今日はどうするんダ?」

 チェルがピクルスハムサンドを作りながら聞いてきた。ペースト状にした山椒がたっぷりと入っていて思わず、よだれが出てくる。

「今日は隊長にいろいろ報告しないとな」

「確かに。私も行くカ?」

「いや、話するだけだ。食料はまだあるだろ? メイジュ王国のピクルスもあるし。チェルはカリューを案内してやってくれ。注意事項とかも含めて」

「わかった。神殿跡とかに連れて行けばいいんダロ?」

「そうそう」


 キュッピン。


 自然界ではしない音が鳴った。振り返ってみると、ボロボロのカリューが立っていた。身体のあちこちから土が零れ落ちていて、生身であれば傷だらけだろう。早速、魔境の洗礼を受けていたらしい。

「少し森に入ってみたのだ。ゴーレムでなければ死んでいた」

「そうか。無理はするな。あとでチェルが案内するから」

 そう言って俺はカリューの胸にある鉄のキューブに魔力を注いでやった。

「わかった」

 

 沼の方から坂をジェニファーとリパが上がってきた。朝の修行でもしてきたのだろうか。

「おはようございます。今日はリパと一緒に、巨大魔獣の被害状況を確認してこようかと思うのですが、いいですか?」

「おう。頼む」

「今は沼がスイミン花だらけで使えません」

 リパが報告した。前髪が濡れて、鼻に気付けの棒を刺しているので、被害を受けたのだろう。

 ヘリーとシルビアは夜に見張りをしていたので寝ている。


 俺は身支度をして、チェルにサンドイッチを持たされた。

「じゃあ、行ってくる。無理しないように。昼には帰ってくる」

「イッテラー!」

「いってらっしゃい」

 チェルたちに見送られ、俺は入口へと向かう。


 こっちの森でも枝葉は飛んできているが、それほど被害はない。丘の上に描いてあった魔法陣がいくつか起動していただけ。血の痕跡があったので、爆発した魔物は即死だったろう。

 魔法陣を描きなおし丘を下りると、いつものグリーンタイガーがすり寄ってきた。すでに塞がってはいるがいくつか切り傷の痕がある。カミソリ草かオジギ草にやられたのだろう。魔境ではよくあることだ。

 おやつに持ってきた干し肉をやると、がつがつ美味しそうに食っていた。


「番犬ならぬ番タイガーか。ちゃんと魔境の入口を守ってくれよ」

 俺の言葉を聞いてか聞かずか、干し肉を食べたらそのまま木に登ってどこかへ消えてしまった。現金な奴だ。妙な情がない分、魔境には向いているのかもしれない。


 森の迷路を抜けて、小川を越える。

 

エルフの2人は相変わらず土壁の交易小屋に住んでいて、見るからに筋肉が盛り上がっていた。日に焼けていて、耳を見ないとエルフとはわからないかもしれない。


「やあ。随分、筋肉が付いたな」

「ああっ! 辺境伯!」

「すごい嵐と竜巻でしたけど、大丈夫だったんですか?」

 魔物の皮をなめしていた2人は俺を見て、すぐに手を止め近寄ってきた。


「大丈夫だ。あれが3ヵ月に一度やってくる巨大魔獣の影響だ。こっちには影響はなかったか?」

「ほとんどないですね。一瞬、小川の水が急激に減ってスライムが固まっていたくらいです」

「水の流れが変わったのかもしれないな。まぁ、食えているようでなによりだ」

「ええ、魔物は狩れるようになってきたんですけど、畑でなかなか野菜が育ちません。水はスライムにやられながらも汲めるようにはなってきたんですが……」

「この森もそうか。魔境も畑は失敗続きだ。魔境では野草の方を食べるようになったぞ」

「野草は臭いがキツくないですか?」

「キツいし見た目も酷い。ただ、味は悪くないんだよ。塩の量かなぁ」

 そんな世間話をした後、俺は森を通って訓練施設へ。

 エルフ2人もすっかり森の狩人らしくなってきている。徐々に小屋の中には毛皮が増えているようだ。交易小屋として使えるようになるのも、そう遠くないだろう。


 森の道づくりも進んでいるようで、走りやすかった。


「魔境の外も進んでるな」


 訓練施設の畑ではレンゲソウが育って緑の絨毯のようになっている。

 兵士もいないので表玄関に回り、門兵に隊長へ繋いでもらった。

「辺境伯! どうぞ、こちらに……」

 門兵は辺境伯として俺を通してくれた。

「よくわかるね」

「自分は先日のコロシアムで辺境伯の訓練を見たものです!」

 そういえば、サーシャに言われて鎧を破壊したな。

「そうか。得るものがあったならいいんだけど……」

「はい。人間はこれほど強くなれるのかと、自分の至らなさを再確認した次第です」

 そう言って、門兵はホールから走って出ていき、サーシャと隊長を連れて戻ってきた。


「辺境伯……!」

 近づこうとするサーシャを手で制し、隊長と向かい合った。

 隊長は口を結んで俺からの言葉を待っているようだ。

「巨大魔獣上陸には成功しました。ミッドガードにはやはりダンジョンを通過し、3年半もの時間がかかるため今回は見送ることにしました。ただ、魔獣の上で生活している『時の番人』と接触。時間はかかるかもしれませんが、魔境として交渉は可能だとみています」

 俺はなるべく感情的にならず、淡々と魔境の辺境伯として説明した。

 隊長は胸に手を当て、俺に向けて一礼した。


「作戦成功、おめでとうございます!」

「詳細を説明したいのですが、よろしいですか?」

「どうぞこちらに。サーシャ、書記官を応接間に寄こしてくれ。できれば、王家を全員、呼び寄せたいくらいだ」

 俺は隊長に連れられ、応接間に向かった。


 隊長は応接間に入った途端、ソファにどっかと座って大きく呼吸をしていた。

「良かった~! ずっと心配してたからさ」

「すみませんね。巨大魔獣もなかなか来なくて」

「いや、無事で何よりだ」

 書記官の女性兵士が来たので、現状を順番に説明していく。

 巨大魔獣の被害から、乗り込む方法、リュートとの出会いと役割、巨大魔獣の頭について、ダンジョンの様子を語っていった。

「それから、鉄のキューブってありましたよね。ゴーレムのコアになる四角い箱のようなものです」

「ああ、あったな!」

「あれに、時の番人の墓から霊を入れて、持って帰ってきました。カリューという名の女性のようです。今は魔境で遺跡発掘の手伝いや、1000年前の様子を聞いたりしています」

「なるほどなるほど……。あ、意味が分からなくてもとりあえず書いておいてくれ。後で役に立つから」

 書記官の兵士の手が停まっていたので、隊長が指示を出していた。

「今後については、ミッドガードへの移送のための魔法陣が現在住んでいる洞窟の奥に設置されているので、食料等を送ろうと思っています。ミッドガードは時間経過が違うので、同じような3か月後の巨大魔獣襲来の時にまとめて送るのがいいと思います」

「わかった。王家は全面的に協力することを確約する。魔境については自分に一任されているから、大丈夫だ」

「で、ミッドガードの現状なんですが、かなり人数が減っているそうです。それから、冷凍保存されている人たちも5000人いると聞きました」

「なるほど、技術者も減っているだろうな」

「もちろんリュートにしか会っていませんから、現時点ではなんとも……。ただミッドガード内部でも内戦や疫病、飢饉があったそうです」

「支援も長くかかるかもしれないが、繋いでいこう」

「ええ。それに伴って、食料の運搬のため、ある程度、魔境の中にまで道を作りたいと考えています」

「それができれば、ありがたい。が……」

「魔境の入口付近に、兵士のための宿泊できるような訓練場を作りたいと考えているんですがね……」

 王都で実感したが、魔境は信じられないくらい人気がない。

「兵の募集だな。精鋭部隊にはなるから、兄上とも連絡を取って選出しようとは思っていた」

 隊長の兄は王都の防衛を任されている軍のトップだ。

「進めてもよろしいですか?」

「もちろん、本来はこちらから頼むところだったのだから進めてくれ。他に要望はあるかい?」

「エルフの国との国交正常化ですかね」

「ん~、まぁ……」

 隊長は今日一番の渋い顔をしていた。この前、隣の領地であるイーストケニアの内戦時にエルフが攻め込んできたばかりだ。

「迫害されているドワーフの技術者を魔境に呼び寄せたいんですよ。ゴーレムを完成させれば、時の番人であるカリューの感覚がもっと増えるので、ユグドラシールの詳細な情報が入ってくるかと思うんです」

「いや、こちらも何もしていないわけではないんだ。賠償請求をしているし、大使を呼んだり、少ないながらも交易をしている。だが、こちらの交渉材料がなくて、なかなか進まないようだ」

 技術力や商品では、エルフの国に敵わないということか。

「サトラという国に鹿をモチーフにした建築業者がいた証拠が、魔境の海岸部に残っていたのですが、どうやら時魔法を扱う者たちらしいんですよ。魔法陣も残っているし、もしエルフの国で失伝しているようなら協力できるかもしれません」

「時魔法を扱う建築業者だって……!?」

 俺は書記官から紙と筆記用具を借りて、東海岸のコンクリートに施されていた鹿の紋章を描いて見せた。

「これは、もしかしたら使えるかもしれない」

「それからミルドエルハイウェイについても聞いておいてください。魔境とエルフの国を繋げる道を発掘できるかもしれないので」

「わかった。十分に吟味して伝えよう」

 エルフの国との交渉については俺より、適役がいるだろう。

「交換条件はドワーフの技術者でいいんだね?」

「ええ。ドワーフには『完璧なゴーレムを作らないか?』と魔境の辺境伯が言っていると伝えてください」

「よし、できる限り伝えてみるよ」

 一通り報告を終えると、書記官はすっかり疲れてしまっていた。


「現時点でも偉業だな」

 そう言って隊長は冷めきったお茶を口にした。俺はお茶が出たことすら気付いていなかった。喋りすぎだ。

「まだまだこれからですよ。魔境は全然、開拓されてませんから」

「マキョーくんのやることは多いな。本当に一介の冒険者だったのかい?」

「また、冒険者カードを見せましょうか?」

「いや、何度も確認したからいいよ。あ、そうだ。忙しいだろうけど、もうちょっとだけいいかい? 今度、エルフの国に行くっていう軍の精鋭たちがいるんだ。優秀な方がこちらとしても交渉が進めやすいから、マキョーくんに見てもらいたくてね」

 すでに昼を大幅に過ぎている。いい加減、腹が減った。

「弁当食べながらでもいいですか?」

「ああ、なんでもいいよ。鼻っ柱を折ってくれるだけでもいいから頼む」

 いつの間にかドア付近にサーシャが待機していて、報告が終わるのを待っていたらしい。


 俺はサーシャに案内されて、訓練施設の闘技場に向かう。


 毛深い大男や、やたら足技の多い細身で狐目の男、長身の女剣士、均整の取れた筋肉をむき出しにしている盾役、ローブを纏った魔法使いや女冒険者風の格好をした薬師などがいた。

 全員が闘技場の中心に置かれた鎧を見ていた。


「誰かの大事な鎧かい?」

 俺は弁当のサンドイッチを食べながら、サーシャに聞いた。

「エルフの大使が、『この国であの鎧を砕ける者はいないか』と言ってきてまして……」

「へー、何かのテストかな」

 見れば、鎧の内側に薄く魔法陣が描かれている。防御魔法のものだろう。おそらくそれを崩せばいいだけのはずだが、皆、ハンマーやメイス、大きな魔石が嵌め込まれた杖などを持ち寄っている。


「真正直だな」

「辺境伯は壊せますか?」

「壊せるけど、解説した方がいい?」

「そうですね」

「食べ終わったらね」

 俺は観客席でサンドイッチを食べながら、軍の精鋭たちの様子を観察した。皆、きっとその道では一流の若者たちなのだろう。ただ、観察眼が養われていないだけ。


「よし、食い終わった」

 俺は歩いて闘技場の中心に行き、鎧を持ち上げて皆に見えるように、魔法陣を見せた。

「ほら、薄いけど魔法陣が描かれてるだろ? つまりこれは鉄の鎧というよりも魔道具に近い。だから、魔法陣さえ壊してしまえば……」

 俺は魔力のキューブで鎧の魔法陣を囲んで、カポッと鉄片を取り出して見せた。

「これで、鎧は壊したい放題だ。表に見えているものだけが正解ではないって話だろうね」


 毛深い大男に渡すと、両手で鎧を潰していた。力はあるようだ。

「これほど簡単にひしゃげるとは……?」

「観察して、判断して、実行するだけ。この中だと、盾役の君が一番、時を稼げるか?」

「は、はい!」

 自慢の筋肉が光っているが、構えている防御魔法が脆弱で、昔のジェニファーを見ているようだ。


「魔境のタンカーは防御魔法をハチの巣状にしている。その方が崩れにくいからだ。魔力を込めれば強くなるというものでもないし、一回使っただけで魔力を使い切っちゃうだろ? 実践の前に魔力操作を練習した方がいいかもしれないよ」

「わかりました。ありがとうございます」

 盾役は素直に俺の話を聞いていた。

「辺境伯、これは見破れますか?」

 狐目の男が、自分の分身をいくつも出して、ナイフを構えていた。

「ああ、幻術かい? 珍しいけど、本物以外は汚れがないってところが弱点だろうね」

「へっへっへ、一目で見破るんですか……」

「それは過信しすぎだよ。大した術じゃない。タイミングよく使いどころを見極めないと意味がないよ」

 がんばれと肩を叩いておいた。


「これはどうですかい?」

 そう言って毛深い大男が大きな鉄の斧で、闘技場のリングを少しだけ割っていた。

「どうって聞かれると、どうでもいいかな。魔法使いの子たちもいるだろうから言っておくと、一々筋肉を使わなくても、魔力を纏わせて踏めば割れるだろ?」

 俺は大男と同じくらい割って見せた。

「成果が同じなら、少ない力で素早くやったほうがいい。魔境では魔物は待ってはくれないからね。それに力を込めすぎると筋肉に炎症が出る。薬師ちゃん、回復薬を塗ってあげて」

 薬師に話を振る。

「どうして私が薬師だとわかったんです!?」

「自分では気づいていないかもしれないけど匂いがキツい。もし森に入るなら、その匂いは消しておいた方がいい。あんまり自然界にはない匂いだから。俺から言えるのは、そんなところ。がんばってエルフの国に行ってきて!」


 俺はサーシャに見送られて、魔境へ帰った。


 すでに夕方。巨大魔獣の報告だけで終わってしまった。


 帰ったらカリューが焚火で焼かれていた。

「もっと固いボディが欲しくて……」

 焼いて身体を固くしたかったようだ。

「別の方法を考えよう」

 1000年前の騎士も現代人と変わらないのかもしれない。

 


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