【攻略生活17日目】
朝から南西へと移動を始める。
相変わらず、カリューは俺の背中で魔境に驚き続けている。
「目が見えてないのに、よくわかるなぁ」
「見えずとも、おかしさくらいはわかる。視覚の部品が揃ったらと思うと、恐ろしさすらある」
「部品があれば見えるようになるのか?」
「無論だ。この身体は、ただの土くれに過ぎないからな。どこかに埋まっているはずだ」
「ただ、それを動かす技術は俺たちにはないぞ」
「はぁ~、ドワーフの技術者でもいればいいのだが……」
ドワーフか。100年前にいた魔道具師のパークはドワーフだったはずが、すでに骨と化している。
ヒュンッ!
ヘリーの放った弓矢が空を飛ぶ鳥の魔物に突き刺さっていた。
俺は走りながら、螺旋を描きながら落下する魔物の足を捕まえる。羽を広げると5メートルほどもあるデザートイーグルだ。
「砂漠の魔物がこんなところまで飛ばされてきたのカ?」
「おそらく竜巻だろう。すでに、ふらふらだった。生きているだけでも奇跡だよ。いずれ捕食される。食ってやるのがこいつのためだ」
リパが操る空飛ぶ箒から下りて、ヘリーが自慢げに言った。
「よし、朝飯ができたから、ちょっと休憩!」
全員でデザートイーグルの羽を毟り、焚火にかざして、こんがり脂がしたたり落ちるのを待つ。骨は鳥ガラスープに。
「豪勢な食事だな。毎回、このような食事をしているのか?」
カリューが聞いてきた。質問したいのはこちらなのだが、カリューの方が戸惑っていることも多いので、できるだけ聞いてやることにしている。
「うん。魔境で採れる野草や魔物を狩って食ってるよ。畑も作ろうとしたんだけど、なかなか作れなくてさ」
「そこら中に魔物がいたのでは無理だろうな……。閉じられた環境を作るしかないだろう」
「空島とかか?」
「それもいい」
「だけど、その技術はもうない」
「では、ダンジョンはどうだ?」
「ダンジョンか……。そう言えば、この革袋に入っているのはダンジョンの卵なのか?」
俺はカリューに革袋を見せた。
「無駄だ。今の私に見せてもわからん。ただ、それが蛇とスライムの合成獣ならダンジョンで間違いはないだろう」
カリューは唐突に重要そうなことを言った。
「ダンジョンはやはり魔物なのか?」
「……何をもって、生と死を分けるのかにもよるが、ダンジョンの始まりはドワーフの遺跡だったはずだ」
「じゃあ、ミッドガードよりも古い技術なのか?」
「ああ、ずっと古い。神話の世界の話だ。その神話を読み解いて、ミッドガードの技術者たちがどうにか作ったのがダンジョンの卵と呼ばれるものだ。ミッドガードの外側にあるのも人工ダンジョンだ。本物とは程遠いが、扱いやすくはある。それは発掘したものか?」
「P・Jの誰かが後世に残した物で、俺が領主になる時に引き取ったんだ」
「私はP・Jたちに会っているわけではないから、わからん」
カリューには100年前にいて巨大魔獣に乗り込みミッドガードにも行った魔境の冒険者たちと説明はしている。
俺たちがデザートイーグルの肉に齧り付いている間、カリューは空を見上げていた。青い空や白い雲が見えているわけではないが、魔境の空気を感じ取っているようだ。
「本当に道なき道を行くのだな」
先頭を走る俺はよく裏拳で魔物や岩を飛ばしたり、邪魔な木の枝を切り落としたりしている。
「すまん。揺れるか?」
「いや、そうじゃない。道がないのだなと思って……」
「全て、地面の中さ。環状道路ってのがあったんだろ? リュートが地図で教えてくれた」
「そうだ。ユグドラシールには道路網があった。土魔法を扱う団体が仕切っていたが、それもミッドガードがダンジョンに移送されてから、力を失ってしまっていたな」
魔境には魔境の、ミッドガードにはミッドガードの歴史がある。
「ん? あの巨大な岩は?」
カリューは眠っているスパイダーガーディアンを指さした。
「ミッドガードを守っていた魔道機械って奴だろ」
「今でも動くのか?」
「うん、武器を持ってたら襲ってくる。さすがに、ここら辺を通る時はヘリーもクロスボウを隠すよ」
「そうだろう。コロシアムの魔物が逃げ出してもスパイダーガーディアン達に捕まっていた」
「でも、マキョーは拳で一撃だヨ。嫌になるよネ?」
走りながらチェルが俺たちの会話に口を挟んできた。
「一撃? とても信じられない」
「別に見せるようなもんじゃないよ。必要な時だけだ」
「本当のことなのか?」
「マキョーには、1000年前の常識も今の常識も通じないヨ」
そう言って、チェルは先行して走り始めた。
「キョエエエエ!」というインプの声が聞こえている。そろそろ沼が見えてくるはずだ。
その前に、発掘途中の遺跡を通る。
岩や魔物の死体が降ってきたようだが、遺跡が壊れてはいない。
「リュートの地図によると、やっぱりここは大きなコロシアムがあったみたいだな」
簡易的な地図を見ながら、確認した。
「もうアルル・ヴェローナのコロシアムか? 移動が速いな! 朝方、北部にいたはずなのに……」
見えていないカリューは驚いているようだ。
「沼から、よく巨大な魔物の骨が見つかるんだ」
「そうだろう。活気のある町だった。私の生まれ故郷さ……」
「ちょうどいい。ここから俺たちの拠点まではすぐだ」
「ほとんど丘陵に埋まっているから、めぼしい建物を覚えているなら、教えてくれ。今は門の跡らしきものを発掘したところだ」
ヘリーが簡単に説明していた。
「門か……。懐かしい。魔ドームの跡だろう」
魔ドームがなんなのかはわからないが、カリューにとっては思い出があるようなので、後で詳しく聞こう。
遺跡群を抜け、沼の岸辺を通って、スイミン花畑とカミソリ草やオジギ草の群生地を抜けると、見知った我が家だ。沼から上がっていく坂は、枯れ枝だらけになっていたが、洞窟に被害はない。
「また瓦礫と泥をかき出す作業をするのかと思いましたが、今回はそれほど被害はなさそうですね」
ジェニファーが洞窟の中を見て回ってくれた。奥にある使っていない魔法陣の部屋も、そのままの状態のようだ。転移部屋と名付けて、いずれミッドガードに小麦粉を移送しよう。
「ハムが無事だったヨ!」
チェルはハムを切って、さっそくサンドイッチを作っていた。
皆、荷物を置いて、焚火を囲んで昼飯を食べる。
「帰ってきたー!」
チェルが訛りもなく言っていた。本心なのだろう。魔族の国・メイジュ王国まで里帰りして、すぐに巨大魔獣の対応に追われていた。ようやく落ち着いたのかもしれない。
それは皆、同じだ。
北部拠点は井戸の中で同じ洞窟ではあるが、地底湖があったり、発光するキノコがあったり、雰囲気が違う。
各々、十分休んで気を落ち着ける。やはり巨大魔獣の襲来は緊急事態で、身体が緊張してしまっていた。
魔物の気配もなく、何もしないまま夕方になってしまった。
「風呂を掃除して、入るかなぁ……」
カリューはヘリーとまじないの最中。ずっと俺の側にくっついてなくても大丈夫だろう。
沼に行き、崩れた石を並べ風呂を作り直す。水の流れに干渉して、拳に火魔法を纏って温めていく。茹であがってしまった小さなカニは、あとでおやつにでも。
いい湯加減になったところで、ザブンッと飛び込む。
「おええええっ!」
じんわり血行が良くなっていき、溜まっていた疲れがほぐれていく。
「部品があればって言ってたなぁ……。ドワーフかぁ……」
カリューの言葉を思い出す。
遺跡からゴーレムの部品を発掘して、ドワーフの技術者と共にカリューの目を取り付けることができれば、もっと1000年前との違いがはっきりわかるようになるだろう。
エルフの国との国交正常化とドワーフの技術者の招待、3か月後までに小麦粉とその他食料の運搬、さらにクリフガルーダとメイジュ王国との交易。カリューに聞いて、遺跡も発掘しよう。
「やることが多い。やっぱり人手が足りないよな?」
インナー姿で焚火を囲んでいるヘリーたちに聞いた。
チェルとジェニファーは自室ですでに眠っている。
ヘリーは乾燥した薬草をゴリゴリと粉末にしているし、シルビアはナイフを研いでいる。リパは木刀を振り終わって、落ち着いているところだ。
急速に日常を取り戻しているようだ。
「だからと言って、急に魔境を解放すると死体だらけになるのではないか?」
「そうなんだよねぇ」
ヘリーの言うことは正しい。
「い、い、入り口付近を軍の訓練で使ってもらうところから始めるか?」
「丘で囲んで整備しようか。スライムぐらいには対応してもらわないと困るしなぁ。なるべく、危険じゃない魔物だけ集めてさ」
「ただ、魔境は観察が大事ですし、何泊かした方がいいと思いますよ。一日だけちょっといるだけではわかりませんから」
リパも魔境での生き方がわかってきたようだ。
「そうだな。あれ? そういやカリューは?」
「休んでいる」
ヘリーが布の上に置かれた鉄のキューブを指した。中から淡い光が出て間接照明のようだ。
「大丈夫なのか。この状態で」
「魔力を使わず休眠状態というだけだ。鉄のキューブには慣れたようだな。私はゴーレムの部品というのが気になっているよ」
「エルフの国からドワーフの技術者を招待できればいいんだけど……」
「ほ、ほ、北部の山脈に穴を空けて、攫ってくればいい」
シルビアは時々、過激なことを言う。
「マキョーが行って、ついでに長老たちの首も刎ねてきてくれると胸がすくのだが……」
夜になるとヘリーも過激になるのか。
「箒を使いますか?」
リパが俺に空飛ぶ箒を勧めてくる。
「本気にするな」
俺は星空を見上げながら、一気には進まないだろう、と思った。