【攻略生活16日目】
周りを見ると、倒木と岩、石、魔物の死体が広がっている。
巨大魔獣から下りた俺とチェルは、ミッドガード跡地で一泊。昨夜はずっとスパイダーガーディアンが移動する音を聞いていた。舐めた態度だった「渡り」の魔物たちも空を飛んで逃げていたようで、続々と湖に戻ってきている。
明け方から植物が芽を出し始め、巨大な岩や嵐や竜巻でやられた魔物の死体の隙間から、ぐんぐん伸びていた。
巨大魔獣の踏み跡はいつも通りだったらしく、俺の予想は外れた。時を飛ぶヘイズタートルは頭も意思もなく、同じ場所を踏み続けている。
「余計なお世話だったか」
「一度、吹き飛ばしているからネ」
特にコートを着る必要もなくなり、のんびり北上。武器を持っていない俺たちは、スパイダーガーディアンに襲われることもない。
昼前には北部の拠点である井戸に到着していた。
「おかえりなさい!」
「無事のようだな」
ジェニファーが飛んできた枯れ木や岩を片付け、ヘリーは荷物を井戸から出していた。
「こっちも無事か?」
「ええ、嵐と竜巻はすごかったですけど……」
ジェニファーが俺たちの荷物を受け取って、肉入り野草汁を勧めてくれた。相変わらず、見た目は酷いが味は悪くない。
「シルビアとリパは?」
チェルがヘリーに聞いていた。
「シルビアは井戸の中に逃げ込んできたワイバーンの子供を返しに山に、リパは周辺の被害を探索にそこら辺を飛んでいるはずだ」
「あ、そうだ。コレ。時の番人が入ってるから、後で話を聞こう」
チェルはさっそく、リュートの先輩が入った鉄のキューブを渡していた。布でくるんであるが、魔力を込めればゴーレムと化すだろう。
「殺してしまったのか?」
「いや、墓地から出てきたのを入れたんだヨ。一人だけ生き残っていた時の番人とも会った。ミッドガードの奴隷って言ってたネ」
「町の奴隷か……。元犯罪者かもしれない。私たちと似たようなものだろう。このままゴーレムにした方がマキョーとしては安心ではないか?」
野草汁を食べている俺にヘリーが振ってきた。
「うん、霊よりゴーレムの方がよっぽどいいよ。ただ、逃げたりしないか? シルビアでもゴーレムは血がないから使役できないだろ?」
「マキョーもチェルもいて……、逃げられるか?」
そう言われると、どうなんだろう。
「ダンジョンからはみ出してきたモンスター程度なら、私たちでも対処できたヨ」
「そもそも砂漠にいるゴーレムでもマキョーは対処できるのではないか?」
「そう言われると、できそうだな」
なるようになるかと思っていたら、ヘリーが躊躇もなく鉄のキューブを包んでいた布を外して、地面に転がした。
周りの石が少し集まってきたくらいで、特に何も起こらない。一応、警戒だけはしておく。
「チェル、魔力を込めてみてくれ」
「いいヨ」
鉄のキューブにチェルが魔力を込める。大した量ではない。焚火に火をつける程度の魔力だ。
だが、それだけで鉄のキューブの周囲に石や砂が一斉に集まってきて、子供ほどの人型になった。やはり鉄のキューブは古代の魔道具技術の粋を集めたものらしい。
「おはよう、時の番人。1000年後へようこそ」
こういう時のヘリーはなぜか凛々しい。エルフだからなのか、品性を最大限発揮している。任せておいていいだろう。
「……ミッドガードはダンジョンから出たのか?」
子供のゴーレムは周囲を見回しながら、ヘリーに聞いていた。形があり、はっきりしているものなので、俺も怖くはない。
「いや、まだだ。お前を墓地から連れ出したところでね。名前を聞かせてくれ」
「エルフの霊媒師だな。そなたはミッドガードの者か、それともサトラの者か?」
ゴーレムはヘリーから距離を取ろうと跳ぼうとしていたが、足が崩れて片膝をつくような体勢になっていた。
「無理はするな。まだ身体と定着していないようだな。魔力もそれほど込めてはいない」
ヘリーが触れようとすると、ゴーレムはその手を払った。
「触れるな。質問に答えてもらおう」
「サトラは消えた。ミッドガードもな。私たちは、ユグドラシールの跡地にできた魔境に住む者たち。1000年経って変わったのだ。見えるか?」
「いや、目がないので見えはしない。ただ感じ取ることはできる。そこにいる方が1000年後の王か?」
そう言ってゴーレムは俺の方を指した。腕は崩れないらしい。
「いや、この魔境の領主をしている。マキョーだ。いろいろと聞かせてほしい」
「私も聞きたいことが多い。ここはどこだ?」
「北部、エルフの国との境にある山脈の近くだ。岩石地帯になっているが見えるか?」
「巨大ななにかがあると思っていたが、あの山脈か……。サトラとのミルドエルハイウェイはあるのか?」
「それは道のことか? 何もないぞ。すべて埋まっている」
ヘリーが説明した。
「そうか……」
「名は?」
「カ・リュー。竜人族とエルフ族の混血だ。忌むべき血だからといって呪いはしない。自ら時の番人になった最初の者にして、最後のユグドラシール騎士爵を受けた者」
「カ」が付いているということは、カジーラと同じエルフの下層民出身ということか。
「竜人族はこの国の王族でもある。忌むべき血もその身体にはもう流れていないし、この魔境では意味を持たない。歓迎するよ。歴史を教えてくれ、時の番人」
俺はそう言って、カリューに魔力を注いだ。
すぐに石と砂が集まって崩れた足が治り、身体が大人に成長していった。胸が膨らみ、腰つきが柔らかくなっていく。立ち姿は衛兵のようではあるが、どうやらカリューは女性だったらしい。
「魔力が欲しければ、マキョーの側に行くといい。チェルの近くに行くと吸い取られるから気をつけることだ」
ヘリーがゴーレムとしての生存における注意事項を教えていた。
「まぁ、魔封じの腕輪をしてるから大丈夫だと思うヨ。逃げ出してもあまり意味はないから面倒なことはしないでネ」
チェルも魔境での注意事項を教えていた。
「今、巨大魔獣が去って避難していたところなんです。拠点を移動しますから、話はあとでゆっくり聞きますから」
ジェニファーも俺たちの状況を説明していた。
カリューは戸惑いながら、頷いて返している。
「巨大魔獣というのは?」
「いや、カリューが乗っていた魔獣だよ」
「万年ヘイズタートルか。大きくなってるだろうな」
「大きくなっているどころじゃない。ほとんど災害だ。頭もないのに歩き続けている」
「なんだと……!?」
カリューは、巨大魔獣の頭を切る前に死んでいたらしい。
そもそも巨大魔獣は、後世の者たちの邪魔にならぬようダンジョンを移動できるように亀に食わせただけだとか。今は宇宙のどこかに飛ばされかねないため同じルートを移動しているようだと伝えると、ミッドガードの数学者が冷凍保存されることが決定したのではないかと、カリューは予想していた。
「災害か……。申し訳ないことをしている」
1000年前の住民から謝られたが、今のところどうすることもできない。
そのうちにシルビアとリパが帰ってきた。
「きゅ、吸血鬼の一族、シルビアだ。魔境では武具を作っている」
「へぇ~、時の番人を連れてきちゃったんですかぁ。すごい! あ、鳥人族のリパです」
シルビアは、俺たちなのでこういうこともあるだろうと予想していたようだが、リパは驚いていた。
「鳥人族とは、獣人の一種か。発展しているのか?」
「ええ、魔境の南にクリフガルーダという鳥人族の国もありますよ」
カリューは表情は変わらないが、揺れながら俺に「1000年の重みを感じている」と言っていた。
カリューはそれほど害はなさそうなので、ゆっくり歴史を教えてもらおう。
「とりあえず西の洞窟に帰ろう。もう日が傾いてきたから、森に入ったところで野営だな」
「「「了解」」」
井戸の底は再び避難所にするかもしれないので、置いていける物は置いていくことに。食料と日用品、寝具などをまとめた荷物を背負い、ひとまず引っ越し開始。カリューは背負子に括り付けて俺が背負った。
「マキョーは貴族なのに偉そうにしないのだな?」
「だって6人しかいないからな。偉そうにしても意味がないだろ?」
「6人!? ユグドラシールの領地を6人!?」
カリューは、魔境に6人しか住んでいないことに驚いていた。
巨大魔獣の通り道にいなかった森の植物たちは早速俺たちを襲ってきたが、ジェニファーとリパが適当に対処していた。弾けるマツボックリや麻痺する胞子を飛ばす大きなタマゴキノコなどだ。
あとはオジギ草が、魔物をバクバク食べている音が聞こえてきたくらい。トレントの群れも移動していたがこちらにを気にしてはいないようだ。
「植物園の遺伝子組み換え植物が脱走しているのか?」
「いや、だいたい魔境の植物はこんな感じだよ。平気で魔物を狩る」
「すべての森の植物がそうなのか?」
「うん、だいたいこんな感じ。1000年前はこうじゃなかった?」
「こうであるわけがない。森にある植物がこれほど好戦的で肉食だと、そもそも国が発展できないのではないか?」
「そう言われてみると、そうだなぁ……」
やはり今の魔境の環境は特殊なようだ。
夜中、ヘリーがカリューに呪文を唱えていた。霊魂をゴーレムの身体に定着させているらしい。これから、なるべく毎夜唱えるという。
カリューも嫌がらずに受け入れている。
魔境に変な住人がまた増えた。