【攻略生活15日目】
「あなたが時の番人ですか?」
俺たちはマスクと軍手の着用を確認。十分距離を取って兵士に質問すると、時の番人は大きく頷いた。
「君たちは外から来たのだな?」
「そうです。この魔境の領主になりました。マキョーと言います」
「メイジュ王国のチェルと申します」
「時の番人をしているリュートと言う」
それぞれが自己紹介をした。聞きたいことは山ほどある。
「敵意はありません。もしかしたら、ダンジョン内のミッドガードで食糧危機が起こっているのではないかと支援物資を持ってきたのですが……」
パンパンに荷物が入ったリュックを見せた。
「それは、なによりありがたい。ダンジョン内を案内してもいいのだが、数日、いや君たちのタイムスケールだと数年はかかるが構わないだろうか?」
リュートはちゃんとこちらの事情も理解している話せる人のようだ。
「いえ、こちらは時を飛ぶつもりはありません。持って行っていただければ幸いです」
「わかった」
俺はリュックを小屋の近くに置いて離れた。リュートは迷わず、中身を確認。食料や野菜の種を見る度に「ありがとう」と感謝して涙を拭いていた。
「疫病対策など大丈夫ですか?」
「ミッドガードには、疫病対策の検査もできるから問題はない。そもそも住民のほとんどが疫病にはかかっているしな」
リュートは荷物を詰め直し、手を合わせて俺たちに感謝していた。
「10か月前……、いや、100年前にP・Jという一団が来たのだけど、どうなったかわかるかい?」
「おそらく全員死んでます。遺体を4体、見つけました。ファレルだけはクリフガルーダの墓に入っていると聞いています」
「そ、そうか……」
「いろいろ聞いても構いませんか?」
「もちろんだ。そのために私がいる。小屋でもてなせればいいのだが、茶葉もないし、きれいな水もなかなか確保できていないのが現状だ。一応、植物群が雨水と降ってくる魔物だけは確保しているのだが……」
巨大魔獣の周囲に起こっている竜巻で、魔境の魔物や植物、土を舞い上がらせて回収しているのだとか。
「ここで大丈夫です。それより、ミッドガードの現状を伺っても?」
「ああ、どこまで知っているかわからないが、11年余り前、外の世界では1000年ほど前になるか、ユグドラシールの都市・ミッドガードは長寿に遺伝子改良されたヘイズタートル内のダンジョンに移送された。それは知っているか?」
「ええ、メイジュ王国の愚王の霊に聞きました」
チェルが答えた。
「そうか。君は魔族か。当時のミッドガードはそれほど差別意識はなかったのだ。一部サトラの差別主義者はいたが、それすらも許容していた。現状の住民も人種による差別はない。ただ、昔も今も貧富の格差が激しい。冷凍保存されているのは上位5000名ほどだ」
「冷凍保存されているんですか?」
人が冷凍保存されているのか。夢の世界の作り話ではあった気がする。チェルを見ると、私も知らないと首を横に振っていた。
「ああ、そうか。ここから10年以上、外を見てると、まるで変ってしまってユグドラシールが魔境と呼ばれているというのも頷けるが、外を見ていないミッドガードの住民たちは自分をコールドスリープさせて、より高度な文明に行けると思って暮らしている」
「そうですか……。文明度はかなり退化していると思いますよ」
「そうらしいな。P・Jの一団が教えてくれた……」
「P・Jたちの他に誰も来なかったんですか?」
チェルが俯いたリュートに聞いた。
「いや、竜の血を引く一族という者たちはたまに来ることがあったが、ダンジョンで死んだり、私たちを見るなり攻撃してきたりしたので、追い返してしまったのだ」
「時の番人は何人もいたんですか?」
「ああ。私以外は墓に入ってしまった……」
リュートは寂しそうに墓を見た。
「では、今はたった一人で?」
「そうだ。ミッドガードの奴隷は私一人だよ」
時の番人はミッドガードの奴隷なのか。冒険者パーティーや家族の奴隷というのは聞いたことがあるが、都市の奴隷というのは初めて聞いた。なにかミッドガードで犯罪でもしたのだろうか。
「この魔獣の頭を切ったのも私だ。利き腕は使えなくなってしまったがね」
リュートは首だけになった頭部を見上げた。
「なぜ巨大魔獣の頭を?」
「こいつが食糧難もあって空島の麦畑を島ごと食べ始めてね。土も水も手に入るし、こちらも助かっていたのだが、ほとんどなくなってしまった。食べ物を探すために遠くに行こうとしてルートがずれると、宇宙のどこかに飛ばされかねない。だから、頭を切って止めようとしたのだが……」
「止まらなかったんですね」
「不思議だ。もう首を切って5年になるというのに、この魔獣は同じルートをずっと歩き続けているよ」
首なしの巨大魔獣は何百年もの間、意思もなく動き続けているのか。首のない鶏が生き続けた例はある。
「今のミッドガードは住民は何人が暮らしているんですか?」
「生活しているのは3000人ほどはいるのではないかと思う。一時は20万人が生活していたミッドガードだが、ダンジョンに移送されたときには3万人ほどに減り、10年の間に、内戦と疫病があった。その上、飢饉だ。実際に生活できている人数はもっと少ないかもしれない」
リュートは難しい顔をしながら、淡々と説明している。
「遺跡の護り人とはあなたのことですか?」
「ああ、あのパークというドワーフの彼にも聞かれたけど、それは私ではない。おそらく、遺跡群を守っている魔道機械か、ミッドガードがダンジョンに篭ってからできた別の勢力だろう」
ミッドガードが消えてからも、この地にはユグドラシールの住民がいた。聖騎士のような勢力と戦っていた人たちもいるだろう。パークはミッドガードより、そちらの方を探していたということか。
ひゅぉおおお!
突然、風を切るような音が聞こえてきた。
「すまない。仕事だ。また、あとで話をしよう」
リュートは槍を手に駆けだした。
距離を取って、俺たちも追う。
駆け上がった場所には、P・Jの手帳に書いてあった遺跡の入口があった。
その入口から、巨大な岩でできたような熊がぶち破るように這い出てきていた。リュートは熊の頭を刈り取り、遺跡の内部へと押し戻そうとしているが、岩でできているため、頭を落としても意味がなさそうだ。
熊だけでなく、地を這う竜の魔物や烏の魔物、キメラが押しつぶされながら、にゅるりと音を立てて出てきている。いずれも泥や泥水、土などでできているらしい。
リュートが槍で応戦しているが、あまり効果があるようには見えない。
「あれは何だと思う?」
「ダンジョンから出てきた、ゴーレムの亜種カナ?」
チェルはいつもの調子で観察している。
「手伝うか?」
「うん、あの程度なら」
俺もチェルも一気にゴーレムの亜種の群れに迫る。
チェルは氷魔法で水分の多いゴーレムを凍らせた。俺は固まったゴーレムに魔力を放ち、内部の魔石を探る。魔石の位置がわかれば、魔力のキューブで抜き取るだけ。砂漠で見たゴーレムと同じように、魔法陣が描かれた鉄製のキューブが出てきた。
認識される前なので、特に攻撃も受けなかった。後には魔石の入ったキューブと、泥と土が残った。
ゴウッ!
音を立てて、遺跡の中に崩れた泥が吸い込まれていく。
「これはどうします?」
槍を構えたまま、こちらを見ていたリュートに鉄製のキューブを見せた。
「それは危険なものだ! ミッドガードを追放された亡者の思念が入っているのだから……」
「じゃあ、どこかに埋めておきますか?」
「そんなことしたら、またゴーレムになっちゃうだろ」
チェルがツッコんでくれた。
とりあえず布で包んで回復薬とジェニファーが作った聖水に浸し、小さな干したカム実を入れていた壺に入れ直し、リュートに渡しておく。
「これで亡者は力が出せないと思います」
チェルがちゃんとリュートに説明していた。
「すまない。よくゴーレムの対処法を知っていたな」
「ああ、砂漠で何体か倒していたんですよ。それで……」
「倒したというのは、先ほど使っていた空間魔法でか?」
「いや、普通はだいたい殴って対処してます」
「マキョーの魔力の使い方はちょっと人と違うので気にしないでください」
チェルはすまなそうにリュートに教えていた。
「そうか……」
小さな壺を抱えたリュートはどうにか納得していたようだ。
「ああやって時々、遺跡からゴーレムが出てくるんですか?」
「そうだ。ミッドガードの死人も増えて魔力だけは溜まっていくから、ダンジョンが拡大している。魔力を食料に変えられるといいのだが、そうもいかない。100年前にパークに頼んで、大型の魔法陣を組んで食料を移送してもらっていたのだが途絶えてしまった」
そう言えば、拠点の崩れた部屋に青白く光っていた魔法陣があったが、もしかしてあれかな。前に床を洗っていたら出てきたのだ。
「こちらは魔道具ぐらいしか技術を提供できなかったのだが……」
「もしかしてP・Jの武具をしまっていたあの部屋の魔法陣カナ?」
チェルも思い当たったようだ。
「あれを使えるなら同じように食料の支援だけなら、できるかもしれません」
「本当か!? こちらとしては、ものすごく助かる!」
リュートは干したカム実を頬張って鼻息を荒くしていた。
「わかりました……」
「無論、こちらも技術は提供できると思うが、何がいい?」
「まず、ユグドラシールの地図ですね。今、どこに何が埋まっているのかわからなくて」
「なるほど。ミッドガードの住民には言っておく」
「それから、歴史書もだよネ。できるだけ嘘がないやつがいい」
「わかった。宗教家の本は外しておく。ただ、ミッドガードから送った場合、紙の本だと時間経過の影響で一気に劣化して崩れてしまうことがあるのだ」
だからパークは魔道具を送ってもらっていたのかもしれない。
「やっぱり誰かの霊を一人、連れて行くしかないんじゃない……?」
小声でチェルが俺に聞いてきた。
「これでか?」
俺は懐から、布に包んだ鉄製のキューブを取り出した。正直、あまり霊を連れては行きたくないが、歴史の証人がいるとこちらとしてもありがたい。
「嫌なら、私が聞こうか?」
「うん、頼む」
「ど、どうかしたか?」
リュートは様子のおかしな俺たちを見て、慌てている。
「できれば意思疎通の取れる霊を一人連れて行きたいんです。さっき倒したような亡者にならないような人がベストなんですが……。そんな死んだ知り合いはいませんか?」
チェルが布を開いて、鉄製のキューブを見せながら聞いた。
「ちょっと待ってくれ。それはゴーレムコアだろ? そんな扱いしていて問題ないのか?」
「ああ、魔力が入ってないんで大丈夫ですよ。知らなかったですか?」
「すまない。ミッドガードに住んではいたが、全ての技術を知っているわけではないのだ」
「そりゃ、そうか……」
古代の人に会えば、なんでも教えてくれると思ったら大間違いだ。俺だって、今のことを全て知らない。そもそもクリフガルーダの存在すら知らなかったのだから。
リュートが戸惑っている間に、墓地に被せてあった土が盛り上がり始めた。
「墓地から誰かが出てこようとしてるみたいですけど……」
「ああ。もし連れて行くなら、時の番人の誰かがいいと思うぞ。歴史に詳しい奴らばかりだ」
墓地に近づき、チェルが鉄のキューブに魔力を込めると、墓地の土がまとわりついていた。チェルの右手が土の塊に覆われ、何者かの顔面が現れた。
「マキョー!」
「はいよ」
俺は土でできた顔面を削り取りながら、魔力のキューブで覆った。
「捕まえた」
悪い笑い方をしながら、チェルが俺に見せてきた。
「よし、捕まえたな。あんまり俺に近づけるなよ。近づけるなって言ってるだろ!」
止せと言うのに、チェルは俺に捕まえた鉄製のキューブを近づけてきた。霊が嫌いなことを知ってるくせに。ただの嫌がらせだ。
「このようにマキョーは霊に弱い」
チェルはリュートに説明していたが、リュートは瞬きを何度もしていた。
「この時代は、霊なんて非科学的な存在を信じているのか? 遺体ごと持っていって骨から記憶を探るのかと思ったが……」
リュートはそもそも霊を信じていないようだ。
「でも、亡者は信じてるんですよね?」
「あれは残留思念という妄想の産物をカビの魔物に付与した存在だと認識している。思い込みの具現化だ。そういう特殊能力があるのかと……」
ややこしい認識をしていたらしい。
ひとまず、歴史に関しては持ち帰れそうだ。
古代の技術は食料を送って取引しながら、こちらの要望を書いてみてもいい。リュートに聞いても答えは返ってこないだろう。
「では、まず地図だな」
「はい」
リュートに、とりあえず簡単なユグドラシールの地図を羊皮紙に描いてもらった。3か月後、詳細な地図を送ってもらうことに。
「主要な町や道くらいしかわからないが、だいたいこんな感じだ」
西にコロシアムで栄える町があり、東には港町。北の山脈を貫くような道があり、南には軍事施設があったらしい。環状道路がいくつか通っていたという。
俺は描いてもらった地図を大事に懐にしまった。
「本当に、ダンジョンを通ってミッドガードに行かなくてもいいのだな?」
「ええ、どうせ時間はそれほどありませんし」
巨大魔獣の首の先に砂漠が見え始めていた。
「ミッドガードの住民には、できるだけ要望は聞くように言っておく」
「こちらもできるだけ小麦を集めておきます」
暗い雲の隙間から、茜色の夕日が差し込んでいる。そろそろ巨大魔獣を下りる時間だろう。
「いつか……。いつかで構わないから、この巨大な魔獣を止めてくれないか?」
最後にリュートが言った。
「止めていいんですか?」
「ああ、もうこいつは十分すぎるほど仕事をした。休ませてやってほしい……」
おそらくリュートは竜人族だ。その声はエスティニア王のように威厳に満ち、あたたかい声だった。
「止める方法を考えておきます。では」
そう言って、俺たちは巨大魔獣から下りた。
大きな雨粒や小さな石が降ろうとも気にせずに、魔境の森へと落下。
ズン……ズン……。
大きな足音を聞きながら、岩の上から行先を確認した。
巨大魔獣は砂漠に入り、しばらく進んでから煙のようにふっと消えた。




