【攻略生活13日目】
目玉焼きに卵入りのパンという魔境では豪華な朝飯を食べ、北上する準備をする。相変わらず、俺とチェルはコート着用。コートの革が柔らかくなってきているのか、動き難さはなくなっている。
スパイダーガーディアンを西と東に吹っ飛ばしていると、リパが箒に乗って飛んできた。
「なにかあったか?」
俺の目の前に降り立ったリパに聞いた。
「いや、ヘリーさんがなにか魔物の霊と交信して、マキョーさんたちがなにかやってるから見て来いって。何をしてるんです? レベル上げか何かですか?」
「あぁ、そういうんじゃないよ。ほら、巨大魔獣に俺たちが乗り込んで、荒らしちゃったら巨大魔獣の歩幅が変わっちゃうかもしれないだろ? だから、動線で避難してる魔物を幅寄せしてるんだ」
「ああ! なるほど!」
「知らずに踏みつぶされると可哀そうだろ。大型の魔物もいるみたいだし、環境が変わると、また一からサバイバルのやり直しなんてことになりかねないからさ」
「わかりました」
「また変なことしてると思ったのかな。一応、理由はちゃんとあるから心配するな。というか、ヘリーはどこからでも魔物の霊と交信できるのか?」
「それは、本人に聞かないとわからないですけど……」
「マキョーは気付いてなかったけど、昨日の夜、魔物の霊が北へ向かっていってたヨ。それにヘリーが気が付いただけじゃないカ?」
チェルが近づいてきて背筋がゾクッとするような説明してきた。
「別に魔物を片っ端から殺してるわけじゃないぞ。吹っ飛ばしてるだけで、なんで霊になるんだよ!」
「元からいた魔物の霊でショ」
俺は周囲を見回し、魔物の霊がいないか確認した。特に感じ取れない。いや、霊を感じ取れた方が怖いから、いいんだけど。
「シルビアに言って魔物たちを先導できないか聞いてみてくれるカ?」
「わかりました!」
チェルに言われて、リパは再び箒に乗って北へ飛んで行った。
「シルビアってそんなことできるのか?」
「大型の魔物を説得できれば、小さい魔物たちも引っ越しするかもしれないヨ」
「可能性か」
シルビアに期待しつつ、俺たちは北上を再開。見える範囲のスパイダーガーディアンを一通り、吹っ飛ばしたところで、北の空に土煙が上がっているのが見えた。
「移動を始めたのかもしれませんね」
ジェニファーの言う通り、それから巨大魔獣の踏み跡の間に避難していた魔物の姿が見えなくなった。
洞窟や巨大な骨に住処を作り、避難している魔物も順次移動を始めているようだ。
大猿の魔物や大熊の魔物がこちらを見て威嚇してきたが、敵意なく見守っていると小さい魔物たちを追いたてて逃げ出していく。
もちろん、こちらに向かってくる魔物は問答無用で、東へとふっ飛ばしていった。
巨大魔獣の踏み跡で、昼飯を食べながら休憩。動いていないが汗はかいているので、インナーの洗濯も済ませる。
「すごいな。こっちの意図が伝わってる……」
「霊媒師と吸血鬼の能力だヨ」
干し肉と水で塩分と水分を補給し、身体の異常がないか自分の身体に魔力を放ち調べていく。俺もチェルも健康そのもの。ただ、干し肉とパンだけだとエネルギーが足りなくなるかもしれない。
「ちゃんと野草も食べてください」
ジェニファーは煮込んだ真緑色のスープを渡してきた。いろんな香りが混ざって鼻が混乱するようなスープだったが、不思議と味は普通の野菜スープだった。鳥ガラが入っているらしい。
インナーも乾いて出発しようとしたら、リパがヘリーとシルビアを連れて飛んできた。2人が軽いのか、リパの魔力が上がったのか、箒の速度が安定している。
「全員集合したな。シルビアは魔物を説得できるのか?」
「い、い、いや、ヘリーの霊媒術と合わせただけ……」
「私は動物霊とかで魔物を囲んで追いこんだだけ。大型の魔物はシルビアが血を飲んで意思疎通をしていた。吸血鬼の一族の能力は特異だ」
「そ、そうじゃない。マ、マキョー、こういうことは前もって言ってくれないと慌てる」
「ああ、すまん。魔境に住んでると別に何とも思わないんだけど、共通の災害が迫ってくると思ったら、急に地主の自覚が出てきちゃってさ」
「わからなくはない。だから、私たちも協力したのだ。ここより北の魔物の避難は完了している」
「じゃあ、皆で北の拠点まで帰るか」
魔力の使えないヘリーもいるので、それほど速度は出さず北上していく。
「あ、そう言えば、拠点のある岩石地帯が変なのだ」
走りながらヘリーが報告してくる。
「何が?」
「見たことがない蛙の魔物が大量発生している」
「じ、地面も揺れてる」
「ワイバーンとデスコンドルが飛んでないんですよ」
北の拠点にいた3人とも周囲の変化を口にした。
「天気が変わってるのカ?」
「雲の動きは速いな」
それを聞いて、俺もチェルも首や肩を回してしまう。
いよいよ巨大魔獣が近づいてきている。
「長い雨が降ってきたら、いつ来てもおかしくない。前はそんな感じだった」
「汗はかくから替えのインナーはたくさん持っていきたいんだけど、あるかナ?」
「だ、大丈夫。用意してある」
岩石地帯に着いたのは夕方。霧雨が降っていて、そこら中からカエルの鳴き声が聞こえてきた。茶色い中型犬ほどある蛙の魔物が、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
地面も波打つように揺れていた。眠っていたハイギョの魔物が目を覚まして、ぬかるんだ地面の中を回遊しているらしい。蛙の魔物をバクバク食べている。
走っていると地面に足を取られるが、岩を足場に進めば問題はない。ただ岩に化けていたカニの魔物やトカゲの魔物を起こしてしまう。
さらに、霧雨を吸収した多肉植物が一気に育ち、紫や赤い葉や花を伸ばしている。
見える範囲は、すでに静かな岩石地帯ではなく、大量の魔物が蠢く多肉植物の群生地になっていた。ゴースト系の魔物も発生しているのか、人の叫び声のような音も聞こえてくるが、特に襲ってこないのでよかった。
「朝とはまるで違う景色になっている」
「こ、これが本来の姿なのか……」
「……」
ヘリーとシルビアは驚き、リパは声も出ていなかった。
拠点の井戸は周囲より少しだけ高くなっていて、水はけがよく地面は泥濘にすらなっていない。井戸に雨水が流れ込んでくることもない。井戸を作った技術者の知恵だろうか。
「本格的に雨が降ってきたら、また景色が変わるかもしれないネ」
「魔境だからな」
外に出ていた荷物をすべて井戸の中に運び込んでいく。
濡れた毛皮を乾かし、食料の確認をする。
ミッドガードへの支援物資の中に食料は多いが、俺たちの携帯食は少ない。支援が要らなければ持って帰ってくるだけだ。
チェルは固いパンを焼いている。
巨大魔獣で食べる分の他に、その後の食料を作っているらしい。前の巨大魔獣襲来の後、食料を得るのは大変だった。
「瓦礫の撤去もあるし、魔物も植物も荒れてるから狩りや採取をしている暇もなくなるんだ。今のうちに作ってた方がいい」
「なるほど、そういうことか……」
ヘリーたちも納得していた。
「軍の訓練施設で交易できないと、魔境の食糧事情は大変だからな」
「今後はメイジュ王国も交易できるヨ」
「魔族が交易路の魔物を倒せるようになればいいけどな。港も整備しないと」
「クリフガルーダとも交易自体はできるんですよね?」
リパが聞いてきた。
「そうだな。人が魔境に入ってこれるようになると、また変わるだろうな」
「ちょっと待て。周辺国で魔境と交易できないのはエルフの国だけではないか?」
回復薬を樹液の小瓶に移してくれていたヘリーが急に声を上げた。
「そうだけど。イーストケニアを攻めてきた敵国だし、しょうがないんじゃないか」
「うむ……そうなのだが……」
エルフとしては思うところがあるようだ。
「ま、魔境から山脈にトンネル掘る?」
シルビアがヘリーに聞いていた。
「それもいいかもしれない。評価と成果の違いがわからぬエルフは多いから……」
ヘリーは誰もいない壁を見ながら、つぶやいていた。
夜になり、雨脚は強くなっていった。
井戸から出て近くの様子を見に行くと、濁流の川が出来ていた。蛙の声はあまり聞こえない。魚の魔物が音を立てながら川を泳ぎ、山脈の方に北上しているようだ。
多肉植物は人の背丈よりも大きくなり、葉を広げている。根元の方からくぐもった蛙の鳴き声が聞こえてきた。相変わらず魔境の植物は肉食のようだ。
俺は井戸に戻り、魔石灯の明かりの下、P・Jの手帳を読む。ほとんど頭に入っていることだらけだが、まだ発見できていない遺跡の入り口などを確認。ダンジョンだと時間軸も変わってくるかもしれないので、注意しておく。
「巨大魔獣に乗り込む前に疲れるなヨ」
チェルがそう言いながら、固いパンとお茶を持ってきた。
「やれるだけやってから後悔しようと思ってさ。何もやらずに、何も持って帰れなかった方が辛いだろ?」
「そうかもネ」
パンは保存に適しているのだろうが、あまり味がしない。
「美味しくはないな」
「もうちょっと酸っぱくしてみるカ」
チェルも準備に余念はない。




