【攻略生活12日目】
「やりすぎです!」
ジェニファーは筋肉痛になった全身にくまなく回復薬を塗りこみながら怒っていた。俺たちの移動速度のことを言っているらしい。
「それはジェニファーにとってのやりすぎであって、私たちには通常のことだヨ。別に筋肉痛になってないし、魔力切れも起こしてない。精神的に不安定にもなってないヨ」
確かにチェルの言う通り、俺たちの通常営業だ。
「とにかく巨大魔獣は砂漠まで到達することがわかっただけでもいいじゃないか。俺たちは砂漠に入ったら脱出しよう」
「砂漠より先へは行ってないってことカ?」
「今は確かめようがないだろ。踏み跡もなにもかも砂に埋もれているんだから」
「地面を探ってもわからないカ?」
「わからないな。またゴーレムが出てこないとも限らないし……」
俺たちは砂嵐が吹き荒れる砂漠の朝を眺めた。
「話聞いてますか?」
ジェニファーが迫って聞いてきた。
「聞いてなかった。なにか言った?」
「ですから、お二人の速度は異常です」
「たぶん魔境だと、これが人として生きていくために必要な速度なんだ。今のジェニファーが遅いだけだよ。すぐ慣れるさ」
「いや、そんなはずは……」
「だって、俺とチェルはジェニファーより少しだけ魔境で過ごしているだけだぜ」
「ですが、それはマキョーさんとチェルさんに才能があっただけなのでは?」
「冒険者のランクだって上がったことがないし、才能だけならジェニファーの方が上だろ? そんな言葉で誤魔化すなよ。才能があるのかないのか、努力でどうにかなるのかならないのか、そんな風に自分と戦ってる場合じゃなくなる。ほら、魔境は外と少しルールが違うから、生き残るのに必死だってだけだ。そうだろ?」
砂漠から一斉に引いていく植物を指して言った。
ジェニファーは下唇を噛んで黙ってしまった。
「じゃ、朝飯食って腹ごしらえしたら、砂の中も探ってみる。ゴーレムが出てきたら対応するぞー」
「リョーカイ!」
ジェニファーも頷いている。
しばし、チェルがパンを焼く音が砂漠に鳴る。
「帰って来れないことも考えてる?」
焼けたパンを俺に渡しながら、チェルが訛りもなく小声で聞いてきた。
「そりゃ、考えるだろ。ヘリーは魔法が使えないし、シルビアの能力は特殊だ。リパはまだ戦闘に興味が向いてる。帰ってくるまではジェニファーに魔境を頼むしかない」
「なるほどネ。焼けたヨー」
チェルは少し離れたところで毛皮を丸め、水袋の水の残量をチェックしているジェニファーにもパンを渡していた。
朝飯を食べて、俺とチェルはコートを着た。今日はマスクと軍手もしておく。荷物をすべて背負って、逃げる準備をしてから、砂漠の地下を探った。
放った魔力が跳ね返り、埋まっているものの位置を報せる。大型の魔物の骨や化石になった樹木が多かったが、石畳の跡が真っすぐ南に向かっているのが見えた。おそらく古代の街道だろう。
ゴーレムの姿はなし。
「街道の跡だけだ。特に巨大魔獣の踏み跡はわからない。今回の巨大魔獣の上陸作戦では、砂漠に到達する前までに脱出しよう。それからどこまで行くのか観察だな」
「帰ってくるまでが作戦ですね?」
ジェニファーが念を押すように聞いてきた。
「その通りだ」
「じゃあ、早く帰って準備しようヨ」
「よし、じゃあ帰るか」
「また、行きと同じ速度で帰るつもりですか?」
「そりゃそうだヨ」
ジェニファーにはもう少し無理してもらう。
俺たちは巨大魔獣の踏み跡を逆走し始めた。
相変わらず、大鰐の魔物が大きな口を開けて待ち構えている。まだ、疲労もないので、3人とも戦うことなく一気に通過。追いかけてくるが、捕まえられるスピードではない。諦めるかと思ったが、木々をなぎ倒し、踏み跡を越えて、魔物が集まっている森の避難所も破壊していく。
ふと、先頭を走る俺は踏み跡にある沼の畔で立ち止まった。2人も立ち止まる。
「ジェニファー、ヘリーはいつまでに帰って来いって言ってた?」
「巨大魔獣の行先を確かめるのに、3日くらいはかかるだろうとは言ってましたけど……」
「じゃあ、まだ時間はあるんだな?」
「……何をする気ですか?」
ジェニファーの質問には答えず、大鰐の魔物がこちらにやってくるのを待つ。
「やる気カ?」
チェルが手に魔力を込めながら聞いてきた。
「いや、殺しはしない。ただ、脇に避けてもらっておいた方がいいかもしれないと思ってさ」
俺はそう言って、迫りくる大鰐の魔物に向かっていった。
大鰐もなにかを察したようだが、止まらずに噛みついてくるつもりのようだ。
全身に魔力を込めて、一気に距離を詰める。建物ごと倒れてくるような噛みつき攻撃を躱し、脇腹に入って拳を叩きつける。柔らかい岩でも殴っているようにまるで威力は感じられなかったが、大鰐の身体をひっくり返すことには成功した。
直後、チェルが大鰐の胸を氷魔法で凍らせた。
「殺すなって言っただろ?」
「殺してないヨ。ほら、ここだけ火傷の痕が残ってる。これだけの巨体を動かすんだから、体温も上がってるでショ。魔石で熱を逃がしてるはずだけど、それ以上に身体を動かしているから、魔石の周りだけずっと火傷し続けるんだヨ」
「冷やしてあげたのか?」
「ウン。それに動きが鈍るからネ。爬虫類は寒さに弱い」
確かにひっくり返っているのだから暴れていいようなものだが、大鰐は固まって動かない。体内を調べてみたが、息もしているし心臓も動いているようだ。
「じゃあ、運ぶか」
「どこに運ぶつもりです?」
「だから、巨大魔獣が通る道からできるだけ遠くにさ」
俺は尻尾を掴み、ゆっくり大鰐を引っ張ってみた。
ズズ……。
魔力を全身に込め筋力を上げれば、運べなくもない。
「なんでそんなことをするんダ?」
「俺たちが巨大魔獣に乗り込んだとして、甲羅を破壊する可能性だってあるよな? そしたら、巨大魔獣の歩幅が変わっちまうかもしれないだろ?」
巨大魔獣は万年生きる亀と愚王がチェルに伝えていた。
「踏み跡の間に避難している魔物が踏みつぶされるかもしれないということですか?」
「そうだ」
「だから、なんでダ? 魔物なんか助けてなににナル?」
「小さい魔物や植物なら、すぐに繁殖ができるけど、こんなに大きな魔物は魔境にもそんなにいない。こういう大型の魔物が消えると、一気に生態系が崩れるかもしれないだろ?」
「大型の魔物を逃がすことで、生態系を守るつもりなんですね?」
「そう。どうせ嵐でかなり破壊されるだろうけど、魔境はあり得ないことが起こるようなところだから、なるべく遠くに逃がしてやりたいんだ。これでも魔境の地主だからさ」
「だったら、風魔法でぶん殴ったほうが早いヨ。たぶん、その大鰐は生命力が強いから死なナイ」
チェルの意見を採用。俺は拳に風魔法を付与して、思いっきり大鰐をぶん殴った。
ブオッ!
突風が吹いて大鰐は遠くへ吹き飛ばされていった。
「この調子で、踏み跡の間に避難している魔物を避難させよう」
「力加減が難しいネ」
「そんなことできるんですか?」
ジェニファーはまだ困惑している様子だ。
「ジェニファーは松明を作ってくれ。蚊にやられると集中できないから」
「……わかりました」
戸惑いつつも指示すれば、ちゃんと聞いてやってくれる。
すでに踏み跡には魔物はいないが、その間の森にはかなり魔物が避難している。洞窟や巣を作っているが、追いだしたり破壊したりして、両脇に移動させていった。
作業をしながらだと、汗の量も増える。走っているだけなら休憩は一度でよかったが、さすがに耐えられない。こまめに休憩を取り、水の補給とカム実を食べながら北上していった。
松明は蚊に有効で、煙には一切近づいてこない。気管に煤が詰まると死ぬからだろう。マングローブ・ニセの群生地では必須のアイテムだったようだ。
スパイダーガーディアンの岩石もしっかりぶん殴って飛ばしておく。こちらが武装していないので油断している。3体ほど吹き飛ばしたところで攻撃対象と認められたのか一斉に動き出したが、チェルとジェニファーが魔法で壁を作ってくれたので、一体ずつ吹き飛ばせた。
別にずっと岩のままなら置いとくのも良かったが、地面に埋まったままの状態から突然動き出しても怖い。
夕方になり、ミッドガードの跡地を今日のキャンプ地とした。
「相変わらず、ここの魔物たちはのんびりしてますね」
「ここのは『渡り』の魔物だから、いざとなれば飛んで逃げるさ」
「魔境を舐めてるとも言えるヨ」
チェルはパンに『渡り』の魔物から卵を盗んで使っていた。
「魔境以外の魔物には厳しいんですね」
「時には現実を見せておくのも必要だ」
卵入りのパンは驚くほどおいしかった。
「美味いネ!」
「どんなことがあってもチェルの食い意地だけは信用しよう」