【攻略生活11日目】
俺は朝から井戸の底で逆立ちしながら考えていた。
魔石灯や発光するキノコがなければ真っ暗な中で、どうやって時間を計っているのか。
「意外な盲点かもしれない。どうしよう……」
腹が減れば飯時だし、眠たくなったら寝時だ。
「巨大魔獣に乗り込んで眠たくなってから帰ってくるってわけにもいかないだろう?」
俺は朝飯の時に皆に聞いてみた。
「帰りたいときに帰ってくればいいのではないですか?」
「ちょっとでも過ぎたら、3ヶ月も経ってるんだぞ。嫌だよ、そんなの」
「でも、冒険者時代は時間を無駄にしてきたって言ってなかったカ?」
「俺は自分の意思で無駄にするならいいけど、なんで古代の奴らのせいで時間を無駄にしないといけないんだよ!」
「3か月、年を取らなくて済むのだぞ?」
「じゃあ、ヘリーが行くか?」
「別に3ヶ月くらいで変わることなんて……」
ヘリーは喋っている途中で気がついたらしい。
「私が一週間、魔族の国に里帰りしただけで、皆は随分変わっていたけどネ」
「確かに、3ヶ月もいなかったら、マキョーさんはどれだけ変わるんでしょうか?」
「魔境の3か月と、巨大魔獣の1日を天秤にかけて、どちらが価値あることか……」
「き、き、聞くまでもないこと。自分で変わるのか、他人に変えられるのか」
「誰にとっての変化か、ということもありますよね?」
リパが根本的なことを聞いてきた。
「その通り。古代人の都合のいいように変えられる筋合いもないし、そもそも巨大魔獣の環境は特殊だ。たとえ変えられたとしても、他の場所で使える技術や能力はないかもしれない。そうなったら、いよいよ無駄だろ?」
「無駄とも思える経験でも使えることはあると言うが、時間が飛ぶとなると経験そのものがないということだからなぁ……」
「だから暗闇でも1日の長さを計るのは大事なんじゃないか? たぶん、当日はそれほど食べないだろうから、腹具合というわけにもいかないしさ」
「それに私も巻き込まれるんだよネ? 皆、何か案をください」
チェルは普通に頭を下げていた。自分にも関わるとなると、必死になるようだ。
「花だと天気によって変わるでしょうし、当日は嵐ですもんね」
「は、は、発光キノコの寿命は?」
「あれは意外に摘んだらすぐに消えてしまう。オジギ草の枯れるスピードでも計るか?」
「魔石灯の魔石の大きさを調べて、1日で消えるようにしたりすればいいカ……?」
「それは場所によって魔力の消費量が違うのではないかな。ん~……」
皆、朝飯のパンを齧りながら、考え始めた。
「巨大魔獣が消える地点を探せばいいのでは?」
相変わらずリパがボソッと核心を突いてくる。
「それさえわかれば、その地点に近づいてきたらわかるかもしれない」
「砂漠のサンドワームが降ってきたはずだよネ?」
「確かめに行くか? 巨大魔獣襲来に間に合うかなぁ」
「間に合わせよう」
急にヘリーが仕切り始めた。そういえば巨大魔獣の踏み跡を追っていたのはヘリーたちだったはずだ。
「まず私とシルビア、リパは移動速度が足りない。こちらは、この拠点で、持って行く物の準備をしておく。巨大魔獣に留まる可能性も考えて食料も多めに取っておく。それくらいなら、私たちでも十分だろう。そちらは、巨大魔獣の踏み跡を追ってくれ」
「わかった」
「え? 私もですか?」
ジェニファーが自分を指して目を丸くしていた。
「ジェニファーが2人を止めてくれ。行きすぎて、巨大魔獣の出現までに帰って来られない事がないように」
「わかりました……。大丈夫ですかね?」
「移動に集中すれば、どうにかなるんじゃないカナ?」
「踏み跡を追って消える場所まで行くだけだろ? 大丈夫」
朝飯を早々に終わらせ、フキの葉で肉を包み弁当にする。
簡単な準備を済ませていると、シルビアが近づいてきた。
「ん」
シルビアは革のコートを手渡してきた。
「やっぱり着ないとダメか?」
「わ、わ、脇と背中には汗取りを仕込んでおいたから」
「わかったよ」
コートは動きが制限される気がして苦手だが、慣れておかないといけない。汗が出るので、水分補給は小まめにしなくては。水袋は大きめのものを用意した。チェルにも着させる。
「マキョー、水球テントはどうするノ?」
「杖一本だから、一応持っていこう」
「毛皮は1枚カ?」
「必要なら持っていこう。途中で調達してもいいし」
俺とチェルが準備をしている間、ジェニファーは必死で朝飯を口に入れていた。
俺たちの準備が終わった時に、ようやくジェニファーは準備を始めていた。
「ジェニファー、必要なものだけでいいからな」
「何を持っていけばいいんでしょうか? 盾は持っていった方がいいですよね?」
「ジェニファーは戦わないからいらないヨ」
「戦わないんですか?」
「寝床の毛皮だけ持ってけばいい。ジェニファーはやりすぎる俺たちを抑えてくれればいいだけだ」
「それが一番難しいと思うのですが……」
「ま、いけばわかるヨ」
チェルがジェニファーに毛皮を渡し、とっとと出発する。
「じゃ、ヘリーたち、頼むよ」
「了解」
「そ、そ、そんなに時間はないと思うからなるべく早く帰ってきてくれ」
「いってらっしゃい!」
3人に見送られながら、俺たちは岩石地帯を走り、針葉樹林の森へ入っていった。
巨大魔獣の踏み跡はこの前確認していたので、そこを辿って南下していく。すでに魔物は逃げ出しているようで気配はない。
途中、森を挟むが踏み跡はほぼ真南へと向かっているので、迷うことはなさそうだ。
「そろそろ本気で走るけど、必要なものがあれば途中で調達するか?」
「おやつのカム実くらいじゃないノ? 小麦粉は持ってるヨ」
「ジェニファーは?」
「本気で走るってどのくらいですか?」
「足に魔力を込めて走るってことだヨ」
今は走り始めなので、あまり速度は出していない。森の様子も落ち着いているので、よほど高い崖や谷がない限り、一気に進んでおくつもりだ。
「魔物と遭遇しても置いていくだけだから今のうちに必要なものを言っておいた方がいいヨ」
「体験してみないことにはちょっと……」
「了解。チェルの後についてくればいいから。何か飛んできても弾いておいて……」
「は? はぁ……」
一応、返事はしているので大丈夫だろう。
「よし、行くぞ」
俺は足に魔力を込めて、走り始めた。
一歩の距離が遠く、踏み跡と森を交互に通り過ぎていく。森の中にある枝や藪などは裏拳やナイフで吹き飛ばしていき、邪魔な魔物も蹴っ飛ばしていった。
後ろを振り返り、ついてきているか確認すると、チェルしか追いついていない。ジェニファーは遥か後方で魔物をスライム壁で弾いているところだった。
「ジェニファー、いちいち魔物に構っていたら進まないから、無視していいぞ!」
「しかし、氷魔法が……!」
ジェニファーを襲っているアイスウィーズルを、チェルが炎の槍で串刺しにした。
「走ることだけに集中して。魔力の無駄」
チェルは訛りもなくそう言うと、すぐに走り始めていた。
ジェニファーもようやく本気で走り始めた。一応、崖や谷のあるところは跳び越えてから、ジェニファーの様子を見ていたが、上手くスライム壁を使ってどうにかついてきている。
灰色の狼が群れで追いかけてきたが、俺たちの速度について来られず、すぐに諦めていた。倒木も多かったが、穴を空けてそのまま通り過ぎる。
ミッドガードの跡地に近づくとガーディアンスパイダーが擬態している岩がごろごろと転がっていたが、特に武装はしていないので襲ってくることはない。
「マキョー、ちょっと休むカ?」
「ん? ああ、汗かいたか?」
「いや、ジェニファーが遅れてるヨ」
振り返るとジェニファーと距離が出来てしまっていた。
「じゃあ、休憩しよう」
まだ昼前だが、水分補給とジェニファーのために休憩に入る。一度、コートを脱ぐと、かなり汗をかいていた。着替えは持ってきていなかったので、『渡り』の魔物たちが優雅に泳いでいる湖で洗濯をしてチェルに風魔法で乾かしてもらう。
「乾かしている時間がもったいないから、巨大魔獣はやっぱり着替えが必要だな」
「うん。……ここの魔物たちは避難しないのカナ?」
「そう言えばそうだなぁ……」
湖の魔物を観察している間に、ジェニファーが追い付いてきた。俺たちと違ってコートを着ていないが、汗だくだ。
「ちょっと休憩。水分補給をしておいてくれ」
「わかりました」
「洗濯するなら、チェルが乾かしてくれるよ」
「チェルさん! 裸じゃないですか!?」
「え? ああ、うん。まずいのカ?」
そう言えば、チェルも上半身裸になって洗濯をしている。
「いや、マキョーさんがいるのに!?」
「今さら、そんなこと気にしてるのか?」
「魔境は過酷ですが、品性まで捨てることはありませんよ!」
「ああ、そうか。俺が目をつぶってるよ。隠せたら教えてくれ」
「隠せたヨ」
チェルはコートを羽織っただけだった。
ジェニファーも自分の服を洗濯するというので、俺は一度森に戻り、昼飯の肉でも焼いておくことに。
「休憩の度にこれじゃあ、時間かかるよネ?」
チェルが俺に近づいて聞いてきた。
「品性は大事だと思うぞ。まぁ、巨大魔獣に乗り込む時はお互いそんな場合じゃないから、無視していいと思うけど」
「時と場合カ。マキョーは今さら私たちの裸を見て興奮するカ?」
「いや、しないだろ。急に巨乳になったら、どうなってんだ? って心配するくらいかな」
「それは私も驚くと思うナァ」
俺とチェルがバカな話をしていたら、ジェニファーが濡れた洗濯物を持ってきた。
「なんの話をしていたんです?」
「巨乳は信仰対象になりうるかどうかについて」
「え!?」
ジェニファーは咄嗟に自分の胸を隠していた。
「冗談だヨ」
服が乾いたら、すぐに出発する。
今日中に、砂漠まで踏み跡が続いているかどうかを確かめておきたい。嵐や竜巻は砂漠まで到達しているようだが、果たして巨大魔獣はどこまで行くのか。
ガーディアンスパイダーの奇岩地帯を抜けて、一気に進むと、マングローブ・ニセの群生地に辿り着く。以前、ゴーストドッグを追いかけていった沼地も通過する。
水草の地面はかなり沈む。どうやらここも巨大魔獣の踏み跡のようだ。埋まっている村の跡も潰されているかな。
襲ってくる蚊の大群はスピードで振り払っていったが、何か所か刺された。走りながら、回復薬を塗っておく。
周辺は大鰐の魔物の縄張りだったらしく、何度も追いかけられた。ロッククロコダイルとは比べ物にならないくらい大きい。体高だけで2階建ての家くらいはある。
尻尾なんかに当たったら、砂漠まで吹き飛ばされるかもしれない。戦っていられないので、とっとと南へ走り抜けた。
徐々に襲ってくる木々が多くなり、アラクネの巣やポイズンスコーピオンの群れが邪魔をしてきたが、チェルが先行して焼き払っていった。
「走るだけじゃ暇だからネ」
ジェニファーがいるからか、先輩風を吹かせているらしい。
昼時はとっくに過ぎていたが、ジェニファーが限界を突破し勢いに乗っていたので、そのまま砂漠まで向かった。
日が傾き、チェルの汗が限界に達したころ、砂漠に辿り着いた。
遠くでサンドワームが砂から飛び上がって、砂煙を上げている。
「今日はここをキャンプ地としよう」
俺とチェルは野宿の準備をする。おそらく夜の間に、森の植物が侵食してくるだろう。砂壁と魔力のキューブで防いでおいた。
遅れて、疲れ切ったジェニファーが到着。顔や腕など皮膚が出ている個所は蚊に刺されていて、脱水症状寸前だ。回復薬と水袋を渡しておいた。
「飯は食えるか? 食っておいた方がいいんだけど」
「後で食べます……」
ジェニファーは服を脱いで上半身裸になって砂の上に大の字になっていた。恥と品性を捨てたようだ。
しばらくすると寝息が聞こえてきたので、毛皮をかけてやった。
砂漠の夜は寒い。