【攻略生活10日目】
起きると、白い大蛇が地底湖を泳いでいた。
井戸の底に寝ているのだから、こちらが住処を邪魔している。特に襲ってくることはないので、静かに皆を起こして井戸から出た。
「突然だったな。まったく気づかなかった」
ヘリーは水袋から出した水で顔を洗い、布で拭いていた。
「俺たちが縄張りにいるから様子を見に来たんだろう」
「井戸の中にあまり食べ物は置いておかない方がいいですかね」
ジェニファーの提案で外に穴を掘って食料庫を作ることを検討する。
「シルビア、手懐けられないかナ?」
「む、む、無理だ。大きすぎるから血の影響が一瞬しか保てないと思う」
「大蛇の魔物もミッドガードのガーディアンと戦ってたんでしょうか?」
リパが唐突に聞いてきた。
昨日、ガーディアンスパイダーと大型の魔物とが戦った跡を発見したが、ミッドガードの跡地から遠い。
「こんな遠くまで戦いに来るか?」
「機動力を考えれば追ってくるのは可能だろう。ミッドガードがよほどあの大きな頭骨の魔物を危険視していたということだ」
「そりゃ、あれだけ大きければ誰だって危険だと思うヨ」
「でも、巨大魔獣はどうです? 古代のミッドガードの民は山脈ほど大きな魔物を手懐けてしまっています」
ジェニファーの言うことも一理ある。
「が、が、学者が作った魔物だと言ってなかった?」
「魔族の愚王は遺伝子学者が作ったって言ってたヨ」
「今魔境にいる大型の魔物は、その学者が作った魔物の子孫と言うことか?」
「あり得る」
「だとしたら、学者とミッドガードのガーディアンは敵対していたノ……?」
「せ、せ、『聖騎士』がいたくらいだから差別はあったし争いもあったのはわかるけど、ミッドガードと敵対していた勢力もあったのかもしれない」
「そもそもミッドガードが一枚岩じゃないかもしれない。誰もが王都にあこがれているわけじゃないし、そもそもミッドガードから離れた竜人族がエスティニア王国を作ったわけだしな」
「また霊に聞いてみるか?」
ヘリーが怖いことを聞いてきた。
「ポールの他にいるのか?」
「マキョーには黙っていたが、井戸の地底湖の先に、たぶんカタコンベ(地下墓所)がある」
「ヘリー、俺が怖がると思って隠してたのか?」
もう井戸の底で眠れないじゃない。
「言わなかっただけだ。ほとんど成仏していると思うが、普通に地上を徘徊している者たちもいるくらいだ。話くらいなら聞けると思うが……」
背筋がゾクッとして、思わず後ろを振り返ってしまった。もちろん、俺には何も見えない。見たいとも思わないが。
「古代の勢力を知っていた方が巨大魔獣の上では役に立つかもしれん。やってみてもいいか?」
「いいけど……。俺は遠くにいるぞ」
「はぁ、情けないネ」
チェルは溜め息を吐いて俺を見てきた。怖いものは怖い。
「器が必要だ。誰か一緒に猿の魔物か、頭蓋骨を探しに行ってくれないか」
「行きますよ」
「僕も行きます!」
ヘリーの誘いにジェニファーとリパが乗った。
「ヘリー、これって使えないか?」
俺はゴーレムの空になったキューブを見せて聞いてみた。
「おおっ! それはいいなぁ……」
と、言ったヘリーの視線は明後日の方を向いている。
振り返ったが、やはり俺には何も見えない。
「なにかいるのか?」
「ああ、マキョーに殺到している。一旦、しまった方がいいかもしれん」
俺はゴーレムのキューブを布でぐるぐる巻きにして、ヘリーに渡した。
「どうやって扱うのかはわからないが、魔境の霊をおびき寄せるには最適だ」
ヘリーはそう言って笑っていたが、俺は霊が近寄って来ないお守りが欲しい。
「じゃあ、私たちは大蛇の魔物を倒すカ?」
「倒さねぇよ。あんなデカい魔物を倒したら、なにか繁殖しちゃうかもしれないだろ?」
「バ、バランス」
正直なところ、できれば、あの大蛇の魔物には地下にいるゴースト系の魔物をすべて退治してほしい。
「拠点を作り直すか。巨大魔獣が出た時にだけ井戸の底に避難すればいいだけだから」
「そ、そうしよう」
拠点づくりの最中、俺とチェルはコート着用。少しでも慣れておくためだ。
岩石が多いので、積み重ねていけば雨風くらいはしのげる。ただ、作っている最中に家のようなサイズのハイギョや岩と同じ色の熊の魔物などが邪魔をし始めた。
じゃれているだけならいいが、作りかけの家まで破壊していくので、俺もチェルも凍らせたり、腹に風穴を開けたりして対処するしかない。その辺に魔物の死体があれば、血の臭いを嗅ぎつけたワイバーンなどの捕食者が集まってきてしまうのが魔境の常だ。
作業は遅々として進まなかった。
「と、と、時魔法の魔法陣を彫る?」
シルビアがナイフ片手に聞いてきた。
「いや、山肌に穴を開けて巣ごもりだな」
「熊やワイバーンと変わらないネ」
「た、た、確かに避難所の避難所を作るなんて馬鹿げてる」
「じゃあ、どうする?」
「地底湖に氷の壁でも張るカ? 大蛇でも体温が下がれば動きも遅くなるでショ」
「ナイスアイディア、そうしよう!」
すでに大蛇の魔物はどこかに消えており、拠点周囲にはいなかった。
チェルに地底湖の水を天井まで噴き上がらせて凍らせてもらう。地底湖に氷の壁が浮かんだ。
「どのくらい保てるんだ?」
「一晩くらいなら問題ないと思うけど、魔道具を作ったほうが確実だヨ」
「ま、魔法陣はコップのを流用できるはず」
「どんな魔道具になるんだ?」
「鎖かナ?」
ドゴンッ!!
俺たち3人が井戸の底で頭をひねっていたら、頭上から何かを砕く音が聞こえてきた。
地上に這い出てみると、人体が三つ連なったような大きなゴーレムがヘリーたちを追いかけまわしていた。
ヘリーの弓矢はゴーレムの岩のような肌に弾き返され、リパの木刀も凹ませるだけですぐに修復され効果がなさそうだ。どうにかジェニファーのスライムの壁で攻撃を防いでいるが、逃げるのでやっと。
「何をやってるんだ!? 訓練か?」
一応、邪魔しちゃ悪いので確かめておく。
「バカを言うな! 早く助けてくれ!」
チェルが上空から水の玉を降らせ、ゴーレムに穴を空け、動きを鈍らせた。
俺は近づいて行って、ゴーレムの身体に触れ、キューブの位置を探る。連なっている接合部分で、キューブが光っていた。魔石は入っていなかったはずだが、復活したようだ。
狙いがわかったので、あとは殴るだけ。
ボゴッ!
キューブがスポーンと抜けて、ゴーレムが形を保てなくなり、土砂が崩れ地面に山が出来上がった。
飛んで行ったキューブは布に包んで縛っておく。
「なんかわかったか?」
「ジェニファーさんが、キューブに魔力を込めるとゴーレムが復活しました」
「リパ、言わなくていいんですよ!」
リパのチクりに、ジェニファーが怒っていた。
「古の霊はゴーレムに固執している。逆に考えればキューブ内に閉じ込められるかもしれない。今、マキョーの手の中みたいに」
思わず、俺は布に包んだキューブをヘリーに投げ渡した。
「こいつらに話を聞けばいいか……」
俺はできるだけヘリーたちから離れ、食い荒らされた魔物の死体を森の方に捨てに行ったりして時間を潰した。
誰も見ていないのでコートを脱いで半裸になると、風が汗を冷やしとても気持ちがいい。涼んでいると、巨大な頭骨の側にいた大熊の魔物が近づいてきた。荒く息をしてこちらを見ているが、戦う気はないらしい。
肉のついた魔物の骨を投げてやると、大熊の魔物はそれを口に咥えて森の奥へと消えていった。巨大魔獣に合わせ、魔物が逃げ出していて食料も減っているのかもしれない。
戻ってみると、聞き込みは終わっていた。
「ユグドラシールの勢力は一つだけじゃない。自然を守る宗教家、南部の軍人、コロシアムの学者に空島の農学者、そしてダンジョンを作る魔道具屋。職業によって勢力が決まっているらしい。そこに種族間の差別も加わって、複雑化していたようだ」
ヘリーは淡々と古の霊たちから聞いた話をまとめてくれた。
「ミッドガードに残った奴らはどんな勢力なんだ」
「どの勢力もミッドガードにはいるらしい。1000年の間に変わっているかもしれないけど」
「結局、ピーターが言うように『時の番人』に聞くしかないのか?」
「おそらく。ただ、ミッドガードが時を飛び始めたあとの争いの痕跡は魔境に残っている」
「巨大魔獣に乗り込んだ後は、それも発掘しないとな」
相変わらず、やることは多い。
「これ、使える。巨大魔獣に持っていくといい」
ヘリーは空になったキューブを俺に返してきた。
「どうやって使うんだ?」
「今のミッドガードの住人にも死人は出る。不老不死になるわけじゃないからな。霊を捕まえてきてくれたら、情報が聞き出せる」
「おお、そうか。チェル、頼んだ」
「えぇ~! マジカ~」
そう言いつつもチェルはゴーレムのキューブを受け取っていた。
「へ、へ、ヘリー。魔道具製作をお願いしたいんだけど」
「わかった」
霊媒術に魔道具製作と、魔境のエルフは働き者だ。
「エルフの叡智は役に立つなぁ」
「……いや、エルフの国では霊媒術は禁忌とされていたし、学術的に優れていない魔道具の製作は卑しいドワーフがやるような仕事と言われている。今になって思えば、隠していた歴史に触れてしまうから、迫害されていたのだと思う」
「エルフにとっても、ユグドラシールの記憶は消したい過去ということか」
「ああ、サトラが解体した理由と関係しているのかもしれん」
その後、ヘリーはジェニファーが淹れたお茶を飲みつつ、シルビアと魔道具製作について話し合っていた。