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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【攻略生活9日目】



 手のひらから魔力のキューブを出して、時魔法の魔法陣が描かれたマントで時を止める。

 魔力のキューブは空中で固まり、風の影響も受けずに留まった。無色透明のガラスのような直方体が浮かんでいて、乗っても殴ってもまるで動かない。


「これなら、登れるな」


 魔力のキューブと時を止めるマントを使えば、空中に階段を作れるので、どこまでも登れる。


「こ、こ、こんなにあっさり空中を移動する方法が見つかるものなのか」


 マントを作った張本人であるシルビアが、空中に出来上がった階段を見て驚いていた。

 チェルも問題なく上れている。


「本当に思ってもみないことするヨ。マキョーは……」


 地面に下りてきてチェルがつぶやいた。


「これで、巨大魔獣の移動速度に追いつくことができれば上陸できそうだ」

「巨大魔獣の移動予測地を、後で一緒に確認してくれ」


 今日はヘリーたちが予測した場所から、巨大魔獣上陸作戦を考えていくことになりそうだ。


「朝ごはんですよ~!」


 ジェニファーの声が聞こえてきた。

朝飯は野草がメインの辛いスープに、デスコンドルの串焼き。それから筒状のパンだった。食料の備蓄も足りていて、あと2週間は多めに作っても問題ない。


「傷の具合はどうですか?」

 デスコンドルの脂でベトベトになった口を拭いていたら、ジェニファーに聞かれた。

「傷? ああ、昨日の骨折か。回復薬塗ったし腫れてもいない。寝たから特に支障はないよ」

 きれいさっぱり打撲痕もなくなっている。

「そうですか」

「なにか気になるのか?」

「いや、ヘリーさんが……」

 スープを飲んでいるヘリーの方を見た。

「怪我が治りやすいのは人族の種族特性かと思って」

「私も昨日の戦闘で怪我をしてたんですけど、朝には治ってたんです」

 ジェニファーが腕を見せてきた。怪我も痕もない。

「エルフは長寿だけど傷の治りは遅いし、魔族は魔力の影響を受けやすい。わずかな差だが、竜人族にとっては重要なことかもしれない。エスティニアの王家も竜の血を引いているというし、ミッドガードで流行った病気も気になる」

「ち、ち、血は大事。私の一族はそれでいろいろ宿命を背負ったから」

 シルビアは吸血鬼の一族だから、思うところが多いのだろう。

「か、回復力が強くても、銀の杭を胸に打ち付けられたりして殺されたりしたご先祖様もいるから、種族特性や能力は逆手にとられることがあるんだ」

 聞けば、回復力の強い吸血鬼の一族の間では杭を打たれたくらいじゃ死なないけど、銀を取り込んでしまって中毒で死ぬという伝承があるらしい。

「竜人族はどんな特性があるんだろうな」

「竜だから、寒さに弱いトカ?」

 爬虫類系の魔物は温度によって動きが変わる。竜人族と対峙するときは覚えておいた方がいいかもしれない。

「そういうのはあるよな。竜の血を引く一族には軍人もいるくらいだから好戦的かもしれない。あれ? ちょっと待てよ……」

 巨大魔獣に乗り込んで、竜人族を探しだして戦った後、ミッドガードの歴史を聞き出せたとして、どのくらい時間が残っているだろう。

「巨大魔獣に上陸できたとしても、一日しかないから、狙って調査しないと上手く情報を取れないということか」

「そう! そうなんだけど、欲しい情報は自分の願望が入ることがあるのだ」

「思い込みはダメ。魔族はそれで衰退していることに気づいてないヨ」

 一度帰省したチェルも遠く東の方を見ていた。


「気付かないことも多い。よく考えてみてくれ。マキョーたちは疫病が流行った場所へ行くのだ。現地の竜人族に接触するのはいいが、カジーラはゾンビになっていたことを思い出してほしい」

 ヘリーは危険性を上げた。

「無暗に接触は避けた方がいいということか」

「そう。だから、マキョーとチェルは、今日からこれを着て、森に調査をしにいこう」

 ヘリーは前に作っていたワニ革のコートを取り出した。以前は袖がなかったが、今は袖もフードも付けられている。

「上陸作戦当日は、縫い目に泥とミツアリの蜜を混ぜたものを塗って、完全に外気を遮断するつもりだ」

「マ、マ、マスクと手袋も作るつもりだ」

 すでにヘリーとシルビアの中では話がついていたらしい。


「巨大魔獣に乗り込んで、そこの人に話を聞くだけじゃないんですね」

 リパは朝飯の片づけをしながら言った。

「俺ももっと単純だと思ってた。でも、やるよ。古代に殺されるわけにはいかないからな」

「調査っていろいろ考えないといけないんだネ」



 食後に軽く準備運動をしてから、全員で南へ向かい、針葉樹林の森へと入った。

俺とチェルはごわごわのコートを着ている。動きにくいし、汗が止まらない。

魔物に遭遇しても、躱せるはずの攻撃が当たったり、いつもより力が入ってしまったり、思っていた以上に疲れる。


「一旦、下に着ている鎧を脱ぐわ。コートだけでも防御力はあるよな?」

「ああ、ロッククロコダイルのワニ革だからな。魔力を全身に込めると、柔らかくなるはずだ」

「そうだったな」

 コートを柔らかくするため、魔力の消費量も増えた。その状態で、俺とチェルは巨大魔獣に乗り込むのだ。しかも、マスクも付けた状態で。

横を見れば、チェルは顔から汗を噴き出していた。


「ここから先が、巨大魔獣の現れそうな場所だ」

巨大魔獣の移動予測地は巨大な川の跡のように窪んでいて岩や石が多い。岩の隙間には苔が生していて、地面には掘り返したばかりのような穴がいくつも空いていた。さらに他の場所よりも細い樹木が並んでいる。

「毎日、どんどん変わっていく。たぶん穴にいた植物が逃げ出しているのだ」

「南の砂漠でも夜になると森が浸食し始めるし、魔境じゃ環境に合わせて植物が移動するのは普通なのかもな」

「植物に合わせて、魔物も移動しているネ」

 チェルが言うように、魔物の気配が少ない。動いているのはハエぐらい。


「マキョー、地中を見てもらえるか?」

「ああ」

 魔力を地面に放ち、地中を探る。

 岩と石が多く、魔物の骨や枯れた木々が少ない。地中深くには水があった。

「本当に川の跡みたいだけど」

「巨大魔獣に踏まれた地面が窪んで、一気に嵐の雨水が流れ込んでくると思うのだ。留まっている木々も逃げ遅れた魔物も踏みつぶされて、苔が生していく。なにより魔境なのに地中に土が少ないだろ?」

「そうかもしれない」

 確かに枯れ葉の地層みたいなものはなかった。そう言えば、ヘリーを発見した時は枯れ葉に埋まっていたな。

「こういう場所が点在しているのだ。川の跡だったら繋がって続いているけれど、間隔があいている」

「つまり、巨大魔獣は同じ歩幅で歩き続けてるってことか?」

「そうとしか考えられない……。あり得ると思うか?」

「魔境だからな」

 他では起こらないことが起こる場所だ。


「実は、他にもありえないようなことがまだあるのだ」

 ヘリーが言うには、巨大魔獣の踏み跡の間になにかあるらしい。


 巨大魔獣の踏み跡を抜け針葉樹林の森に行ってみると、巨大な魔物の頭骨があった。人の身の丈の3倍ほどもある頭骨の中には、小さな魔物たちが集まり巣を作っていた。

「特に魔法陣が組み込まれていたり、固い物質で出来ていたりするわけじゃない。マキョーが殴れば砕けるような骨なのだ。ただ、ここが安全だと魔物たちは知っている」

 巨大魔獣に踏まれれば、魔物の骨などひとたまりもないはずなのに。


「暗黙の了解があるのか」

 俺がそう言うと、大きな熊の魔物がのっそり頭骨の陰から現れた。ワイルドベアよりもはるかに大きく、毛の色が灰色だ。

 魔境の魔物は大きいが、周りの木々と同じくらいの大きさとなると、それほど多くはない。巨猿や大鰐の魔物は見たことがあるが、大熊の魔物を見るのは初めてだ。

 ただ、頭骨はそれよりも大きい。

 地中を調べてみると、頭骨の主の骨が形を残したままの状態で残っており、周辺にはガーディアンスパイダーと思しき残骸が幾体か埋まっていた。


「戦いの跡か」


 灰色の熊の魔物は、頭骨の中にいる魔物たちを守るように、周囲を歩き回りこちらを警戒している。

 俺たちはそっと離れ、次の巨大魔獣の踏み跡に向かう。

 

やはり次の踏み跡も石と岩が多い。木々が少なく遮るものが少ないため、強く風が吹いていて、人と同じくらい大きな丸まった草が宙を舞っていた。藪ごと風に飛ばされているように見える。


「あの草が穴の正体だ。水辺に停まると根を地中深くまで伸ばして、葉を広げるようだ。風が吹いたら飛ばされやすいように葉を閉じているのだ」


 ヘリーが簡単に説明してくれた。不思議な植物があるものだ。


 さらにその先には水深が浅い大きな沼があり、ヘリーはそこも巨大魔獣の踏み跡だと予測していた。ハイギョの魔物が岩の隙間に入り逃げているが、もし本当に巨大魔獣に踏まれたら生き残るのは難しいだろう。浮いている水草は枯れ始めていた。


「限界だヨ」

 チェルがコートを脱ぎ、水をがぶ飲みしている。

 すでに昼過ぎ。

俺も果物と干し肉を口に入れる。

 汗をかかなくなってきたら、ちょっと危ないかもしれない。


「キツいですか?」

 ジェニファーが布を渡してくれた。

「まだ動ける気はするんだけど、汗が止まるとめまいもするし厳しいな。こまめに休憩したほうが動き続けられると思う」

「き、き、着替えがあったほうがいいかもしれない」

 シルビアが言うように汗が乾くと一気に冷える。

「確かに。動いている巨大魔獣の上に休憩できる場所があるといいんだけど」

「ダンジョンを探すことだ」

「そうなのか?」

「別の空間に行けば、振動も嵐も影響を受けないってことでショ」

「なるほど。でも今回はなるべくダンジョンの外を探してみよう。『遺跡の護り人』と『時の番人』というのが気になる。ピーターとパークが信用していたみたいだし」

「せ、せ、先人の言うことは聞いた方がいい。なにか理由があるのだから」

「そうだな」


 遠くの森で大樹の魔物・トレントが枯れ葉をまき散らしながら動いているのが見えた。

魔境の西側はほとんど密林で木々に阻まれて遠くの森など見えない。北側の森も普段なら緑に覆われて見えないはずだ。だが、今のこの場所では見通せてしまえるほど、木々が少ない。

 巨大魔獣の襲来も近そうだ。




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